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 さて。
 人質七人が高々と掲げられ、やんやの騒ぎを繰り広げているその横には。
 結構な人だかりが出来て居た。
 元々庭を散策していた者もいるし、騒ぎを聞いて集まってきた者も混じって、戦闘を繰り広げているエリアからは少し離れ、遠巻きに和を形成していた。
 そんな中で。
「ちょ、ちょっとねーさま?!」
 加勢に飛び出そうとしていた久世 沙幸(くぜ・さゆき)が、間の抜けた悲鳴を上げていた。
 その原因は、沙幸の左腕をしっかと掴んでいる、藍玉 美海(あいだま・みうみ)だ。
「そうやって腕を掴まれてたら、助けに行けないんだもん?」
 目の前の戦闘は、未だ止む気配は無い。
 どうやら女性であれば気づかれずに懐まで飛び込めるようだし、少しでも力を貸そうと一歩を踏み出した、そこを美海に捕まえられたのだ。
「別にわたくしたちが出て行かなくとも、大丈夫ですわ。皆さん、屈強な契約者のようですし」
 そういって美海が指差した先にいるのは、屈強、という形容詞を関するには些か線の細い男子のようだったが、しかしほとんどが歴戦の勇士であることもまた事実。
 ……とはいえ、その『屈強な契約者』のうち七名ほどは、好色なツタの手(?)によって、良いように弄ばれているのだが。
「いくら屈強な契約者って言っても、ほら、触手に絡まれて大変な事になってる……」
「私達女性には、危害を加えるつもりはなさそうですし、構わないでしょう?」
 何とか助けに行こうとする沙幸の手をぐいっとたぐり寄せると、美海はパートナーの細い肩を少し強引に抱き寄せた。
 離して、と振り払おうとするのだけれど、何故か上手く力が入らない。
 心の中に、少しだけ、ほんの少しだけ、こうして浚われることを喜んでいる自分が居ることに、沙幸はまだ気づいて居ない。
 そのままあれよあれよと壁際に追いやられてしまう。
「ねーさま……」
 おずおずと上目遣いに美海を見上げ、文句の一つも言おうと口を開く。が、開きかけた唇はすぐに美海によって塞がれてしまう。
 人の輪からは外れているとはいえ、何か遮蔽物があるわけでも無い。誰かが視線を巡らせれば、こうしている様子はすぐに見つかってしまうだろう。
 沙幸はかぁっと頬を染め、美海の胸に手を当てて押し戻そうとする。
「ふふ、誰も見てなどいませんわ。それに、もし見られていたとしても、見せつけて差し上げれば良いのです」
 くすくすと笑いながら、美海は沙幸の洋服の隙間に、白い指を差し入れる。
「あっ、や、ねーさまぁ……」
 敏感な所をつい、と撫でてやると、沙幸の唇からは甘い声が漏れる。
「気持ちよくして差し上げますわ。ほら、あの触手のように――」
 すっかり潤んだ目をしている沙幸に、さらに追い打ちを掛けるように差し込んだ指を動かす。すると沙幸はやだぁ、と熱い吐息を――
「ふおおおおおおおおああああああああああ!!」
 がしゃーん、と言う盛大な音と共に、突然人影が飛び込んできた。
 もつれ合ったまま地面に押し倒される美海と沙幸。突然のことに目を白黒させながら何とか上体を起こすと。
「わ、悪い!」
 薔薇と戦っていた契約者だろう、一人の男性が二人にぺこぺこと頭を下げながら、再び人だかりの方へと駆け戻っていく所だった。
 良いところを邪魔され、何となく白けてしまった。沙雪はふぅとため息を吐く。
「全く、良いところでしたのに――続きは、中で、かしら?」
 しかし、懲りる様子もなくいたずらに笑う美海に、え、あ、と再び顔を赤くするのだった。

 一方こちらでは、朝霧 垂(あさぎり・しづり)達が暢気に庭のテーブルを囲んでいた。
「ねえ、あれ、本当にアトラクションなの?」
 その向かいに腰を落ち着けているのは、十二星華のひとり、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)だ。
「だろ? ほら見てみろよ、捕まってる方も楽しそうだろ?」
 垂は、ちょっといぶかしげな顔をして居るセイニィに、ツタの先端を指差して見せる。
 其処にぶら下がっている男性は、心なしか笑顔を浮かべているように見えた。
「……それにしては、パトリックだっけ? 主催者の顔が青くない?」
「そうか?」
「べ、別に心配とか、そういうんじゃないけど」
「じゃあいいだろ、放っておこうぜ。紅茶のおかわりは?」
 ウェルカムドリンクとして供された分は、既に飲み干してしまっている。
 しかし其処は、いつだってメイドの心得を忘れない垂のこと。どこからともなく取り出したティーポットから、セイニィのカップへ紅茶を注ぐ。
「アイシャが来られなかったのは、残念だったな」
「そうね……でも、今は大切なときだから」
 紅茶を注ぎながらの垂の言葉に、セイニィは唇の端を歪めた。その表情から彼女のアイシャに対する感情は読み取れないけれど、少しだけ、寂しそうに見えた。
「うう、アイシャさんに会いたかったよー」
 垂のパートナーであるライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、納得がいかないと言わんばかりの顔をして唇を尖らせている。
 本当は、垂たちはシャンバラ女王・アイシャ・シュヴァーラをお茶会へ招待するつもりだった。しかし、彼女は今、シャンバラを支える為の大切な任務を遂行して居る最中。何があっても、外へ出ることは出来ない状態だ。
 ダメ元でセイニィに、アイシャを連れ出せないかと相談して――結局、今日は三人でお茶会に参加することと相成っている。
「でも、セイニィだけでも、来てくれて嬉しいぜ」
 ちょっとシリアスムードに入りかけたところで、垂がにぱっと笑って見せた。
 そう、今日は楽しいお茶会。日頃の疲れを癒やし、万が一の有事に備えて万全のコンディションを整えておくことも、ロイヤルガードの、あるいはシャンバラ教導団員の、仕事のひとつだ。今日は、心からこのひとときを楽しもう。
 ――垂が、そこまで考えて行動しているかどうかは、彼女にしか分からないけれど。
「しっかし、苦戦してんな。もっときびきび動けー!」
 垂は、未だ薔薇を無力化出来て居ない面々に向かい、暢気にヤジを飛ばしている。
 すっかり、アトラクションと思い込んでいるようだ。加勢に行く様子さえ見せない。
 セイニィも、またライゼも、ちょっぴり、「アレ?」とは思っているのかもしれないが、垂の鷹揚な様子に、多分大丈夫だろうと判断したようで、のんびりとしたティータイムを楽しむのだった。