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リアクション
さて。
招待客も集まってきたところで、パトリックと、もう一人の主催者である桜坂ののの二人が、広間にやってきた。
そのことに気がつき、今まで歓談に興じていた人々も声を掛け合い、次第に広間へと集まってくる。
庭を散歩して居た参加者には、屋敷で働いているメイド型機晶姫が声を掛けて回っている。ほどなく、全員が広間に集うだろう。
広間の中央へと歩み出たパトリックは、周囲をぐるりと見渡すと、勿体付けてお辞儀をする。
「皆さん、本日は――」
家主として、今日の主催者として、パーティーの開始を宣言しようとした。
そのとき。
――キャァアアアアアアアアアア!!!
絹を引き裂くような悲鳴が、屋敷中に響き渡った。
ホールの中は途端に緊張に包まれる。しかし、ここに集まっている者の多くは場数を踏んだ契約者たち。緊張の面持ちを浮かべながらも、悲鳴の発生源を探して油断無く四方へ目を遣っている。
「お、お静かに! 皆さん、落ち着いて!」
たぶん一番パトリックが落ち着いていない。へっぴり腰できょろきょろと辺りを見渡している。
「大変です、お庭が!」
駆け込んできたのはメイドの一人だ。
その一言で、パトリックとのの、それからトラブル慣れしている契約者たちは、何事だ、と庭へと走った。
屋敷は古く、そして広い。二人で住むには無駄に広い。
広い玄関ホールを抜け、広い広い庭を抜け、たどり着いたのは庭にある薔薇園だった。
「ここです!」
「なっ……!?」
メイドの案内で走り込んできたパトリックとののの二人は、その光景を見て呆然と目を見開いた。
この時期、本来であればこの空間に花は無い。しかし、折角のお茶会だからと、錬金術的な何かをたしなんでいるののが、ちょちょいっと手を加えて、数種の薔薇を咲かせていた――はずだった。
しかし、人間を襲う様には作っていないはずだ。
二人の目の前では、巨大な紫の花を咲かせた薔薇が、まるまると太く育ったツタを、まるで触手のようにうねりうねりとさせながら歩き回っていた。
その触手が、一人の少年を絡め取って高々と掲げている。男性にしては少々線が細い。先ほどの悲鳴も彼のものだろう。
「ま、まさか……」
ののの顔がサーっと青くなる。
「どうした、のの」
青くなったののに気づき、パトリックも心なしか青ざめて問いかける。すると、ののは引きつった笑顔を浮かべて、震える指で薔薇を指し示す。
「この季節にも花が咲くように、栄養剤とかちょっと、手を加えたんだけど……副作用、的な……」
はははっ、と乾いた笑いが木枯らしに散っていく。
このままでは大問題だ。
短い沈黙が落ちた。
それから二人は意を決して顔を見合わせる。そして、あたかも自分には非の無い緊急事態発生、というような顔をして、叫ぶ。
「み、皆さんお願い、手を貸して!!」
ののが悲鳴を上げるや否や、その場に居た契約者達は素早く動いた。
どうやら捕まっていたのは契約者ではないらしい。抵抗する事すらままならず、目にいっぱいの涙を溜めて地上を見ている。その視線の先には、彼のお相手と思しき長身の青年。しかし彼もまた非契約者であり、戦闘の心得はないようだ。悔しげに下唇を噛みしめて、恋人の姿を見つめている。
と、太いツタのうち一本が、うわんと空気を裂く音と共に、彼の足下を鋭く打った。
咄嗟に近くに居た佐野 和輝(さの・かずき)が彼の体を抱きかかえて横に跳ぶ。庇うようにしてそのまま地上で一回転。
「逃げろ!」
「あ、でも……!」
「俺たちで必ず助ける、隠れてろ!」
彼は二つの理由でためらいを見せたが、しかし自分が此所に居ても足を引っ張るだけと判断したのだろう、契約者達の後ろへと待避する。
理由の一つはもちろん、未だに薔薇に捕らわれている恋人の姿。
そしてもう一つは、ぱっと見女性だと思った目の前の相手が、野太い、というほどでは無いにせよはっきりと男と分かる
声で話し出して戸惑った、ということだ。
そう、和輝は「またしても」パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)の謀略に嵌まり、女装してパーティーに参加させられて居たのだ。そのため、パーティー開始前だというのに既に、だいぶフラストレーションが溜まっている。
「捕まった奴には悪いが、ここはサンドバッグになって貰うぜ……」
周囲には聞こえないよう配慮しながらも、しかし本音が口をつくのは止められない。和輝はパーティードレスに合わせたシルクのグローブと肩に掛けたボレロをぽいぽいと脱ぎ捨て、軽くステップを踏む。
「いくぞ、アニス!」
「薔薇退治するの? 面白そう!」
和輝がドレスを脱いでしまうのを少し残念そうに見ていたアニスだったが、声を掛けられると途端に目を輝かせ、自分もすかさず戦闘態勢を取る。
しかし、アニスの得意技は遠距離からの魔法攻撃。人質が居る現状で見境無くぶっ放す訳にはいかない。和輝が先に飛び出していく。
――俺が蹴りで牽制、人質救出。そしたら攻撃頼むぞ、アニス。
――オッケー、任せてっ!
精神感応を使って密な連携を取りながら、和輝は「蟲」に命じて足に寄生させる。陽炎のように姿のはっきりしない、米粒ほどの虫の群れは、臑に当てたレガースの下に入り込み、その筋力を高める。
「喰らえ……!」
思い切り飛び上がると、少年をぐるぐる巻きにして居るツタめがけて必殺の蹴り技を繰り出す。
しなやかに伸びた足が、ばすっ、と重たい音を立ててツタの表面を抉った。
思わず反射的に緩むツタの隙間から落ちそうになる少年に和輝が手を伸ばした、その瞬間。
しゅるしゅるともう一本のツタがどこからともなく現れ、和輝の腰辺りに巻き付いた。
「な……っ?!」
「危ない!」
落ちそうになる少年の元へ慌てて飛ぶのは、見回り役の三人のうちの一人、エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)の操る飛空艇だ。迅速な動きで少年を抱き留めると、ツタの追撃が来る前にその場を離脱し、恋人の青年の元へと送り届ける。
一方引き替えに捕まってしまった和輝は、ツタを振り払おうとじたばたしてみるのだが、蹴り技というのは軸足がしっかりして居なければ威力を出せない。無力に藻掻くだけの和輝の腰回りで、弄ぶかのようにツタがうねうねと蠢く。
「ひっ……! つか、痛ッ! 地味に痛い!!」
その表面には薔薇らしく小さなトゲがある。一つ一つの殺傷能力はたいしたこと無いのだが、絡みつき、さらに動かれてしまうと、洋服越しでも微かな刺激が肌に伝わる。
「てかドレス、ドレス破れる! やめろ!」
スパッツは履いているが、あまり披露したい姿でもない。
「和輝ぃい!」
下でアニスが情けない顔をして居る。が、そちらには全く興味が無いらしく、ツタは攻撃さえしない。
「どうなってんだ、くそ……離せー!」
和輝を巻き込む可能性のある炎、雷系の魔法は使うに使えず、アニスは心配そうな顔で和輝を見上げるばかりだ。
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