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リアクション
★ ★ ★
「あらあらあら、痛いですわ……」
ひゅーんと飛んできたミネルヴァ・プロセルピナとヘスティア・ウルカヌスが、人の少ない道端に墜落してきた。一応、豪華な自動車に乗っていたので、命に別状はないようだ。もっとも、豪華な自動車は、すでに、豪華な自動車だったものに変わり果てていたが。
「ううっ、世界征服があ……」
「世界征服?」
何ごとかと近づいて様子を見ていた瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が、ミネルヴァ・プロセルピナの言葉に反応した。
「そうか、世界征服かあ。いいかもしれんなあ」
「えーっ、兄貴、いったい何を言いだすんや?」
瀬山裕輝の言葉に、瀬山 慧奈(せやま・けいな)がぽかーんとした顔になった。
「だってな、世界征服したら、世界は俺のもんやろ。そしたら、主人公やで。もう、やりたい放題や。ほら、そこでのびてるんのも、きっとどこかで活躍したに決まっとる。ああ、妬ましい……」
瀬山裕輝が決めつけた。
「でも、こういう目に遭うのはなあ……」
ぼろぼろのミネルヴァ・プロセルピナを見て、ちょっと瀬山慧奈が躊躇する。
「何言うとる。おいしいやんけ!」
「うーん、それもそうやなあ」
なんだか、兄妹揃って納得したようである。
「でも、二人だけじゃ、世界征服なんて無理なんとちゃう?」
「そやな。やっぱり同志を集めんといかんやろ。やっぱり、協力してくれそな人って言えば、あまり目立ってない人やな。他の人の活躍をうらやましがってる人たちや。そうや、そういう人らを集めて妬み隊を作るんや。ええっと、コホン……」
ちょっと声の調子を整えると、瀬山裕輝が高台に飛びあがった。
「立て、立て、立ちあがれ、だ! 渇望せよ、懇願せよ、熱望しろ! 君たちは、諸々全てを変えられるはずだ!」
瀬山裕輝が、演説に目覚めていった。
「頑張れー」
応援に目覚めた瀬山慧奈が、拍手して応援する。
それを聞く人たちは、まばらだった。
★ ★ ★
「これでどうだ! 今度こそ! 今度こそちゃんとした料理ができた……はず!」
何やらドス紫色の物体の盛られた皿の載ったお盆を両手でかかえて、カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)がレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)に訊ねた。
またいつもの劇物かとレギオン・ヴァルザードが内心思う。カノン・エルフィリアの料理にいつも慣らされているレギオン・ヴァルザードであるからこそ命に別状なく食べることができるが、他の者だったら一口でナラカに落ちてしまうことだろう。
「まあまあじゃないか。味はともかくとして……」
食べられはするが、味は分からない。
感情と味覚がないことが、役にたつこともあるんだなとレギオン・ヴァルザードが思う。そのおかげで、カノン・エルフィリアの料理を楽しむことができるのだから。
楽しむ?
自分は何を言っているのだろうかと、レギオン・ヴァルザードは自問した。
今目覚めたこれを、人は感情と呼ぶのではないのだろうか。
「悪かったわね! 料理下手でっ!!」
味はともかくという言葉に反応して、カノン・エルフィリアが言い返した。せっかく新しい料理に目覚めたのに……。
「作ってくれたことには感謝する」
「べ、別に、そう言ってほしくって、作ったわけじゃないんだからね」
レギオン・ヴァルザードの言葉に、カノン・エルフィリアがわざとらしくぷいと横をむいて言った。心なしか、ちょっと頬のあたりが上気している。
「もぐもぐもぐ……」
カノン・エルフィリアの料理を楽しみながら、これがカノン・エルフィリアの料理だからこそなのだろうと、レギオン・ヴァルザードは心の中でぼんやりと思っていた。
★ ★ ★
「おお、いたいた」
「あっ、マスター。何か用ですか?」
何やら大きなつつみをかかえたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)に声をかけられて、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が我知らず超感覚の狼の耳と尻尾を発現させて答えた。
「いや、マスター・ニンジャになった祝いと思ってな。ちょっとした工芸に目覚めてこんなものを作ってみた」
「わあ、開けていいですか?」
ぱたぱたと尻尾を無意識に振りながら、フレンディス・ティラがベルク・ウェルナートに聞いた。
「もちろんだ」
言われて、ごそごそとフレンディス・ティラがつつみを開けてみる。中から出て来たのは、真新しい鎧だった。
「これって……」
「まあ、いつも魔鎧を装備できるとは限らないだろう。そんなときのためにと作ってみた物だ。マスター・忍者用の忍者鎧・朧という。どうだ、着てみるか?」
「はい! 着ます、着ます!!」
いそいそと双錐の衣を脱ぐと、フレンディス・ティラが戦闘用のアンダー姿になる。
「よいしょっと。どれ、サイズは合わせたはずなんだが……。ったく。これまたやっかいな」
ベルク・ウェルナートが、革で裏打ちをした鎖帷子を、ばんざーいしたフレンディス・ティラの着せていく。さらに裏に魔紋を刻み込んだプレートを追加装甲としてとりつけるので、物理に対しても魔法に対してもかなりの防御力を発揮するはずだ。
「これとアルティマレガースを組み合わせる」
「はい。よいしょっと……」
言われるままに、フレンディス・ティラが脚絆部分の装甲をつけていった。
「ど、どうでしょう?」
着替え終わったフレンディス・ティラが、ちょっと軽く一回転してからベルク・ウェルナートに訊ねた。
動きやすさを重視した鎧は、肩と左腕、右脚に露出部分を残している。普通であればウイークポイントであるが、マスター・ニンジャであればどうということはないであろう。逆に、右手左脚は装甲で被い、防御に使えるようになっている。
「似あってます?」
「あー、フレイ、似合ってるぜ。いつもの制服と鎧姿もいいが、そういう恰好も女らしいっつか忍者らしいっつか……。まぁなんだ、スゲーいい」
上目遣いに見あげられて、ちょっと困ったようにベルク・ウェルナートが彼なりに言葉を選んで言った。
「わーい。ありがとうございます、マスター。頑張ってお洒落します」
ベルク・ウェルナートの言葉に、フレンディス・ティラが小躍りして喜んだ。
「そうだな。できれば、普段の洋服とかにも凝ってくれると嬉しいんだか……」
「えっ、そうなんですか!?」
思わずぽろっと言ってしまったベルク・ウェルナートの言葉に、フレンディス・ティラが耳をピクピクさせて近づいてきた。
「どんなのがいいんです? 私着てみます!」
あわてて自室に引っ込むと、フレンディス・ティラが無造作にたくさんの服をかかえて戻ってきた。
「どれがいいですか?」
「いきなりか。うーん、いつも和装だからな。洋装も、似合うとは思うんだが……」
「じゃ、ええっと、これとこれとこれですか?」
あわてていくつかの洋服を選んで、フレンディス・ティラがベルク・ウェルナートに聞いた。
「とりあえず、着てみたらどうだ?」
「そうします!」
そう答えると、フレンディス・ティラが朧を脱いだ。
「あのー、ちょっとだけむこうをむいていてもらえます? 普段着だと、ちょっと恥ずかしいです」
かき集めた服で身体を隠しながら、フレンディス・ティラが言った。おしゃれ着に着替えるというのに、戦闘用のアンダーというのは女の子としては論外だ。だが、普通の下着となると、さすがにベルク・ウェルナートの前では着替えられない。
「ああ、すまん」
ベルク・ウェルナートが後ろをむくと、衣擦れの音と、ちょっとあわてて着替えるドタバタという音が聞こえてきた。
「おいおい、そんなにあわてなくても……」
「見ちゃダメです!」
「お、おう……」
振り返りかけたところを悲鳴で止められて、ベルク・ウェルナートがあわてて壁の方を見つめなおした。
「マスター、も、もういいですよ……」
ベルク・ウェルナートが振り返ると、すでに着替え終わったフレンディス・ティラの姿があった。
白い半袖のTシャツに、ピンクのミニスカートだが、革のオーバースカートや幅広の飾りベルトを巻きつけたり、ストッキングの太腿にホルダーベルトを巻いたりと、ちょっとまだニンジャの癖が抜けきってはいないようだ。だが、折り返しのあるブーツはかわいらしいし、パステル調の淡い赤から青へと変わるロングベストはマントのようにふわりとフレンディス・ティラの身体をつつみ込んでいた。愛用のマフラーを首に巻き、頭には藤色の薄いキャップを被っている。
「ど、どうですか」
まるで、悪戯した後の子犬のように、フレンディス・ティラが訊ねた。
「そ、そうだな。……とりあえず、散歩でも行くか?」
ベルク・ウェルナートはそう言って手をさしのべた。
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