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第4章 迷い 2

 洞窟は入り組んだ迷路だった。しばらく先を進んだのは良いものの、まだ親玉のもとへは辿り着かない。疲れがたまってきた。守備兵とも何度か戦闘を重ね、少なからず怪我もしていたことから、ジークたちは一度、休息を取ることにした。
「じっとしていてください。治療できませんから」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は強めに言って、ジークをにらんだ。ジークは口をつぐみ、ローズのされるがままになった。怪我をしたのは左腕だった。大したものではない。せいぜいが大きめの擦り傷というぐらいだ。ツバでもつけとけば治る、という人もいたが、ローズがそれを許さなかった。ばい菌が入ったらどうするのだと、まるで母親のようなことを言って、ジークの腕をとって消毒を始めたのだった。
「別に、ここまでする必要はないと思うんだが」
「馬鹿なこと言っちゃ駄目ですよ。そういう慢心や油断が、より大きな災いを招くんです。これで傷口が広がって一生モノの傷になったらどうするつもりですか? そんなこと、卵とはいえ医者を志す私が絶対に許しません!」
「わ、分かったよ。分かった! だから、そんなに顔を近づけないでくれ!」
 ジークは、鼻先までくっつきそうになったローズの顔から目をそらした。
 頭にはちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が乗っていた。本来なら、契約者の榊 朝斗(さかき・あさと)と一緒にいるはずなのだが、どうやら今回は一人で参加したようだ。というより、なぜか、いつの間にかジークの雑のうに紛れ込んでいたのだ。
 あさにゃんはにやにやと笑いながら、ジークの頭をぺしぺし叩いた。
「な、なんだよ、もう」
 赤くなったジークはからかわれたことに腹を立て、むすっとした。ローズはその間も治療を続けた。消毒液をつけた綿で、傷口を丁寧に拭いていた。
「ねえ、ジーク。私、あなたにひとつ聞いてみたかったんだけど」
 対面側の岩場に座っていた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が口をひらいた。
「その、どうして、今回の仕事をやろうと思ったの?」
 ジークは朱里を見返したが、黙ったままだった。
「なんていうか、あなたを見てると、まるでその、一人で戦うことに固執してるみたい。自分だけの力で解決しようとか、自分の力を認めさせようとか、そんな風に戦ってるみたい。ねえ、いったい、あなたに何があったの?」
 ジークは口を閉ざしていたが、しばらくして、ようやく口を開いた。
「俺には師がいる。俺の魔法の才能を見出してくれた、とても素晴らしい師だ」
「そう。その師匠のこと、大好きなのね?」
 ジークはうなずいた。
「師匠は俺の才能を認めてくれてる。俺には立派な魔法使いになれる力があると言ってくれてる。だけど、師匠には他にも弟子がいた。兄弟子たちだ。二人の兄弟子。俺は三番目の弟子になった」
「へえ、いいじゃん! 家族が増えたみたいなもんだろ」
 黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)が笑った。まるで我が事みたいに嬉しそうな顔だった。しかし、ジークはきっと健勇をにらみつけた。
「違う! 家族なんかじゃない! あいつらは、俺が厄介者でしかないんだ!」
「どういうこと?」
 朱里がたずねると、ジークはうつむきがちに目を伏せた。
「俺にはちゃんと魔法の才能があるのに、あいつらはそれを認めてくれない。ずっと、ずっと俺を未熟者呼ばわりする。ヒヨコだとか馬鹿にして、俺がいくら新しい魔法を見せて、一人前だと言っても、まだまだだって言うんだ! そんなのって、ないだろ!」
 かっとなって、怒りをぶちまけてしまった。朱里たちはあぜんとなって、ジークを見ている。その中で、健勇だけがうんうんとうなずいた。
「分かる! 分かるぜ、その気持ち! 俺だってやれば出来るんだ! って証明したいよな! 見せつけたいもんだよな! なあ、エルモ!」
「えっ、え、ボク?」
 健勇に呼ばれて、隣にいた男の子がとまどった。エルモ・チェスナット(えるも・ちぇすなっと)。眼鏡をかけた、気の弱そうな少年。エルモはおずおずとうなずいた。
「う、うん。ボクも、少しは、わかるかな」
 エルモは言うことを整理するように間を置いた。
「誰だって、そういう気持ちはあるんだと、思う。なんだろう? 自己意識っていうのかな。自我の目覚めっていうのか、そんな感じ。だけどね、ジークさん。ボク、大切なのはそれだけじゃないかもって思うときも、あるんだ」
「大切なもの?」
「うん。ボク、こういう冒険は初めてだから、本当はとても怖いんだ。一人ぼっちで何も出来ないかもって、思うこともしょっちゅうある。もしかしたら、ジークさんにとっては、そう見えてたかも、ね。でも、逃げたくはないんだ」
 エルモはジークをじっと見つめた。
「人は一人じゃ生きていけないって、知ってるから。みんなのために、ボクは頑張りたいんだ」
「みんなのため……」
 ジークはエルモの言葉を繰り返して、考え込むように顔をうつむけた。ジークを気遣ってか、少し、誰も何も言わない時間があった。
「昔さ、魔法さえ使えれば何でも出来るって思ってた事があってさ」
 口を開いたのは、焚き火の傍に腰をおろしていたセオドア・ファルメルだった。
「それで魔法で失敗しちゃってね、僕の左目の光はもうないんだ」
「それって、視力を失ったってことか?」
 ジークがたずねると、セオドアは苦笑した。それが答えだった。
「だからかな、意地っ張りで危なっかしい君を見てると、放っておけなくはなるんだ。自分だけのためになんとかしようとか、あるいは自分には何でも出来るんだって思ってると、空回りすることも、多いからね」
「そんなこと、俺は」
「ないって、思うかい?」
 ジークは口をつぐんだ。これまで確信をもって「ない」と言えていたはずなのに、いまは言えなくなっていた。
 何が正しいのか、ジークには分からなくなっていた。自分が自信を持っていた考え方や、生き方が、ここに来て少しずつ崩れていってる気がした。まるでほんのちょっと、力を加えられた積み木の家みたいに。自分の自信は、とても脆かった。
「ねえ、ジークくん。ジークくんの目指す『最強の魔法使い』って、なに?」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が少しだけ話題を変えるようにたずねた。ジークは考えてみた。『最強の魔法使い』。これまで、ずっと目標にしてきたものだ。
「強くなること。誰よりも、強く」
「それが最強の魔法使い? 強くって、誰かを倒せるようになるってこと?」
「誰にも負けないようになるってことだ。それが強いってことなんだろ?」
「そうかな? 私はそうは思ってないよ」
 フレデリカはほほ笑んだ。召喚師。魔法使いなら、誰もが目指す地位。真人と同じようにそこまでのぼりつめたフレデリカの笑みは、ジークにとって、無視できないものだった。
「私も本当の答えなんてあるかどうか、分からないけどね。でも、すくなくとも私は、誰かと戦う事を考えて魔法を極めようとしているわけじゃない。貴族として、誇りや信念を守るために、自分の魔法を育ててるんだ」
「誇りと、信念」
「それだけじゃないよ。大切なものだって、私は守りたい。人の命や、誰かが作った建物や、誰かが形にした本とかね。たくさんのものを、守りたいんだ」
 ジークは何も言えなくなった。反論しようとするけど、言葉に出来なかった。
「ジークくんは、最強の魔法使いになって、何がしたい?」
「そんなこと、考えたこともない」
「誰にも負けない力があったとしても、大切なのはどう使うかだよ。もしも、ただ人を傷つけるだけなら、モンスターと変わらない。そんなの、私は哀しいと思うよ」
「俺には、よく分からないよ。そんなこと」
 ジークは涙が出そうになって、うつむいた。隣に女性が座った。はかなげで美しい女性だった。名前はルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)。何より目をひくのが銀に輝く髪と青い瞳で、優しげな表情を浮かべている。
「大丈夫ですよ。君は、これからたくさんのことを学んでいくんですから」
 ルイーザはジークの背中にぽんと手を置き、そう言った。じろっとフレデリカをにらんだ。さすがに言い過ぎだと非難する目で、フレデリカはバツが悪そうに笑った。あさにゃんも、ジークをなぐさめるように、頭をぽんぽんと叩いていた。
 セシル・フォークナーがそんなジークを見ていた。最初は自信過剰で、いけすかないやつだと思っていた。だけど、ジークはジークなりに、一生懸命で、真っ直ぐ生きているんだろう。そう思うと、少し見直してもいいかという気分になった。
「なに、ジーク。何をしたいかが分からないのだったら、探してみるのも悪くないんじゃないか?」
 ジークをはげますように、ふいに十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が言った。
「探してみる?」
「そうだ。例えば、賞金稼ぎ(バウンティハンター)とかな」
 宵一は自らバウンティハンターを名乗っていた。なんでも、子どもの頃に剣術を習ってから、その時の師匠のような一流のハンターになることを目指しているのだという。リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は、そんな宵一を呆れつつも支えていた。
「こう見えて、ボクも戦えるんでふよ」
 リィムは銃を構えながら愛らしく言った。珍獣みたいな姿で、もふもふの抱き枕を思わせるが、これでも花妖精らしい。ヨルディアがほほ笑みながら、リィムを抱き上げた。
「こんなリィムでも、やれるぐらいだわ。バウンティハンターなら、楽に出来るんじゃないかしら?」
「おいまて、ヨルディア! バウンティハンターはそんな簡単なものじゃないぞ! いいか、バウンティハンターっていうのはだな……」
「はいはい。ハンター馬鹿は置いといて」
 宵一は延々とバウンティハンターの良さを語り始めたが、ヨルディアはそれを無視した。
「とにかく、ジーク。大切なのは、あなたが何をしたいか。夢や目的を見つける事よ」
「夢や、目的。それは最強の魔法使いじゃなくて?」
「フレデリカも言ってたでしょう? 大事なのは、それからどうしたいか。すぐに決める必要なんてないけど、少しずつ、考えておくといいわ。そのために、人は生きるんだから」
 ジークは考えこんだ。夢や目的は魔法使いとして強くなることだと思っていた。だけどいまは、その強いということも、どういうことか分からなくなってきた。どうしたらいいのだろう? 師にたずねたい。そんな気分だった。
「いいからバウンティハンターに! バウンティハンターになるのだぁ!」
「でえぇぇい! お前はうるさい!」
 ヨルディアは宵一をはたいた。
「すまん、遅くなった! いま戻ったぞ!」
 そのとき、ジークたちのもとに夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)らが走ってきた。甚五郎たちは洞窟の奥を先に調べに行ったのだ。がたいの良い、熱血を絵に描いたような青年。甚五郎は、ジークたちに報告した。
「洞窟の奥は心配なさそうだ。これといったトラップもなかったし、先に進めそうだぞ」
「よし、なら休憩はここまでだ。早いところ、先に進むとしよう」
 ジークは仲間たちを促し、立ち上がった。とっくにローズの治療も終わっていた。左腕には包帯が巻かれ、それを隠すように外套をはおった。
 ふいに甚五郎たちの姿が目に入った。ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)や、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)。甚五郎とそのパートナーたちが、楽しげに話している。
「ホリィ、大丈夫だったか? 怪我はないのか?」
「ワタシは大丈夫ですよ〜! このぐらいはへっちゃらです! 羽純さんこそ、どうなんですか〜?」
「ふん。わらわをみくびるでないわ。あのような骨の輩に遅れをとったりはせん」
 スケルトンの集団と戦ったらしい。互いを心配し合い、ときに談笑している。
「甚五郎。ワタシのデータでは、アナタのほうがひどい怪我をしているはずですが」
 ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が甚五郎をとがめるように言った。ぎくっとなるが、甚五郎は気丈に笑った。
「こんなもん、気合いでなんとかなる! 痛くもかゆくもないわぁ!」
「なにを馬鹿なこと言っとる。ほら、こっちにこい」
「いたあああぁぁ! おさ、おさえるなぁ!」
「あははははっ! 甚五郎さんったら、こどもみた〜い!」
 羽純は甚五郎をその辺に座り込ませ、怪我の治療を始めた。腹部を切り裂かれていたようだ。黒い服で気づかなかったが、血がたっぷり溢れている。羽純は命のうねりの呪文をかけながら、ジークたちに先に行くよう言った。
「後から追いつきますから。お願いします」
 しばらくためらいはしたものの、結局は、ジークたちは羽純の言うことに従うことにした。
 ジークは甚五郎たちを名残惜しそうに振り返った。あれだけ友や兄弟と笑い合うことは久しくない。懐かしいとともに、羨ましくも感じていた。