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君よ、温水プールで散る者よ

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君よ、温水プールで散る者よ

リアクション

 激しい攻防が繰り広げられるその一角に、異様な雰囲気を放つ戦闘場所があった。多くのテロリストたちが胸に手をやり四つん這いになって苦しんでいる。中には既に意識がない者までいた。その光景はまさに異質。
 その悪夢のような光景の元凶であるのはセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)だった。隣には幸田 恋(こうだ・れん)がいた。二人もただ遊びに来ていただけなのに、こんなくだらないことをするテロリストたちを見て呆れ返り、注意をしにきたのだ。
 決して力でねじ伏せにきたわけではない。だがテロリストたちはその場でうずくまり、苦悶の表情を見せいてる。そうなった原因は、セシルの注意の仕方にあったのだ。
「まったく、私は貴方たちのような三下に用はありませんの。さっさとどいてくださらないかしら? そうやってしつこいからモテないのですわよ?」
「うぐぅ!」
「確かに先ほどの主張にはドン引きですがそこまで言わなくても」
「あら、事実を述べているだけですわよ?」
「そうですか……でもこの人たちをどうにかしないとリーダーがいるであろう警備室にはたどり着けませんから、まだまだかかるでしょうね」
「まったく、これだからしつこい男は……いいでしょう、まずは貴方たちに忠告をして差し上げますわ」
 そうは言うものの既に彼女の前に立っているものは一人もおらず、うずくまりながらもなんとか彼女の重い言葉のストレートに耐えているのが何人かいるだけだ。それに止めを刺すように言葉を続けるセシル。
「下らない主張をする前に自分を省みたらどうでしょうか。と言うか、結局チョコを貰えないから八つ当たりしたいだけですわよね? そんなザマだから、良い歳こいてチョコの一つも貰えないのですわ! おわかりになって?」
 あああああああああ、というテロリストたちの断末魔が聞こえる。しかしそれを聞いてもなおセシルは止まらず、果てにはテロリストたちが使っていた拡声器を拾い上げてお説教を続ける。
「そんなことでは一生一人で生きていくことになりますわよ? 孤独に、チョコももらえず、クリスマスは一人でチキンを食べ、ジューンブライドなんていう言葉とは無縁の人生を送る羽目になりますわよ?」
 拡声器を使ったせいで広範囲にその効果は現れる。テロリストたちにも効果は抜群だが、人質の方からも悲鳴が聞こえる。何もテロリストだけがモテないわけではないのだ。しかしそれでもセシルは止まらない。
「ただでチョコをもらえると思わないことね。こちらだってそれなりの材料費と労力を費やしているのですよ? そのようなものを気軽にもらえると思っているから、貴方たちはいつまでたっても」
「あっ、セシル殿それ以上いけない! あのテロリスト泡吹いてますから!」
 最初は捕らえる気満々だったテロリストたちも、何も出来ずただただ耐えることしかできなかった。
 人質解放をしていたロクロの場所には、お給金がよかったのでここでアルバイト(本人曰く、社会勉強兼修行らしい)をしていたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がいた。ロクロと同じくバレンタインを知らないフレンディス。
「はい、これでもう平気だよ」
「ありがとうございます、ところであの、一つ尋ねてよろしいでしょうか?」
「ん、なに?」
「ばれんたいん、とは一体なんでしょう?」
「え、えっとぉ。実はボクも知らないんだよね、テロリストさんたちはバレンタインに関する何かしらでこのテロをしたそうだけど……」
「そうなのですか、では少しだけ失礼して」
 そう言って水着の上からパーカーを羽織ったフレンディスはテロリストの所へと向かう。
「あ、あぶないよ!」
 ロクロの制止も聞かず、フレンディスはテロリストの肩を叩く。
「な、なんだ!? 敵か!?」
「あ、いえ。お取り込み中のようですが、一つ聞いておきたいことがありまして」
「なんだよ! こちとらこいつら抑えるので精一杯なんだよ!」
 人質が逃げ出し話に来ていることにすら気づかないほど手一杯のようだが、フレンディスはお構いなしに話を続ける。
「その……バレンタインとは一体何でしょうか?」
「っだもおお! それどころじゃないってのに! バレンタインってのは女が男にチョコレートをあげる訳分からん日だよ! これでいいか!?」
「女性が男性に、ですか? なぜ?」
「そいつのことが好きだったり、友達としてもっと長く付き合っていきたいとかそういうのだよ多分! もらったことのない俺に聞くな!」
「好きな男性に女性がチョコレートをあげる日、なのですか?」
「……ああもう! 戦闘まかせた!」
「ちょっ!? おい!」
「よそ見してると危ないよ! ブラシの餌食になりやがれ!」
 戦闘を放り投げたテロリストA、そして刹那の華麗なブラシ捌きの犠牲になるテロリストB。
「いいか? バレンタインってのは女が男にチョコレートをあげる日だ。何でそんなことをするかというと、普段は恥ずかしくて言えない自分の気持ちを、バレンタインという日に勇気をもらい告白したりするんだよ。その時に一緒にあげるのが本命チョコ、これは好きな奴にあげるチョコな。他にも異性として好きではなく、いい友人として渡されることもある。これが義理チョコ。他にも女同士で渡す友チョコだったり、男から逆にあげる逆チョコなんかもある」
「はあ、好きな人にですか」
「んで俺たちはその悪しき風習をなくすために、こうしてテロを起こしたってわけだ。分かったか?」
「……バレンタインは悪しき風習なのですか?」
「人によりけりだな。さあ、わかったらここは危ないからさっさと後ろに下がりな」
「はい。いろいろ教えていただきありがとうございました」
 へぇへぇと言って戦闘に戻るテロリストA。その会話を最後に、さきいた場所へと戻るフレンディス。
「あの人たちにとってバレンタインとは悪しき風習なのですね。それは、一度ももらったことがないからなのでしょうか……」
 一人悶々と考え続けるフレンディスだった。
「おっらおらー! 今の俺は絶好調! 止められるもんなら止めて見やがれ!」
 そう言いながらモップを自在に操り敵を伸し続けるのは猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)だ。襲い来る敵をばったばったとなぎ倒していく。刹那のブラシ捌きにも負けずとも劣らぬモップ捌きだ。
『おいおい、あんまり暴れてやるなよ? 大剣だろうがモップだろうが、あたりゃ痛いんだからよ』
 肉声ではなく勇平の脳内に聞こえてくるのは、今も勇平が纏って戦っている魔鎧でありパートナーのウルカ・ライネル(うるか・らいねる)の声だ。
「いいじゃないか。こいつらはテロリスト、なら懲らしめてやらなきゃまた同じ事をするかもしれないだろ? そんなのほっとけるかよ!」
『とかいいつつ、実はちょっと暴れたい気分なんだろうに』
「細かいことは気にすんなよ! そらそら、かかってこいよー! 銃弾だって怖くないぜ!」
『……まあ、着て貰えるなら何だっていいんだがな』
「ん、何か言ったか?」
『いや、別に! そんなことよりよそ見してると逆に伸されちまうぜ!』
「そんなヘマするかよ!」
 ウルカの呟きには気づけない勇平だが敵の攻撃には反応し、華麗にかわして反撃をする。前線で戦う協力者と共に次々とテロリストたちを倒してく。時には床に寝させ、時にはプールへと投げ飛ばしていく。
「ったく、数だけは多いな。大剣さえありゃもっと早く終わるんだろうが、ない物ねだりはよくないか! まあたまには細身の剣も悪くはない!」
 刹那と同じく普段は大剣を使いこなしている勇平も例外ではなく、そのモップ捌きのスピードは普段よりも速く、正確に敵の急所を突いていく。敵の数も大分減ってきていて、人質もかなりの人数が解放され、余計に大暴れしてもいい状況が作られていく。
『しっかし、こいつらほんとに数だけだな。こっちは十数人しかいないのによぉ』
「数は十数人でも一人一人が一騎当千なら物の数じゃないって!」
『まあ、それもそうか。何にせよこいつらの攻撃なんて指一本触れさせねぇから存分に暴れていいぜ!』
「言われなくてもわかってるって! 頼むぜウルカ!」
『おう!』
 自由に暴れられる条件が整い、今まで以上の攻撃を繰り出す勇平。テロリストたちはまったく敵わず、倒れていくことしかできなかった。
 各自が暴走気味に暴れ始めている中、人質解放に専念していた奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)雲入 弥狐(くもいり・みこ)が人質解放を進めていた。他の三人の協力もあり既に四分の三の人質の解放が済んでおりほぼ安全は確保された、というときだ。
「お前か! さっきから人質が少ない少ないと思っていたら逃がしていたとは! だがこれ以上はさせないからな! 大人しくしろ」
 沙夢にようやく気づいたテロリストの一人が沙夢に銃を向ける。だが、沙夢はそれに臆することもなくゆっくりと立ち上がる。
「まったく、人がゆっくりと休憩しているところに襲撃してきて、あまつさえその私に銃を向けるなんて、許されざるわよ?」
「そうだそうだ! 人に銃を向けるなんていけないんだよ!」
「うるさい! 少しでも変な動きをしたら撃つからな、脅しじゃないぞ!」
 そう言いながらもテロリストの銃のセーフティーは外れていない。それを見て沙夢はゆっくりと喋りだす。
「貴方たちがいつまでもここを占拠していると、私は十分に珈琲を楽しむことが出来ないの。カフェでくつろぎながら珈琲を飲む、そんな私の素敵な時間が戻ってこないのよ」
「う、うるさい!」
「それにバレンタインに悲しい思い出をしているのが貴方たちだけだと思っているの?」
「……えっ?」
 テロリストがすっとんきょな声を出す。かまわず続ける沙夢。
「貴方たちはチョコをもらえなくて苦しんでいるようだけど、こんなのは知っている? せっかく丹精込めてチョコを作ったのにも関わらず、食べてもらえないそんな悲しい思いを」
「えっ? 沙夢、男の人にチョコなんて作ったことない」
「しっ」
 弥狐の口を塞ぎ話を続ける沙夢。
「最初は苦手だと言われ、次に虫歯がと言われ、終いには溶かして新たにチョコレートを作り『毎年ありがとうね』と渡されたあの悲しみを…。男性の貴方にはわからないでしょう?」
「そ、そそそそんなの悲しくなんか!」
「あら、必死に作ったチョコレートが食べられることなく、好きな人の手によって溶かされて、また新しいチョコレートになって自分に返ってくるのよ? 悲しいだけじゃない、虚しさ付きなのよ? 苦さ百パーセントなのよ?」
「う、うううっ」
 あまりの思い出話に銃を落として頭を抱えて悶えるテロリスト。その隙をみた弥狐がすかさず攻撃を繰り出す。テロリストの体は九の字に折れ曲がり、そのまま倒れた。
「甘い甘いチョコを貰えて食べられる日を失くそうとする君が悪いんだからね。これでも抑えたほうだから安心して」
「ああ、そうそう。聞こえないでしょうけど一応言っておくわ、今の話は嘘よ」
 素敵な悪戯をした彼女が笑い、その場をざっと見てもう平気だろうと思った彼女は、そのままカフェへと戻る。
「店員さん、はいないから自分で淹れましょうか。弥狐も飲む?」
「甘くないからいらないよー」
「そう。それにしても、この人たちはチョコがもらえればいいのかしら。それなら、気持ちも何も込めていないチョコくらいならあげてもいいのだけれどね」
 そう言いながら優雅に珈琲を淹れて、カフェでくつろぐのだった。
「……想像以上だな」
「いいじゃないか、おかげで楽々警備室に行けるだろ」
「その前にテロリストが壊滅しそうだな……はっ、それじゃ俺の活躍がなくなってしまう! 急ぐぞ、翔!」
「お前、実はテロリスト側なんじゃ」
「んなわけあるかー! さっさと行くぞ!」
 コントのようなやりとりをしながらも、警備室へと急ぐ二人だった。