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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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2

「ごめんねポーさん、あたし、出ない方がよかったかなぁ」
 閉めたばかりのドアの前で青くなっているアレクサンドル・ステパノヴィチ・ポチャーノフスキー、通称ポー爺に、さくらがしょんぼりと声をかけた。
 ポー爺は慌ててかぶりを振って微笑む。
「いいえ、そんなことはありませんよ、さくら様。お客様にメイドの仕事などさせるのは心苦しいですが、本当に助かっております」
 さくらは、ホッとしたように顔をほころばせる。
「執事さん」
 二階から様子を見ていたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が降りて来る。
「今のは……国軍の?」
「はぁ、いや、その……」
 ポー爺は困ったように口ごもり、ハンカチを取り出して汗を拭いた。
 今までその余裕がなかっただけで,ポー爺の顔は冷や汗でびっしょりで、自慢の口髭も力なく垂れ下がっていた。
 リリアは気遣わしげにポー爺を見た。
「私たちが出て、説明した方がよかったんじゃない?」
「いえ、それは……ぼっちゃまがお許しになりますまい」
「そっか……」
 鈴蘭とローズも心配そうな顔で降りて来る。
「下手な説明じゃ、納得してもらえそうもないし……ね」
 鈴蘭がため息をついた。
「できることがあったら、何でも言ってね。私たちに危険はないってことは、改めて伝えておくけど」
「滅相もございません、皆様にはこちらでごゆっくりお過ごしいただければ……ご不自由とは存じますが、花見の宴が終わるまでの間おつき合いいただければ、それで十分でございます」
 本気で申し訳無さそうに言うポー爺に、ローズが優しく微笑む。
「そんなこと言わないで、ポーさん。私たちみんな、レニ君の為に素敵なお花見をするって決めてるんだもの」
「そうそう。できることは協力するから、何でも言ってね」
 鈴蘭が言うと、皆同意するようにうなずいた。
「皆様……」
「……ただ、そのお花見なんだけど」
 鈴蘭がちょっと声を潜める。
「やっぱり、少し変だと思うの。その行商人っていうのは、信用できる人なのかしら」
「そうですね」
 リリアが同意する。
「何だか、「お花見」の説明自体が変だし……無闇に疑いたくはないけど、何か別に悪い意図がある可能性もあると思うの」
 ポー爺は困ったように考え込んだ。
「あの方は、私たちも「謎の行商人」と呼んでいるくらいでして……詳しい素性は何もわからないのです」
「そ、そうなんですか?」
 リリアが思わず呆れたような声を上げてしまうと、ポー爺は申し訳なさそうに項垂れた。
「何しろ、この館はこの有り様ですから……行商人などほとんど来ることもないのです。あの方だけは、先代の旦那様のことをご存知とかで、定期的に訪れて下さるので……」
 ポー爺とミーシャ以外の人間とほとんど接することのないレニにとっては、たとえ正体不明の行商人であっても、貴重な客人だったのだろう。
「……なんだか、やっぱり気になるわね。調べてもらうように、ちょっと頼んでみるね」
「……あの、お嬢様方」
 ポー爺が言いにくそうに口を開いた。
「もし、ぼっちゃまがあの行商人に騙されているのだとして……そのことを、ぼっちゃまには……?」
「えーと、ね、ポーさん」
 ローズが言った。
「もしそうだとしたら、レニ君もきちんとそのことと向き合わないといけないわ……でもね」
 ちょっと言葉を切って、みんなの顔を見渡してから続ける。
「このお花見は、レニ君の意志と私たちみんなの協力でやること。行商人の言ったことがホントだとか嘘だとか、たいした問題じゃないと思う」
「たいした問題じゃ、ない……?」
 呆気に取られたようにポー爺が繰り返す。
「うん。あくまでレニ君の意志次第だと思うの。レニ君が望むお花見を、みんなで成功させましょ」
「……だよね」
 鈴蘭が笑った。
「なんかローズさん……レニ君のことすごく理解しちゃってるなぁ」
「……そ、そっかな」
 ローズが照れたように真っ赤になる。
 それから、ちょっと苦笑を零した。
「……私、ああいうタイプとは、縁があるみたいなの」


「……ずいぶん雰囲気のある館だったね」
 若干皮肉の混じったコメントをして、黒崎 天音(くろさき・あまね)は館を振り返った。
 早い話が、ボロである。
 おそらく以前は立派な屋敷だったのだろうが、手入れが行き届いていないのが外から見てもわかる。
 さびついた門には枯れたツタが絡んだままだし、庭の草木も伸び放題だ。軒下の蜘蛛の巣さえ払っていない。
「「吸血鬼の館」のイメージ通りにしても、些かステレオタイプがすぎるよ」
 そう言って、返事を返さないブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に、ちらっと目をやる。
「……何?」
「いや、べつに」
 ブルーズは真面目くさって答える。
 先刻、ドアが開いた瞬間の天音の顔を思い出して、ブルーズの頬が微かに引き攣った。
 大抵のことには動じない天音が,一瞬ぽかんと口を開いて固まったのを、もちろんその時のブルーズは見逃さなかった。
 それは本当に一瞬で,すぐにいつもの人を食ったような微笑が戻ったのだが……あれは「驚いた」というよりは「呆れ果てた」という顔だった。
 天音のその一瞬の表情をブルーズが見逃さなかったように,もちろん天音も、今のブルーズの僅かな変化に気づいている。
 しかし、すっと目を細めて見透かすような視線を向けただけで黙っているので、結局、居心地が悪くなったブルーズの方が、口を開かざるを得なかった。
 わざとらしい咳払いをして、ブルーズは言った。
「いや、しかし……どうにも嘘のつけない従者殿だったな」
 ブルーズを意味ありげな目で見つめるのに飽きたのか,天音は目をそらして小さく肩を竦めた。
「まったくね。主人を引っ張り出すところまで粘るつもりだったけど、毒気が抜かれた。わざとやってるんだとしたら、相当な策士なんだけど」
「そんなことを言って、お前は」
 執事との会話に繰り返し挑発の言葉を混ぜ、主人を引っ張りだそうとしていることは、ブルーズも気づいていた。
 それが、途中で気を変えたように、あっさりと引き下がったことにも。
「……どうせろくでもない事を思いついたのだろう?」
「ふふん、どうだろうね。……おや?」
 天音が視線をあげて呟いた。館の門を見下ろす崖の上で、小さな灯りが揺れている。
「……呼ばれてるみたいだな」

「いきなり表から突っ込む勇者がいると思ったら、やっぱり天音かぁ」
 音もなく崖から滑り降りて来たルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、そう言って笑った。
「地味に張り込みしてるヤツがいると思ったら、君か、ルカルカ」
「え、隠れ身でカムフラージュしてたのに……気づいてた?」
「いや、ぜんぜん」
 相変わらず,本当か嘘かわからない調子で天音は答える。それから、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……にしても、僕に声をかけるかな。君がここにいるって、かなり微妙な状態だって自覚はあるんだろう?」
「あら、だって個人行動だもの、問題ない筈よ」
 悪びれる様子も見せずに,ルカルカが微笑む。
「だから、声をかけたんだもの。隠れてると思われても嫌だしね」
「……いや、隠れてるんだが、な」
 頭の上から,ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の声が振って来た。崖の上で監視中らしく、隠れ身のためか下からでは姿は見えない。
「そーゆー意味じゃないの」
 ルカルカが突っ込む。天音は呆れたような顔で頭を掻いた。
「まったく、君たちは……見ての通り,僕は職務で来てるんだけどね」
「……それじゃ、協力は出来ない?」
 天音は溜め息をついてみせた。
「今優先されるべきは,誘拐された人たちの安全と、事件の解決だ。その為の協力に異存はないよ」
「さすが!」
 ルカルカは嬉しそうに声を上げて、笑った。天音はもう一度溜め息をつき,苦笑した。
「それに、あっちはもう……」
 崖の方に目をやる。
 姿は見えないが,ひそひそと話し声が聞こえた。パートナー同士は、既に情報の共有を始めているらしい。
「うふふ、頼もしいね。……で、天音はこれからどうするの?」
「黒幕を追うか、脅迫状の指定場所を調べるかって考えてたんだけど……情報の追跡と黒幕の方、頼めるかな」
 ルカルカがうなずく。
「オッケー、まかせて」
「ブルーズ、済んだら行くよ」
 上に向かって声をかけると、微かに返答がある。
 天音は緊張をほぐすように伸びをして、言った。
「さぁて、花見だ」
 ルカルカは、少しだけ心配になった。

「しかし……」
 天音とブルーズが去ってルカルカが再び元の場所に潜むと、ダリルが戸惑うように言った。
「ひどい家だな、ここは」
「え?」
 意味がわからずにダリルの顔を見る。ダリルは通信を傍受するために整えたPCでモニターしながら、ため息をついた。
「……情報を隠すつもりがないのか、こいつらは……メールの通信を続々拾ってるぞ」
 もちろんメールは暗号化されているが、そんなものはダリルの前では意味がない。
 ひとつひと開いて確認しながら、またため息をつく。
「なんだかな……覗きをしてる気分になって来た」
「……あはは」
 ルカルカも困ったように笑った。