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混沌のドリームマシン

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混沌のドリームマシン

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第一章 交錯する自分の理想と他人の悪夢!

夢見 和瑠(ゆめみ わる)が開発した自分の見たい夢が見れる素晴らしいマシン『理想の夢を見る事ができる装置(仮名)』のテスターが募集された。怪しげなマシン、更に怪しげな契約書へのサインなどもあり当初はあまり集まらないのではと心配されていたが無事に三十名近くの生徒が集まり、実際にテスターとなるのは二十一人となった。
それぞれがそれぞれの理想の夢と何故か悪夢を頭の中に叩き込んだところでマシンから伸びるアームにがっちり固定される生徒達。その様はまるでアンドロイドを製造しているような不思議な光景だった。

ドウンッドウンッ ピー!

危険を知らせるようなアラームが鳴る。別に何も危険ではないのだが音が合った方がリラックスできるだろうという夢見の粋な心意気の賜物である。
そして始まる。理想と悪夢が交差する素敵に不出来な夢の旅が。

「ほほう、これが夢の世界ですか。非常にリアルな感覚があるのはやはりあのマシンの影響でしょうか」
このマシンの最初の犠牲者、もといテスターはクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だ。ヒーローになるため日夜活躍し続け、全国に七億人のファン予備軍がいるそうな。しかしなかなかファンの皆がシャイなため賞賛を浴びることがないらしい。今回は理想の夢を見ることでヒーローとしてのモチベーションを上げようと参加していたのだ。
その効果は早速現れる。あちらこちらにいる聴衆。その町の真ん中で堂々と胸を張っている自分。正にヒーローの姿そのものだ。
「ふむ。演出的にはまだまだ改善の余地がありますが及第点でしょう、それにしても悪くはありませんね! やはりヒーローはこうでなくては! さあ、私を呼ぶ声に応えなくてはいけませんね!」
手を振り始めるクロセル。だが耳を澄ますと聞こえてくる声は自分の名前ではなかった。
―――セクシーパンツ番長万歳!
―――こっちむいてー! セクシーパンツ番長!
クロセルは何故かセクシーパンツ番長として称えられていて、下が寒いと視線を下げれば何とセクシーに決まったパンツしか穿いていなかったのだ。
「こ、これは一体!? 確かに称えられてはいる、称えられてはいるのですが!? 悲しくも素直に喜べません!」
パンツ一丁で聴衆に囲まれ中央に堂々と立つクロセルの姿はある種気品高い芸術作品にさえ見えてくる。それにツッコミをいれるものは。
「ヒーローとはこういうものではありませーん!」
と叫ぶクロセルただ一人だけだった。

「はぁ、いいお湯だね。こんなにのんびり出来るなんて素敵だよ」
「はっは、ちげーねぇ! おまけに酒付とは至れり尽くせりだなまったく!」
泥が入っている濁り湯に浸かるのは女性、ではなく男性のリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)とその身体に憑依してついてきたスヴァトポルク・ブロムクヴィスト(すばとぽるく・ぶろむくびすと)の二人だった。広い温泉ではあるが周りには誰もおらず貸しきり状態を二人は満喫していたのだ。自分の女性らしい顔や身なりのせいで周りの人がそわそわして温泉にゆっくり浸かれることが少なかったリアトリスはこの夢に非常に満足していた。
「スヴァトポルクさん、どうぞ」
「おっ、悪いなっ」
霊体のスヴァトポルクのためにお酒をおちょこに注ぐリアトリス。時間はゆっくりと流れ流れて、流れ流れて。
「お、こんなところにいたのか!」
「だ、誰ですかいきなり!」
「そんなことよりも報告書やレポートがまだ山のように残ってるんだ! さっさと片付けろ!」
ぐいっと腕を掴まれてタオルが取れそうになる。そうはさせまいとひしっと胸に抱くリアトリスだったが急に現れた教官のような男に連れ去られる。
「おいおいまだあのとっくりには酒があるんだぞ! もったいねぇって!」
酒を取りに戻ろうとするスヴァトポルクだがリアトリスの身体にとり憑いているためにリアトリス同様引きずられていくのだった。
バスタオル一枚のまま廊下を引きずり回されようやくたどり着いた部屋には、うず高く積まれた紙の山があった。その前に座らされて、こう言われる。
「これが終わるまで温泉は禁止だ!」
「そ、そんな〜! まだ入ったばっかりだし」
「終わればいくらでも入るといい。さあさっさとやるんだ!」
「うぅ、わかりましたよー……何故かハリセンも持ってるし。と、とにかくやりますから服を着させて」
「そのまま逃げられても堪らんからな。暖房をつけてやるからそのままでやるんだ!」
「む、無茶ですよ! 風邪引きますって! スヴァトポルクさんも何か言ってくださいよー!」
「ああー……酒が……」
極上のシチュエーションで逃した酒のことが忘れられず悲しみに暮れるスヴァトポルクにはリアトリスの声が聞こえることはなかった。
「さあさあ! さっさと終わらせるんだ!」
変わらずリアトリスにこの紙の山を崩せと言ってくる見知らぬ男。出口はその男の裏の一つだけのようでとてもではないが逃げられる状況ではなかった。
「途中まではよかったのにー!」
堪らず叫ぶリアトリスだったが、観念してバスタオル一枚のままで訳の分からぬレポートや報告書と長時間のにらめっこをするのだった。

「あっちいけー! こっちくんなー!」
「よるんじゃなーい! 出て行けー!」
罵声と小石が飛び交う、その目標はミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だった。いきなりの御もてなしに困惑しながらも逃げ続けるミルディア。
「いきなり何なのよ! 夢が始まったと思ったらいきなりこの様って絶対壊れてるって!」
逃走を続けながらも愚痴が止まらないミルディア。その行く手が他の村人達によって塞がれる。前も後ろもミルディアを避難する言葉の嵐。堪らず右手にある細い路地に入り込む。村人も追ってくるが数が多いため入り口でしっちゃかめっちゃかになっている。
「よしっこのまま逃げ切って、どうしよ……とりあえずどっか隠れないと」
迷路のように入り組む細い路地を器用に進んでいくミルディア。既にその後ろには村人たちの姿はなく、怒声に溢れる避難の声も一つもなかった。
「諦めたのかな……あれ、この匂いって」
先ほどまではなかった磯の匂い、短い間だったが父と共に歩んだあの町の匂い。
ミルディアが止まる。数十メートル先にはもう細い路地はなく町の通りに出るであろう場所へと着いたのだ。先ほどのように大きな通りに出て村人に見つかれば追い回される可能性が高い。迷うミルディアだったが、懐かしい匂いに負け恐る恐る路地から出た。
「やっぱり、ここだ。パパとママと少しだけの間一緒に過ごした町」
眼前には上下に拡がる青空と海。その間を行きかう海と太陽の匂い。立ち並ぶ懐かしい街並み。ずっと小さい頃に見ていた風景が今まさに目の前に広がっていた。
ぽんっぽんっと肩を叩かれる。まずい、見つかった! と逃げようとするが、それは失敗する。
「ミルディア、何してるの? お買い物行くわよ」
ドキリとする。驚きのあまり振り向いた先には死んでしまったはずのミルディアの母親と中々会えない父親の姿があったのだ。
「え、えっと、あれ? なん、で?」
「ほらほら、せっかく母さんと一緒に買い物なんだぞ? 楽しもうじゃないか」
「もう、あなたったら。でも確かに、三人でお買い物なんて中々出来ないしね。ほら、ミルディア行きましょう」
そういって手を繋がれる。
「あっ……」
また村人に追われるかもしれないという懸念はあったものの、もう叶うことのない自分の夢が叶ったことに抗うことは叶わず、ミルディアはそのままママとパパと楽しく買い物をしたのだった。

「さあいくよー! 私と共にどこまでもー!」
見渡す限りに続く草原を羊の群れの上に座って先導するのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。絶好の日向ぼっこ日和の空の下、羊の大群と戯れながら進んでいくルカルカ。現実世界ではそうそうお目にかかれない光景をのんびりと進んでいく。
その脇から花の妖精達が現れる。妖精達は羊とルカルカを歓迎し綺麗なダンスを踊ってくれる。太陽というスポットライトを浴びながら踊る妖精達を見たルカルカは我慢できず妖精の一匹に抱きつく。
「羊も可愛いけどあなたも可愛いー! あっそうだ! 一緒にチョコバー食べようよー」
ポケットから取り出した甘い甘いチョコバーはほどよく冷えていて口当たりもバッチリ。一本取り出して、それを半分にぽきっと折り花の妖精と半分こするルカルカ。同時に食べて美味しさを表す唸り声をあげる妖精とルカルカ。
「食べたいものも食べれて羊や妖精とも遊べるなんてもうさいっこー! ずっとここにいたいよー!」
遂に羊の群れの上でねっころがる。極上の体験はこのまま続くかと思われた。しかし。
「ん、何やら今違和感を感じたような……むむっ、これは、これは」
ふと沸いてくる誰もが避けられぬ生理現象。それを我慢することはひどく難しい。だがその現象は容赦なくルカルカを攻め立てる。
「いやいやいやいや、夢の中でこれってダメなパターン! いやーんとか言ってる場合じゃないよ! ひ、羊達から降りないと震動でっ」
止まることなく動き続ける羊の群れ。天使に見えていた姿も今は悪魔の群れにしか見えない。降りようにも動くことも出来ず、八方塞のルカルカ。
「こ、この歳になってそんなこと出来るかー! 誰か助けてー!」
そう叫ぶとほぼ同時に、今まで猛襲してきていた感覚がぴたりと止まる。九死に一生を得たルカルカはしばらくの間羊の群れの上で動けずじまいだった。
「もうだめかと思った……」
そのまま眠りについてしまうルカルカだった。