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リアクション
3:Guardian
爆音と閃光を背中に受けながら、機晶ワーム達の蠢く通路を抜けた先。
息をつくのもつかの間のこと。
安心する暇も無く、次の脅威が、侵入者たちを待ち構えていたのである。
その広いロビーの中央で、まるでこの施設の主であるかのように佇んでいるのは、黒い球体に、関節を持った八本の脚。
それだけで言えば、やや極端にデフォルメされた蜘蛛のロボットのようである。
だがその大きな体の放つ威圧感は相当なもので、滑稽と笑い飛ばせるものはいなかった。
ワームの蠢く通路を通り抜けた途端「それ」は反応してレーザーの銃口を向けてきたのである。
「危ない!」
瞬間、弾けるように飛び出したのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)とエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が駆る絶影だ。その機動力を生かして、真正面から攻撃を食らわせると同時に、通路から大きく離脱する。
狙い通り、攻撃者へとそのターゲットを変えたレーザーの砲台が、ぐるりと回転して絶影を追った。情報にあった通り、攻撃者を最優先のターゲットとしてるようだ。
床を舐めるようにして、赤いレーザーの線が走る。
だが、まるでそのレーザーの光と踊っているかのように、唯斗の操る絶影は、まさにその名の通りの機動力で、全てを難なくかわしていく。その姿も相まって、忍術でも使っているかのようにするり、と統べるように動く機体は、ターゲットされ続けているというのに危なげなく距離を取っていく。
だが。
「――ッ、危っ」
絶影と守護者との距離がある程度開いた途端、銃口はターゲットを切り替えて、制御室へ向かおうとしていた契約者たちの方を向いてしまう。即座に絶影が割り込んで攻撃し、ターゲットを自らにひきつけたが、これでは移動がままならない。
どうやら、攻撃後、対象との距離が開けば、第二の優先条件である”制御室へ近づく存在”へとターゲットが移ってしまうようだ。
「まさに”守護者”だな」
呟くように漏らしたのは、パワードスーツ隊カタフラクト隊長、三船 敬一(みふね・けいいち)だ。
「どうする?」
佐野 和輝(さの・かずき)が尋ねると、少し間が空いた後「同時攻撃が有効そうだな」と敬一から返答が返る。
「あたいもその意見に賛成だぜ」
二人の会話に割り込んだのは、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)だ。
「守護者は自分に攻撃を仕掛ける者を最優先で狙ってる。だから常に誰かが牽制攻撃を仕掛けていれば、中央制御室に近づく者に矛先が向かうことはないはずだ」
それに、と乱世は説明を続ける。
「情報を信じるなら、一度の攻撃で使える武装は一つだ。それなら……」
「少なくともニ方向から交互に攻撃を加えれば、反応を鈍らせることが出来るはずだ」
乱世の説明に、敬一が同意するように後を引き継ぐ。
「上手くやれば、攻撃そのものをさせないようにできるかもしれない」
互いの意図が合致しているのを確認し、それぞれがパートナー達や、他イコン搭乗者達と、連携と配置を手短に打ち合わせていく。今この数秒間は、絶影をはじめとする機動力の高いイコンの操縦者たちが、代わる代わるターゲット役を引き受けてくれているが、それも長くは持たない。決断は即効だった。
「いったんセンサーが鈍ったら、俺と三船さんとで、上下2方向を受け持つ」
「あたいはその隙を縫って攻撃する。兎に角重要なのは、制御室チームが辿り着くまで、アイツに攻撃させないことだ」
「聞いての通りだ」
方針が決まったところで、三船が剛太郎に声をかけた。
「俺たちが囮になって時間を稼ぐ。その間に制御室へ向かってくれ」
「了解」
剛太郎が応えて、生身の契約者たちを首だけで振り返った。
「合図と同時に、制御室まで突っ切るであります」
生身で制御室へ向かうメンバーは、緊張の面持ちのまま頷く。その横では、パワードスーツを着込んだ面々が、連携を確認していた。いくら敬一達が囮になってくれるとはいっても、通路のように片側が壁で遮られるようなことのない場所である上、囮の為に激しく動き回る必要がある以上、跳弾や流れ弾の危険性が無いわけではないため、装甲の硬いパワードスーツで庇う必要があるからだ。
「ソフィア、先頭を頼むであります」
「……やっぱり、ですか?」
強い視線と言葉に対して、ソフィアが何とも言えない顔で問い返した。剛太郎の狙いの見当が付いたからだ。しかも残念なことに、その狙いは恐らく有効だろうとソフィアも思うし、覆らないことも判っている。諮詢は数秒。
「わかりました」
かくん、と項垂れるように頷いた後は、気持ちを素早く切り替えると、契約者たちの先頭に立って、六連ミサイルポッドを担ぎなおし、振り向かないまま声をかけた。
「侵攻中、私が離脱したら一気に制御室まで走り抜けてください」
その理由を説明する間もなく「行くぞ!」とイコンチーム側から号令がかかった。
「GO!」
一声。
まるでそれがスタートダッシュの合図であるかのように、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とそのパートナーヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が最大速まで加速させたバイヴ・カハが、距離を詰めると同時、正面を向いている守護者のセンサーに向かって、センサークラッシャーを打ち込んだのを合図に、弾けるようにソフィアが飛び出し、契約者たちがそれに続いた。その両脇を、剛太郎を含んだパワードスーツの面々がガードしながら、制御室までの長い距離を、ほぼ一直線の最短経路で走っていく。
「こっちだ、デカブツ」
正面のセンサーの障害を起こしているうちに、真司は守護者の足を止めるべくワイヤクローを射出しようとする。が、それより早く、上部の半球が回転し、センサーの位置がぐるりと入れ替わると、そのガトリングが正面へと向いた。
「――ッ」
咄嗟に、言葉より早いテレパシーでの連携で、その高機動性をフルに発揮して後方へと再加速をかけたことで、直撃は避けられ、両肩のビームシールドにより損壊は免れたが、再び距離は空くことになった。
「あのセンサーは厄介だな。すぐにでも潰したいところだが――」
「今は制御室に皆を通すことが目的ですから」
宥めるように、ヴェルリアが口を挟んだ。
「この距離で余り派手な攻撃を加えたら、危ないです」
「判っている」
真司は苦笑すると、機体を一旦守護者から遠ざけると、入れ替わるようにして三船の率いるパワードスーツ隊”カタクロフト”と、佐野の搭乗するスカイファントムが前へ出る。と、同時に二人が陸空の二方向から、攻撃を開始した。
といっても、完全に同時ではない。守護者の攻撃してくる最優先対象が、自らへの攻撃者であることは判っているが、その細かな内訳はわかっていないのだ。同時に攻撃すればどちらかに狙いが定まる可能性がある、ということもあって、ターゲットが固定されかかればもう片側が攻撃し、更にパターンをつかまれそうになれば、乱世がバイラヴァのスナイパーライフルによって、パターンを乱す。
そうやって、守護者の攻撃シークエンスを阻害している間に、剛太郎の率いる制御室チームは制御室までの距離を詰めていた。だが、そのあと数メートル、という距離がやけに長く感じられる。
そんな中、あと少し、というところで「ソフィア!」と剛太郎が声を上げた。
「いきますよ、アネットさん!」
それを受けて、ソフィアもまた自らの従者に呼びかけると、振り向かないまま制御室チームに向けて声を上げる。
「皆さん! このまま真っ直ぐ、全力で走ってください!」
言うが早いか、唐突にソフィアは他を振り切るようにして制御室まで走り抜けたかと思うと、そのまま扉へ辿り着く直前に、その方向を変えた。「制御室へ向かうものを第二優先とする」守護者の攻撃順序を逆手にとり、一旦攻撃候補となってから離脱し、数秒でも時間を稼ごうとしたのだ。その意図に気付いて、樹月 刀真(きづき・とうま)が、制御室へ向かう自分たちの姿を見失うようにと、インフィニティ印の信号弾で目くらましをかける。
二人が作ったその隙に、制御室の扉まで辿り着いた面々を、壁になるように取り囲んだのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)の率いるパワードスーツ隊ジンだ。
扉が開くための数秒間、契約者たちが無防備にならないように、また扉が開いた瞬間に、中にいる調査団たちがターケティングされないための壁役だ。更に、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、自分たちの乗ってきた運送トラックを、バリケード代わりに配備する。それでも、レーザーの直撃を受ければ無事でいられる保障はないが、
(一秒……二秒……)
中から扉を開けてもらうまでのほんのその数秒が、異常に長く感じる。
(……三秒、四……秒!)
無意識にカウントを取っていたその時、囮の攻撃に、ほんの僅かに生まれた間隙に、運悪くセンサーが制御室の扉まで接近している人影を認識してしまっていた。
「まずい……!」
守護者の最大武装である、レーザーの先が向く。皆が息を飲んだ次の瞬間。
ドン……ッ!
音を立てたのは、ソフィアが投げつけた機晶爆弾だ。直接受けた攻撃に、守護者の優先項目が瞬時切り替わる。その僅かな隙間を縫って、射線飛び込むように躍り出たのは、十七夜 リオ(かなき・りお)とフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が駆るメイクリヒカイト‐Bstだ。奇襲によって瞬時に自らにターゲットを移し変えると、制御室が範囲から外れるように、空中で回避上昇をかける。
「早く!」
誰がともなく叫ぶと同時、その僅かな隙をついて、開いた制御室の中に皆は転がるように飛び込んだ。
重い音と共に制御室の扉が閉まったのを見て、イコン搭乗者たちは思わず息を吐き出した。
何とか飛び込むのに間に合ったものの、全力を使い尽くしてぐったりとなっているソフィアを抱えて、剛太郎は息をついた。
「危なかった……」
呟くが、状況は好転しているわけではない。制御室に近い存在がなくなったことで、そのセンサーは再び攻撃者に向けられ、攻撃を開始しようとしている。
「さて、これからどうする?」
その攻撃を裂けつつ、そのセンサーの範囲外へと各々動き回りながら、守護者に向かったイコンチームたちの間では、そんな問いが持ち上がった。
先ほどから攻撃を加えていて判ったことだが、装甲は硬く、装備している武装も厄介だ。どうやらセンサーは視覚に頼ったものではあるらしいが、この先何が原因で攻撃対象を変えるかは判らない。
どちらにしても守護者をこのままにしておけば、中央制御室の人々を救助するのに障害になる。警報装置を止められる保障は無い以上、どうするべきか、という皆の意見は一致している。
そんな意見を代表するように、真司が口を開いた。
制御も出来るかもわからない、放っておいても危険なものなら、いっそのこと――……
「――倒してしまってかまわんだろう」
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