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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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「そういうわけで、場所取りに来たぜ」
「誰に話してるんですか」
 扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)のツッコミをものともせず、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は目をすがめて上空を見遣った。
「……む、誰か来る」


「場所取り場所取り♪」
 はしゃいでいる斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)の側で浮かない顔をしているのは天神山 清明(てんじんやま・せいめい)だ。
(お姉ちゃんは、自分の立場ってものがわかっているんでしょうか……)
 さくらが誘拐されたらしいと知った時は、ぶち切れんばかりになっていたハツネだが、当人から暢気なお花見のお誘いメールが届いたとたん、完全にお花見モードになってしまっている。
 それはまあ、いいとして……
「他にも被害者さんがいるんですよね。お姉ちゃん、疑われたりしないといいけど……」
「今から案ずる事はない」
 後部のシートに収まっていた東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)が、低い声で言った。
「不確定の未来の事柄に心を乱すのは、合理的ではない」
「……でも、危険には前もって対策を立てるものじゃないの?」
 新兵衛はふ、と僅かに笑ったようだ。
「心配が対策か?」
「え……それは……」
「誤解があれば解けばよい。聞く耳を持たぬ相手なら……」
「なら?」
「排除する。たいして時間もとらん」
 あああ。
 カッコよすぎるけど、その解決法はちょっと……。
「島が見えたよ〜」
 ハツネの声が響いた。こちらの会話など聞いてもいない、いかにも無邪気な声だ。
「さーて、お花見お花見、腕が鳴る〜」
 腕は鳴らさないでほしい。
 なんとか無事に終わってくれるといいんだけど……もちろん、さくらさんを助け出して。


 BASHOTORI
 それは古より伝わる血に塗られた儀式。
 HANAMIを行う上で最も重要で最も過酷なモノ
 弱きは消され、強き者だけがその栄光を勝ちとり
 晴れてHANAMIを行える……


「ええか、わかったか! つまり……花見とは、場所取りとは戦争や!!」
 敷き詰められたブルーシートに仁王立ちして、裕輝は叫んだ。
 傍らでは一条が、どこから突っ込もうか思案しながらシートの端に重しを乗せた。
 裕輝は構わず、虚空に向かってニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「この戦場で、オレのテリトリーに踏み込むたぁ、ええ度胸や」
 いつの間に現れたのか,ぼんやりと浮かぶ人影がある。
 裕輝はびしりと指を突きつけた。
「ここはオレが占拠しとる陣地や! 何が起ころうとも……例えお天道様が消えようとも、天が落ち地が舞い上がるような事があっても、この場所は渡さんでぇ」
「……面白い」
 ゆらりと影が揺れた。
 それは霧の中で、次第にクマの姿をとる。
 その愛らしいシルエットの中の鋭い瞳が、裕輝を射るように冷たく光を放つ。
 ……東郷新兵衛だ。
「そこまで言うなら、相手をせねばなるまい……受けて立とう」
 空気が凍り付く。
 お互いの視線を捕らえたまま、微動だにしない。
 ……先に動いた方が斬られる。
 そんな空気の中で、裕輝の左手がゆらりと動いた。
 その指先が、一条の襟元に延びる。
「……ん?」
 殺気看破を遣うまでもない嫌な気配を感じて顔を上げる一条の耳に、裕輝の不吉な声が響いた。
「……地祇的投擲兵器、発射準備」
 一条は一気に青ざめて、叫んだ。

「やーめー……」
「あらぁ〜、ずいぶんと盛り上がってるじゃないの」

 ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)の緊張感のない声に、張りつめた場の空気が霧散した。
「場所取り? 調査? ブルーシート敷いてあるから、場所取りかなぁ?」
「……おい、ヴェル」
 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)が、ヴェルにそっと声をかける。
「……何か、もの凄い目で睨まれているようだが」
 ヴェルは今気がついたように周囲を見回した。
「やだ、もしかして、お呼びでない?」

 危ういところで投擲武器にされずにすんだ一条だけは、心の底から二人の登場に感謝していた。

「えー、終わっちゃったの? 壊さないの?」
「お、お姉ちゃんダメですっ」
 ハツネは新兵衛が動いたらすぐさま参戦して壊しちゃおう……と思っていたのに、拍子抜けで終わったことが不満らしい。
 清明が縋り付くようにして止めている。
 その目の前に、妙なものがやってきた。
「……ぎゃ」
 ペンギンだった。
「……ぎゃ?」
 ハツネの目が、ぎらりと物騒な光を宿す。
「……壊しちゃって、いい?」
「やめるぎゃーーー」
 親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)がすっ飛んで来て、ペンギンを抱きかかえる。
「な、なにするぎゃー」
「……じゃ、こっち壊しちゃおうか」
「だーかーらー」
 清明が涙目でハツネにしがみついた。
「今は、何も壊しちゃだめなのっ! ほら、お花見ができなくなっちゃうからっ」
「それは困る」
 即答するハツネに、夜鷹はじとりと恨みがましい視線を向けた。
「わしは花見以下ぎゃ……」

「……さて、と」
 アルテッツァがブルーシートと桜と場所取りの面々を見回した。
「けっこう人材が揃ってる感じだけど、どうしようか」
「どうしようか、って、ゾディ」
 ヴェルが顔をしかめて桜の木を見上げる。
「なんかアタシ、さっきから寒イボ立ちっぱなしなんだけど……これ、そこのお嬢さんの殺気とかじゃないわよね」
「ち、違いますっ、本当にお花見に来ただけなんです! 今はいつもより殺気出てないですっ」
 即座に清明が庇ったが、当のハツネは何のことかわからないようにきょとんとしている。
「……違うぎゃ……」
 以外なところから、意見が出た。
「やっぱりレクも気づいたぎゃ! この木変ぎゃ、何かいるぎゃ!」
「え……木?」
 一斉に、目の前の桜を見上げる。
 その足元を、ペンギンがギャーギャー言いながら走り回る。
 夜鷹はきっぱりと言った。

「これ、絶対に桜の木なんかじゃないぎゃー!」