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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

     ◆

 リビングを後にした面々は、ラナロック邸の玄関前に集まっていた。そこには新たに姿を見せた面々が揃っていて、彼女たちと話している。
「ラナさんが言っていた“炙り出す”って、具体的にどうするか聞いている人っていない?」
 北都が誰にともなく尋ねるが、しかしその言葉に返事を返す者はなく、互いに困った様子で顔を見合わせて首を傾げている。
「それはもう、考えても仕方がない事だから良いとして、実際これからどうしていくつもりなんです? お二人としては」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)が尋ねたのは、真剣な面持ちでこれからの事に考えを巡らせていたシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)、二人に、である。
無論、彼女たちだけではなく、この三姉妹たちに協力する為に集まってきた彼等にも、その言葉は向けられていた。
「とりあえずはまず、敵がなんであるかを理解しなければならないってのはあるよねぇ。それから、実際にどうやって楽器を守り抜くか。敵の勢力、総数とかも加味したうえでそれを考えていかなきゃならないってのもあるけど」
 ぼんやりと空を仰いでいた永井 託(ながい・たく)が呟くと、一同が頷く。
「本当に、“敵対する何者か”以外の情報がないと、はっきり言って備えようがないと思うんですけどね、私は」
「リオンの言う通りだよね。うん、結構困っちゃうかもな」
 ふと、北都が何気なく頷いたその言葉に反応したのはセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だった。彼女として、彼女だけではないとしても、少なくともこの時は彼女が、その疑問点に衝突し、疑問し、発言する。
「そもそもさ、今日楽器を奪いにそいつらが来るかどうか、それさえもわからないと思うんだけど。そこら辺って信憑性のある情報なの?」
「信憑性で言ったら、凄く言い辛い事だけどないのよね。ワタシたちもかなりざっくりした情報だけで此処まで準備をしている訳だし、ラナロック曰く“敵がいつ来るのかわからないなら、敵を誘き寄せればいい”みたいなニュアンスの事を言ってこの状況になってる訳だからさ」
 シェリエの言葉にパフュームが頷く。
「しかもさっ! 何を企んでるとか、何を考えてるとか、その細かい詳細はこっちにも回って来てないんだよね……みんなが助けてくれるんだから、教えてくれてもよさそうなものだけど」
「いえ――」
 パフュームの言葉に反応したのはベアトリーチェだった。彼女は何か確信めいた様な表情を浮かべたままに一同を見て、口を開いた。
「考えなしに何かをやる様な人たちではないと言う事は、ある意味ウォウルさんやラナさんを知っている人ならば共通理解と思っても良いんじゃないでしょうか。仮説ですけど、もしこれがなんらかの糸を持って仕組まれている事であるとして、それはきっと“こうならなければならない問題”であって、同時に“こうなる事が最も望ましい問題”であるんだと思います。ね? 美羽さん」
「そうそう! ベアちゃんの言う通りだと思うよ! 色々変な事言ったりやったりしてる人たちではあるけど、でもちゃんとそこには基盤って言うか、行動の軸みたいな物が、あったもの」
 話を振られた美羽が自信ありげに言い切り、その場にいる『ウォウル・クラウン』と『ラナロック・ランドロック』を知る全員が、頷く。確かにそうである、と。
「……ふぅん? ワタシたちは良くわからないけど、へぇ……」
「でもさ、じゃあ今回のこの騒ぎって言うか、予告を出してるとか、楽器を奪いに誰かが来るって噂とか、そう言うのってウォウルが仕組んでる事なの?」
「その線は充分あり得ますね。彼の過去が過去です。その考えを拭えない訳ではない」
 真人は真剣な面持ちでパフュームの言葉に頷き、そして辺りの面々を次いで見回すと更に言葉を続けた。
「ただし、例えばウォウルさんがもしこの事件の主犯であったとしても、そうでなかったのしても、今この場ではあまり意味がなんでしょうね。何せ彼、幾ら仕組んでいようと真剣でなければ、それは嘘にはなりえない。なんて考えの人ですから。もし裏があったとしても、生半可な気持ちで向かい合うと怪我しますよ」
 真剣な彼の表情に、シェリエとパフュームは息を呑む。
「そうだね。何せ彼、仕組んでたって、それが演技だったって、本気で殺そうとかしちゃう人だもんねぇ。“貴方達ならばこのくらいでは死なないでしょう?”なーんて、平然と言っちゃう人だからねぇ」
 託も笑ってそう言った。パートナーと同じ顔をした存在だろうが、支障になると判断した瞬間に、平然とその命を奪う事が出来る男を、ウォウルと言う男を、彼も彼なりに知っているから。
だからこそ、その手に握る武器を見つめた。
「僕が出来る事はしっかりとさせて貰うとするよ。まあ、流石に命を奪ったりなんて野暮な事はしないけどさ」
 誰に言うでもなく小さい声で、彼はそう呟くのだ。





     ◆

 リビングでは、ラナロックを含む九人がテーブルを囲んでいた。
先程までいた筈の綾瀬の姿はない。
「それで。とりあえずトレーネさんは今、楽器のある部屋に行ってるって事で、間違えないんだよね」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の言葉に反応し、ラナロックが笑顔で頷いた。
「ラナさんもトレーネさんと同じ場所で楽器を守るんですか?」
「そうですわね。一応家主としてはそうしなければならないと思うので。それに、私が言いだした事ですから」
 レキの隣。カムイ・マギ(かむい・まぎ)の問いに返事を返したラナロック。と、彼女の言葉を押し流すようにして湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が詰まらなそうに声を上げた。
「また楽器の防衛なんですね。まあ別に文句ありませんけど」
「駄目だよキョージ、そんな事言っちゃあ……」
 彼のパートナーであるエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)がおろおろしながら彼を諌めるが、凶司は別段悪びれもせずに続ける。
「ラナロックさん……でしたっけ? 貴女の策は全くと言って良い程に信用にはおけませんが、それでも僕はその微かな可能性を無にはしませんよ。もし敵が現れれば、まあそうですね、追い払うお手伝いくらいはさせて貰うとしましょう」
 彼の言葉を聞いたラナロックは、にっこりと笑顔を浮かべて頷いた。
「ありがとうございます。お心強いお言葉ですわ」
 彼女の反応がどうにも釈然としなかったのか、凶司は一度舌打ちをして立ち上がる。
立ち上がった彼を見上げたその場の一同に、今度はため息をついてから手を広げた。
「先にトレーネさんのところに行くんですよ。事情はもう粗方聞いた訳だし、それこそ此処に留まっている必要はないでしょう? それに、もし仮に、百歩譲って敵が現れたのであるとすれば、下準備だってあります。ただ殴り合えば済む訳じゃあないでしょう? 戦いと言うものは」
 誰の返事も受け付ける気はないらしく、彼はそう言うと踵を返してリビングを去って行った。
「あ、待ってよキョージ……! ごめんね、みんな……」
 エクスが立ち上がり、一礼するとリビングを後にした凶司の後を追い、彼女もその場から去って行く。
「まあ言い分は尤もだな、俺たちも行くか」
「そうね」
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)の言葉に頷いたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)。二人も立ち上がると、一同に挨拶を交わして廊下へと向かって歩いて行く。残っている彼等が見送る中、アストライトが不意に足を止め、ラナロックへと振り向いた。
「時に、姉ちゃんよぉ。一個だけ質問、良いか?」
「何でしょう?」
 アストライトは暫く言葉を頭の中でまとめてから、表情を出さないまま、随分と強い瞳をラナロックへと向けて口を開く。意志の強さ、問いに対する強さ、そして、自分自身の考え、至るところへの強さを現れた瞳を、これでもかとばかりにラナロックへ向けて。
「聞けば姉ちゃん、お前さ。“困ってくるから助けてやろう”そう思ってこの状態を作ってるんだろ?」
 今度は返事の声なく、ラナロックが頷いた。
「じゃあもし、楽器を奪いに来てるやつらが“楽器がないと困る”そう言ったら、姉ちゃんはどうすんだよ」
 悪の反対は正義でない。 その類の質問だった。正義の反対も正義ではないし、悪の反対は正義ではない。正義に仇名すのは“正義の敵“であり、悪に敵対するのは”悪の敵“。相手があれば、それは相手にも適応されると言う話。が、その答えは案外にも考えなく、ラナロックは事もなげに話した。
「困っている人間を誰も彼も助ける。それはウォウルさんの専売特許なので何も言えませんし、私にはわかりません。でも、私は私の友人が困っていれば、例えそれが稀代の大罪人であれ、救いようのない咎人であれ、助ける事をするでしょうね。私の中での重要な事は、“正義に固執する事”ではなく、“私の思う事を遂行する”と言うエゴです。それを理解しているからこそ、手の届かない範囲の事までは、私は考えませんわ」
 にっこりと笑顔で返した彼女に対し、アストライトは「ふーん」と返す。ただのそれだけ返して、暫く考えた後に言った。
「そういう事か」
「ええ。もし仮に、貴方が今仰った事が起こったと仮定しても、“楽器を奪わなければ困る”と思ったのであれば、全身全霊で奪いに来ればいいんですわ。そして私はそれを、持てる全ての力で以てねじ伏せれば、それでいいと思ってます。互いが互いで相互理解を図ろうとする事など、所詮この世の中ではまかり通らない事なんだと、ウォウルさんは私に教えてくださいました」
「わかったよ。そうかそうか。ありがとな。んじゃ、俺たちも楽器のある部屋、先行ってんぜ」
 見送る一同に手を振って、彼はリビングの扉を後ろ手で閉めた。去って行った。
「何だか若干ではあるが面倒な事になりそうだな。そう思うのは俺だけか?」
 今まで口を紡いで静かに様子を見いてたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、漸くと言った体で口を開いたのは、そのすぐあとの事だった。
「そんな事ないんじゃない? ああいう質問が出てる、ああいう疑問を持つって事のそれ自体、きっとみんなが真剣に今回の件を見てくれてるって事だと思うなぁ。ルカはね」
ダリルの言葉に反応したのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)であり、彼女の言葉にはラナロックも賛同したらしい。笑顔で頷いて、自ら入れている紅茶を啜った。
「あ、そうそう、。あのさ」
 様子を見ながら紅茶を飲んでいたレキは、思い出したかの様に声を上げると、自身が持っていた疑問を口にした。
「ラナさん、今回の件ってさ。実際のところウォウルさんは関与してるの?」
「それが――」
 困り果てた様子を浮かべたラナロック。
「ほぼ関与してるだろうよ。あいつの事だ」
 ダリルが次いで述べると、ルカルカも腕を組みながら頷いた。それはもう、確定であるとでも言わんばかりに。
「実際に決めつけるのは如何なものかとは思いますが、でも可能性がないとは言えないですし、それに多分……うん。実際のところどうなのかが気になるのは事実ですね。動き方変わりますし」
 カムイが言うと、更に三人が頷く。
「あの――」
 ラナロックが申し訳なさそうに口を開くと、四人は彼女の話を聞く姿勢を取る。が、それが一層彼女の言葉を出し辛いものとし、懸命に考えながらやはり申し訳なさそうにして、ラナロックは言葉を発し始める。
「それが……私にもさっぱりわからないんです。どころか今、ウォウルさんがどこにいるのかもわからない状況で」
「……え?」
 レキが驚いた様に、しかし恐る恐る声を上げる。
「どういう事? ウォウルいないの?」
 肯定の意を持った頷き。
「で、でもさ! ラナさん、前にウォウルさんがいなくなった時はもっと――」
「前回は犯人が居る事を知り、そしてそれがウォウルさんの企みであると知らなかったから、です。でも今回、ウォウルさんが何を考え、どう動いているのかが全くわかりません。今度は本当に誰かに攫われているのか、将又単純に後ろで動きをみせているのか。その違いが私にはわからないんです」
 困った様に呟く彼女に、ダリルが声を掛けた。
「あいつの事だ。誰かに誘拐される、なんてへまはまずしないだろう。それに、あんな奴を誘拐する意味がわからんしな」
「そうそう。きっと今回も何処かで見てるか、何か企んでるかしてると思うよ。どっちにしても、これが解決すればウォウルは帰って来るって! でさ、そこでちょっとラナに質問なんだけど……」
 少しだけ間を持たせたルカルカが、しかし今度は悪戯っぽく笑いながらラナロックを見た。
「もしこれがあいつの企みだとしたら、どうする? なんか意趣返しでもしてやったらいいと思うんだよね。毎度毎度皆に此処まで心配かけたり、話をややこしくしてるんだからさ」
「る、ルカルカさん……それは」
「いいじゃん、そんな硬い事言わないで! ほらほら、レキもカムイも、ダリルもさ! ラナと一緒に考えてあげようよっ!」

 “元気を出せ”

 その言葉が聞こえてくるようで、だからラナロックは笑う。

 “ありがとう”

心の中でそう呟いて。