天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

クリスマスの魔法

リアクション公開中!

クリスマスの魔法
クリスマスの魔法 クリスマスの魔法 クリスマスの魔法 クリスマスの魔法

リアクション

「お待ちしておりました」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、エアカーから降りてきた金 鋭峰(じん・るいふぉん)を出迎えた。
 今日は、短い休暇を取った鋭峰の、ごく個人的な外出だ。
 が、国軍の最高司令官が一人で外出という訳にもいくまい。そこでお付きとして白羽の矢が立ったのがルカルカだった。
 今日は団長も、いつもの軍服姿ではなく、あまり目立たないグレーのジャケット姿。それに併せて、ルカルカも象牙色のツーピースである。
 武器は携帯していないが、万が一のときには素手でも十分に護衛としての仕事ができるよう、鍛錬は怠っていないつもりだ。
「本日は名誉ある任をお任せ頂き、ありがとうございます」
 目立たないよう敬礼こそしないけれど、ルカルカはぴっと背筋を正して鋭峰の隣に立つ。
「市の案内はお任せ下さい」
 どんと胸を張るルカルカに、鋭峰は、うむ、と頷いて歩き出す。
 特にこれと言った買い物は無かったようだが、いくらか目に付くままにクリスマス用品を買い込んだ。
「ふむ……少し、何か食べていくか……」
 一通り買い物は済んだのだろうか、鋭峰は並ぶ飲食系の露店をちらりと見やって呟いた。
 しかし、その多くはクリスマスケーキを中心とした、甘い物のお店。鋭峰向けとは言えない。
「では、ソバ粉生地を使ったローストビーフのクレープなどは?」
「ほう……そんなものもあるのか」
 提案された意外なメニューに興味を持ったか、団長は乗り気なようだ。
 ルカルカはすかさず、あらかじめチェックしておいた屋台へと団長を案内する。
 そして二人分購入すると、人気の少ないベンチに並んで腰を下ろした。失礼が無いよう、適度な距離を置いて。
「団長、この後はどうされるんですか?」
 もし時間が許すなら、今日の記念にお揃いのお土産でも、と持ちかけようとしたのだが。
「夕方から会議がある。そろそろ本部へ戻る」
 団長の返事に、ルカルカはがく、と肩を落とした。
「では、本部までお送りします」
「ああ……今日はご苦労だったな」
「いいえ、団長の剣として、当然のことをしたまでですから」
 ゆっくりお供をできなかったのは残念だけれど、休暇の護衛という仕事を任せてもらえたことは嬉しかった。
「よろしければ、またお供させて下さい」
「検討しよう」
 そして二人はエアカーに乗り込むと、ヒラニプラの教導団本部へと戻っていく。
 夕刻、会議が始まる前には余裕を持って到着することができた。
「団長!」
 エアカーを降りて、せわしなく団長室へと戻ろうとする鋭峰を、ルカルカが呼び止めた。
 ここならば、敬礼しても目立つまい。ルカルカはにっこり笑って、ぴっと敬礼の姿勢を決める。
「メリークリスマス、です」


■■■


「……あれ? 陽一?」
 高根沢 理子(たかねざわ・りこ)は、待ち合わせ相手の酒杜 陽一(さかもり・よういち)の姿を見るなり驚いた声を上げた。
 自分の影武者として、自分とうり二つの外見に整形までしていた陽一が――髪を短くし、男の姿に戻っている。
「同じ顔が二つ並んで歩いていたら、目立つだろう?」
「そりゃ、そっか」
 そういう理子もまた、髪をアップにし、着ている物も蒼空学園の女子制服。
 西シャンバラの代王として、何かと狙われることも多い。少しでもその危険を回避するための変装だ。
「じゃあ、いこうか……えっと、理子、さん」
 陽一はわざと、以前告白した時以来の呼称で理子を呼ぶ。
 日頃、代王というプレッシャーにさらされている理子を、少しでもリラックスさせてあげたいという思いからだ。
 しかし、やはりなんというか、照れる。
 理子の方も、普段は「理子様」と呼ぶ陽一の変化には気づいたようだったが、陽一の気持ちに気づいているのか居ないのか、それをとがめ立てすることはしなかった。
 二人はつかず離れずの距離で、クリスマス市の開かれている公園東側へと向かう。
 しかし、辺りには結構な人の波がある。
 万が一にも理子を見失う様なことが在っては、大問題に発展してしまう可能性も、ある。
「理子さん……よかったら、手を繋がないか? その、はぐれてしまうかもしれないから」
「……そうね。エスコート、よろしく」
 ちょっと言い訳がましいかな、と思いながら手を差し出すと、理子は小さく笑って手を重ねてくれた。
 二人は手を繋いだまま、クリスマス市をぐるりと回る。
 色とりどりのオーナメントに目を奪われてみたり、美味しいケーキに舌鼓を打ったりと、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「さ、もう帰らないと……仕事が待ってるわ」
 日が傾き始めた頃、理子が伸びをしながら陽一に告げる。
 陽一は少し残念そうに、そうか、と頷いた。
「連れ出してくれて、ありがとね」
 良い気晴らしになったわ、と理子は笑う。
 待ち合わせしたときの、少し疲れた様な笑顔とは違う、心からの笑顔だ。
「それは何よりだ」
 理子が少しでも楽しんで、リフレッシュしてくれたのなら、陽一の目的は完遂だ。
 本当はイルミネーションも一緒に楽しみたかったけれど、公務が在る理子を引き留める訳にはいかない。
「送るよ」
「ありがと」
 二人は、イルミネーション目当てであろう、増え始めたカップル達の間をすり抜けて、公園を後にする。
 短い時間だったけれど、二人にとって今年最後の小さな、けれど素敵な思い出になったことは、間違いないだろう。


■■■


「空京で、人工雪とイルミネーションが見られるイベントをやってるそうなんです〜」
 ということで、神代 明日香(かみしろ・あすか)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を誘って、桜の森公園までやってきていた。
 手袋越しに繋いでいる小さな手が愛おしい。
 明日香は幸せな気分で、エリザベートを公園中央までエスコートする。
 辺りは少しずつ日が落ちていて、点り始めたイルミネーションがほんわりと二人の周りを彩っていた。
「綺麗なのですぅ」
 エリザベートは、年相応に無邪気にはしゃいでいる。
 それがかわいらしくて、明日香はそうですねぇと、釣られて笑顔になる。
 中央広場にはふわふわと雪が降り注いでいて、イルミネーションの光を反射してきらきらと輝いて見える。
「少し座りましょうか」
「そうしましょうー」
 明日香の提案に、ここに来るまでに歩き疲れたのだろうか、エリザベートもあっさり頷く。
 都合の良いことに広場のベンチも開いていて、二人は並んで腰を下ろした。
 ぴったり寄り添って座って、きらきらと舞い踊る雪のかけらを楽しむ。
 けれど、明日香の気持ちは、隣に座っているエリザベートの方にばかり向いてしまう。
 大好きな相手とこれだけ密着しているのだから、当然といえば当然なのかもしれないけれど。
 ちらちらと、雪のことよりもエリザベートの顔の方ばかりに目が行く。
 そのうちに、視線に気づいたのだろうか、エリザベートと目が合った。
 思わずどきんと胸が高鳴る。
 そのまま、視線が外せない。
 目と目がじっと見つめ合って、心臓の音がどんどん速くなる。
 もっと――もっと、今まで以上に、もっと近くに、エリザベートのことを感じたい。
 もっともっと、触れていたい。
 明日香の胸に、そんな思いが膨らんでいく。
「エリザベートちゃん……キス、しても良いですか?」
 気がついたら、そんな言葉が口からこぼれていた。
 キス、という単語に、みるみるエリザベートの顔が赤くなっていく。
「き、きすって、あの、ちゅーですかぁ?」
 何を言われたのかやっと理解したのだろうか、いよいよ目を回すエリザベート。
 だけど、見つめてくる明日香の視線は真剣で。
 しかも、不意打ちでちゅーしてくるのでなくて、こうしてちゃんと聞いてくれると言うことはそれだけ、エリザベートのことを大切にしてくれてるということで。
 とってもとっても恥ずかしいけれど、明日香とならいいような、そんな気がした。
 それでも、いいよ、なんて言えるほどエリザベートは大人ではない。
 こくん、と小さく頷いて見せるのが、精一杯だ。
 明日香にはそれで十分、伝わったけれど。
「……ありがとうございます」
 嬉しそうに笑った明日香は、目を閉じてゆっくりとエリザベートの唇に、自分の唇を合わせる。
 触れたのは、ほんの一瞬。
 柔らかい感触がした、と思った瞬間、二人の唇ははじかれたように離れて。
 それから、もう一度ゆっくり重なった。
 親愛を確かめるための、触れるだけの優しいキス。
 それは子供のちゅーと呼ばれてもおかしくないような幼稚なくちづけだけれど、二人にとっては大切な、大切な、甘いキス。
「えへへ……エリザベートちゃんと、キスしちゃいましたー」
 ゆっくりと触れあったあと、明日香は恥ずかしそうに笑いながら顔を離した。
 改めて見つめたエリザベートの顔は、それはそれはゆでだこの様に赤い。
「嫌じゃ、ありませんでしたか?」
 エリザベートのことを気遣うように問いかける明日香に、エリザベートはぶんぶんと首を振って見せた。
「……また、してもいいですか?」
 今度はこくりと頷く。
 明日香はへへへ、と幸せそうに笑うと、エリザベートの体をぎゅうっと抱き寄せた。
「大好き、です。エリザベートちゃん」
 私も、と言う代わりにエリザベートはぎゅっと明日香の洋服の背中を握りしめる。
「さあ、寒くなる前に帰りましょう」
 暫くそうした後、急に吹き出した冷たい風に明日香が立ち上がった。いつの間にか辺りはすっかり夜の色だ。
 そうですねぇ、とエリザベートも寒そうに立ち上がる。
 けれど、二人で居れば寒くない。
 手袋を外した手を繋いで、お互いの体温を感じながら、二人はゆっくりと帰って行くのだった。