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第一章

――石村邸玄関ホール。

 根暗モーフ達が館内の侵入者を探しに解散した直ぐ後。ガランと広がるホールに、ゆらりと何者かが現れる。
「……フハハハハハハハ! 我が名は悪の秘密結社オリュンポスの天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」
 現れたハデスの高笑いがホールに響く。が、響いただけだった。
「いい! いいではないか! ディ・モールト(非常に)グッドだ!」
 空しく声を響かせながら、ぐるりとハデスが周囲を見渡す。
「この怪しい雰囲気……そして正体不明の異様な者共! 俺には分かるぞ! ここは名のある悪の秘密結社のアジトに違いない!」
 先程の根暗モーフ達を、ハデスは物陰に隠れて見ていた。その光景に心の琴線が触れたのか、興奮したように叫ぶ。
「是が非でもこの組織と我がオリュンポスと同盟を結ばなくては! その為にはまず彼らの首領との会談が必要だ! 早速コンタクトを取る必要がある! 我が呼びかけに答え、【召喚】に応じよ、デメテールよ!」
 ハデスが叫ぶと同時に、左手の甲の契約の印が光る。そして何処からともなく、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が姿を現した。
「さて、デメテールよ……状況は把握しているな?」
 ハデスの言葉にデメテールが頷く。
「よし、ならば早速この館の探さ――」
 ハデスの言葉が途切れる。デメテールが、ハデスに軽くぶつかったからだ。
 自分の胸を見て、ハデスが目を見開く。
 そこには、【デモニックナイフ】がまるで生えているかのように刺さっていた。ハデスの白衣が、じわじわと血に赤く染まっていく。
「――かは」
 一瞬遅れて現実を理解し、ハデスが膝をつく。
「ふふふ……ごめんね、マスター」
 そんな彼を見て、デメテールが笑みを浮かべる。歪んだ、愉しそうな笑み。
「なぜ……だ……デメテー……ル……ぐぅッ……」
 信じられない、という表情を浮かべ、デメテールにハデスが呟き、遅れてやって来た痛みに苦しそうに呻く。
「マスターに恨みとかそういうのは全くないの。ただね、ここの雰囲気……デメテールと同じなんだ。ここでならデメテールは本当の自分になれると思う……本当の自宅警備員に!」
 まるで酔っているかのように、うっとりとした表情でデメテールが周りを見渡しながら言う。
 デメテールは常日頃から『働きたくないでござる』『明日から本気出す』を口癖にしている、言わばニーt自宅警備員である。
 この館に蔓延る自宅警備員こと根暗モーフと波長が合ったのか、雰囲気に飲まれてしまっていた。
「だから、マスターにそういう事をされると困るんだ……快適な引きこもり空間を壊されちゃたまらないもん」
「デメ……がふッ!」
 ハデスがデメテールに何か言おうとするが、言葉が続かない。ただ仰向けになり、苦しそうに呼吸を繰り返すだけである。
「ふふふ……さて、デメテールも仲間を探さないと……」
 そう言った直後であった。
「何か玄関騒がしくね?」
 侵入者を探しに行っていた根暗モーフが数名、騒ぎを聞きつけて玄関へと戻ってきた。
「変な声聞こえたんだけどなー……まさか幽霊?」
「ははは、そんな馬鹿な事があるかあああああああああああ!?」
 根暗モーフの一人が、ハデスを目にして叫んだ。
「どうした!?」
「何があった!?」
「ひ、人が! 人が刺されとる!」
「刺されてる? HAHAHA、そんな冗談に俺が釣られるわけがああああああああああ! マジ刺されとるやんけぇぇぇぇ!」
 後から続いてきた根暗モーフ達もハデスを目にし、ざわめき出した。
「あ、みんなー!」
 そんな根暗モーフを目にし、デメテールが表情をほころばす。
 本当の仲間を見つけた。その嬉しさに、思わず駆け寄る。
 そして、根暗モーフ達も駆け寄った。
「おいアンタ! しっかりせぇ!」
「傷は浅……くはないけどここで死ぬなよ!? 絶対死ぬなよ!? いいな絶対だぞ!」
「っててめぇ何フラグ立ててるんだよ! ここで死んだら死亡判定とかシステム実装とかぜってぇありえねぇけどまぁ色々と面倒になる可能性があるんだからな! 冗談でもそんなことするんじゃねぇ!」
デメテールではなく、ハデスに向かって。
「……え?」
 根暗モーフ達とすれ違い、デメテールがぽかんとした表情を浮かべる。
「……あれは、君がやったのか?」
 一人、残っていたパンツ一丁で紙袋をかぶった(額に『り』と書かれている。恐らくリーダー的ポジションであろう)根暗モーフがデメテールに問う。
「え? そ、そうだよ! この快適な引きこもり空間を守る為、邪魔者を排除しましたッ!」
 ビシィッ! と効果音が付きそうな敬礼ポーズをとるデメテール。
「こぉの大馬鹿もんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「はぐぅッ!?」
 それに対し、帰ってきたのは根暗モーフリーダーの鉄拳であった。
「な、殴った!? 殴られた!?」
「当たり前じゃアホンダラ! おい、その人を早く手当てするんだ!」
 リーダーが言うと、数人の根暗モーフがハデスを極力動かさないように運んでいく。
 その光景を、デメテールがぽかんとした表情で眺めていた。
「――君は今、引きこもり空間を守る為に彼を刺したと言ったな?」
「は、はい……」
 デメテールがリーダーにこくりと頷いた。
「なんてことしてくれるんじゃあほぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 そして、再度デメテールを殴った。グーで。 
「あぶぉッ!? ぶ、ぶった!? 二度もぶった!? しかもグーで!」
「えぇいまだわからんのか! いいか!? ニーtごふんげふん自宅警備員が刃傷沙汰起こしたなんて世間に知られたらどうなるかわからんのか!? マスゴミのいい餌になるのが目に見えてる! これをきっかけに奴らはある事ない事、主に無い事を憶測で騒ぎ立てる! 『犯罪者』のレッテルを張られた上、連日エロゲやらエロ漫画、果ては唯の肌色が多いヲタ系の物をやたらとクローズアップされて『こんなのがあるからいけないんだ』と世の自宅警備員はおろか同人種の者達まで迫害を受けることになる! それをわかっての行為だというのかぁッ!?」
「え、いや……あの……その……」
 流石にこんな展開になっては、デメテールも正気に戻る。だが、何を話していいのかわからずしどろもどろになってしまった。
「……そうか、君には色々と叩き込まないといけないようだな。来なさい! 自宅警備たるものどのようにふるまうがいいか、一般常識をその身に叩きこんでくれるわぁッ!」
 そう言ってリーダーがデメテールの手を掴む。パンイチで紙袋被ってるような奴が一般常識を口にするのはどうかと思うが、その事を突っ込む者は誰もいない。
「な、なに!? 何この展開!? どうしてこうなるの!?」
 デメテールが叫ぶ。多分刺しちゃったのが拙かったのだろう、常識的に考えて。

――デメテールが連れられて、玄関ホールにまた静寂が訪れる。
「……なに、この展開」
 その光景をまた別の物陰から見ていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、姿を現して呟いた。
「一体何がどうなればこうなるの……?」
 本当にどうすりゃこうなるんだろう。
「と、とにかく! ここは本当に危険みたいだね……早く脱出したいけど……」
 九条が先程玄関で拾ったキーホルダーを見る。このキーホルダーは九条 レオン(くじょう・れおん)の物だ。
「……やっぱりレオンはここにいるみたいだね……探さないと」
 九条はレオンを探しに館まで来ていたが、キーホルダーを見つけた事でここにいる事を確信したのであった。
「……無事だといいけど」
 ぽつりと、九条が呟いた。