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第1章 初心 3

「ジークさん、そちらのスケルトンたちは任せました!」
 舞花が言った。すでに動き出していたジークの背中に向けた言葉だった。
「俺に指図するな!」
 ジークは腹立たしくなって、言い返す。だがすでに行動を起こしていたことは違いない。いまさら標的を変えることもできず、光の呪文を骸骨兵たちにぶつけた。聖なる光が骸骨兵どもを霧散させる。
「さっさと片づけましょうか。足引っ張るんじゃねーわよ、少年」
 そこに、頭上から言葉が降り注いできた。ばっと見上げたジークの頭を飛び越えたのは、鮮やかな金髪を翻した少女だった。ジークは覚えていた。いけすかない女だ。名前はセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)とかいっただろうか。
 少女は手のひらから灼熱の火を放ち、骸骨たちを火の海で取り囲んだ。黒く焼き尽くされた骸骨たちは、断末魔のような叫びをあげて、次々に灰になっていった。
「ファイアストーム……」
 ジークはぼそっと声をこぼす。セシルはにやりとジークを見返した。
「ファイアストームじゃないわ。単なる火術よ」
「それで、あの威力か」
「驚いた? あなたも、いっちょ前に格好つける前に修業に励んだら、このぐらい出来るようになるわよ」
「ふん」
 ジークは光の呪文を放ち、骸骨を塵一つ残さぬまでに消滅させた。
「あら、バニッシュ?」
「違うな。光術だ」
 今度は、ジークがにやりとする番だった。むっとセシルは声を詰まらせた。
「やるじゃない」
「そっちこそ、俺の邪魔して足を引っ張るなよ」
「言ってなさい」
 二人は別れ、炎と光の魔法で骸骨兵たちの討伐にかかった。禁書 『フォークナー文書』(きんしょ・ふぉーくなーぶんしょ)はそれを背後から見守っていたが、セシルは放っておいて大丈夫だろうと判断し、ジークの後を追った。
「あんまり熱くなり過ぎるんじゃないわよ坊や。魔法使いは冷静でなくちゃ」
 はっと振り返ったジークをのかして、魔導書は『千眼睨み』の魔法で骸骨を石化させた。足元から少しずつ石になり、やがては動かなくなる骸骨兵たちを見て、ジークは目を見開く。魔導書は、そんなジークに言った。
「補助魔法にはこういう使い方もあるのよ。と言っても、これは妖術の類だけど」
「妖術だと? そんなものもあるのか」
 契約者が増えてきて、魔法以外にも数々の技術や力が見つかったという話を聞いたことがある。ジークは初めて見る『妖術』とやらに、驚きを隠せなかった。気づけば、素直に魔導書の言うことに感心していた。
 人型を取っているこの魔導書の姿は、セシルに似ていた。だが、雰囲気や身に纏うオーラはまるで違う。まるで何千年も前に生きていた化石の圧倒的な存在感を見せつけられているような、そんな異質な力の差を感じた。
「考え無しに攻撃魔法をぶっ放すだけだと、セシルみたいになっちゃうわよ?」
 魔導書はにやりと笑った。
「そいつは勘弁だ」
 ジークは軽く返す。その瞬間、骸骨兵が一気に襲いかかってきた。
「ジーク、こっちよ!」
 横から飛び出してきた人影が、ジークの身体を抱いて横っ飛びに骸骨の剣を避けた。
 ジークは驚きながら、顔をあげた。セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)。自ら、独自の騎士団を率いる女性剣士が、ジークの身体を赤子でも抱くように抱きしめていた。
「大丈夫だった?」
 セフィーが声をかけた。顔が近い。暖かな温もりを感じる身体には、女性特有の二つのふくらみがある。しかも、それがこれでもかというぐらいに押し付けられている。ジークはどぎまぎしながら、セフィーの手を逃れた。
「だ、大丈夫だよ。余計なことするな」
「そっ。ならいいけどね」
 セフィーは気にせず笑った。
「おいおい、なんだジーク。セフィーの胸に赤くなってんのか?」
 大剣を握る赤毛の女性がからかった。セフィーと契約を交わしているオルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)だ。自らも、褐色肌の大きくはだけた豊かな胸を見せつけ、にやにやと笑っていた。
「なんなら、俺を襲っても良いんだぜ? そんな勇気があればだけどな」
「死んでもごめんだよ。俺にだって選ぶ権利はある」
「へっ。いっちょ前な口ききやがって」
 オルフィナが言い返す。すると、薄茶の髪をひるがえした勇壮な姫騎士が、二人の間に割って入った。
「二人とも、言い争ってる場合じゃないでしょ。もうすぐ終わりなんだから、最後ぐらいびしっと決めなさい」
 エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)だった。とある領家の当主だったと語るエリザベータの一言には、強い底力が感じられた。
「了解。やってやるかぁ」
「続いてね、オルフィナ」
 伸びをしたオルフィナにセフィーが言った。敵へと飛び出していったセフィーの後をオルフィナが追う。
「ジークさん、あなたは後方から攻撃を。よろしくお願いします」
「あっ、ちょ、ちょっと待てよ!」
 エリザベータはジークの制止を聞かず、セフィーたちの後を追った。取り残されたジークは、面食らって動けない。その横で、ざっと並んだ足音が聞こえた。
「彼女たちもパーティでの戦い方はよく分かっているんでしょう。だから、あなたをここに残したんですよ」
 横を見ると、眼鏡をかけた知的な風貌の青年がいた。魔法使いらしき外套を身につけている。御凪 真人(みなぎ・まこと)とかいう、召喚師の青年だった。
 召喚師。魔法使いなら、誰もが目指す魔術や魔法の頂点に立つ存在。その地位にまで昇りつめたのが、自分とそれほど歳の開きもない青年だというのが、ジークには信じられなかった。聖霊や、召喚獣さえも操れると聞く。傍目から見れば、真人は単なる学者風の青年にしか見えなかったが、きっとその奥には、ジークには計り知れない底力があるのだろう。そう、確信していた。
「パーティでの、戦い方?」
「そう。魔法使いは、戦闘の際に距離を詰められると非常に厄介なんですよ。二人以上の魔法使いがいれば、まだ少しはマシですが。それでも、体力的にも、武術的にも優れない魔法使いにとっては、近接戦闘は非常に危険ですね。それに」
「それに?」
「魔力は有限である。これも欠点の一つです」
 真人は実に饒舌に語った。
「君は、召喚師をどう思いますか?」
「すごい職業だ。魔法使いの憧れだよ。俺だって、そこを目指してる。あんたはそこに昇りつめたんだろ? 契約者やそのパートナーの中には、そういうやつがたくさんいるって聞いてる」
「でも、召喚師も広義的に魔法使いであることに変わりはない。魔力は有限、ということですね」
 ジークは思わず口を閉ざした。
「冒険は一対一の試験ではありません。何が起こるか分からない。どれだけの規模と戦うかも不確か。長丁場になることだってあるでしょう。その時は、息切れをするかもしれませんね」
「だったら、魔法使いなんて冒険に向いてないってことじゃないか」
 ジークが反論すると、真人は少し格好つけるように人差し指を立てた。
「そのために、仲間がいます」微笑んで、先を続ける。「仲間がいれば、ペースコントロールだって出来るでしょう? 魔法使いは一人では弱いかもしれませんが、仲間がいることで、その欠点は補うことが出来ます。何倍にも、魔法使いの力を引き出すことが出来るのですよ」
 ジークには、真人の言うことは半分も理解できなかった。何倍にも力を引き出す? そんなこと、出来るはずがない。それこそ、魔法みたいな話だ。
 真人はジークの肩に手を置いて、残り少ない骸骨兵と戦う仲間を見た。
「あれ、俺のパートナーなんですよ」
「あの金髪の女か?」
 両手持ちの剣を握り、左右に三対ずつ、計六枚の翼を広げて宙を舞う少女。セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は文字通り天使のように、美しき武芸をもってして、骸骨兵の剣と自らの剣をぶつけ合っていた。
「そうです。そして、彼女が戦ってくれているからこそ」
 真人は自らの杖をかかげ、呪文を口にする。古代文字を読み上げていく。大気中の魔力が高まり、真人の近くに静かな風を巻き上げ始めた。呪文が最後の言葉を紡ぐ。
「俺たち魔法使いは、呪文に集中することが出来るんです!」
 瞬間、稲妻が辺りに一斉に迅った。青白い雷光が放たれたと同時に、セルファたちが飛び退いている。雷光は骸骨兵たちを撃ち、すさまじい爆発と轟音を起こした。
「さっすがぁ、真人!」
 セルファが飛び跳ねるように喜んだ。
「これが仲間の力ですよ、ジークくん」
 ジークは黙って、その光景を見ているしかなかった。