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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、公園入り口、待ち合わせ場所の木の下で思い人を待っていた。
 待ち人はアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)。シャンバラの女王として忙しい日々を送る彼女だが、今日は詩穂の為に時間を取ってくれることになっている。
 短い時間しか取れないけれど、一緒に雪を見て、それから……
 アイシャの気持ちを、聞けたらいいなと、思っている。
 騎士として彼女を守ると誓った。けれど、それだけではもう、満足できない。
 そう思っているのは自分だけかもしれない。しかし、いつも優しくしてくれるアイシャを見ていると、もしかしたら、とも思ってしまう。
 辺りは、少しずつ日が落ちてきている。約束の時間まであと少しだ。自然と詩穂の胸が高鳴る。
 早く会いたい。
 気持ちばかりが大きくなって、五秒おきに時計を見てしまう。
 けれど、アイシャが現れる気配はない。
 時計は残酷に時を刻んで、約束の時間を指した。
 もしかしたら、仕事が押しているのかもしれない。もう少し、もう少し待ってみよう。
 けれど、五分、十分待っても、アイシャが現れることは無かった。
 どうしたんだろう。事故や事件に巻き込まれたりしていないだろうか。女王というアイシャの立場を考えれば十分あり得る話だ。悪い想像ばかり、詩穂の頭に浮かんでは消える。
 アイシャの騎士を名乗るなら、無理に誘い出すんじゃなかった。詩穂の目に涙が浮かぶ。
 どうしよう、いっそ王宮へ行ってしまおうか。そう詩穂が思い始めた時。
 詩穂の前に、黒塗りの車が止まった。
 もしかして、と期待に胸が躍るけれど、運転席から降りてきた黒服の男は、後部座席のドアを開けることはせず、まっすぐ詩穂に向かってきた。
「騎沙良詩穂様、ですね」
「……はい」
「女王陛下から、書状をお預かりしております」
 慇懃に頭を下げて、男は一通の封筒を詩穂へと差し出した。何かが入っているらしく、厚みがある。
 詩穂はそれを受け取ると、はやる心を抑えて開けても良いかどうか黒服に確認する。
 どうぞ、の声を聞くが早いか、封蝋の上を破いて封筒を開けた。よほど急いでしたためたのだろう、封筒は蝋付けされているだけで、のり付けもされていなかった。
 震える手で、上質なびんせんを取り出す。
 そこには確かにアイシャの文字で、短い手紙が綴られていた。

――親愛なる詩穂へ。今日はお誘いを頂いてありがとう。お約束していましたのに、急な公務が入ってしまい、どうしても王宮を抜け出すことができません。私も楽しみにしていましたのに、残念な気持ちでいっぱいです。この埋め合わせは、必ず必ず致します。約束の印を同封します。本当は今日、クリスマスプレゼントとしてお渡ししたかったのに。本当にごめんなさい――アイシャ

 ぱた、ぱた、と、まだ乾ききっていないインクの上に雫が落ちる。
 封筒の中には、美しい金細工のブローチが同封されていた。
 羽とレイピアがデザインされた細身のデザインで、アイシャの瞳と同じ色のルビーが柄の中央に嵌まっている。
 詩穂はそれを手にすると、そっと握りしめる。
 今日、会えなかったことはとてもとても悲しいけれど、アイシャが自分の為にプレゼントを用意してくれていた――それだけで、天にも昇る心地だ。
 なによりも、事件や事故に巻き込まれていたので無くて、本当によかった。
 様々な感情が入り交じった涙は、インクを吸って青く染まる。
 詩穂は、声を殺して泣いた。
 悲しいのか嬉しいのか、もう自分でも分からない。
 分からないけれど、涙が止んだらきっと、アイシャの騎士として胸を張れるだろう。
 約束の証が、あるのだから。


■■■


 人工の雪が舞い散る中央広場に、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)加能 シズル(かのう・しずる)の姿があった。
 二人はそっと手を繋いで、言葉少なに歩いている。
 もしかしたら、会えるのはこれが最後かもしれない――その思いが、自然と二人の言葉数を少なくさせている。
「シズル、あなたにはいろいろと酷いことをしてしまいましたね……」
 つかさは、中央広場の桜の木の下で足を止めた。
 辺りはイルミネーションに包まれ、幻想的な雰囲気に満ちている。
 その中に、これまでの思い出が走馬燈の様に浮かんでは消えていくような気がした。
 つかさの手が、そっとシズルの肩を抱く。
「今日はたっぷりと、優しくして差し上げようと思っていたのですが。……私には、難しいようです」
 こうして触れれば、自然と手は不埒な動きでシズルの背筋や腰をまさぐろうとする。
 そうすることでしか、自分の気持ちを伝えることができないのだ。
 けれど、今日はそうしたくない。そう思うと、今度は、触れることも、声を掛けることさえできなくなって。
 不器用な自分が少しだけ、悲しくなる。
 シズルにこうして触れられるのは、これで最後になるかもしれないというのに。
 すると不意に、シズルがつかさの頬を包み込むように、手を添えた。
 そして、ゆっくりと、ゆっくりと唇を合わせてくる。
 ただ触れるだけのキス。
 つかさにとって、それはとても新鮮な体験だった。
 キスとはただ、それ以上の行為を行う為のステップ、あるいは快楽を増加させるための手段でしかないと思っていた。けれど、今シズルから与えられているキスは、違う。
 ただ触れているだけなのに、頭の芯から痺れてくるような甘さ。
 時間にすれば一瞬のこと、けれど、つかさにはとても長い時間に感じられた。
 唇を離したシズルは、しかしまだ息づかいが感じられるほどの至近距離で、つかさの目をじっと覗き込む。
「つかさは、つかさのままで居れば良い。無理に優しくしなくても、大丈夫」
 柔らかな表情のシズルが視界を埋める。
 こつんと額が合わせられる。
「そのままのつかさが、好き。……たとえ、二度と会えないとしても、つかさがここにいてくれたことは、絶対に忘れないわ」
「シズル……」
 つかさは思わず、シズルの体をぎゅうと抱きしめた。
 余計なことはしない。ただ、強く抱きしめるだけ。
 それだけで、心の中の不安や、悲しみや、もっともやもやした正体の分からないものが全部、どこかへ行ってしまう。
 そしてただ、暖かいもので心が満たされる。
 もしかしたら、これが愛というものなのだろうか。
 はっきりとは分からないけれど、つかさはぼんやりとそう思った。
「つかさ……もう少しだけ、こうしていて」
「ええ……シズルの、思いのままに」
 シズルが少しでも、幸せな気持ちになってくれればそれで良い。
 二人はそのままずっと長い間、抱き合ったまま立ち尽くしていた。
 様々な思いを、胸にしまい込んで。