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リアクション
第5章 狼の試練 3
扉の向こうにいたのは、一人の男だった。
「レン……っ!?」
シャギーのかかった銀の髪。真紅の瞳と、口を引き結んだ謹厳な顔付き。これまで幾度となく冒険をともにしてきた、レン・オズワルド(れん・おずわるど)だった。
当然のように、その横には彼のパートナーであるノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)やアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)もいた。
しかし、何故だろう。
今の彼女たちとレンとの間には、まるで今日、はじめて出会ったかのような壁のようなものが感じられた。
ノアの金の瞳は、不安げにレンを見上げ、
「ゼノさん……」
「……っ!?」
リーズは驚きを隠せなかった。
確かにいま、ノアはレンをゼノと呼んだ。そしてレンの立ち振る舞いは、これまで以上に冷然としている。
信じたくはなかったが、まさか――
「久しぶりだな、リーズ」
声は二重になって、リーズに降り注いだ。
レンの声だ。それは確かに存在している。だがその上から重ねられているもう一つの声色は――彼女にとって悠久の時を遡る声だった。
「おじい……ちゃん……?」
ゼノ・クオルヴェルは静かにうなずいた。
本来、ゼノはまだこの場所にいるべき存在ではないらしい。魂がダンジョンで形を得るには、時間が必要なのだ。だからシャトラに無理を言って、こうしてレンの身体を借りるという形でこの場に連れてきてもらったのだという。
その目的は――
「リーズ、君と剣を交えるためだ」
「わたしと……?」
「そうだ。俺は幼い君に、剣の使い方を教えた。それは自分の身を守るためであり、大切な人を……守りたいものを守るための剣だった」
リーズの脳裏に、ゼノと過ごした幼き日々が浮かんできた。
「残念ながら、俺はその大切なものを守れなかったが……君ならきっと出来ると、俺は信じている」
「おじいちゃん……」
「だから、剣を交えたいんだ。君がどこまで強くなったのか。どこまでいこうとしているのか。そして、どういう人生を歩んできたのか。それを、知るために」
レンは剣を握り、片方の手に持っていたもう一つの剣をリーズに投げた。
それはレンの握っている剣と同じものだった。何の変哲もない、鉄の長剣。特別な力など、そこにはない。あるとすれば、それは互いの思いと技だけだった。
(レンの意識があるとしたら、どういう気持ちで見ているのだろうな)
二人が剣を構える姿を見て、アリスは思った。
達成感? 充実感? それとも――
いや、とアリスは首を振った。
考えるのは野暮かもしれない。いまはただ、二人の戦いを見届けたいと、そう思うだけだ。
「いくぞ、リーズ!」
「――はいっ!」
二人の剣が、交錯した。
お互いに譲らぬ戦いだった。
実力は拮抗している。いや、技量だけならばゼノのほうが遙かに上だ。だが、それに劣らないほどの気合いと情念をリーズは燃やしていたのだ。
狼の雄叫び。かち合う金属音の連続。
いつまでも続くかと思うほど、何度も剣はぶつかり合う。
だが、徐々に……その均衡が解かれようとしていた。
「うおおおおおおぉぉぉっ!」
ゼノが烈風となって斬り込む。長剣が、横薙ぎに見せかけたフェイントをかけ、下方から鋭く叩き込まれようとしていた。
が、リーズの研ぎ澄まされた狼の感覚は、それを見切っていた。
「あああああぁぁっ!」
ガッ――
下方からの刃を、彼女は逆のパワーでたたき落とした。
そして、そのまま剣を振り上げる。狙うはゼノの顎。切っ先は、その直前でぴたりと止まった。
「……はぁっ……はぁっ……」
「…………はぁ……あ……」
触れるほどに近い距離。乱れた呼吸が吐き出される。
「ははっ……」
ゼノはついに、我慢していたものを解放するように笑い出した。
「強くなったな、リーズ」
ぽんっとその大きな手が――レンのものであるが、確かにゼノの暖かみを感じる手が、彼女の頭の上に乗せられた。
時間は無情に過ぎていく。
ゼノはもうそろそろお別れの時間だと告げた。
「もう……?」
「ああ。あくまでこの身体は、仮初めのものだからな。長引くと色々と厄介だ。俺の魂が彼の身体を乗っ取ってしまう可能性が出てくる」
「……そう」
ということは、ゼノとはもう一緒にいられないということだ。
リーズは、見た目にも分かる落ち込みっぷりだった。
「そう落ち込むな。またいつか、ここに来い。そのときは試練の番人として、相手になってやる」
リーズはうなずいて、ゼノと最後の握手をかわした。
それを見ていたノアは、ゼノに身体を貸す前――レンが言っていたことの意味が、なんとなく分かるような気がした。
『これはきっと、ご褒美なんだ』
確かに、そうかもしれない。
自分たちが生きてきた証。守ってきた血脈と戦士の誇りが自分たちの子供やその孫たちに引き継がれているのが確かめられる場所。
それが、この場所なんだ。
「それじゃあな、リーズ」
それだけを言い残して、ゼノはついに消えようとする。
魂の輝きなのか。光の球のようなものが、レンの中から離れていった。
「……いっちゃったな」
陣が空を見上げながら言う。彼も、二人の戦いを見届けていたのだ。
「ええ……」
「あのっ、それよりみなさーんっ」
ノアの困ったような声が聞こえた。
「レンさんが起きないんですけどー!?」
身体を貸した後遺症なのか、レンは気絶したようにぐっすりと眠っている。揺さぶっても叩いても起きそうになかった。
「で、結局こうなるのか……」
「男なんだからしっかりしなさい」
唯斗にレンを担がせて、リーズ一行は帰路についた。
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