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老魔導師がまもるもの

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老魔導師がまもるもの

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 2/ Tea time 1

「いらっしゃ……あ、和深くん。来てくれたんだ。うれしい」
 ウェイトレスのドレス姿をしたルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)が拭いていたテーブルから顔をあげると、招待した自身のパートナーたちがそこにいました。
「おお、ほんとにウェイトレスやってる」
「当たり前だ。何を言っておるか、お前は」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)が至極当たり前のことを驚いたように言い、呆れた様子で
セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)が溜め息を吐く。
 ルーシッドも、向こうのほうで注文をとっているベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)も。働き、手伝うために来ているのだ。でなければ自分たちを招待などできるわけないだろうに。
 純粋に、接客の手伝いのルーシッド。ベルはこのあとそれに加えて、夕方から歌を歌うことになっている。
「どう? 似合う?」
 和深の前で、スカートをひるがえしくるりとターンを決めてみせるルーシッド。彼はルーシッドのしぐさにどぎまぎと、ぎこちない反応を返す。
 彼女の着ているのと同じエプロンドレスを、そこここで立ち働くウェイトレスたち皆が身に着けている。
 それは例えば、新入生の詩壇 彩夜(しだん・あや)であったり。
「こら」
 突っ立ったまま、そんな少女たちの様子に見とれていた。
 そうしたら、おもいっきり向こう脛を蹴り上げられた。
「お……おおぉっ……!?」
 声もなく、その場に崩れて悶絶する。蹴った側のセドナはつんとそっぽを向いて、手近なテーブルから引いた椅子にとっとと腰を下ろしてしまう。
 「何を見とれているのだ、バカモン。少しは連れである我を意識しろ。きちんとエスコートせんか」
 ルーシッド、ケーキ。一番高いやつを三つほど。こいつには水でいいぞ。
 言い放って、不機嫌そうに頬杖をつく。脛をさすりながら、一体なんなんだ、と和深は心中愚痴る。
「とっとと座らんか、お前も」
 ──はい、はい。
 まったく、なにを不機嫌になってるんだか。
 痛む足を引きずりつつ、和深はセドナの言うことに素直に従うことにした。

 *   *   *

 あっちにもなんだか、すれ違ってるカップルがいるなぁ。
 濃い焙煎のコーヒーを啜りながら、横目で彼らの様子を見るベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はそんなことを思う。
 どこも、あんなものなのだろうか。ベルクが思ったのはなにも、正面に座るパートナー……自身の想いを伝えた相手、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がその尻尾や獣耳を強張らせて、ぴんと全身を固まらせているからではない。
 いや、彼女のその鈍感さ、対人関係という点での不慣れさだってそりゃあゼロというわけではない──けどさ?
 喫茶店でのふたりきりのデート。フレンディスはおもいっきり、緊張しまくっている。
「フレイ?」
「ふあっ!? は、はははいっ!? なんでしょう!? マスター!?」
「そう硬くなるなって」
 いや、ほんと。
 危うくオレンジジュースのタンブラーを倒しそうになって、フレンディスは慌ててそれを支える。
 自分と彼女の前途多難っぷりに、ベルクは思わず肩を竦めた。
 ただ、まあ。こうして揃ってテーブル囲んでいられるだけ恵まれているのかもしれないが。
 先ほど見ていたのとは違うテーブルを、ベルクは見やる。
 前述の「あっちも」という言葉の意味は、そこにあった。
「彩夜、おかわり。今度はチョコね」
 そのテーブルに、少女はひとりだった。
 不機嫌そうに、むすっと座り込んで。まるでどんぶり飯でもかきこんでいくかのように、もう何皿目になるかわからないそのケーキの皿を空にしていく。
「だ、大丈夫ですか? 食べ過ぎじゃ……」
「へーき。もっとじゃんじゃん持ってきていいくらいだし」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は差し出した皿を受け取る彩夜の心配もよそに、グラスの水を煽る。その様子はさながらフードファイトである。
「ったく。なにが呪いよ。霊脈よ、封印よ。大事なのはわかるけど今日きたのはそういうこっちゃないでしょうに」
 言って、セルファは乱暴にグラスを置く。
 彼女のパートナー、御凪 真人(みなぎ・まこと)の姿は同じテーブルにはない。鞄だけ置いて、セルファのこともほったらかしに行ってしまった。
「ごめんなさい。わたしがお婆ちゃんのことと、霊脈のこと言ってしまったばかりに」
「んーにゃ。彩夜のせいじゃないって。ぜーんぶ、あいつのニブチンっぷりが悪いんだから!」
 耳にした、この教会地下の霊脈のこと。その封印の守護のこと。興味を覚えると一直線でこちらのことなどおかまいなしなのはセルファにだってわかっていることだけれど。
「それにしたって、デートの最中に行く? 普通。そっちのほうがあたしより大事ってわけ」
 だからこのやるせなさを、セルファはケーキにぶつけているのだ。
 どう、どう。興奮する彼女の背中を、隣のテーブルから小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が叩いてなだめる。
「でも、封印ねー。生徒会でも話には聞いてたけど、そんなに大変なものなんだ?」
「はい、なんでも霊脈そのものに食い込んでるらしくて、根本的にどうこうはできないってお婆ちゃん、言ってました」
 ──『お婆ちゃん』。そう呼べる程度にはこの教会の老魔導師と親しい彩夜が、美羽に言う。
「ふーん。あ、どうせだし、彩夜が引き継げば? 魔導師のおばあちゃんとは仲、いいんでしょ?」
「ええっ? む、無理ですよぅ」
 紅茶にミルクを注ぎながら言う美羽に、大袈裟な身振りで彩夜は首を左右させる。
「お婆ちゃん、ほんとにすごいんです。……すごかったんです。そんな人がずっと守ってきたものを引き継ぐなんて、わたしじゃ力も経験もまだまだ足りなくって」
 わたしが代わります、って言えたら。それはそうしたいのはやまやまなんですけれど。
「そんなに、すごい方だったんですか? ここのオーナーさんは」
「はい」
 スコーンを割りつつ、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が訊ねる。時を同じくして、セルファのペースを読んでいたのだろう火村 加夜(ひむら・かや)がチョコレートのケーキとアイスクリームとを載せたプレートをテーブルに運んでくる。
 はい、これ。差し出されたそれをセルファの前に置いて、かわりに空の皿を加夜へと渡す。
「なんでも、若いころは『貿易風の魔導師』と呼ばれる、すごいウィザードだったとか」
 こっちにゃあスランっていうちゃんとした名前があるのに、アダ名とは失礼な話だ──なんて、本人は愚痴ってましたけど。
「でも今は、その力も衰えて、往年のものはない……と」
 ベアトリーチェの言葉に、彩夜は頷く。
「だーいじょぶだって。上のほうには私からも話、通しておくからさぁ」
「相変わらず、あなたは無責任な……」
 パートナーののほほんとした言い様に、ベアトリーチェがこめかみを押さえる。彩夜と加夜も顔を見合わせて苦笑をする。
「どちらにせよ、このままというわけにもいきませんよね? この孤児院の院長先生の……失礼、ここだと店長、かな? の置かれた状況を鑑みるに」
「真人。……行儀悪いよ、それ」
「失礼」
 つーかそれ、あたしのカフェオレ。
 ケーキを口に運ぶフォークを止めたセルファの隣に、いつの間にか真人が戻ってきていた。
 立ったまま、セルファの飲みかけのカップを手にして、喉を潤す。
「どうでした? 魔導師さんは」
 加夜も、説得の首尾が気になるのだろう。真人に訊ねる。
 いや、彼女だけではない──そこにいる全員が、聞き耳を立てて彼の言葉を待つ。
「まだ、なんとも言えませんね」
 残念ながら返ってきた台詞は、彼女たちを満足させるに十分なものではなかったけれど。
 同時にそれはある程度、皆が予測していたことでもあり。
「学園と組むことのメリット、デメリット。不公平のないようはっきりどちらも伝えましたが……色よいという感じではないですね、いまのところ」
「そう……ですか」
 彼の話に、彩夜は俯く。
「実際、このところ不審者が出ると聞いて、お婆ちゃんも気にしているとは思うんです。学校で有志を募ってくれて、こっそり見に来てくれる人たちのことも本当は、ありがたいと心のどこかで思ってくれてるはずです」
 言って、向こうのテーブルを見る。
 鉢植えのゼラニュームに話しかけている、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)。そして彼女のパートナー、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。彼らふたりもまた、そんな教会の事情を耳にして、わざわざ休日を割いてやってきてくれたクチだった。
 彩夜の視線に気付いてか、エースが軽く、こちらに手を振った。彩夜も苦笑気味に、頷き返す。
 リリアも気付き、笑顔をもう一往復。
 ああいう風に気にしてもらえるというのは、なにものにも換えがたいことだと思う。
 それでも。……それでも。
 エースたちと彩夜のやりとりを見比べて、真人がぽつり呟く。
「主義というものは人を縛る……ですか」
「はい。お婆ちゃん、わたしが学園に入学するって言ったときも反対してましたし」
 ふたりの会話をはじめたエースとリリアは、楽しげだった。
 それを尻目に、再び彩夜はしゅんと俯く。
「そんな寂しそうな顔、しないでください」
「加夜、先輩」
「スタッフがそんな顔してたら、お客様に笑われてしまいますよ」
 スマイル、スマイル。自身微笑んだ加夜は、彩夜の唇の両端を、それが笑顔の曲線を描くようにまあるく、なぞっていく。
 ねっ、と言われて。彩夜は頷いた。……笑ってみせた。
「さて、それじゃあもう一度説得に行ってきますかね」
「はーいはいっと。どーぞ、ご自由に」
 伸びをした真人に、ひらひらと追い払う仕草でセルファは応じる。
「すみませんね、セルファ。もう少しかかると思いますから」
「わかってるっての」
 いーもん。まだまだケーキ食べてやるんだから。
 チョコレートケーキの最後の一切れを、セルファが頬張った。
 直後、一同のすぐ傍の、室内へと続く扉が──開いた。