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第2章 洞窟 1

 とんでもないとこに入ったもんだ。清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう思った。古びた洞窟の地図と、いま自分がいる現在の洞窟とを、照らし合わせつつのことだった。
「罠だらけだね」
 小石を拾って投げた。横の壁がどんっと飛び出てきて、空間を押し潰した。そこにいたのが小石じゃなくて人間なら、一瞬でぺらぺらの紙にされていたところだった。
「ジークとかいうやつが、無事なら良いんだけどな」
 北都と一緒に地図をのぞきこむ少年が言った。白銀 昶(しろがね・あきら)だ。黒髪に黒い瞳。洞窟の薄暗い闇に溶け込むような、漆黒の服を着ている。昶は狼の獣人だった。頭についた獣の耳がぴくぴくと動いていた。
「大丈夫でしょ。他にもたくさん、契約者がついてるんだから。それに魔法使いは冷静でなくちゃね。ジークくんも、そうであることを願うよ」
「俺にはとてもそうは見えなかったけどな」
 昶は肩をすくめた。
「誰だって最初はそうだよ。この洞窟だって、はじめは単なる天然の巨大洞窟だった。ここまで道が作られ、罠まで用意されてるのは、噂の骸骨王のしわざなのかな?」
「ネクロマンサーとかいう噂の? 王ってわりには、陰険なことするんだねぇ」
「あるいは、別の誰かの悪知恵とかね」
 北都はにやっとした。これだけ多くの罠を作るようなやつだ。良い性格をしてるやつとは思えない。
「とにかく、さっさと先に進もう。出来るだけ、たくさんの罠を解除しておきたいからね」
「おうよ」
 二人は飛び出てきた壁を乗り越えて、洞窟の先に進んだ。

 目の前には骸骨兵の集団がいた。久途 侘助(くず・わびすけ)は刀を抜いた。二刀の刀。栄光の刀と、花散里。きらめきに身を落とす。薄暗い洞窟で、床に置いたカンテラに照らされる刃が、切ない色を見せた。
 感じる。肌に、心に。空気のうねりと、骸骨の声と、刃の咆吼が。
 侘助は刀を振るい上げ、その刀身に口づけした。
「会いたかったよ」
 そっと、ささやいた。まるで恋人に捧げる甘言のように。
 途端、骸骨兵たちが一斉に躍りかかってきた。侘助は重心を落とすと、反撃に打って出た。まずは先頭の一体からだ。相手の振るった剣を避ける。まずは一撃。横薙ぎに振るった刀が骸骨兵の胴体を断ち切った。さらに、二撃。力任せに振った刃が、眉間から敵を真っ二つに粉砕する。
 倒れゆく骸骨兵を見下ろしながら、侘助はにやっと笑った。
「こんなもんじゃないだろ?」
 まるで自分にすらささやくように、侘助は口に出していた。骸骨兵たちに警戒心が広がった。侘助を取り囲み、逃がすまいとしている。それを眺めやりながら、侘助は酷薄の笑みに表情を変えた。
「こんなもんじゃ、ないだろ? もっと強い奴を出してくれないかねぇ」
 瞬間、ぶんっと振るわれた刀から、すさまじい旋風が巻き起こった。刃のごとき旋風だ。骸骨兵どもが次々と風に薙ぎ倒され、切り裂かれ、粉砕してゆく。
 最近覚えたばかりの真空斬りだったが、まあまあ使える。
「かかってこい。さっさと終わらせよう」
 侘助は、残された敵に向けて、刀の切っ先を向けた。

「悪人に人権は無い!」
 シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が言った。無茶苦茶なことを言い出したもんだ、と月詠 司(つくよみ・つかさ)は思った。
 シオンはずびしっと骸骨兵たちに人差し指を突きつけて、決まったといわんばかりの満足げな顔をしている。だけど、骨にユーモアは分からない。骸骨兵たちはきょとんとして、小首をかしげていた。
「シオンくん、あの、いい加減にそろそろ終わりませんか?」
「駄目よ、駄目駄目! ロバースキラーに終わりなんてないのよ! 敵を壊滅するまで!」
「壊滅するまでって、そんな……」
「ちょうど金欠だったし、ここにはお宝が隠されてるって話も聞くしね! 盗賊退治してお宝いただいて、一石二鳥! こーんな都合が良いことはないわ!」
 シオンは話を聞いてなかった。きっと、どこぞのアニメか漫画に影響を受けたのだろう。
 以前からそうだ。大した考えもないくせに、ノリと勢いでどうにかしようとする。今回も、司の役目はそんなシオンから命令されたもので、サイコブレードを手に、司は深いため息をついた。
「そこっ! 士気が下がるようなことしない!」
「士気って言っても、私とシオンくんだけじゃないですか。それで、私はどうすれば?」
「もちろん、あの台詞を言うのよ。さあ、レッツトライ!」
 司はしぶしぶ、骸骨兵たちの前に立ちはだかった。
「光よ!」
 ぶぉんっ! サイコブレードが超能力的な何かによる気の剣を生み出した。司はすばやく、地を蹴って跳んだ。骸骨兵の頭上から、サイコブレードをたたき落とす。真っ二つに切れた一体の骸骨兵を見て、仲間の骸骨兵たちはどよめいた。
「フレアアロー!」
 間髪入れず、シオンがまったく『フレア』に見えない光の刃を放った。『我は射す光の閃刃』という魔法だ。
「ファイアボール!」
 ついでに言うなら、シオンは『我は誘う炎雷の都』の呪文を放った。
「ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール!」
「あ、あのぉ、シオンくん?」
「ファイアボール! ファイアボール!」
 格闘ゲームのハメ技よろしくばりに、シオンは火球を連続で撃ち込んでゆく。しばらくした頃には、辺り一面は真っ黒になって、骸骨たちは無残にも黒炭になっていた。
「さあ、どんどん先に行くわよー!」
 シオンは先に進んでいく。司はため息をついて、その後を追った。