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狼の試練

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狼の試練

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第2章 ダンジョン探索記 2


「ぐるるるるぅ……わぅううぅ……」
 数匹の狼たちがうなり声をあげている。
 それは、この『狼の試練』のダンジョンに住んでいる、獣人たちの魂だった。
 といっても、それほど厳かな存在ではない。いわばダンジョン内にだけ存在するモンスターや戦士という演出の存在だ。当然、感触もあれば、牙を剥くことだってありうるが、幽霊といった雰囲気は皆無だった。
「わわわわっ、孝高っ。どうしよう〜! 狼さんたちが怒ってるのだ〜!」
 狼たちに威嚇されている天禰 薫(あまね・かおる)は、困ったように慌てふためいた。
 ショートの黒髪に、和風の狩衣。大きいつぶらな瞳が伏し目がちになっていて、引っ込み思案な印象を受ける。実年齢よりも幼く見える娘だった。
「『狼の試練』と呼ばれるぐらいだからな。これぐらいは当然だ」
 薫と同じく和風の袴姿をしている男が、彼女に答える。
 黒髪をポニーテールで纏めて、刀を手に狼たちと対峙している。薫のパートナーである、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)という名の熊の獣人だった。
「ぴきゅきゅぴっきゅう、ぴきゅきゅぴきゅ!」
 横で、わたげうさぎがぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「こら、ピカっ。はしゃいだらあぶないのだ!」
「ぴきゅきゅっ! ぴっきゅう!(こんなの平気なのだ!)」
 言い聞かせる薫に、わたげうさぎは不満を顔に出している。
 これはわたげうさぎの姿をしているが、実は薫の立派なパートナーなのだ。つまり、これもまた獣人ということである。
 わたげうさぎの獣人――天禰 ピカ(あまね・ぴか)だ。
 人間の姿になると薫そっくりの容姿になるが、いまは元のわたげうさぎモードのままである。言葉は主に「ぴきゅ」としか口にしない。『ぴきゅう語』というらしいが、それを理解できるのは薫ぐらいのものだった。
「ぴきゅう! ぴきゅきゅぴっきゅう、ぴきゅきゅぴきゅ!(戦士の通過儀礼! それを通過して、我もわたげうさぎの戦士になるのだ!)」
「もう〜。いいけど、余計なことして困らせたりはしないでくれなのだ?」
「ぴきゅうっ!(任せといて!)」
「そろそろいいか? 連中も待ちくたびれてるみたいだ」
「ほぇ?」
「来るぞ!」
 孝高が言った直後、狼たちがいっせいに襲いかかってきた。
「うひゃあぁ〜!」
「俺も、姿を変えて戦うか」
 ぽつりとつぶやいて、孝高の姿が変わる。
 本来の熊の姿――それも、通常の熊の中でも肩幅も頭身もでかい巨熊の姿に変貌した。そして、変身を終えたことを気合いで表現。はげしい咆吼が響く。
 続けざまに、孝高の姿はまるで蜃気楼のようにゆらりと靄がかかった。
 狼たちがそれに狼狽している間に、孝高の姿が何重にも重なる。
 そして、気付いたときには、
「わ〜、孝高がたくさんなのだ〜」
 巨熊の孝高が五匹にも増えていた。
「これはもう、ふえるくまちゃんなのだ!」
「こら天禰! ふえるくまちゃんとか言うんじゃない!」
 五匹の孝高がいっせいに薫をしかりつける。
 一匹でも怖いというのに、それが五倍だ。声量も威圧感も半端なものではなく、思わず薫は震えあがった。
「わわっ、怒らないで孝高! 冗談だよう、ごめんなのだ〜!」
「……まあいい。それよりも、さっさとこいつらを片付けるぞ」
「ぴっきゅぴきゅ、ぴきゅう!(ぴっきゅぴきゅにしてやんよ!)」
 ピカが気合いをいれて飛び跳ねる。
 狼たちもようやく冷静さを取り戻したようだ。ぐるるる、と再びうなりをあげる。
 わたげうさぎと巨熊と狼の獣大戦争が幕をあけた。



「やー、まいったまいった。迷ってしまったあげく、ここが何処だか分からない。ぷりーず、へるぷみー?」
 言葉とは裏腹に、まったく困っていない様子で青年が言う。
 なんとも胡散臭そうな青年だ。シャギーのかかった黒髪に、黒い瞳をした典型的な日本人。ぱっと見は気のよさそうな人にも見える。ただ、目つきが常に細めがちで、なんとなく詐欺師の雰囲気を思わせた。
「誰か助けてくれへんかなー」
 彼――瀬山 裕輝(せやま・ひろき)はそんなことをつぶやく。
「ッ!? だったらっ! 自分の、助けを呼ぶ前に――俺たちを助けろよっ!」
 横でボカスカと敵を戦っていた男が、ついに激怒した。
 刈り込まれたショートの金髪に、広い肩幅。豪腕、豪傑。そう呼ぶにふさわしい、拳と蹴りで敵を蹴散らすパワーファイターだ。
 それは、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)という名の契約者だった。
「えー……? だって、ラルクさん、修業でこの場所まで来たんやろ? やったらオレが手伝うのは違うんちゃうかなーって」
「あのなぁ……」
 ラルクは、わなわなと震えた。
「いくら修業でも、俺はお前のお守りまでするつもりはねーんだぞっ!」
「ま、まあまあ……ラルクさん」
 横から、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が彼を制止した。
 金のロングウェーブがかかった長髪。柔和な顔立ちに、優しげな瞳。見る者を柔らかい雰囲気にさせる彼女が言うと、ラルクもそれ以上は口をつぐんだ。
「それよりもはやく出口を探さないと……」
「ああ。つってもなぁ――」
「ラルク隊長殿っ! 横道を見つけましたであります!」
 ラルクの言葉を遮ったのは、ハキハキとした少女の声だった。
 そちらに振り返ると、黒髪黒瞳の純日本人といった容姿の娘が、ビシッと敬礼をしている。黒髪はポニーテール。キリッと引き結んだ顔で、ラルクを見上げていた。
「いや、あのな、吹雪。俺は隊長じゃねえって何度も……」
「何をおっしゃいますか、隊長殿。古代の遺跡での練兵任務。これぞまさしく自己の鍛錬を怠らぬ隊長たる役目。自分は必ずや、この任務を全うしてみせます」
「…………」
 これだ。
 ダンジョンに潜ってからというものの、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はこればかりである。
 盲目的に、ラルクを任務だなんだの隊長だと信じ切り、付き従っている。ラルクにとっては迷惑極まりなかったが、そのキラキラしたまっすぐな瞳に、怒ることも出来ないでいた。
「吹雪、あんまり迷惑かけるものじゃないわよ」
 吹雪の後ろから、ブロンド髪の娘がたしなめるように言う。
 彼女のパートナー兼保護者である、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だった。
「なにを言いますか、コルセア。自分は任務のために全力を尽くしているに過ぎません」
 吹雪は憮然と言い返す。
「隊長殿も、自分の役目に満足しているでしょうっ」
「いや、だから……」
「で、ありますよね、隊長殿っ」
「…………ああ、そうだな」
 結局は、ラルクが折れるしかなかった。
「あはは、ラルクさん、ご愁傷様です」
「勘弁してくれよ」
 リースの優しい言葉かけに、ラルクは消沈したように答える。
 しかしすぐに、彼らの表情ははっとなった。気配を感じたのだ。並々ならぬ気配。モンスターたちの気配だった。
「……ったく、しょうがねえな」
「ラルクさん、来ますっ」
 彼らの前に、スケルトンナイトの集団が現れる。その頭上では、巨大な吸血コウモリも羽をばたつかせていた。
「へっ……上等。いくらでもかかってきやがれってんだ!」
 ラルクの言葉に応えるように、敵集団はいっせいに飛びかかった。
「うおりゃああぁっ!」
 雄叫びをあげて、ラルクの雷霆の拳が敵の一群を吹き飛ばす。電光のように素早い拳の連打が、次々とスケルトンナイトに叩き込まれていった。
 次いで、蹴りを繰り出すラルク。脚部に装備してある滅殺脚が、ラルクの力を何倍にも引き出して、脅威のパワーで吸血コウモリをたたき落とした。
「わ、私も、負けませんっ!」
 リースは超賢者の杖を構え、敵陣に魔法を放――とうとする。
 しかしその前に、吸血コウモリたちが空中から襲いかかってきた。
「あっ、いや……きゃあああぁぁっ! やめてえぇっ」
 泣きながら逃げつつ、彼女は『ウイッチクラフトの秘技書』で防御する。
 すると、秘儀書の中から、はらりと何かが床に落ちた。
 ドゴーンッ!
 床に落ちた紙片が生んだ雷撃が、吸血コウモリたちを打ち払う。
「あら……?」
 ぷすぷすと焼けこげたコウモリたちが、バタバタッと、床に落下した。
 本人にも予想できなかったことだが、どうやら勝ったらしい。秘儀書に挟んでいた栞代わりの『稲妻の札』が落ちたおかげだと気づき、リースは我ながら運が良いと思った。
「なーなー、ラルクさん、リースさん……オレ、先に行ってるなー」
 裕輝が事態の大変さをまるで意に介しない様子で、のんびりと言った。
「ああ、もうっ。勝手にしろ!」
 ラルクは諦めたように、それをはねっかえす。
「いいの? 吹雪。置いてかれちゃうわよ?」
「自分の任務は、隊長殿の補佐であります」
「……はぁ」
 集団の中で唯一といっていい常識人のコルセアだけが、蚊帳の外でため息をついていた。