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 ――さて、人質は六人になった。

 薔薇は嬉しそうにうにょろうにょろと自らのツタを蠢かせる。
 するとその先端に絡め取られている少年達からは、悲喜こもごもの悲鳴が上がる。

 そのうち、「喜」の方の悲鳴を上げている筆頭はテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)であろう。
「痛い、けどもっとー!」
 悲鳴を上げながらも、テディの脳裏には自らの「ご主人様」、皆川 陽(みなかわ・よう)に「おしおき」される時のことがふわふわと浮かんでいる。
――縛るのはうちのご主人様が一番うまいよなー、あの絶妙な痛キモチイイ具合ったら……
 陽はぱっと見た感じ控えめで引っ込み思案でおとなしそうな雰囲気だが、その実、結構サドっ気があるというか……滅多なことでは顔を出さないが、一度ぷっちんすると、お仕置き、と称してその……いろいろ、したりする。
 テディもテディでそれを嫌がるどころか喜んでいるくらいなので、需要と供給、というか。相性は良いのだろう。
 そんなわけでテディは、薔薇に襲われながらも、ご主人様の事を想いだして愉悦に浸っているのだが――
 その、ご主人様の方は心中穏やかで無かった。
……なにさなにさ、嬉しそうな顔しちゃって。なんかムカつく……!!
 それはたぶん、まだ幼い愛情からくる独占欲なのだろうけれど、陽はまだそれに気づかない。
 ただ、自分以外の人間に虐げられて嬉しそうにして居るパートナーが、どうにも気に入らない。
「もう、オマエなんか助けてやるっ!!」
 よく分からない復讐心に心を燃やし、陽は強く地面を蹴った。
 レビテートを発動し、空中からサイコキネシスでツタの動きを封じようとする。が、なにぶんツタの数が多い。ここはカタクリズムで一気に、と思った瞬間。
 捌ききれなかったツタの一本が、背後から陽を襲った。
「陽!」
 先ほどまで気楽な様子だったテディの顔が、その様子を見てサッと曇る。
 ……人質が七人に増えた。
「あ、ちょ、痛い……これ結構痛い……」
「陽を放せ、このっ!」
 ツタに巻かれた陽は地味な苦痛に中途半端に顔を歪める。それが許せないテディはでたらめに暴れるが、上機嫌なツタは余裕さえ見せているように、ゆったりとした動きでテディと陽を捕らえているツタをわざと引きはがす。
「陽ーッ!!!」
「テディ……!!」
 まさしく悲劇の恋人同士の図。足下から複数のシャッター音が響いたのはきっと気のせい。
「全く、見てられないわね」
 と、そこへ一歩踏み出したのは、西シャンバラの代王である高根沢 理子(たかねざわ・りこ)だ。隣には、理子をエスコートしている酒杜 陽一(さかもり・よういち)の姿もある。
 理子の影武者を務めている陽一は、一応生物学上は男性であるが、整形・メイク・補整下着、その他諸々の技術を使って見た目は理子とうり二つの、女性の姿になっている。今日は女性カップルのフリをして、理子の気晴らしになればと紛れ込んだ。
 今日の理子は、一般的な女性物のワンピースに身を包み、ごく普通の女性のふりをして居る。その所為もあってか、本来のお節介で正義感の強い側面が強く顔を出している様だ。
「理子様、くれぐれもお怪我はされないように」
 陽一が小声で耳打ちするが、しかし言葉の内容ほど咎めている気色はない。武装して居ない理子に、護衛のため隠し持っていた自らの剣を貸す始末。
 捕らえられている男性陣には悪いが、理子のレクレーションになれば、と思っている様だ。
 実際理子は、久々に体を動かせる、とばかりにウォーミングアップに余念が無い。 
 屈伸、伸脚、軽くジャンプ、と関節を解すと、いくよ、と陽一に合図して飛び出していく。
 同時に陽一は荒ぶる力を発動する。二人の体の中からむくむくと力がわき上がり、身体能力を高めてくれる。
 薔薇の怪物は、女性には一切、これっぽっちも、かけらほども興味を抱いていない様だった。すらりと剣を抜き放った理子が懐へ飛び込んで行っても、ツタが襲ってくる様子はない。
 だがしかし。
「ッ、おわっ、このっ……!」
 一方の陽一に対しては、執拗にツタを伸ばしてくる。
 理子と外見はうり二つなのに何故、と陽一の顔に焦りが浮かぶ。
 どうもこの薔薇、男の娘も守備範囲――というか、外見では襲う対象を判断して居ないのだろう。人間が猫や犬を見て、一目では雄雌の判断が付かないように、外見では判断が付かないのかもしれない……というか、目らしい器官も見当たらない。おそらくはこう、フェロモン的な、植物(?)にしか分からない「何か」で捕まえる相手、攻撃する相手を判断しているようだ。「捕まえる」と「攻撃する」の判断基準は不明。
 理子に武装を貸してしまったため、陽一にはまともな攻撃手段がない。幾たびもの戦いをくぐり抜けた経験と勘が、辛うじて陽一をツタの魔の手から逃がしている。しかし、このままでは捕らえられるのも時間の問題だ。
「本当に困った薔薇だわ!」
 理子が手にした武器を振るうと、ツタの一本がすぱりと切れた。
 そこでようやく理子の存在を知覚したのだろう、薔薇はようやく、理子に向かってツタを振るう。しかし理子は慌てず騒がずツタを躱し、あるいは切り捨て、本体に肉薄しようとする。
 その様子を視界の端に認めた陽一は、流石理子様、と賞賛の思いを胸に起こしながら、しかし自分を捕らえようと襲いかかってくるツタの処理で手一杯だ。
 理子の攻撃は的確で、また薔薇はどうやら、女性の気配を察するのに疎いらしい。攻撃が緩慢な事も手伝って、程なく理子は本体と思しき紫色の花を攻撃範囲に捕らえた。
 一気に地面を蹴って、巨大な花を真っ二つに切り裂く。
 シャアアアア、と断末魔と思しき悲鳴を上げて、巨大な花はドォ、と地面に倒れた。
 これでツタもおとなしくなる――かと思いきや、ツタの方は相変わらずうにょろうにょろと元気に動き回っている。
「えええっ?!」
 なんでぇ、と理子が目を丸くする。が、すぐに花を傷つけられた事に怒ったツタが、理子の居た辺りめがけて飛んできたので、やむを得ずその場を離脱する。
「理子様、あれを!」
 と、陽一が「それ」に気づいて声を上げた。
 その示す先には――
「嘘、まだ居るの?!」

 巨大な紫の花がもう三つ、にょろにょろと顔をだしていた。