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古代の悪遺

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古代の悪遺

リアクション





 7:Counterattack l 




『そちらの状況はどう?』



 リーン・リリィーシアからの通信が入ったのは、そんな中でのことだった。
「数は
減ってません。依然、通路内は30体近くをキープしています、お姉さま」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)の操る叢雲のなかで、有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が答えた。
 格納庫前の通路は、その機動性などの問題なのか、どうやら同時に出てくるのは30体、という設定がなされているらしい。最初は通路を泳ぐその数だけを倒せばいいと思われていた機晶ワームだが、一匹倒せば次が、また一匹倒せば次が、という形で、格納庫からずるりと姿を現すのだ。
「一応、ワームの出現速度は落ちてはいるんですけど……」
 美幸の言葉はやや苦い。
 先ほどから、ワームを倒す度次のワームの出てくる気配のない穴を冷凍ビームで凍結させて、出てこれないようにしようとしているのだ。
 一度頭まで這い出し終わってしまったものは、凍結させても止まらないが、這い出し始める直前までなら、凍結させた穴から動き出さなくなったので、少しずつ少しずつ通路のワームの補充速度は遅くなってきているのだが、そもそものワームの総数がいくつか、格納庫の外側からは悟れない以上、あと何体倒せばいいのかわからない。
「このままでは、こちらの弾薬の方が先に底を尽きそうですね」
 真人の呟きには「なんの」と白き詩篇が反論した。
「わらわがフォローしておる。エネルギーは問題ないのじゃ」
「弾薬が切れれば、直接攻撃に切り替えるまでだ」
 同調するように洋が言い、言葉の通り、既に近接戦闘に切り替えてアックスを振り回している。
 だが、そうやって皆勇ましく立ち向かってはいるものの、先の見えなさは、じわじわと精神に食い込んで疲労と蓄積させていく。
 勿論、菜織も例外ではなかったが、それでも怯まずワーム達に向かい合う。
『ごめんなさい、制御室まで辿り着いた今、退避して、と言いたいところなんだけど』
 通信機の向こうで、リーンが苦しげな声を漏らした。そう、本来なら制御室に辿り着き、尚且つ救助者が外へ出た以上、機晶ワームを相手にする必要は必ずしも無いのだが、万が一、ということもある。そのため、退路を維持している必要があるのだ。負担を強いることが心苦しいといった様子のリーンの声だったが、菜織はふん、と鼻を鳴らした。
「問題ない。数は多いが、所詮は雑魚だ。思考せぬ相手なぞ、どうと言う事はない」
 勇ましく言ったが「だが」と反論する声もあった。
 パートナーのグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)と共にマルアハに搭乗し、後方支援に回っていた姫神 司(ひめがみ・つかさ)だ。
「この動きが厄介だ、クネクネとやり辛い」
 文句を言うのに、菜織は「ああ……」と顔を顰めた。彼女の場合は、的がどうというよりうねうねと動くその動作が気に入らないだけのようだが。
「くそ。わたくしの腕前では、味方の方を撃ってしまいかねんぞ」
「司、口が悪いですよ」
 思わず、といった調子で、舌打ちと共に司が吐き捨てるのを、すかさずグレッグが嗜める。
 それを、半ば無視するように聞き流しながら、味方への誤射を避けるために、近づいてきたワームが噛み付こうとするその瞬間を狙って、その口の中にハンドガンを撃ち込む。でなければ、体当たりしてくるのにカウンターとして至近距離からのドリル攻撃を与えて一体一体を確実に処理していた。
 そんな中、司はふと、思いついたように眉を寄せた。
「……奇妙だな」
 送られている情報によれば、機晶ワームは格納庫より外には出て行かないらしい、ということからそもそもおかしいとは思っていたが、破壊され、床に転がる機晶ワームには、自律飛行のための機器らしきものが見当たらないのだ。
「奴等、単純に飛行能力で浮遊している訳ではなさそうだ。グレッグ」
 言葉を受けて、頷くと直ぐにグレッグは落ちた残骸に視線を走らせた。殆どが、破壊された時の衝撃で爆発ないし分解されてしまって原型を留めていないが、それでもかろうじて、グレッグはあるものに気がついた。
「……あれは……反重力装置でしょうか」
 示したのは、ワームの胴体部分に小さく並んだ機械だ。イコンの中からでは余り良く判らないが、確かにそれらしくはある。
「だがあれでは、小さすぎるというか……」
 ワーム達をあれほど滑らかに動かせる代物には見えない、と言う司の言葉に、グレッグは説明を続ける。
「正確には、受信機ですね。どこかに、反重力装置本体があるはずです」
 怪しいのは勿論、機晶ワームが収納されていた穴だ。恐らくは尻尾らしきコードでエネルギーの供給もしているであろうと思われる。そこを壊してしまえば、機晶ワーム達は動くことが出来なくなるはずだ。
「だが、いくつかはもう氷付けになっているとはいっても、この数の穴全てを、いちいち潰していくのは手間だぞ」
 格納庫と思われる壁に、模様のように並ぶいくつもの穴を見渡し、司は渋い顔をする。

「一気に大元を切ってしまえればいいんだが……」
 
 



 司が呟いていた、丁度、その時の中央制御室で。
 まさにその手段を、手に入れようとしている者がいた。
 

「何してるの?リリちゃん」
 制御装置の修理に当たるメンバーとは別に、いくらか使用できるようになった端末を弄っているリリに、ユノは不思議そうに声をかけた。そちらを振り返りもせずに熱心に調べものをしていたリリは「うん」とどこか上の空で返答した。
「あのうにゃうなどもなんだが、送られてくるデータを見ていて気になったことがあるのだよ」
 殆ど独り言のような調子で、施設内のデータの中でも、特に格納庫周辺へ重点を当てて検索をかけていたリリは、ようやくそのデータへと辿り着いた。
「……あった、やはりだよ」
「なに、なんなの?」
「反重力装置だよ。あの見た目で何故ああも自由に飛行できるのか気になっていたのだよ」
 首を傾げたユノに、リリはツライッツが置いていった見取り図の裏に、さらさらとペンを走らせ、簡単な機晶ワームを書くと、説明を続ける。
「ワームの搭載している反重力システムは、そのエリアに設置してある発生装置と対になっているのだよ」
 格納庫側に設置された、反重力発生装置に、体内の受信機が反応して浮いている、というわけだ。奇しくも、反重力装置の仕組みは、司達の推測どおりだったというわけだ。つまり。
「それを切れば、うようよできなくなる、ってこと?」
「うむ。それで、だ」
 嬉しそうに言ったユノに対して、リリは妙にまじめくさった顔つきをする。その声色といい、仕草といい、不吉なものを感じてユノは思わずじり、じりと後退した。
「な、なんだよう……?」
「反重力場の発生装置を止めるには、直にスイッチを操作する必要があるのだよ」
 恐る、恐る、もう先のわかっている答えを、それでも尋ねてしまう。
「つ、つまり?」
 にっこりと笑うその顔は、行け、と無言の圧力をかけているのだった。



「全く、人使いがあらいんだよう」
 ぶちぶちと文句を言いながら、何とか通路まで辿り着いたユノが息を吐き出した。
 通信装置ないし連絡手段があればよかったのだが、事前に渡された調査団の通信機以外の通信新手段の手持ちが無いのだ。(借りればいいのに、というユノのまっとうな指摘は、聞いてもらえなかったらしい)
 と、いうわけで命からがら現場に辿り着いたものの、そこは今も激しい戦闘が行われている最中だ。リリに渡された、赤いマークの入った見取り図とにらめっこしたが、狭い通路内では逃げ回ったり隠れたりするスペースが無い。間違いなく、辿り着く前にお陀仏だ。
「どうしよう……このままじゃリリちゃんに怒られちゃうよう」
 途方にくれながら焦る、という、忙しなく感情を行き来していたユノだったが、そんな彼女に頭上から声が降ってきた。見上げれば、叢雲がワームから庇うように立ち塞がっている。
「死ぬぞ、こんなところで生身でいるなど」
 菜織の、心配しているのか怒っているのか判りにくい声音で言われて、ユノはびくっと竦んだ。
「あ、あの、あたし、反重力装置を止めに来たんだよ」
「何かわかったのか?」
 司が尋ねるのに、こくりとユノが頷く。
「反重力装置のメインスイッチが、あそこにあるんだよ」
 だが、指差した先は、丁度ワームが群がっており、なおかつスイッチがあると思われる位置は人間向けの仕様のために、イコンでは逆に手が届きにくいほど低く、またハッチも小さいようだ。
「あれでは、イコンに乗っている私達にはどうにもならないな」
 呟き、菜織は視線をユノに向けた。その意味はわかっているのだろう、うう、と嫌そうな顔をしているが、固辞する様子も無いところを見れば、自分の役割は認識しているようだ――と、菜織は捉えた。
「私が隙を作る。その間に、装置を破壊してくれ」
 勇ましく言うと、ユノの返答も待たず菜織は叢雲のビームサーベルを構え直し、ワームに向けて数歩近づいた。
 そのままじっと動かず、ハッチ付近を泳ぐワームがうねうねと蠢きながら近寄るのを待つ。美幸が緊張した声で接近距離を報告するのに耳を済ませながら、頭の中にカウントダウンを響かせる。
 そして、ワーム達が牙を剥き出して攻撃に移ろうとした、その瞬間。
「チャラチャラした者は、気に食わん!」
 一声。
 同時に、アクセルギアを1秒だけ発動して、機体をほんの後退させると、超電磁ネットをワーム達に放出する。投網のように射出された超電磁ネットが絡みつき、ワーム達の動きが鈍る。その僅かな間だけで十分だった。叢雲の放った真空波が、襲い掛かろうとしていたワーム達の体を、真っ二つに分断する。
 それによって、ハッチ前に、俄かに空間が出来上がった。
「今の内に!」
「うん……っ」
 頷くのと同時に飛び出したユノは、ワーム達の残骸を必死で飛び越えながら何とか辿り着くと、槍を構えた男の姿をしたフラワシを呼び出し、その焔で先ずは小さなハッチをこじ開けると、更にその中のロックをピッキングで解除し、反重力発生装置のメインスイッチを探しあてた。
「さあ、ワームども、地面を這い蹲るんだよっ!」
 先程までの様子は何処へやら。ふんっと気合一発、ガチン、と音を立てて重たいスイッチを押し込んだ。
 その途端、空中を浮遊していた三十体近いワームが、一斉にがしゃがしゃと地面に落ちた。飛行能力を失っても、動力を失うわけでは無いようで、まだその体を動かそうとするが、こうなっては地面をびちびちとのた打ち回るウナギのようなものだ。
「うえ……気持ちが悪いな」
 その光景に思わず菜織が顔を顰める。
「さて、と」
 勇平が武器を構えなおした。こうなれば、もう飛び道具は必要ないだろう。サーベルを握り締めながら、面倒くさそうな、けれどようやく決着の付いたことに安堵するような、複雑な息を吐き出す。

「あとは、こいつらの大掃除……だな」