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狼の試練

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狼の試練

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第5章 狼の試練 1

 ダンジョンはついに最奥に差しかかった。
 これまで引っかかってきたトラップ群(ハリセンとか、虫を模したオモチャ大量投下とか)をかいくぐって、リーズ一行は開けた空間に出る。
 それはこれまでの部屋とは違って、まるで神を祭ろうかという祭壇みたいな場所だった。
 蝋燭の火が照らす薄暗がり。藍色の幻想的な色合いをした壁が、リーズたちを囲んでいる。その一番奥――祭壇の上に、彼女はいた。
 腰まで届く燃えるような赤い髪。浮き世離れした、この世ならざる者の気配。荘厳な衣装を身に纏って、彼女はリーズたちを出迎えた。
「やっほー♪」
 軽やかに、ひらひらと手を振って。
「あ、あなたは……?」
「ようこそ、『狼の試練』の最深部へ。わたしはシャトラシャトラ・クオルヴェル。、この試練の主であり、最後の試練を与える者です」
「シャトラ……クオルヴェルっ!?」
 驚いたのはリーズだけだった。
 きょとんとする仲間たちに、彼女は語って聞かせた。
「クオルヴェルの集落を作った始まりの人だって言われてる獣人よ。ようするに……わたしの遠いご先祖さまってこと」
「なるほどー、つまり、ひいひいひいひい……えっ、たくさん付いてのおばあちゃんってことだね」
 リーズの横で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がひとり納得して言った。
 すると、シャトラは憤慨して、
「おばあちゃんって言うなーっ!」
 どうやら若さこそが彼女の売りらしい。おばあちゃんと言われるのはプライドが傷つくのだそうだ。
「とにかく……これまでの試練をくぐり抜けてきたことは誉めてあげます」
「あんな子供じみたトラップや試練で誉められても……」
「あれだけの巧妙な罠を仕掛けるのに苦労しました。特に、どんな嫌がらせをしてやろうかと」
「やっぱり嫌がらせかいっ!」
 姿こそ似ていても、シャトラとリーズは性格がまるで違った。言うなればシャトラは常に童心を忘れないのである。
「まあ、冗談はともかく、これで本当に最後の試練です」
「して、その内容は?」
 美羽が首をかしげながら聞いた。
 シャトラはパンパンと手を叩きながら、
「はいはい皆さん、出番ですよー」
「うーすっ」
「待ちくたびれたー」
 そこかしこから現れたのは、数名の男女だった。
 その姿がようやくはっきりしてくると、リーズはぽかんとなる。
 なにせ、これまた見覚えのある連中――契約者たちだったのだから。
「あ、あんたたち、そこでなにやってんのよっ!?」
「雇われた」
 胸を張って、青年が言った。
 無造作に伸びたショートの黒髪。幼さを軽く残した小さめの顔。小生意気そうな印象も受けるその青年は、七枷 陣(ななかせ・じん)という契約者だった。
 当然のように、その横には彼のパートナーであるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)の姿もあった。
 ディライドは「やっほー」と自分と同じ名前の獣人に手を振り、真奈は「お久しぶりです」と恭しく頭をさげる。こんな場所でもなければ談笑に興じるだろうが、彼女らの手には武器があり、獣人娘と戦う気まんまんの体勢だった。
「雇われたって……あんたらねぇ」
 呆れているリーズに、陣と同じ側にいる茅野 菫(ちの・すみれ)が横のシャトラを示しながら、
「いや、ていうかこのおばさ――」
 殺意ある視線がギロリと突き刺さる。
 菫は脂汗を滲ませて訂正した。
「この、シャトラさんに拉致られたんだよ。あたしたちも不可抗力ってやつ? そんなわけだから死んでくれよ、リーズ」
「その理論は色々とおかしいっ!」
 飛躍しすぎた話にツッコミを入れ、リーズは事態を理解してがっっくり肩を落とした。また厄介なことになってるのである。ご先祖はとことん、気まぐれなようだ。
「で、あなたも一緒? カイ」
「俺は自ら望んで、だ」
 むっつりと、氷室 カイ(ひむろ・かい)が答えた。
 無造作な黒髪に、冷然とした雰囲気。腕を組んで口を引き結んだ姿がよく似合う。なんというか、プロの空気である。不用意に近寄りがたいものがあった。
 それにしても、望んで、とは。
「そんなにわたしを憎んでたの!?」
「勘違いするな。ただ、俺は知りたいだけだ」
「知りたい?」
「ああ。この狼の試練で、お前がどれだけ成長したのか。お前にどれだけの……生き抜く覚悟があるのか。それを俺は知りたいだけだ」
「そんなのは一人でやってくださいよっ!」
 試練が余計に一つ増えたような気分だった。
 ため息をついて、リーズは気持ちを切り替えた。とにかく、これで終わりになるのだろう。ならさっさと終わらせてやる。
 シャトラが手を掲げ、宣言した。
「さあ、始めなさい。……主にわたしの余興のために」
「それが本音かあぁぁっ!」


 いくら言動がふざけていても、その実力は本物である。
「闘技大会でのリベンジ……ここで果たさせてもらうぜ!」
「勝手なことばかり言うなああぁっ!」
 陣は放射状に炎魔法を放ち、リーズは長剣でそれに対応した。魔法とはいえ、なにも金属を溶かすほどの威力があるわけではない。技能されあれば、弾き落とすことは可能である。
 地を蹴って跳躍。いったん、距離を取るリーズ。
 だが、それに陣は追い打ちをかけた。一本の球として集約した炎魔法を、レーザー砲のように飛ばす。焔のレールガンが、リーズを追った。
 彼女はそれを、ギリギリのところでかわす。
 だが、すかさず、もう一人のリーズ――ディライドが飛び込んできた。
「へへっ、こういうのもアリだよねっ! リーズさん、覚悟してよっ!」
「全然アリじゃない!」
 加速したディライドが、剣を次々と叩き込む。
 二人の剣がかち合う音が響く中、
「お嬢様、ご覚悟を」
 殺し屋の目をした真奈が、援護射撃を繰り出した。
「だああぁぁっ!?」
 銃撃音が響き渡り、弾丸の嵐がリーズを襲う。
 長引いてくるとこっちが不利だ。そう判断したリーズは、陣に狙いを定めた。彼を倒せばなんとかなるだろう。
 とか考えている最中に、
「やほっ、リーズ」
「菫っ!?」
 小柄な少女が、リーズの眼前に現れた。
 黒い縦ロールのかかった髪。ちっちゃな身長。こんな激戦区には似合わない子どもである。ただ、その性格は実に大人びていて、むしろ親父くさいとさえ言えた。
「ぬふふふ……これは試練。すなわち、あんたが自ら自分の選択を考える必要があるのだよ」
 いきなり現れ、いきなり何事かのたまう菫。
「なに言ってんのよ、あんたはっ!」
「つまり、このあたしとあんたは戦うことが出来るのか!? 友人相手に、その剣を向けることが出来るのかあんたはっ! さあ、どっちだ!? リーズ、答えよ!」
「えい」
 リーズは容赦なく菫に斬りかかった。
「あんたには血も涙もないのかあぁっ!」
「どの口が言うか、どの口が」
 仕方なく、菫はリーズの刃から逃げる。
 代わりにリーズのその刃を止めたのは、横から飛び込んで来たカイの刀だった。
「げっ」
 カイの実力はリーズも知るところである。
 彼を相手にするのは、出来れば避けたいと願っていた。
「さあ、リーズ。見せてもらおうか、お前の覚悟を」
「そ、そんな重い話にわたしは参加したくないっ」
「格好良く死のうとは考えるな。足掻いてでも、生き抜いてみせろ」
「他人の話聞いてるっ!?」
 カイは無言で斬りかかってきた。
 思わず反射的にリーズも剣でそれを受け止める。かち合う刃と刃。金属音が幾重にも重なった。
 彼の鋭い剣戟を避けるのは至難の業だ。
 リーズはいったん距離を取ると、狼モードへと変身した。一瞬、カイの動きがその変化についていけず止まる。隙を突いて、リーズは彼の足下から背後に回り、変身を解いた。狼の尻尾が、ふわりと揺れる。
「はあああぁっ!」
「……っ!?」
 叩き込まれる力任せの一撃。カイは吹き飛ばされた。
 それでもなんとか、彼は体勢を立て直す。
 横からは、陣の放ったレーザー砲のような焔の魔法が飛び込んで来た。再度、狼へと変身したリーズはそれを避ける。
 徐々に、徐々に。
「……来たな」
「ついにか」
 カイと陣はその変化に真っ先に気付いた。
 リーズの心は高ぶっていた。
 興奮と言っていいだろう。激しい心臓の高鳴り。鼓動。脈動。血が煮えたぎるように熱い。だがそれが、心地よさも生んでいる。彼女の中の狼が、目覚めているのだ。
 しかし――それに支配されてはいけない。
 リーズはそう自分に言い聞かせた。それは狼ではない。単なる破壊の魔物だ。

 オオオオオオオオオォォォォンッ!

 そして狼は。
 天へと吼えた。