天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

君よ、温水プールで散る者よ

リアクション公開中!

君よ、温水プールで散る者よ

リアクション

「あー彼女をゲットするためにここにきたのに、なんでこうなるんだか」
「しかし、こいつら甘すぎるな。人質を確保もしないまま要求をバラし、そこらで遊んでいる者たちにも関与しない。更には味方同士での連携もまったく出来ていない。この状態であれば何もせずとも自身たちで勝手に内から瓦解していくだろうな」
「なーにをくそまじめに分析してるんだ。こんなおままごとみたいなテロ行動の沈静化よりも、今は俺に彼女が出来るか出来ないかが重要だろうが!」
「そちらのほうが下らないだろう。どれだけ下らなくてもこいつらはテロを起こした。理由、動機はともあれたった一つの要求を通すためだけに、国も言語も違う者たちで徒党を組み行動しているのだ。この歴史の中において、圧倒的だった国の崩壊などの主な元凶は、そのほとんどがか弱き民衆たちによるクーデターによる瓦解などが多い。これもその一つだとすればやはり放っておけはしまい」
「なげーよ! お前の台詞を見て八割の人が飛ばしてるよ!」
 そんなやりとりをしているのは叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)の二人だ。二人とも軍人なのだが、まぬけなテロリストたちはそれにすら気づかずにいた。
「だが、バレンタインの撤廃。悪くはない」
「はあ? 悪いだろうが、女の子からチョコがもらえなくなるんだぞ? ドキドキする日が一日減るんだぞ? それじゃだめだろ!」
「しかし、手ぬるいな」
 そう言って立ち上がる白竜。そのままテロリストたちの所へ向かう。あまりの突飛な行動に羅儀も止めることができなかった。
「な、なんだお前は」
 サングラスをかけている白竜が、ずかずかと音もなくやってくるのに圧倒され気味なテロリストたち。そのテロリストたちの眼前に立ち堂々と話し始める白竜。
「その要求は悪くない。が、それを達成させようとするには今のままではあまりにも雑すぎる。これは血で血を争う生臭いものではない。ならば多すぎる人質の解消及び一般思想への賛同も得るためにまずは女子供、老人を解放すべきです」
「……はぁ」
「勿論、男には残ってもらいます。人質としての抑止力は必要ですから、テロにとって人質はある意味命綱でもあります。これがなくては一瞬で蜂の巣にされますからね。要求のシンプルさは十分です。このままで問題ないでしょうが統率がなっていません。このままではなし崩しにどんどん人質が逃げていきます」
「あ、ああ」
 感心して白竜の話に聞き込むテロリストたち。
「人質がいなくなる、それはつまりあなたたちの敗北を意味します。人質だけは絶対確保。もちろん逃がさないために見張りをつけること、欲を言えばカメラも手中に収めておきたいですが既に警備室は制圧済みですね。リーダーの方が見ているのであればひとまずは安心でしょう。しかし通信手段がないのは心許なさ過ぎる。最良なのはテレパシーでの念話ですが、恐らくこの規模のテロ相手に無線傍受はしてこないでしょうから無線機でもあるといいのですが、ありませんか?」
「な、ないな」
「そうですか。と、なるとかなり厳しいかと」
「や、やっぱり無茶かな?」
 弱気になり始めるテロリストの一人に白竜はきっぱりと言い放つ。
「無謀ですね。戦場に裸一貫で奇声を上げて走り回るほどに。通信手段や人質の管理ができないのであれば諦めたほうがいいでしょうね」
「そっか、そうだよなぁ。うん、俺はもういいや。人質の人たちも疲れちゃうだろうし」
「お、俺も……」
 白竜のお説教もとい、テロとは何か講座により自分たちがやっている行為が無謀だと気づいたテロリストたちは、続々と自らの意思で戦線を放棄する。まさかの出来事である。
「そうですか。要求が通るための最良の助言をと思いましたが、残念です」
 それだけ言って白流は羅儀の所へと戻る。そんな白竜に羅儀が一言。
「……お前はテロリストか」
「何を、あくまでもできるかできないかを知りたかっただけだ」
「何にせよ、お前は敵に回したくないよ」
 皮肉を一つ言って、笑う羅儀だった。
「はい、大丈夫ですよ。これでもう安心ですからね」
「ありがとうございました」
「少しそちらのベットで休んでいってくださいねー」
 そう言いながら救護室で臨時のバイトをしていたのはキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)だった。今のところ救護室にはそれほど多くの人が来ているわけではなく、テロにはあっているもののそこまで事態は深刻ではないとキリエは感じていた。
 だからこそキリエは冷静に救護に専念できていたのだ。これがもし重傷者ばかり、それも多数の患者たちが来るようであれば、適切な処置をした上でテロリストたちとも戦わなければならない、とキリエは胸を痛めていたのだ。今回はそれがなかった。
「肉体的外傷での怪我人はいないものの、ストレスからくる精神的内傷の人たちが多いですねぇ。遊びに来たと思っていたらテロリストたちに包囲されていたのですから、無理もないですねー」
 多いと言っても気分が悪くなった人質たちをたまにテロリストがつれてくる程度で暇と言っていいほどだった。
「でもまぁ、救護室なんて暇なのが一番だからねぇ。このままテロも収まってくれれば万々歳なんだけどね〜」
 テロリストたちも人質を取っているようだが、危害までは加えていないので過激すぎるということではないようだ。というかむしろ気分が悪くなった人質を率先して連れてくるところを見ると、相当な穏健なグループらしい。
「まあ要求が要求ですしね」
「おーい、すまないがこっちのやつも診てやってくれ」
「あ、はいはーい。それじゃこっちにお願いしまーす!」
 またもやテロリストと患者が現れ、そのままキリエは何事もないよう祈りながら診察に戻るのだった。
「プールだな」
「プールであろうな」
「プールですぅ」
「プールねー」
「なのになんだあの迷彩服のむさい奴らは、来る場所を間違えているんじゃないか?」
 今にもはちきれんばかりの怒りを抑えようともせず不機嫌まっさかりな声で言い放つのは新風 燕馬(にいかぜ・えんま)だ。その横にはザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)の三人だ。
「流れるプールまではよかった。最高だった。プールサイドでビーチボール片手に遊んでいたのもオッケーだ」
「結構はしゃいでいたな、燕馬くんの割には」
「すっごくかわいかったのですぅ」
「あらあら、ビーチボールを打つときの顔はかっこよかったわよ?」
「それはいい、そこまでは完璧だ。完璧なアウトドアな休日だ。最初はお前らにどっか連れてけ連れてけと言われて仕方なくだったが、それなりに素敵な一日だった。だったのに!」
「すごい勢いでテンションをあげるのだな」
「見渡せど見渡せどあるのはスイカではなく迷彩柄の服を着た男たちでしかない!」
「スイカならここに四つあるけどねっ」
「むっ?」
 ザーフィアとローザが大きなスイカップの胸を持ち上げる。その横では性能差に苦しむフィーアが悔しそうな表情をしていた。
「そんなことは置いといて、せっかく昼間に起きてせっかくの休日をこのままこいつらに台無しにされるのは癪だ。癪すぎる、ので」
「ので?」
「全力で蹴散らす」
「キャー、テロリストさんと戦うなんてフィーア怖いですぅ」
「私も怖いわ燕馬ちゃん、守ってくれるかしら?」
 そう言いながらさりげなくフィーアは燕馬の右腕を、ローザは左腕をゲットしていた。二人ともヤル気満々のようだ。しかし燕馬も別の意味でやる気満々だった。
「はっはっは、守らなくて十分強いだろう。そんなことよりさっさとこの阿呆どもを退治して、俺たちの休日を奪還しに行くぞ。じゃなきゃ浮かばれない、俺が」
「そう思って機晶スタンガンの準備は万端だ」
「ローザ、ラスターハンドガン」
「はい、どーぞっ暖めておいたわ」
「……フィーアには真似できない芸当ですぅ」
 二人とも胸の谷間から物騒なものを取り出し、準備を整える。幸いにもこの辺りは人質がおらず思う存分暴れまわることができそうだ。
「さあショータイムの始まりだ。人の休日を奪う奴がどうなるか、骨身にしみさせてやる」
「死なない程度にするであろう」
「それじゃ、行くぞ!」
 燕馬とザーフィアが同時にスタートして、みるみるうちにテロリストたちとの距離を縮めていく。それにテロリストたちが気づく。
「な、なんだおまっ」
「お前らに休日を奪われた通りすがりだよ、ただのなぁ!」
「左に同じである」
 二人の武器に急襲されたテロリストに既に意識はなく、その場に倒れ伏す。異変に気づいたテロリストたちが、続々と燕馬たちの周りに集まってくる。
「キャー怖いですぅ。今日は武器を持ってきてないんですよーキャー」
 そう言いながらフィーアは燕馬に抱きつく。更に右腕にはそっと自慢の胸を押し当てて、アピールするローザもいた。
「燕馬ちゃん……」
「……やれやれ、こいつらも難儀だな。こんなことをしてる間にもダシに使われるとは哀れであろうて」
「おい、二人とも離れろっ! こいつらをぶっとばして休日を取り戻さないといけないんだ!」
 討ち入りに来た割にほのぼのとして明らかにテロリストたちはなめられているように見える光景だった。案の定、テロリストたちもその光景を目の当たりされ、黙っていることなどできず、ずいずいと何人も前に出てくる。
「くそっ、イチャイチャしやがって! こんな奴らが公共の場でイチャイチャしやがるから俺たちはバレンタインを撤廃することを要求してるっていうのに! これじゃ本末転倒じゃねぇか! ああもうやけだ! 覚悟しろよお前ら!」
「俺たちの悲しみは止まることを知らない!」
「イチャイチャなど認めるか! 認めてなるものか! 異性だろうが同姓だろうが、イチャイチャなどあってはないけないんだ!」
「エゴだろそれは!」
 そんなコントのようなやりとりをしながらも燕馬とザーフィアはテロリストたちを遠い意識の中へと沈めていく。その鮮やかな手さばきにより、テロリストたちは全員意識の彼岸へと運ばれたのだった。
「ふぅ、まあこんなもんだろう」
「かっこいいですぅ」
「さっすが燕馬ちゃんね!」
「持っててよかったスタンガン、なのだよ」
 そう言いながら、満足したのか四人は何事もなかったかのようにウォータースライダーのプールの方へと歩いていくのだった。
 そんな四人とは打って変わって、ひたすらにテロリストたちの話を聞いて励ましているのは月音 詩歌(つきね・しいか)だ。
 彼らテロリストの要求を聞いて彼らを励ましたいと思った詩歌は、先ほどからずっとテロリストたちのバレンタインの悲しい思い出を聞いていたのだ。
「それで結局さ、その子はそいつと付き合ったわけなんだよ。うぅ、今思い出すだけでも泣ける……」
「うんうん、悲しかったね。うぅ、私まで悲しくなってきて、うあわぁーん」
「おいおい、嬢ちゃんは泣かなくていいんだよ。でも俺の話を聞いて泣いてくれてありがとうな」
「うん……でもやっぱりバレンタインはみんなにとって必要なものだって思うの。だから失くしちゃうなんてだめだよ」
「そっかそっか……そうかもな。よし、いっちょリーダーのとこまで行ってみるか」
「説得してきてくれるの?」
 上目遣いでテロリストを見つめる詩歌。それにまるで父親のような目で答えるテロリスト。完全に目的を放棄している。
「ああ、嬢ちゃんがちゃんと話聞いてくれたからな。できれば俺以外の悲しい思いをした奴の話も聞いて、励ましてやってくれるかい?」
「うんっ! 私、がんばるよっ!」
「ああ、それじゃ俺はちょっと行ってくるかな」
「ここにいる人たちの話を聞いたらそっちにいる人たちの話も聞いてあげていい?」
「そうしてやってくれ。みんなきっと嬢ちゃんのような子を待っているからな。子供のときから、さ」
 意味ありげな言葉を残してテロリスト・改心は去っていった。その後も詩歌は他のテロリストたちの思い出を聞き、共に泣き、たまに怒りながらも一生懸命聞いて励ますのだった。結果的に詩歌の行動はテロリストたちの戦意を失くし無力化することに繋がっていたのだった。