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第6章

「ほ、本物のロイヤルガードの彼方先輩とテティス先輩だぁ!」
 オロチ退治から帰ってきた彼方が、テティスに迎えられたのを目撃した大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、大急ぎで生徒手帳を持ってきた。
「こりゃぁ、生徒手帳にサインお願いするしかねえ! えっと、隅っこでいいんで『大谷地君へ』とか書いてくだせぇ」
「えー……困ったなあ……」
 彼方は、照れながらも、注文通りにしっかりとサインしてくれた。
「あの、ロイヤルガードのことなんですけど!」
 サインのついでに……と、色々な話をしているうちに、気になって仕方ないのは、やはり、テティスのこと。
「というか、お二人さんは今日はなんで宿に来てるんすか? ……もしかして……極秘の任務っすか!?」
「あーいや、そういうわけでは……」
「……デートですか!」
「デ、デート!? ちち違う! ただの旅行だ!」
 彼方が思いっきり首を振る。
 ふとテティスを見ると意識してしまったのか、赤い顔をして、彼方から離れてしまっていた。
「ご迷惑でなかったら、お食事を、ご一緒させていただけませんか?」
 康之との話が一段落したのを見計らって、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が、彼方とテティスの両方に声をかけた。
「同じ学校なのに、今までずっと先輩方と交流なかったので、いい機会という事で! 露天風呂にトラブルがあったそうですから、入れるようになるまで、お食事しながら、一緒に待ちましょうよ」
「俺たちの部屋、10人以上泊まれるくらい広いんですよ。5人集まった部屋には、特別なサプライズがあるそうですし、来ていただけませんか?」
 匿名 某(とくな・なにがし)も、ロイヤルガードの先輩たちを誘う。
 ふたりの邪魔したら悪いかな、とも思う某だが、康之はともかく、綾耶の願いを無碍にしたくない。
「俺としては……風呂も、まだ、ダメみたいだし、ロイヤルガード仲間とともに、夕食をとるのもいい……と思うぞ。サプライズも気になるしな」
「私も……賛成よ。サプライズ、気になるものね」
 彼方とテティスは、お互い気まずそうにしていて、顔を合わせようとしない。
 やはり、このふたりは、そっとしておくわけにはいかないな、と某は思った。
放っておいたら、永遠にこのままな予感がする。見た感じ相思相愛っぽいし、できれば、そのまま幸せになってもらいたい……。
 皆で一緒に部屋に帰った某は、康之と綾耶が、彼方、テティスと会話してるのをじっくり観察しながら、考えを整理しようとした。
「せっかくだから、スペシャルメニューその1を注文しませんか?」
「ちょっと怖そうだけど、面白いかも」
「彼方先輩、飯は、いつもテティス先輩の手作りなんですか? ほら、二人はパートナーだから、飯も一緒なのかな、って思いやして!」
「いや、任務で別々になることもあるぜ。自分で、弁当とか、買うこともあるし」
「ここに来る前の日に、お弁当、作ってあげた気がするけど……」
「そ、そういえば……」
 どうやら、テティス先輩の方が積極的にアプローチしてるらしい、と分析した某は、綾耶を呼んで、自分の考えを伝えた。
「……彼方先輩は、照れか意識しないようにしてるのか、それに上手く応えず、逆に、テティス先輩が不満になるような対応をしているんじゃないだろうか」
「奥手同士、ってことですね。テティスさんに、普段どんな料理を作るのか聞いて、機会があれば食べさせてもらえないか、その時彼方先輩もご一緒に、とお誘いします。こういうのは、パートナーもいた方が美味しくなるんです、と理由も添えれば、彼方さんもそんなに拒否することはないかと……」
 相談しているうちに、涼介とセリカがスペシャルメニューその1を運んできた。
「今回は、お化けお宿ということで、夏の怪談御前となります」
 セリカが配膳している間に、涼が、料理を解説する。
「まず、お盆にまつわるものは、胡麻豆腐、野菜の天麩羅の盛り合わせ、がんもどきの炊き合わせ、茄子田楽、けんちん汁」
「おいしそうだなあ」
「それに、いい香り」
 自然と声が上がり、やや緊張気味だった場の雰囲気が和んでいく。
「次に、怪談にまつわるものは、お狐様の大好物である油揚げを使ったいなり寿司、食わずの女房が食べたとされるおにぎり、河童の好物であるきゅうりを使ったじゃことわかめの入った酢の物。天狗の好物であるとろろを使った蒲焼もどき。雀の怪談にちなんで、雀は用意できないので焼き鳥を。登竜門という滝を登ることで龍となるされる鯉を洗いで。そして……」
ガタガタ!
「きゃっ!」
 いきなり窓が揺れて、テティスが思わず、彼方にしがみつく。
 部屋は2階なのに、髪を乱した着物姿の、まるで貞子のような何かが……!
「氷のお届けです……」
 それは、翼を広げ、髪のリボンを解いたクナイだった。
 よし、いい感じだ、と某は、康之、綾耶と頷き合う。
「……デザートとして、雪女や雪ん娘をイメージしたカキ氷を作ります。皆様、今宵は美味しく怪談をお楽しみくださいませ」
 と、涼介、セリカ、クナイが礼をした。

 料理と会話を楽しんだ一同に、亮介が作ったかき氷が配られる。
「素晴らしい料理だった」
「それに、素敵なサプライズでした」
「さきほどのは、サービス。サプライズは、これからですよ」
 と、クナイが言い終わる前に、サキュヴァスの恰好をしたセフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)の3人がやってきた。
「芸者さんでーす」
 3人が身につけているのは、胸を強調した純白の拘束具の様なボンデージに、狼の帽子と毛皮の外套。
「芸者さん……?」
 どこからともなく流れてきた音楽に合わせて、セフィーが腰や胸を振る妖艶な踊りを披露しながら、口に咥えたチェリーを、テティスに、口移しで食べさせた。
「ふあ?」
「ちょ……何をするんだ!」
 さらに、濃厚なキスを交わそうとするセフィーを、彼方が、あわてて引き剥がす。
「あんたの順番は、次だから、おとなしく待ってて」
「……断る!」
「あら、残念。あんたのためになることを、してあげようとしたのに……じゃあ、交代ね」
 セフィーは踊りに戻り、次に歩み出たエリザベータが披露したのは、華麗なカクテルパフォーマンス。剣技でフルーツを切り分け、ジャグリングでシェイカーを振って、ノンアルコールカクテル「セックスオンザビーチ」を作って、差し出した。
「ノンアルコールなので、安心して下さい」
 警戒されないために、その場にいる全員にカクテルを配ったが、テティスと彼方の分には、媚薬効果があるといわれている特殊な成分を、他の三人には催眠効果のある成分を混ぜている。ヘタレなふたりが、甘く幸せな夜を過ごすための後押しだ。
「このカクテル、名前は怪しげだが、なかなか美味いな」
「アルコール入ってないのに、本格的っすね」
「美味しいだけじゃなくて、とってもキレイ……でも、なんだか眠くなってきちゃった……」
 何も知らない某たちが、うとうと居眠りを始めたのを確認したオルフィナは、気配を消して背後からテティスに近づき、自分の張りのある豊かな胸を、背中に押し当てた。
「大分欲求不満が溜まっているな、おまえ……」
「な、なんのこと……?」
「安心しな、身体をリフレッシュさせるついでに、男が喜ぶテクも教えてやるから」
「け、結構ですっ」
「遠慮するなって」
 両腕を掴んで心地よく揉み解し、それから両胸へ。過激なマッサージで、緊張をほぐしていく。
「なんだか、身体がポカポカしてきたみたい……」
 媚薬の効果が現れてきたな、と見たオルフィナは、毛皮外套とアームグローブを脱ぎ捨て、胸をはだけさせて、テティスを淫魔にしてしまうほどの快楽を与えようとしたが……、
「……好き」
「はあ?」
「あなたが好き!」
 テティスは、オルフィナの胸に、顔を埋めて叫んだ。
「俺……? 予定とちがうじゃん。おまえは、4人目のサキュヴァスになって、彼方を魅了しなきゃ……」
「彼方なんかどうでもいい、あなたが好き!」
「あれえ……?」
 彼方は、と見ると、こちらは、エリザベータの胸をしっかりと掴みながら、セフィーを口説いている。
「俺は、おまえに惚れた! 俺にはおまえしか見えない!」
「これ、どうする?」
「媚薬の効果は、朝になれば消えますけど……」
「だったら、そいつらみたいに、眠らせてやればいいじゃん」
「あたし、ちょっと思いついたんだけど……」
 エリザベータが催眠カクテルを作り、セフィーが彼方に、オルフィナがテティスに口移しで飲ませる。
 すやすやと寝入った彼方とテティスは、竹の間に運び込み、北都がわざとくっつけて敷いておいた布団に、寄り添わせるように寝かせた。
「いい夢を見ましょう、淫魔の夢を……」

 後からやってきた杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)が、梅の間に駆けつけたとき、雅羅は、ようやく落ち着きを取り戻したところだった。
「お化け企画してる、って、私も、来るまで知らなくて、心配したんですよ」
「柚も、企画のところは、見落としていたんだ」
「でも、柚と三月が来てくれたなら、心強いわ。本物じゃない、って分かってるんだもの。もう、平気よ!」
「僕は、雅羅たちを守るために、隣の部屋を予約したよ」
 と、三月。
「起きてる時は、雅羅たちの部屋で過ごすし、寝るときは物音に警戒しておくよ。何かあったら、すぐ、ケータイで呼んでくれればいいし。僕は、お化けは怖くないから、守ることに専念して、【超感覚】を使うよ」
「私も、【超感覚】で警戒しますから! もし、お化けが来ても、【氷術】で凍らせて攻撃するし、【ダークビジョン】……は、使うと、見なくていいものまで見えて怖いけど、【激励】を使って励ませば……」
「大丈夫よ。お風呂だって、柚と一緒に入るの、すごく楽しみ。いっぱいお話しましょ」
「お風呂は、今、修繕中だそうですから、先に、お食事を頼みましたわ。スペシャルメニューその2というのを……」
 と、アルセーネが微笑んだとき。
「失礼します」
 梅の間に、御膳を運んできたのは、セリカとヴァイスと……、
「……」
「ひうっ?」
 蛸型火星人の外見のポータラカ人、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の姿に、雅羅が、再び気を失いかける。
「まさか、いきなり来るとはね……」
 合図して、コスプレ不要な刺激の強すぎる姿には退場していただき、三月は、雅羅の背中を優しくさすったり、頭を撫でたりして落ち着かせた。
「な、なんか、ものすごいものを見たような……」
「気のせいですよ」
「そうそう、気のせいです」
「何も来なかったよ」
 皆で雅羅をなだめているうちに、配膳完了。
「お化け温泉宿のテーマに合わせたスペシャルメニューその2です」
 と、ヴァイスが紹介したのは……、
「かわいいですね、これ、お刺身ですね」
 まずは、丸い氷の上にシーツのお化けのような感じに被せた薄めのお刺身。目と口はのりで、ちょっと間抜けな見た目に、思わず「くすっ」と笑いつつ食べると、とてもひんやり。
 おすいものは、黒塗りのおわんに入れ、水色、白、薄い緑の人魂を連想する色の毬麩と、細く切った大根とわかめを入り。
「人魂みたいだけど、これも、かわいいから許すわ」
 メインは、源さんのおすすめのアシハラ鮎の塩焼き。
「さすがに、名物っていわれるだけのことはあるな」
 そして、デザートは……、
「きゃあっ! 目玉!」
 柚が、悲鳴を上げて、アルセーネに抱きつく。
 柚を驚かせたのは、わざと転がりやすい小鉢に入れられた水まんじゅうだった。つついてころがると、ぐるんっと、あんこで作った黒目が現れる。
「柚、しっかりしてよ、ただの水まんじゅうよ」
「だって、怖いんですよ……私の水まんじゅう、赤いし……」
「充血した目玉は、食紅を使った当たりです。温泉で冷えた肝をあっためるときに、使ってください」
 ヴァイスとセリカが、「風船屋」の名前入りの手ぬぐいとタオルのセットを、柚に渡した。
「あ、ありがとうございます……それにしても、雅羅ちゃんに、慰められるなんて……」
「だから言ったでしょ、もう、平気よ、って。もしかしたら、私の方が、柚を守ることになるかもね」
 得意そうに胸を反らす雅羅だったが、数時間後、露天風呂帰りに、見回り中のイングラハムと遭遇し、再び気を失って、三月に徹夜で介抱されることになるのだった……。