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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

「――と言うのが、わたくしたちが考えている作戦ですわ」
 トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)が話を一区切りしたところで、その場の一同が思考も区切りをつける。
「とりあえずはまず、外に待機しているシェリエさん、パフュームさんと一緒に進めば良いって事で、よろしいんですよね?」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が切り出すと、隣に座っていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が意気込んで拳を握った。
「大丈夫だよっ! あたしたちが来たからには、絶対に楽器は守るもん! ね! ホックン! リオオン!」
「あ、うん。そうだねー」
「リオオン!? 私はいつからそんな名前にっ!?」
 棒読みで返事を返す清泉 北都(いずみ・ほくと)と、何やら意味深なリアクションを取っているリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)がそれぞれ声をあげた。
「兎に角、肝心なのは“既に噂は聞いたぞ。守りは万全だぞ”という事のアピールです」
 ラナロックが言い切ると、北都が笑顔になって自分の前に出された紅茶を啜る。
「大丈夫だよ。敵が来なきゃ来ないでラッキー、と思っておけばいいんでしょ? 出来れば、誰が楽器を狙っているかがわかれば良い」
 彼の言いにラナロックは頷いた。
「それに、もしかすればウォウルさんの居場所がわかるやもしれませんしね」
「お気遣い、ありがとうございますわ。リオンさん」
 リオンの言葉にお辞儀をする彼女。
「そうだよ! あの人がそう簡単に何かされるとは思わないし、それに前も同じような事があったんだからさ、ひょっこり帰ってくるって! ね! ラナ先輩!」
「そうだと良いですわ」
「さて。ではそろそろ行きましょうか。あまり外でお二人を待たせるわけにはいきませんしね」
「そうだね。うん、僕たちは一度合流したら屋敷の中を見回ってみるよ」
「そうですね。もしかしたら内部に潜んでいる可能性も捨てきれませんし。敵が来てしまえば、そうも言っていられませんが」
 北都の言葉に頷いたリオン。トレーネ、ラナロック以外の四人が立ち上がり、席を後にする。
「皆さん、どうかよろしくお願いします」
「気にしないでいいよ。こういうの、嫌いじゃないからさ。多分協力してくれるみんなも、そうだと思うし」
 北都が笑って言うと、美羽、ベアトリーチェ、リオンの三人も頷き、部屋を後にした。
「楽器もそうですが、ウォウルさん。見つかると良いですわね」
「ふふふ。そうですね、でも大丈夫ですわ。私の屋敷もそこまで簡単に陥落する様な城ではないと自負しています。皆様が協力してくれれば、堅牢な城は無欠の要塞。楽器は必ず、私達が守りますわ」
 二人が二人で笑みを溢す。
 ラナロックと、トレーネ。
「ああ、そうだ。他の方たちが来るまでの間、珈琲でも飲みます?」
 トレーネが立ち上がる。
「珈琲は私飲めないので、お紅茶を」
「では、わたくしも」
 トレーネとラナロックしかいない筈のその空間に、文字通り第三者の声が響いたのは、そのタイミングだった。
「あら。これはこれは。綾瀬さん。御機嫌よう」
「御機嫌よう。ラナロック様。それにトレーネ様も」
「(この子、いつの間に来たのかしら……)ええ、こんにちは。あなたもお紅茶でしたわよね?」
「ええ。私も紅茶を頂きたいですわ。ご一緒しても?」
「勿論」
 いつの間にかやってきたのは中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)。例によって漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏い、静かにラナロックの隣に座していた。
「お邪魔します」
 綾瀬の登場から遅れる事数秒後、そんな声が響き、ラナロックが立ち上がって玄関まで向かった。
「あら、協力者の方かしら」
 準備していた三つのティーカップを置きながら、トレーネが新しくカップを一つ取って、三つのカップの隣に置いた。
「こちらですわ」
 玄関まで出迎えに行ったラナロックが戻ってきて、案内しているのは安芸宮 和輝(あきみや・かずき)。家の大きさに若干の驚きを覚え、辺りを見回しながらトレーネと綾瀬が待つリビングに足を踏み入れた。
「……あの、楽器を――」
「そうですわね。ありがとうございます。さあ、まずは座っておくつろぎください。概要お茶でもしながら。ね?」
「あ、はあ……」
 進められるまま席に着く和輝は、やはり辺りを見回しながら、今度は綾瀬を見つめる。
「何かわたくしに御用でも?」
「あ、いや……(見えてるのか)」
 居辛そうにしている彼に、ラナロックが尋ねたのは、彼が飲む飲み物だった。
「紅茶が良いですか? それとも珈琲かしら」
「あ、じゃあ珈琲で」
 にこにこと笑顔を溢しながら、キッチンに立つトレーネの元に向かうラナロック。二人が飲み物の準備をし始めたところで、綾瀬がふと気づいた。否、気付いていた事を口にした。と言った方が、この場合は適切だろう。
「そう言えば。こんな面白そうな――コホン、失礼しましたわ。こんなに大変そうな場面で、いつもの彼をまだ見ませんが……どうかなさいました?」
「いつもの彼?」
 綾瀬の言葉に首を傾げる和輝。
「ああ。彼女――ラナロック様のパートナーなのですけれど、いつも困った事や問題にいの一番に首を突っ込む殿方がね。いらっしゃるんですわ。ウォウル様と言う方なのですけれどね」
「ウォウルさん……はぁ」
「数日前から姿を消していてね。困った物ですわ」
 悩ましげに呟くラナロック。と、リビングに再び人が増えた。大きな大きな体を持った男、ドゥング・ヴァン・レーベリヒ
「家の周りを見回ってみたが……本当に人がいねぇな。呼べないんじゃねぇのか」
「あ、お邪魔してます」
「御機嫌よう、ドゥング様」
「おう! いらっしゃい。って言っても俺ん家じゃねぇから変か。まあ、今日はよろしくな。ああ、綾瀬ちゃん、丁度良かった」
 ドゥングが綾瀬の隣に座ると、真剣な面持ちになって彼女へと目を向けた。
「ウォウルのやつを見なかったか?」
「それならば心当たりはありませんわ。何せわたくしも此処に来て初めてウォウル様がいない事をしりましたから」
「……そうかぁ。ま、そっか。ああ、ありがとな」
 肩を竦めたドゥング。と、ウォウルの話が一区切りついたタイミングでトレーネとラナロックがティーカップを持ってキッチンから帰ってきた。
「まずは一息つきましょう。えっと――」
「ああ、安芸宮 和輝です。よろしく」
「ラナロック・ランドロックと申しますわ。で、それがおつむの足りないただの黒猫です」
「黒猫……?」
 ラナロックが指差したのはドゥング。彼を見ながら和輝が首を傾げると、ドゥングは面白くなさそうな表情になってそっぽ向く。
「さて、そんな詰まらない猫はこの際置いておいて。和輝さん。さっそくですが、今私たちは彼女たち三姉妹の持つ楽器を守る為に、此処に集まって貰っているのです」
「それはなんとなく聞きました」
「わたくしが考えているのは、わたくしとラナロックさんが楽器の防衛をし、外に待機しているシェリエとパフュームで敵を叩く。と言う流れですわ」
「成程」
 相槌を打ち、出された珈琲を一口啜る和輝。
「基本的には皆様の動きやすい動きをしていただければと思っていますわ。だから特にこうして欲しい、と言う行動は設けていませんの」
「ならば――」
 案外にも、結論は早くに持っていたらしい。
和輝は何を躊躇う事もなく、言い切る。
「私は敵が侵入できそうな経路を見つけ出し、もし敵が侵入してきた場合は輸送手段や退路を遮断するとしましょう。その方が皆さんも存分に対峙できるでしょう」
「“退治”にならない事を願いますけれどね」
 トレーネの苦笑に苦笑を返す和輝。
「まあ何にせよ、私は私が出来る事をし、皆さんと共に戦うだけですから」
 少ない言葉ではあるものの、その決意は固いらしい。淹れられ、前に出された珈琲を飲み干すと、彼はすっくと立ち上がり、一礼してその場を後にする。
「律儀な兄ちゃんだねぇ……お前も少し見習えよ、ラナ」
「黙れクソ猫」
「……とりあえず口開けばそれなのな」
 ドゥングのため息に、トレーネと綾瀬が思わず笑った。





     ◆

 ラナロック邸が一望できる小高い丘の、その上で。彼等は不敵な笑みを溢している。
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)
企みがある。と言うよりも、その笑みは企みにのみ彩られていた。彼の横にはアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)の両名が佇んでいる。
「今思えば、何も律儀に一つずつ取りに行く必要などはなかったのだ。そうだろう? それは王道がやり、それは彼等、彼女等がやればよかっただけなのだ。しかし我々は王道に非ず。我々は冒険者に非ず。ならば何か! そう、我々は悪の組織なのだから!」
「ハデス様! アルテミスは必ずや今回の作戦を成功させて見せますよ!」
「うむ! その心意気やよし! その想いを剣乗せ、存分に暴れるがいいぞ! 騎士アルテミスよ!」
「……とは言え、困ったんじゃないですか? あそこまで防衛線を敷かれると、そう易々と侵入は出来そうになと思いますが」
「ふふふ、今回は違うぞ? 今回はスペシャルなゲストがいらっしゃっているのだ! 先生! 先生!!」
 腕を組み、仁王立ちしながらラナロック邸を見下ろす彼の声に反応し、どこからともなく姿を現したのは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)
「……その“先生”は止めい。全く、恥ずかしゅうていかん。が、まあよかろう。仕事とあれば話は別じゃ。報酬に見合った成果を主らにくれてやる」
「!? 一体何処から!」
 驚きを浮かべるアルテミスと、興味深そうに刹那を見つめる十六凪。
「我々オリュンポスに不可能の文字はない。今日こそはその悲願の第一歩を華々しく飾るとしようか」
「あれ? ハデス様? なんかいつもと調子が――」
 アルテミスが首を傾げ、恐らく十六凪もそれを思ったのかハデスを見つめた。
「決行時刻はあとどれくらいじゃ?」
「まだ明確なタイムテーブルは決めていないがしかし、恐らくは一時間半後。そうだろう? 十六凪」
「ええ。巷の噂によると、我々の他にも楽器を狙う輩がいるとか。どこからやって来るのか、堂々と来るのか静かにくるのかもわからない場合、おそらく彼等は戦力を分散せざるを得ませんからね。準備が出来る前に望んでも、恐らく纏まっているので容易には抜けません。準備が整い、戦力がばらけたところが狙い目かと(本当にいつもの彼ではありませんね……)」
「故に一時間半後より、作戦に移ろうと思う。変更点があれば追って連絡しよう」
「ふん……心得たわい。ならばわらわは一度消えるぞ。また後ほどな」
 ハデスが頷くと、刹那はその姿を再び消した。
「ハデス様……本当に今日は気合いが凄いですよね、十六凪様」
「……暫くは様子を伺う程度、ですけどね」
 ハデスに聞こえない様に話す二人は、ただただラナロック邸を見下ろしている彼の背を眺めるだけ。
と―― ハデスが笑う。

 高笑いではない。

 静かに、不敵に――。
笑って         言った。

「始めようか。太鼓を鳴らそう――我々の勝利の凱旋にはやはり、花道とひれ伏す愚民が必要なのだから。

 此処からだ――。今からだ――。

打ち鳴らし、闊歩すればいい。それで我々の勝利は近付く」


 その笑みは、まるで空を焼く茜色が如く轟轟と――。
己の想いを焼いている。