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古代の悪遺

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古代の悪遺

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scene2 Rescues  



 守護者相手に激戦の続く中、別の場所でもまた、別の戦いの中に飛び込む者もあった。

「これで、あと二人……か」
 爆音の鳴り響く通路を、イコン達が動き回るその隙間を縫うようにして走りながら、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は呟いた。
 事前に政敏を通じて確認の取れている、調査団の人数は15人。その内、戦力になるのが8人、と言うクローディスの言葉には、残る7名は怪我人か連絡が取れていない者、最悪死亡している可能性がある、ということだ。
 既に格納庫近くにいた怪我人は外へと連れ出し、遺跡の外に待機しているパートナーのノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が治療に当たっているところだ。一人は重傷だったが、恐らく問題はないだろう。問題なのは――
「この先、で間違いないか?」
『ああ。通信機の反応ではな』
 確認を取ったクローディスからは、硬い声が返った。
 施設の情報を思い起こしながら、レンの表情は難しいものになる。格納庫の通路も、決して楽な場所ではないが、一本道であることが幸いし、救助者の発見から搬送までのルートを確保しやすかったのだが、この先にあるロビーは面積も広く、更には守護者や守護者と相対するイコンたちが今も戦闘中の場所である。救助の間に、巻き込まれないとも限らない。レン自身は例え巻き込まれたとしても何とかなるかもしれないが、要救助者はそうはいかない。
『無理はしないでくれ』
 そんな思考を読んだかのようなタイミングで、クローディスが口を開いた。
『確かに救助はありがたいが、それで君に何かあったのでは意味が無い。我々は最初から覚悟は出来ている』
 冷静で淡々とした言葉ではあるが、その心中は判らない。
『それより今は、この状況を何とかする方が重要だ。だから――』
「どちらが重要か、は問う意味が無い」
 続こうとした言葉を、強引にレンは遮った。
「人の命に優劣などないように、大勢と数人とを比べて、蔑ろにしていいはずが無い」
 爆風を背中に受けながらも、レンの足は止まらず、その信念も止まらない。
「俺は信じている。兵器は、皆が必ず止めてくれると。それなら俺の仕事は、ひとつだ」
『――それは?』
 クローディスが思わず、といった調子で続きを促すのに、レンの口元が薄く笑う。
「最高の結末を作ることだ」 
 例え兵器をとめることが出来ても、仲間の一人がかければ、犠牲が一人でも出れば、それは最高の結末とはいえない、と。
 強い意思と決意の言葉に、通信機の向こう側で、言葉が途切れた。一秒、二秒、迷うような間を空けて、搾り出すようにその一言は、通信の合間のノイズのように掠れて混ざる。
『…………すまない』
 侘びとも、礼と言うにも苦く、頼みや願いと言うには悔恨の滲む声音が、クローディスの本心を語っていた。
 


 その後も、生身ではやや距離のある通路を、爆炎を掻い潜りながら通り抜け、あと一歩で抜ける――という、その時だ。
「……ちっ」
 ワームの一体が、レンに向かって降下して来る。避けるのが間に合わないタイミングに、迎え撃とうと、大魔弾『コキュートス』を、そのセンサーに向けた、その瞬間だ。
 降下しようとしていたその横っ腹からの一撃が、ワームを弾き飛ばして沈黙させた。
「大丈夫?」
 レキがラーン・バディのウサ耳ブレードの腹をぶつけて弾き飛ばしたのだ。そのまま耳を回転させると、続けて降下しようとしていたワームも弾き飛ばす。真っ二つにせずにいるのは、この距離で破壊すれば、レンが爆風の影響範囲に入ってしまうからだ。
「まったく、こんなところを生身で進むなど、無謀にも程があるじゃろう」
 呆れたようにミアが息をつく。だがレンは肩を竦め「問題ない」とさらりと言った。
「この程度、潜り抜けるのは俺一人ならわけは無い」
 虚勢でも無く、当然といった調子に、ミアもまた肩を竦めつつ「じゃが」と続けた。
「潜り抜けるのは兎も角、何をするつもりじゃ?ワーム一匹二匹は兎も角、よもや守護者を相手にしに行くつもりではあるまい」
「ああ」
 それにはレンも素直に頷きを返す。
「まだ、無事が確認取れていない調査員が残っている」
「助けるつもり?」
 その言葉の意味を悟って、レキが問う。返る言葉は「当然」の一言だ。
「どちらにしても無謀じゃのう」
 ミアが独り言のように言うのに、レンはただ肩を竦めるだけで、その意思が変わらないことを告げた。
「仕方が無いのう」
「そうだね」
 ため息を吐き出したミアとは逆に、レキは少し笑うようだった。
「ここはボクが盾になるよ」
 言うが早いか、レンから距離を取ると、ウサ耳ブレードを振り回して近づこうとしていたワームを撃退する。
「こんなとこで体力使ってちゃ、救助される側になっちゃうよ?」
 冗談めかす声を背中に「すまん」と短い礼をすると、レンは先を急いだ。

 
 守護者の守るロビーは、機晶ワーム達の蠢く通路とは、また違った戦場となっていた。
 中央で縦横無尽に動き回る守護者と、その周りを付かず離れず動き回るイコンの動きは、地上と空中の多角的なものになっているおかげで忙しない。イコン同士は連携が取れているようだが、巨大なものが動き回る中に飛び込むのは、余りに危険すぎる。
 そんなロビーの一角。
 引きずったような赤い跡が、床に伸びている。その血痕の先、広大なロビーを支える、巨大な柱の内の一本の、その影に隠れるようにして、自らの血に真っ赤に染まった調査員の治療を行っていたのは甲斐 英虎(かい・ひでとら)甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)の二人だった。
「もう大丈夫、意識をしっかり持って」
 怪我そのものの治療は終わり、起き上がることは出来ないまでも、命に別状は無い程度まで回復している。
 だが。
(このままここにいるのは、危険すぎるよね……)
 頑丈な柱に隠れているとは言え、そこが絶対に安全なはずは無い。ロビーそのものが、戦闘の真っ只中なのだ。本来なら、堅い扉に守られた中央制御室まで駆け込むつもりだったが、怪我人を抱えて守護者のセンサーから突破するのは難しく、ここで立ち往生してしまっているのだ。
「どうにか、ここから脱出で切ればいいんだけど……」
「そうでございますね」
 ユキノが沈痛な面持ちで頷いた。その視線がちらり、ともう一本の柱に向けた。
「まだ、助けを必要としている方がいらっしゃいますのに……」
 治療の手を休めないまま、もどかしげなユキノの呟きに、英虎もぎゅ、と手のひらを握り締めた。その手はまだ、調査員の流した、乾いていない血がぬるりとこびりついている。
 焦りに似たものが、口を付いて出ようとした、その時だ。
「無事か」
 突然の声に、弾かれたように英虎が顔を上げると、そこには、ロビーに残された血痕を頼りに辿り着いたレンが立っていた。すぐに状況を把握してしゃがみこむと、英虎の負担を減らすように、怪我をしている男を支える。
「調査員か?」
 レンの問いに英虎が頷いた。
「大丈夫、治療が間に合ったから、今は気を失ってるだけだだよ」
 その返答に、ふうっと息をつき「あと一人か」と呟く。が、その途端、英虎の顔が苦く翳った。
「いや、ゼロだよ」
 その物言いに引っかかりを感じてレンが「何?」と首を傾げたが、英虎は応えないまま視線だけを、別の柱に向けた。大きな柱の陰になっているあたりに、人が横たわっているのが見える。この状況で、その体勢が示すのは、一つしかない。痛ましげにレンは眉を潜めたが、心を痛めるより先に、まだしなければならないことがあった。
「ここは危険だ。外へ脱出するぞ」
 そう言って、研究員を支えようとしたが「お待ちくださいませ」とユキノが遮った。続けて、英虎がすぐさま行動に移そうとしていたレンを引き止めるように「まだ助けを必要としてる人がいるんだ」と続けた。
「あの人も、連れて帰って上げないと」
「……遺体だろう?」
「うん」
 言いづらそうにしながらも、あえて端的に問うレンに、迷うことなく頷いた横顔は、普段の彼とは違う、痛いほど真剣なものだ。
「このままここに放っておいたら、戦闘に巻き込まれてしまうからね」
 例え命を失っていても、彼らを守ることは必要なことだと思うから、と柔らかな表情と反して、目には強い意志がある。
「緊急事態に暢気と思われるかもしれないけど」
 自嘲気味に苦笑するのに、レンは「いや」と首を振った。
「緊急事態だからこそ、必要だと俺も思う」
 クローディスの「すまない」と搾り出した声を思い出す。
「あちらは俺が引き受ける」
 こく、とその言葉に英虎が頷くや否や、飛び出していったレンに続き、二人もまた即座に行動を開始した。
 まずは、空飛ぶ箒と、治療のために脱がせた調査団の上着で即席の空飛ぶ担架を作り、怪我人を乗せる。これなら、抱えて運ぶよりも素早く移動できるだろう。
 だが問題はこの先だ。
 柱の位置から、格納庫の並ぶ通路までの距離はかなりある。その上、ますます激化の一途を辿る守護者とのめまぐるしい戦闘、しかも高い機動力を持つイコン達が所狭しと動き回っている中を通り抜けるというのは、生身である以上に、救護対象者を抱えてでは難しい。
「……」
 ユキノが不安げに英虎を振り返る。そんなユキノに硬く頷いて、決死の覚悟で飛び出そうとした、その時だ。
「生身で飛び出すなんて、無謀だよ!」
 叱咤するような声を投げたのは、メイクリヒカイト‐Bstに搭乗する十七夜 リオ(かなき・りお)
だ。操縦をフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)に任せ、周辺に注意を払っていたところ、姿を見つけたらしい。二人の作った担架や、そこに乗せられている調査員の様子に、状況を素早く理解すると、ふう、と僅かに息を漏らした。
「しょうがないなあ……フェル」
「了解」
 かけられた声に、フェルクレールトは意図を悟ってこくりと頷く。その手が操縦桿を握り締めるのを横目で見やりながら、リオは英虎に声をかけた。
「僕らが囮になるから、その間に!」
 急いでね、と追加するのも忘れず、リオのかけた言葉と同時、メイクリヒカイト-Bstは空中で旋回し、守護者のセンサーの前へ踊り出た。四つのセンサーの直ぐ脇を通り、自分自身を標的にさせたままできるだけ上空を旋回することによってガトリングを使用させ、地上を這うレーザーの使用を防いでいるのだ。

「ありがとう!」

  その隙を逃さず、英虎とユキノは柱を飛び出すと、調査団と共にロビーを後にしたのだった。