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第4章

「オロチか……修行の相手に丁度良さそうだな」
 噂を聞いた龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)は、ひとり、川へと向かった。
 本物のオロチとなれば、他に戦う機会はないだろうから、これを逃す手はない。
 しかし、現れたのが夜という事を考えると、目撃者も、はっきりとその姿を見た訳ではないだろう。
「……巨大な魚か蛇を見間違えたのかもしれない」
 少し怪しみながら歩いていると、すっかり暮れた川原に、人影が動いているのに気付いた。
「オロチ退治の者か?」
 尋ねると、不思議そうな声が返ってきた。
「オロチ? 自分が見に来たのは、蛍だ」
「化け物が出るという川で、蛍見物か?」
「それがし、風流が好きなのでな」
 それは、風船屋で聞いたオロチの話に怯まず、アシハラ蛍見物にやってきた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)上田 重安(うえだ・しげやす)のふたり連れだった。
「蛍……だと?」
 尋ね返した廉の目の前を、ふんわりとした光が横切る。
「おや、青髪のボインさんは、蛍に気に入られたようでありますな」
「勝手に古くさくて恥ずかしいアダ名を付けるな!」
 廉と吹雪が交流を深めている間に、重安は、アシハラ蛍が飛び交う幻想的な光景に魅入られたように、川の流れの中へと踏み込んだ。
「おっと……意外に、流れが速いな。それに、何やらツルツル……いや、ヌルヌルとしているような……」
 足元の水の中で、二匹の大きなアシハラ蛍が瞬いた……ように見えた次の瞬間。
ザブリ!
 と、水から現れた巨大なものが、重安をパクリ。
 ひとくちで、その全身を呑み込んでしまった。
「な……」
 オロチが出てきたら、叩きのめせばいい。そう考えていた吹雪も、警戒していた廉も、全く反応できなかったほど、あっという間の出来事だった。
「オロチは……?」
 すでに、その気配はなく、暗い流れの上を、静かに、アシハラ蛍が舞うばかり。
 呆然とする吹雪と廉の前に、風船屋から連れ立ってやってきた一行が現れた。
「無闇に追っても、川の中にいるオロチを捕まえるのは無理だ。目的は同じなのだから、協力しましょう」
 と、淳二が、風船屋から運んできた酒瓶を取り出し、ミーナとともに、大きな桶に中身を注ぐ。なみなみと酒で満たした桶は、セレンフィリティとセレアナが川の近くまで運び、扇情的な格好のふたりは、そのままその場で待機した。
「オロチって事は大蛇か? 正体がわかんねぇのに、むやみに突っ込むのは得策じゃないが……」
 陣も、桶の近くに買ってきた酒を軽くふりまき、匂いの漂う中に、酒瓶を持ったティエンを立たせる。
「オロチさんが、どんな女の子を好きか分かんないけど……きてくれるかな?」
「ああ、ホット・ビューティやクール・ビューティより、ティエンの方が好きかもしれないからな……けど、無理するな」
「……確かに、ああいう美少女タイプも、揃えておいた方がいいだろうなあ」
 岩陰に隠れ、パワードマスクの微光暗視装置で様子を窺っていた剛太郎は、唸った。
「しかし、いくら望美が、それなりに巨乳ロリ顔でカワイイからと言って、大事な従姉妹を囮にする戦術は使えない……」
「……そろそろ、静かにしてよ」
 【ダークビジョン】で川面を見張る望美の顔は、少し赤くなっている。
 そこに、酒樽を転がして、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が登場。
「酒に女……けど、そんなもんじゃ、まだまだ酒が足りてないぜ!」
 4つの酒樽は、高級品の日本酒とワインがそれぞれ2つづつ。各酒樽の1つづつに小さな穴を開けて川に沈め、残りの二つの酒樽を蓋を開け、セレンフィリティとティエンの間に置き、後は釣れることを祈りながら、隠れて待つ。
ブクブク……
「川がワイン色に染まっていく……」
「お酒の匂いがすごいね」
 理子と美羽が囁き合ったそのとき、プクリプクリと大きな泡が浮かび上がって……、
ザバッ!
「いち、に、さん……頭が6つ……!」
「尾が6つ……!」
 後方で、セレスティアーナを護衛していたコハクと彼方の声が重なる。
 6つの頭に6つの尾を蠢かせるその身体は、ビルのように巨大で、ぬめりを帯びた青黒に輝いている。
ブワワワーン!
 まるで、オロチが呼び寄せたかのように、人間と同じくらいの大きさのカブトムシ型モンスターと、巨大蚊の群れが、隠れていたコンダクターたちに襲いかかってきた。
「うわーん、蚊取り線香持ってくればよかったです〜!」
 ミーナが、巨大蚊から必死に逃げる。
「そんなに大きかったら、蚊取り線香は効かない……だろ!」
 いやな予感はしていたんだよな、などと思いつつ、淳二は、【ファイアストーム】で蚊の群れを焼き払った。
「おい、あれを見ろ」
 吹雪は、廉が指さしたオロチの首のひとつが、異様に膨らんでいることに気付いた。
「あの首……さては、あそこに……!」
「俺が相手だ」
 【疾風突き】を使用した廉が、相手に立ち直る暇を与えず、身軽さと足の長さを生かした蹴り技を連続で繰り出す。
 ぐったりと垂れた首を、吹雪がバサリと切り落とすと……、
「ううう……酷い目にあった……」
 切り口から、重安が這い出してきた。
 2つめの首は、ティエンが【光術】で目を眩ませている。
「後は、あのオロチをぶちのめせばいいんだろ。義仲、雑魚は俺が引き受けてやるから、とっとと倒してこいよ!」
 陣の言葉を背に、義仲は、オロチへと走った。
「オロチとて生ける物。人間の都合で退治されては、敵わんだろう。出来れば、山の上流にでも住処を変えれるよう、追い払う事にしてみるか」
 【なぎ払い】を鼻先に当てて怯ませた頭を、弱めの【轟雷閃】で痺れさせ、気絶させる。
「さあ、こっちもいくわよ!」
 自分に向かって迫ってきた3つめの首に、セレンフィリティは、有無をいわさず大量の酒を飲ませた。
フラリ……ヨロリ……ドスンッ!
 泥酔した首が、身動きとれなくなったところで……、
「とどめは、擲弾銃バルバロス!」
「それは、最終手段にしましょうよ。当たり所が悪かったら、源さんに悪影響が出るかもしれないでしょ」
「それもそうね」
 セレンフィリティを止めたセレアナは、伝承に基づき、フロンティアソードで、3つ目の頭を切り落とした。
「トンネルみたいになってるわね」
 などと言いながら、ふたりの美女は、オロチの体内捜索を開始する。
「よし、これも命中!」
 出現したオロチめがけて、剛太郎が続けざまに砲撃したM203グレネ−ドランチャーは、数発がその巨体に命中し、幾筋かの煙を上げていた。
「なんとなく、美味そうな香りが漂っているような……」
「あんなものを食べるつもりなの?」
 望美が呆れたように呟いたとき、隠れていた藪から、恭也が飛び出して叫んだ。
「いいか、あれは化け物じゃない。高級食材と思え!」
「本当に、オロチを食うつもりなのかー?」
「あん? 何事も挑戦するべきだろうが。オロチの蒲焼、十分名物としていける!」
 尋ねる剛太郎に、恭也が怒鳴り返す。
 恭也は、本気だった。
 お化け企画は、噂を逆手にとった悪くない作戦だ。だが、それだけでは、一時的な効果しか見込めない。さらに、長期間売りになる何かが必要なのだ。
「だから、オロチを食材として有効活用するんだ! 危険なオロチも討伐し、さらに風船屋の名物食材として活用! 完璧な作戦じゃねぇ!? 取らぬ狸の皮算用とか言うな。浪漫語ってこその男だろうが」
「浪漫……ね、だったら、手伝ってやるか」
 囮となった剛太郎が、オロチに一直線に向かっていく恭也を、小銃弾で支援する。
「美味い蒲焼き、食わせろよ!」
 望美は、そんな剛太郎の側を離れずに、【ミラージュ】で、攪乱しつつ、【ライトニングウェポン】や、【ライトニングブラスト】で、オロチを電撃攻撃! もちろん、川に電気を流す攻撃では、味方への配慮も忘れない。
「斬る!」
 恭也のゾディアックソードRが、4つめの首を落とす。
 剛太郎の光条刀も、オロチの尾を、5本、断ち切っていた。
「どっちがたくさんオロチの首を斬り落とせるか競争だよ、リコ!」
 ブレード・オブ・リコを手に、美羽が走る。
「もう2つしか残ってないわよ!」
「えー、じゃあ、どっちが早く斬り落とせるか競争!」
バサッ、バサリ!
 2つの首は、ほぼ、同時に落ちた。
「引き分け……かしら」
「うん、今回は、引き分けね!」
 美羽と理子が笑い合ったとき、切り口から、セレンフィリティとセレアナが這い出してきた。
「源さん!」
「無事……なのか?」
「息をしておるようだが……」
 コハクと彼方、セレスティアーナが駆け寄る。
「そう、ぐてんぐてんに酔っ払っちゃってるだけ。水を飲ませて、外の空気に当たらせてあげれば、元気になるわ」
「オロチの胃の中はかなり広かったので、空気も足りてたみたいよ」
「しかし……その老人、元は、その髪型ではなかったのだろう……?」
 セレスティアーナが、困ったように見つめる源さんの頭は、元の白髪がすべて抜け落ちて、ピカリと輝くツルッパゲになっていた。
「ま、まあ、犠牲になったのが髪だけだったら、良かったんじゃない? これで、また、美味しい料理を作ってもらえるよね!」
 元気よくまとめる美羽に、コハクと彼方は、苦笑い。
「彼女との距離を縮めるって、なかなか難しいな!」
「うん、大変だよね、彼方も……」
「まあ、そう言うでない。貴様らの心は、通じているはずなのだよ」
 同じ悩みを抱えているふたりの話は尽きず、セレスティアーナの励ましも続くのだった。
「ひょっとしたら、あの神話通りに、剣が出てくるかも、と少し期待したのでありますが」
 中に居たのが、剥げてしまった源さんだけだったことに、ややがっかりした様子の剛太郎の前で、
「……元気になってね」
 ティエンの【大地の祝福】が、オロチの傷を癒す。
「のう、お主も、ここでは面倒ばかりじゃろう。静かな場所に住処を変えてはくれまいか?」
 首と尾がひとつずつになり、もはや、オロチというより水蛇と呼ぶほうがふさわしくなったものは、義仲の言葉を理解したように、川を上流へと上っていった。