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第1章

 いつものように、風船屋の板さんとしてアルバイトにやってきた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は、板場を覗いて首を傾げた。
「おや、源さんが不在とは、珍しい」
「き、今日の早朝、まだ暗いうちから、姿が見えないそうです」
 頭に額烏帽子を付け、白い着物を着て、かわいらしい幽霊の扮装をしたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が、教えてくれた。
「山か川に、食材の調達にでも行かれのでしょうか? お昼もとっくに過ぎていますのに、まだお帰りになっていないとは……」
「あんま考えたくねぇが、トラブルに巻き込まれたのかもな」
 社会勉強のために仲居として働きにやってきたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)と、そのパートナーのベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が話しているのを耳にしたのは、釣り竿を担いで宿へやってきた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)だった。
「板前の源さんが行方不明? オロチが出る、って噂がある川に行ったかもしれない、だと?」
「これもなにかの縁、川遊びに行くわらわたちが、源さんとやらの手がかりを探してやろうではないか」
 と、連れの草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が囁く。
「その釣り竿……お客様は、川で、釣りをなさるおつもりなのですか……?」
「ば、化け物さんが出るのに……?」
 フレンディスとリースが尋ねると、甚五郎は力強く頷いた。
「ああ、酒を用意して、アユ釣りやら川蟹なんかを探しながら、オロチが釣れるのを待つつもりだ。話し合いができるなら、それも一興だとは思うんだが」
「川遊び? どんなことをするんですか? 蟹を採ったりアユを釣ったりですか……楽しそうですね〜」
 嬉しそうに、甚五郎の後をついていくホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)は、オロチの噂を聞いたことがないらしい。
「あのお客様たち、大丈夫かしら……?」
「あのちっこい奴だって、コンダクターだからな、なんとかなるんじゃねぇか?」
 ベルクにしてみれば、想い人である大事なパートナーのフレンディスの方が余程、心配だ。戦闘時はともかく、平常時は目を離すと、何をやらかすか解ったものではない。
「……フレイがやりてぇっつーのならいいが、慣れねぇ仕事なんだから、あんま焦ったり無理したりすんじゃねぇぞ?」
 天然鈍感世間知らずのぽやぽやドジッ娘忍者を放っておけないベルクは、ソウルアベレイターの職を生かして、アンデッドな邪霊2匹を周囲にはびこらせ、【冥府の瘴気】【死の風】をまとい、さらに、時折、虚無霊のボロスゲイプを出して驚かせるという、非常に禍々しい状態で、お化けの従業員を務める覚悟だった。職と魔力の無駄使いだが、フレンディスの為なら、頑張るしかない。
 そんなベルクに向かって唸り声を上げているのは、フレンディスの飼い犬の豆柴で、自称「優秀なハイテク忍犬」の豆柴、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
「マスター、ポチの助、この度は、ご一緒して下さって光栄です……私、頑張って”仲居”たる任務を果たしてきますね……」
 フレンディスは、またもや何か勘違いしているようだが、そんなところも、彼女らしい魅力なので、ツッコミを入れる代わりに、ベルクは、邪魔な犬を追い払うことにした。
「ポチの助は、風船屋の看板犬やりゃあいいんじゃねぇ? お客様を誰よりも先に迎える重要な任務だぞ」
「く……」
 このエロ吸血鬼め、また余計な事を! と、ポチの助は、天敵のベルクに歯を剥くが……、
「まぁ、ポチは、看板犬をやって下さるのですか? 以前も沢山頑張りましたね。今回も立派な活躍に期待しておりますよ?」
 と、フレンディスに微笑まれ、つい、ピョコピョコと尻尾を振ってしまう。
「……ご主人様解りました。この僕が立派に看板犬の役目果たしてきましょう!」
 過保護生活で性格が歪み気味なポチの助だが、フレンディスに褒められ撫でられ、ご褒美にドッグフードを貰えるように気合入れている辺りは、犬以外の何者でもない。

「源さんが行方不明?!」
 噂を聞きつけて駆け込んできたのは、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)と、セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)だった。
「なら、源さんが戻って来るまで、風船屋の厨房は俺が守る! 帰って来た時、風船屋の料理の評判が落ちた、なんて聞いたら源さんが悲しむに違いない!」
 ヴァイスの決意を耳にした涼介も、「心配ではあるが、今はそれどころじゃない」と、腹を括った。
「板場に板前が不足していても、お客様は、次々と到着している。美味しい料理を出せないで風船屋の名前に傷が付くのは大変よろしくない。今の私に出来ることは、源さんに代わってこの板場で料理を作り、提供することだ……いつも以上に気合を入れていきますか」
「『お化け温泉宿』がテーマなら料理もそれっぽく、ちょっとドキッとするような事をしたいなあ」
「テーマは『お化け温泉宿』……お盆と怪談にまつわる料理にしたいものだ」
 ヴァイスと涼介が、頷き合う。
 ふたりの料理人の頭の中には、すでに、いくつものアイデアが生まれているようだ。
「ヴァイスが厨房を守ると決めたなら、俺が、人手の足りない下働きや仲居仕事を引き受けよう!」
 そう言いながら、セリカが着替えた三つ目の鬼の衣装は、ヴァイスのお手製。
「筆入れも忘れるな。それで、帳簿を付けるんだからな」
 と、ヴァイスに持たされた筆入れの中身は、手足が動くギミック付きだ。
「タスキに1本、筆がしがみついている……大人しく筆入れに入ってろ。まったくヴァイスめ、妙な所で凝るな」
 セリカが何か言ったりしたりする度、額につけた三つ目の目が、パチリ、パチリとユーモラスにウィンクを繰り返す。
「それにしても、百物語をしていると本物が寄ってくると言う話があるし、妖怪の真似をしていても何かくるんじゃないかなー」
バサリ!
 セリカのひとりごとを聞きつけた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が、ガイドブックを落とした。
「な……なんですって……怪談お宿ってだけでもキツいのに、この上、本物が……!?」
 真更町でゴーストハンターをしていた雅羅だが、実は、お化けが大の苦手。この温泉旅行は、空京商店街の福引きで当てたのだが、不幸なことに、お化け企画についての
「お化け……出るの? ガイドブックには、そんなこと、書いてなかったのに……これも、私の“災厄体質”のせいなの!? か、帰る! 私、帰る!」
「あ、あの、大丈夫です、本物が来ても、みんなでお客様を守りますから……」
「ぎゃー! ゆ、幽霊!」
 一生懸命なだめようとしたリースの姿を見て、さらにパニックになる雅羅の手を、アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)が包む。
「ほら、落ち着いて、よく見てください。幽霊じゃありません、かわいらしい仲居さんですわ。『帰る』なんて言って、困らせたらかわいそう……」
「で、でも……」
「怖かったら、目を瞑っていてかまいませんわ。手を引いてお部屋まで連れていきますから」
「あたしもお手伝いするよ」
 と、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)
「小娘だけでなく、わしもおる。安心しろ」
 と、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)
 マーガレットは、矢が刺さった落ち武者、隆元は鴉天狗の格好をしていたが、すでにぎゅっと目を閉じている雅羅には、何も見えていない。
「あ、ありがと……絶対、離れないでね……」
 アルセーネの手を握ったまま、もう片方の手でマーガレットの袂を掴んで、2階へと階段を上っていった雅羅だったが……、
「ぎゃあああっ!」
 梅の間に到着して目を開いた途端、風船屋に響き渡るほどの叫び声を上げて気絶してしまった。

「わんわんっ!」
 看板犬となったポチの助が、到着を告げた次の客は、皇 彼方(はなぶさ・かなた)と、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)
「ふふん、そこの下等生物、よくぞ遠方からきましたね。この優秀なハイテク忍犬の僕が、直々に出迎え褒めてやりますよ。美味しい料理に加えて、温泉まで用意してやったのですから、ここまで来た以上、精一杯癒されて帰るといいのですよ!!」
 偉そうな口調のポチの助だが、姿は豆柴なので、迫力皆無な上、力一杯振っている尻尾は、大歓迎状態、ツンデレワンコ全開だ。
「かわいい豆柴ね」
 と、テティスに撫でられ、
「下等生物の分際で、この僕を気安く撫でるなー!」
 などと、悪態つきながらも、所詮は犬なので、お腹を出して大喜び。あっという間に、「くーんくうーん」と、陥落してしまった。

「いらっしゃいませ」
 背筋をピンと伸ばし、顎を引いて、美しい立ち振る舞いで、清泉 北都(いずみ・ほくと)が、一組のお客様を迎えている。
 風船屋にお客として滞在したことも、従業員として働きにきたこともある北都は、関わりのあるこの宿を放っておけず、仲居となっていた。
「あら、あまり怖くない妖怪さんで、良かったわ」
 着物姿に【超感覚】で犬耳と尻尾を生やした北都の扮装に、にっこりと微笑んだのは高根沢 理子(たかねざわ・りこ)
「うむ、あまりにも怖ろしげな妖怪ばかりでは、心が安まらぬからな、良い心遣いだ」と、頷いたのは、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)
「北都、このおふたりは……」
 着物姿の クナイ・アヤシ(くない・あやし)が、北都に耳打ちする。
「うん、すぐに気付いたよ」
 北都は、こっそりと囁き返した。
 理子は「北条 真理子」、セレスティアーナは「アズール・アジャジャ」と偽名を名乗り、眼鏡とカツラで変装っぽいことをしている……ということは、宮殿の人々には内緒のお忍びなのだろう。「プライベートで来ているのだから、敢えて気付かない振りをして、接客しよう」と考えた北都は、笑顔で、ふたりの代王を松の間に案内した。

「じゃあな、行ってくるぜ」
「よ、よろしくお願いします」
「ああ、花火は良いけどよ、近隣住人や、地元の自治体に連絡もしないで打ち上げんのは、流石にマズいよな。たとえ、火薬を使わないにしても、筋は通しておこう」
 リースが、花火の打ち上げの許可を取りにいくナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)を見送る。
 ナディムが抱えているのは、花火のチラシだった。許可を取り、川原が安全な場所になったら、風船屋の宿泊客や近所の人々に配るつもりだ。