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第4章 襲撃

 ツァンダ某所。
「そろそろ、いいか……?」
「これ以上人が多くなっても面倒だ。さっきの連中の足音で、入り口から地下への階段までの距離は分かった。そろそろ決行の時だろう」
「ゲレオン大佐は? まだ戻られぬようだが……」
「あの方は、自分が遅れても気にせず動くよう仰られた。ご自分だけの考えがおありなのだろう。もともとあの方と直下部隊は我々などとは違う、らしいわ。エリートだからな」
「エリート、ねえ。二年前に失敗したのはどこのエリートの御仁だったかねぇ」
「やめないか。とにかく我々は我々に与えられた仕事を遂行するだけよ」
 男たちは、「隠れ家」を出た。
 その男たちの前に、突然、三つの人影が立った。
「何奴……!!」
 一瞬で冷たい空気を纏い、殺気立つ男たちの群れを前に、三人は鷹揚に佇んでいた。
「構える必要はない。我々は――同志だ」
 極秘部隊O.S.C.に属するブルー・ビースト(ぶるー・びーすと)ブラック・ハンター(ぶらっく・はんたー)レッド・マスター(れっど・ますたー)であった。

「? なんだ……?」
 店内で接客している佐野 和輝(さの・かずき)は、何かしら異様な雰囲気を察知し、素早く店内に視線を走らせた。可視の範囲内には、異変の火種と思われるものは見当たらない。完璧な女装姿に、その油断ない鋭い視線は不釣り合いにすら見えるが、誰もそれには気付かなかったし、本人も本意で女装しているわけではないとはいえ、潜入警備員としてすでに馴染んでしまっている今は、意識する必要もないことだ。
 店と機晶姫の安全確保のため、彼が密かに店内に従業員として放っている警備要員の【親衛隊員】も、何も察知してはいないらしく、普通の従業員の顔をして「どうぞ、こちらのお席へ」と、入ってきた二人連れ――ディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)トゥーラ・イチバ(とぅーら・いちば)を、静かな奥の席に案内している。
 おやつを食べたくなるような時間を少し過ぎ、満席だった客席からは少しずつ客が引きつつあるが、まだ六割ほどは埋まっている。子供連れも一組あった。二人の子供は、例に寄って大人たちが子供を無視して大人の会話を繰り広げているテーブルに飽きて、例によって狼姿のスプリングロンドを「おっきい犬さん」ともふもふして遊んでいる。
「あ、お客様、会計をお願いします」
 玄関のすぐそばのレジでは、ミスティが、出ていこうとした男を呼び止めている。
「何っ!? お、俺は、客で来ているのではないわ! 時空転移装置の……い、いや、地下の回路の調査の手伝いに来た」
「え? イーリーさんのお手伝いですか? でも、朝の集合時間にはいらっしゃいませんでしたよね?」
 止められて引っかかっていたのは、目的を達成したら速やかに、颯爽と撤退するつもりだったハデスなのだが、地下でのドタバタ劇を知る由もない和輝は、ちょっと首を傾げただけで、厨房に入っていった。

「あ、和輝〜」
 パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、和輝の顔を見てちょっとホッとしたように、パタパタと駆け寄る。
「どうした。何かあったか?」
 和輝は彼女の顔を見て、それからちらりと、流し台の所にいる鈴里を見た。先程までアニスはその傍らにいたのだ。
「さっき、ほんのちょっとだけ、鈴里の様子が変だった」
「変、って?」
「うまく言えないんだけど……急に、お人形さんみたいになっちゃったように見えたの。でも、ほんの一瞬で、すぐに元に戻ったけど」
 お人形さん、と口の中で呟きながら、和輝は鈴里を見る。お人形さん――彼女は機晶姫。作られた存在であるから、ある意味「お人形」かもしれない。しかし、先程から見ている限り、笑顔で接客し、デザートや軽食を作る彼女の朗らかな表情は、人間らしい暖かみを湛えていて、造形物とは感じさせない柔和さがあった。だから、人見知りのアニスも、彼女に近づくことには抵抗なく、一緒にパフェを作ってその飾りつけを楽しげにやっていたりしたのだ。
「――鈴里。何か変わったことはないか?」
 一応、声をかけて訊いてみると、鈴里は和輝の方を向いて、朝から変わらない笑顔を浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。何もありませんよ」
 曇りのない笑顔。

「何事!? 悪い奴ですか!? 粛清しますか!?」
「無銭飲食だって〜、吹雪〜」
 接客作業をしながらも非常事態ともなればひとドンパチも辞さないつもりの葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、兎にも角にもその彼女を手伝うつもりのパートナーセイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)まで出てきて、レジ周辺は無駄に騒ぎになっている。
 玄関を出るまであと三歩ほどだというのに、足止めが増えるばかり、地下に置いてけぼりの部下(?)たちの助力は望めず……内心焦るハデスであった。

「お待たせしました。ホットケーキとオレンジジュース、そしてこちらコーヒーでございます」
 ディンスとトゥーラのテーブルに、注文された品が運ばれてきた。ディンスは商業的興味から、メニューブックをじっくり眺めていたところだった。
 が、ふんわり膨らんだホットケーキを見て急速に心を引かれ、慌ててメニューブックをテーブルの隅のスタンドに戻そうと手を伸ばした時、従業員がテーブルに置こうとしたナイフがディンスの左手にぶつかった。キンッ、という軽くも高い金属音がして、ナイフは床に落ちた。
 ハッとトゥーラが眉根を寄せたのを、ディンスは見なかった。
「…っ、申し訳ございませんお客様、お怪我はないでしょうか!?」
「あー、大丈夫だヨ、こっちも悪かったネ、気にしないでネ」
 すぐに代わりの物をお持ちします、と、従業員はナイフを持って厨房に戻る。全く気にせずひらひらと手を振ったディンスだったが、ナイフが来るまでフォークだけでホットケーキを食べるのも難儀で、フォークの先でホットケーキのふくらみを手持無沙汰につつきながら待つしかなかった。行儀が悪い、とトゥーラに注意されるかと思い、我に返った時。
 カチャッと音がして、トゥーラの手がコーヒーカップを皿に戻した。
「――今でも、後悔します。あの時、君を止めなかったこと」
 トゥーラの静かな声でこぼれた言葉に、一瞬ディンスは目を丸くする。
 ハッとして、トゥーラは一瞬表情を変えたが、すぐにまた穏やかないつもの表情に戻って、苦笑に似た柔らかな笑みを浮かべる。
 彼の脳裏に、さっきの金属音が反響していた。
(あの時僕が、君が賭け試合に出るのを止めていたら、君は義手になることもなかったのに)
 彼女がパラミタに来たばかりの時のことだ――遠い昔のことのように感じる時もあれば、苦い思いとともについこの間のことのように思い返される日もある。
 けれど、何故口にしてしまったのだろう。金属音が、耳から離れなかったからだろうか?
 ディンスが口を開こうとした時、さっきの従業員が新しいナイフを持ってきた。
「あ、キ、来たネ! 食べるヨ! あーあーあれカ、あの、私しょっちゅう失敗してるもんネ! ウケるネ! これ美味しそうダヨ!!」
 慌てまくって一気に言葉を放り出すように言うと、ディンスは急いでナイフとフォークを取って、ホットケーキにぱくつき始めた。

「……『禁猟区』が、反応してる……?」
 その時、北都とリオンは、『お手伝いの方は交代で休憩してくださいね』という鈴里の言葉に従い、厨房にいちばん近い少し狭まった場所にあるテーブルで一休みしていた。
「鈴里……さん!?」

 次の瞬間、店全体が揺れた。続く、騒音。轟音。