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君よ、温水プールで散る者よ

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君よ、温水プールで散る者よ

リアクション

 移動してきたプールではアルバイトをしていた笹野 朔夜(ささの・さくや)と、その体に憑依していた笹野 桜(ささの・さくら)が早速テロリストたち相手に立ち回っていたのだ。
『桜さん、テロリストさんたちは思う存分プールに投げ込んでもいいですけど、人質のお客様には怪我をさせないようにお願いしますね?』
「わかってます。私もそこまで野蛮ではないですよ。だけどどうこう考えながら喧嘩するのはもったいないので、頭脳は朔夜さんにお任せします」
『はい。やることはそんなに難しくないですから。人質とテロリストさんたちの距離をあけておけば、人質を救出する人がやりやすくなるでしょうから』
「なるほど、要はおびきだして喧嘩すればいいんですね?」
『平たく言えばそうですね』
 体を使われている朔夜は脳内で桜と話を整えていく。しかしその姿は独り言を言う青年にしか見えなく、それを見たテロリストたちは馬鹿にされているのだと逆上するのだった。
「お前、俺たちを馬鹿にするのも大概にしろよ!」
 そう言いながら走り寄ってくるテロリストたち。上手い具合に朔夜の考えどおりに事は運んでいくのだが、それだけでは物足りない桜が少しだけイタズラをする。
「そちらさんばかりにご足労願うのは心苦しいですから、私のほうからも行かせてもらいますね?」
 そう言った数秒後にはテロリストたち数名のすぐ側にまで来ていて、おもむろに頭を鷲掴みにしてそのままお手玉感覚で放り投げる。今日、何人のテロリストが宙を舞ったかは、もうわからなかった。
『ほらほら、あまり遊んでばかりいるとテロリストさんたちが怖くなってこちらへこなくなってしまいますよ? そうなったら俺の考えも台無しじゃないですか』
「しかしですね、せっかくの喧嘩なのにこちらからは何もしないのは楽しくないじゃないですか。ですから、つい」
『喧嘩も結構ですけど、一番優先すべきは人質の救出です。そのためにはテロリストと距離をおかせないといけません』
「……そう、ですね。ではしばらくは逃げまとうとしましょうか」
『距離ができたら思う存分暴れてもらってかまいませんから、俺の体のことなど気にせず存分に喧嘩に興じてください』
「あら、嬉しいですね。ですけれど恩人の体を傷つけて返すほど、私は酷くはありません。指一本触れさせずしてねじ伏せて見せましょう」
「だーかーら! さっきからぶつぶつ独り言を言って、なめてるのかー! こっちにきて大人しく縄につけー!」
 後ろから追ってくるテロリストたち。既に人質のことなど頭にないようで朔夜の体に憑依した桜を追うことに夢中のようだ。
「独り言ではないのですがね」
『まあテレパスとかがないと、俺たちの会話は聞けませんから仕方ないですよ。それにこっちの考えは上手くいきそうですしね』
「そうですね」
『それじゃ人質はあの方たちに任せて僕たちはもう少し追いかけっこをするとしましょうか』
「鬼ごっこの最後には本当の鬼が、なんてね」
 嬉しそうに桜はこの後にするであろう喧嘩を楽しみにするのだった。
 二人がテロリストたちと旅は道連れている間に人質を助けに来たのはマクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)サーバル・フォルトロス(さーばる・ふぉるとろす)だ。助けに来たといっても最初から人質に紛れて縛られていたので、助けに来たというのは少しおかしいが。
 もちろんただただ捕まっただけではなく、人質に紛れ隙を伺いチャンスが訪れればちゃんと救出にうつる手はずだったのだ。
 そして朔夜と桜のおかげでテロリストたちは遠くへ行き、今がまさにそのチャンスだというわけだ。
「よいっしょと、まさかプールにきて縛られるとは思わなかった。これもある意味じゃ貴重な体験かな?」
「貴重だろうがそうじゃなかろうがあまり率先して経験したいとは思えないけど。まあ人質気分はなかなかよかったけどね」
 縛られていた縄をあっさり解く二人。辺りを見渡すがまだテロリストたちの気配は近くにはなさそうだ。二人は救出を試みるものの、ある重大なことに気がついたのだ。
「解放するのはいいけどこのまま解放して逃げてーじゃまた捕まるがオチだし、警備が更に厳重になって面倒くさいことになるかもしれないな。んー先に隠れられる場所を探しておくべきだったかな」
「いっそみんなでプールの中に入る? 意外と遊んでる子達もいるみたいだし何とかなるかもよ?」
「人質の集団が忽然と姿を消して、その横のプールではよくわからない人間たちが群になって震えてたら捕まるだろうし、さすがにさっきまでいた人質の顔くらいは覚えてるでしょ」
「いやぁ、あのテロリストたちならケロっと見落としてくれそうなものじゃない?」
「……否定はしないけど、やっぱり隠れられる場所は必要だね。あんまり時間もないだろうし、とりあえず隠れ場所を探さないと」
 そう言って隠れ場所を探しに行こうとするマクスウェルをある声が引き止める。その声の主は先ほどのプールから移動してきた聡だった。
「隠れ場所ならこっちにあるぜ。まだ空きもあるらしいからそこに行くといい」
「お前らと同じように人質を救出、介抱しているやつがいるから協力してやってくれ」
 聡の横から翔が言う。二人の登場に驚くマクスウェルだったがすぐに敵ではないと判断し詳しい場所を聞くことにする。
 それに対して翔が簡潔にわかりやすく情報を伝える。すでに前のプールのところはほぼ制圧が完了していて、ここよりは安全との事だ。
「なるほどね、ならそこに行かない理由は毛ほどもないね。情報ありがとう、二人とも」
「でも人質気分を味わえたのはいいけど、やっぱりおいたした子にはお仕置きが必要だと思うな。だから救出もいいけどお灸も据えに行かないと、ね?」
「ああ、俺たちの分も据えといてくれ」
「二人はどこに行くの?」
「腐ってもテロリストだ。リーダーがいるだろう。多分、最初のくだらない放送をしたやつがリーダーだろうから警備室にいるだろう。あそこなら監視もできるしな」
「ってわけだ。道中みんなの安全を確認もしながら警備室に向かってる最中だ」
「なら頭は任せるとして、こっちは救出と陽動と下っ端の無力化を他の人たちと協力してやるよ」
「無力化なら私にもまかせてよ! 休日として楽しむよー!」
「おう! それじゃそっちはまかせたぜ、気をつけてな!」
 そう言って二人と別れる聡と翔。
「はっ、今こっちのほうから翔君の気配がした気がするよ!」
「まっさかーそう簡単に見つからないって」
 そう言いながら翔を索敵していたのは桐生 理知(きりゅう・りち)北月 智緒(きげつ・ちお)だ。今日はバイトでもなくただただプールを楽しみにきただけ。それともう一つ、プールに来たのには理由があるのだが、その理由とは。
「ううん、確かに翔君とおまけに聡君の気配がしたような気がするんだよ。これは間違いじゃない!」
「でもでもどこにも翔君はいないし、聡君も見えないよ〜? さっきまで見えてた迷彩服の人たちもいないしさーここには智緒と理知しかいないって」
「でも確かに感じるんだよ。私の乙女のカンってやつがうずいてるんだよ」
「気のせいだと思うけどなぁ」
 確かに周りには誰もいない。智緒の言うことが正しいのだが、乙女のカンとは常識にとらわれないようで、なんと二人の目の前には水着姿の聡と翔が現れたのだ。
「ほらねっ! きたでしょ?」
「す、すごっ……恋する乙女はすごいんだね」
「翔く〜ん!」
「ん、呼ばれた気がしたが」
「気じゃない、確かに呼ばれてるぞ。ほら、あの子」
「ん、ああ」
 聡と翔に駆け寄る理知と智緒。プールの水に滴る二人にもまったく動じない翔と、おおっと言わんばかりの聡。理知は翔に話しかける。
「翔君がプールにいるなんて意外だね。何かあったの?」
「絶賛テロリストたちとかくれんぼ中だ」
「その前は二人でナンパしてたんだよーん」
「しょ、翔君がナンパ!?」
「意外だね」
 思わぬ発言に驚いてしまう理知。翔に淡い思いを抱き中の彼女にとっては耳が痛くなるような情報だ。ただでさえモテる翔が自らナンパともなれば、自分の好みの女性に声をかけてあっという間に彼女にしてしまい結婚する、なんて図が想像できるからだ。
「まあナンパしていたのは聡だけで俺はずっと泳いでたけどな」
「そ、そうなんだ。よかった〜……」
「それなのに、それなのに、だ! 俺がどれだけ可愛い女の子たちに声をかけても無視されるかしっしされるかなのに、翔ときたらそこらへん歩いてるだけで女の人に逆ナンされるんだぜ? 不公平にもほどがあるよな」
 少しおどけて見せたのちへこむ仕草をする聡。その姿を見て心の中でがんばれ聡君と励ます理知だった。
「それじゃ二人はこの騒動を片付けるために動いているの?」
 智緒がそう聞くと、翔がへこんでいる聡の代わりに返事をする。
「ああ。ずっとこのままなのも窮屈だからな。俺ももう少し泳いでいたいんだ」
「そ、それじゃ一緒には遊べない、よね」
「今は無理だが、この事態が沈静化してまだ遊べるようであり、かつまた出会うことができたら遊べるかな」
「ほ、ほんと!?」
 目をキラキラさせて翔を見つめる理知。その勢いに少しだけ後ずさりながらも翔は答える。
「あ、ああ。だが今はあまり大きな動きはしないでくれ。まだまだ他の奴らがとんでもないことをしそうなんでな。これ以上騒がれて収拾がつかなくなるのも疲れるし」
「うん、わかった! 私ここで大人しくしてるから、これが終わったらここにまたきてね! 約束だよ?」
「ああ、善処する。それじゃ、ほら行くぞ聡」
「やだ。目の前でデートの約束を取り付けたお前なんかと歩きたくない」
「デっ!?」
「こらこら聡君。聡君もここらでばーんと活躍して女の子に振り向いてもらおうよ。颯爽と解決する聡君、わーかっこいいー!」
「ふっ、了解した。さあ行くぞ翔! 女の子たちのため、もとい悪のテロリストたちを倒しに行くのだー!」
「はいはい、それじゃまた後で会えたらな」
 それだけ言い残して翔と聡は走っていった。残された理知は夢心地のままこの事態が早く収まらないかと心待ちにするのだった。