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リアクション
第5章
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)と讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、お風呂掃除係のクナイが、張り切ってピカピカに磨き上げた露天風呂に向かっていた。
毎朝作ってるベーコンエッグ用のベーコンのバーコードを集めて送る懸賞で、また温泉旅行が当たり、前回は様々なトラブルに巻き込まれて……というより、自ら飛び込んで、堪能し尽くす、というわけにはいかなかった温泉を、今度こそ、楽しむつもりなのだ。
「選択肢にあったから、つい、選んでしもたけど、桜の季節に来たばかりやったなあ」
「夏には、夏の趣……日本調の春夏秋冬には、それぞれの趣もあってよい」
廊下で、猫又の女将の音々に続いて、お化け従業員のフレンディス、ベルクとすれ違う。
「それにしても、趣向とはいえ、我の目からすればかわいい化け物、妖怪達いではあるの」
実際には怖くなくとも、愛しい泰輔が怖がるようにして、我の胸元に飛び込んでくれれば幸いじゃが、あまり動じない性格だからのう……と、少し残念に思う顕仁の横で、泰輔は、平然としていた。
これまで、大概えぐいモンスターと戦いを重ねていること、同行している顕仁は、日本の怨霊、妖怪、あやかしの類の総元締めみたいなものということもあって、驚きもしない。
「やはりな……」
あくまでも趣向として楽しむつもりらしい泰輔を横目で見て、小さくため息をついたとき、目玉お化けが、抱きついてきた。
「また来てくれたのか、歓迎するぞ」
「その声は……清盛!」
顕仁は、ちょうど通りかかった厨房に駆け込み、包丁を掴んだ。
「ちょ……それは、さすがに、マズいんとちゃう?」
「勘違いするでない。『リアリティ』の追求じゃ」
そう言うと、顕仁は、ものすごい勢いで、タマネギをみじん切りに……。
「ど、どうじゃ、涙が出るであろう」
涙を流しつつ清盛を見るが、被り物をしている彼女のダメージはゼロだった。
「なんだ? 料理対決か? おまえたちふたりは、いつも、面白いことを思いつくなあ」
ふたりのおかげで、かなり酷い目に遭ったこともある清盛だが、顕仁の恨みや呪いをさっぱり理解していない鈍感さもあって、すべてが「遊び」だと思い込んでいる。
「残念だが、私は、料理は不得意なのだ。あとで、『かっぷめん』とかいうものを作ってやるから、楽しみに待っていろ」
と言うと、スキップしながら行ってしまった。
「よい……座興じゃ……」
「……な、もう忘れて、背中の流しっこしような」
いろいろな意味で涙を抑えきれない顕仁の背を、泰輔は、そっと撫でてやるのだった。
朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、オロチ退治から帰ってきた代王ふたりを偶然見かけたが、「まぁ、誰だってのんびり休みたい時はあるよな」と内心で呟いてやり過ごし、温泉に向かった。
事件の度に改装と改修をくりかえしてきた風船屋の露天風呂は、真新しい木の香りを漂わせる湯船にたっぷりと湯が満ち、ほのかな照明の中に白い湯気が漂う様は、幻想的ですらあった。
「当然のマナーとして、タオルを温泉の湯に浸けないぜ……と」
温泉に浸かる垂の傍らには、おちょこと徳利の乗ったお盆が浮かんでいる。
ほろ酔い気分で、「ん〜」と背筋を伸ばせば、出てくる台詞は……、
「あ〜極楽極楽〜♪」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、脱衣場にやってきたふたりが、代王だということに、すぐ気付いた。
眼鏡とカツラで変装しているようだが、ふたりをよく知っているルカルカには一目瞭然だ。
後に回り、理子の目を覆って「だあれだっ」と尋ねると、理子は、すかさず「ルカルカ」と答えた。
「さすが理子! 声でわかっちゃったかな」
「それより、背中に当たった胸が……あ、いえ、なんでもないわ、ゴホゴホ」
「ふたりとも、どうしたの、護衛もつけずに」
風船屋に居る理由を聞くと、セレスティーアが、肩を竦めてため息をついた。
「どうもこうもない……たまには、ふたりきりで、お忍びというやつを楽しもうとしただけなのだよ」
「でも、すぐに、あたしたちってバレちゃったし……せっかく宮殿の人たちに黙って出てきたんだけど、ナイショっていうのは無理だったみたい」
「そんなことないよ!」
ルカルカは、ふたりの大切な友人を、楽しませたい、喜ばせたい、と心から思った。
「ふたりとも、代王の務めを、すごく頑張ってるよね。たまには、誰も知らない所で、ただの女の子になってもいいんだよ?」
「本当に……そう思うのか?」
「うん! だから、今日は、ただの個人でいよう♪」
「じゃあ、あたしのことは『北条真理子』って呼んで」
「私は、『アズール・アジャジャ』。それが、ここでの偽名なのだよ」
「わかったよ、理子……じゃなくて、真理子とアズール」
「ちょっとぉ、大丈夫なの?」
「心配しないで、一緒に温泉入ろう!」
ふたりには黙って、護衛もしよう、とルカルカはこっそりと思った。たとえ、ポロリの機会があったって、大切な理子たちのアレソレは見せられないよ! と。
「たれちゃん見つけた」
「ルカルカ、それに……」
「北条真理子と、アズール・アジャジャだよ。休暇を楽しみたくて来たんだって」
代王の正体をバラすつもりのない垂には、それだけで事情がわかった。
「よし、せっかくだから、洗いっこしようぜ、アズール」
「よ……よかろう、私が貴様の背中を流してやろうではないか」
「それにしても、見事なつる……」
「何だと!?」
「いや、きれいな背中だと思っただけだ」
「ねー真理子、この間、雑誌に載ってたんだけど、エンパイアーパラミタホテルのスイーツ、すっごくおいしいんだって」
「それって、お取り寄せもできるの?」
「スイーツだけ注文するより、自分で行って確かめた方がいいぞ。パティシエが、かなりの美形という噂だからな」
胸のこと、スイーツのこと、好みのタイプのこと。泡だらけになりながら、ガールズトークが盛り上がる。
奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は、連れの雲入 弥狐(くもいり・みこ)、西村 鈴(にしむら・りん)と一緒に、露天風呂にやってきた。
ただただ温泉を楽しむのが旅の目的だった沙夢は、作法通りに身体を洗うと、早速、豊かな湯の中へ。
「温泉はいいわね……疲れが取れるわ……」
「綺麗な川に、気持ちのいい温泉! うーん……おやど、って感じだね」
弥狐も、湯の中で身体を伸ばす。
「温泉で飲むお酒って、おいしいのよねぇ……。こう、おぼんに徳利を乗せてね、くいっと……」
鈴は、せっかくだからと清酒を注文した盆を、湯に浮かべた。
「こういうところなら、尚更、おいしく感じそう」
ふと、盆を湯に浮かべているだけでなく、一升瓶まで持ち込んでいる客が目に入った。
「やっぱり、清酒だよね」
と言うと、相手も、「ああ、そうだな」と、頷く。
彼女の連れには、なんとなく見覚えがあって……、
「ねえ、あなたって、誰かに似てる、って言われたことない?」
「さ、さあ……」
赤い瞳の女性は、銀の瞳の女性と顔を見合わせて、首を振った。
「空京テレビのレポーターじゃない? ほら、『温泉へGO!』の……」
と、沙夢。
「そうかなあ」
弥狐が、首を傾げる。
「そんなことより、オロチに食べられたっていうここの旅館の板前さん、無事に助け出されたんだって。女将が喜んでたわ」
「女将って猫又の格好してた子でしょ。幽霊は苦手だけど、ああいうかわいい妖怪なら、本物が出てきてもいいな」
と、言いながら、鈴が、杯の酒を飲み干す。
「板前さんが助かったなら、食事、きっと美味しいよね。デザートって付くのかな?」
甘いものが大好きな弥狐は、そこが大いに気になるようだ。
「和風の旅館だから、あんみつとかおだんごとか、そういうのじゃない?」
「あんこ類もいいけど、ゼリーとか食べたいよね」
話題が変わったことに、理子、セレスティアーナ、垂、ルカルカの4人は、大きかったり小さかったりなかったりする胸を、ほっとなで下ろすのだった。
ちょうどその頃。
脱衣場の外にある、数年前のアーケードゲーム機、マッサージ器付きの椅子などある休憩スペースでは、異様な戦いが始まろうとしていた。
「TAKKYU! 卓球じゃない、微妙に違う!」
ラケットと白球を手に、熱く語る男は、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)。
「だから、その、TAAKKYUって、何なんですか!?」
尋ねる黒髪の少女は、鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)。
「ふっ……教えてほしいか?」
「……私は、わけのわからないことを、手早く終わらせて、温泉を楽しみたいだけ! もったいつけずに、さっさと説明してください!」
「TAKKYU……それは古の儀式」
「はあ? 何かまた厄介事の匂いがしますよ」
「TAKKYU……それは悪しき呪われた風習」
偲の反応に構わず、裕輝は、浸りきった口調で続けた。
「TAKKYU……それは禍々しく血塗られた歴史」
「長い、省略してください!」
「TAKKYU……それは人の欲望と理性が交差する行為」
「裕輝、いいかげんに……」
「TAKYU……それは……今、再び現代に蘇る!」
裕輝がポーズを決めて、扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)が、パチパチと拍手する。
噂が伝来した“バンチョー”と呼ばれる猛者になることが夢で、バンチョーの聖なる衣装と伝えられた学ランに弊衣破帽等などを好んで着ている一条は、この手の演出にも、素直に感動してしまうらしい。
「とにかく、ルールを説明してください」
「ルールは簡単! ボール状の球を、板状のアレで返して、相手側の陣地に入れればいいだけ。返せなかった、もしくは陣地に入らなかったりすればアウトだぁ! 負けたヤツは、呪いと神秘なアレで脱衣しちまうから、気を付けろよぉー細かいところは卓球と同じだぁ! あ、同じって言っちゃったよ……」
「脱衣だとぉ? このバカ!」
偲の拳が、裕輝の鳩尾を強打する。
「うぐっ! あ、安心しろ、偲の裸には、これっぽっちも興味な……」
「私も、裕輝には全く興味ありません。安心してください!」
鳩尾に、もう一発。
仲が悪いように見え、そして、実際に良くはないふたりだが、強烈なボケとツッコミを繰り広げることのできるそれなりの仲……といえるかもしれない。
「こっちは、一条とふたりでお相手します」
「え? 俺も出るの?」
「そして、脱ぐのも一条です!」
突然の指名にとまどう一条に、偲が宣告して、ゲームスタート。
バシュッ!
呪いだか神秘だかの籠もった球が、卓球台の隅を掠め、一条が帽子を脱ぐ。
「なんだ、要するに、自分で脱ぐんじゃないか……」
「減らず口はそこまでだぁぁ」
さらにポイントをとられた一条が、学ランとTシャツを脱ぐ。
「ま……まずい、このままだと、次は……」
大きくバウンドした球は、ちょうどそこを通りかったセリカの背中……の、そこに貼り付いていた筆がキャッチ!
「ん? 誰か背中にいたのか?」
三つ目の鬼姿のセリカの背から飛び降りた筆は、そのまま、走り出した。
「ま……まだだ、まだ終わっていないっ!」
自分が上半身が裸なことなど、すっかり忘れてしまった一条が、一生懸命に筆を追っていく。
まーけっと・でぃる(まーけっと・でぃる) と橘田 ひよの(きった・ひよの)は、邪霊をはびこらせたベルクに、部屋まで案内された。
「なぁ、さっきの仲居さん、本物のお化けかな?」
「そうだったら、親切なお化けだな」
キラキラした目で言うひよのに、でぃるは、おざなりな返事をする。
「ちぇっ、ノリ悪いな」
確かに、ふたり分の荷物を運んでくれたりして、すごく親切だったけど、禍々しい雰囲気はなかなかのものだったし、もっと、自分に合わせて楽しんでくれてもいいのに。
ぶつぶつ言いながら、浴衣に着替えたひよのは、でぃるを露天風呂に誘った。
「温泉行こうぜ」
「そうだな」
でぃるも浴衣に着替えて、ふたりそろって露天風呂へと向かう。
「混浴かなー」
「違うんじゃないか?」
「はい、当旅館は、伝統ある温泉旅館でして、露天風呂はしっかりとした塀で、男湯と女湯に、きっちり分かれております」
耳と尻尾を生やした通りがかりの仲居の北都が、笑顔でひよのの疑問に答えてくれた。
「残念だなー私と一緒に入りたいだろ?」
「別に」
そう言って、でぃるは、男湯ののれんをくぐって行った。
「つまんないー」
と、女湯の脱衣所でふくれていたひよのだったが……、
「そうだ、私がお化けになればいいんじゃ?」
急いで、脱衣所を飛び出し、北都を呼び止める。
「仲居さーん」
「何か入用が御座いますか、お客様。何なりとお申し付けください」
「お盆に載せたお酒、それから……包帯! 包帯ください!」
「かしこまりました」
あっという間に用意された品物を持って、ひよのは再び脱衣所へ。
浴衣を脱ぎ捨て、顔にぐるぐると包帯を巻いただけの雑なお化け姿で、いざ、男湯へ向かおうとしたところを……、
「ちょ、ちょっと、そんな格好で、外に出たらダメ!」
沙夢に、止められた。
「でもー、このままじゃ……」
「ふむふむ」
「なるほど」
事情を聞いた沙夢、弥狐、鈴は、ひよのに協力することにした。
「身体にも包帯を巻いて、もっとお化けっぽくした方がいいよ」
「ミイラ女……ってとこかな」
「全裸見せちゃうより、こうやって、チラ見させた方が、色っぽいでしょ」
「ありがとう……」
かわいらしくもおどろおどろしいミイラ女になったひよのは、男湯へ。
そこに、手足の生えた筆と、それを追いかける一条が走り込んできて……、
ドーン!
脱衣所の引き戸を倒したまま、露天風呂へと転がり込んだ。
「な……」
思わず絶句するでぃる。
驚いたその顔に満足するひよのだったが、でぃると親睦を深めつつ、ゆったりまったりしていた泰輔と顕仁は、驚いただけではすまなかった。
「おのれえええ! 清盛の逆襲かっ!」
「な、なんやと!?」
人を呪わば穴ふたつ。
ポチャリ、と湯に落ちたただの白球を、新型の手榴弾と勘違いしたふたりは、湯船から飛び出すと、勢い余って境目の塀へ……、
バリバリッ!
男湯と女湯をしっかりきっちり分けていた塀は、破滅の音を奏でながら、崩れ落ちた。
バッシャーン!
垂が風呂桶の縁に立てていた一升瓶の中身が、すべて湯の中に流れ出てしまい、更には皆慌ててバチャバチャと暴れているので、酒入りの湯を飲んでしまった代王ふたりは……、
「はれえ? ろうしたんらろう……ふらふらしゅるううう」
「はーっはっはっは……」
「もしかして、酔っ払ってるのか?」
「お酒に耐性なさそうだもんね……」
ため息をつきつつ、垂とルカルカは、セレスティアーナのガリガリ胸と、理子のそれなりの胸を、しっかりと守り通したのだった。
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