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死の亡霊軍

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死の亡霊軍

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第1章 初心 1

 近隣の村や町を襲う、骨だらけの盗賊団の噂は各地で聞き及ぶことが出来た。
 ジーク・ブリングはそれらの全てをふんと鼻で笑ったものだった。亡霊軍? 骨の盗賊団? 単なるモンスターの集団に過ぎないじゃないか。
 ジークは亡霊軍が根城にしてると言われている洞窟への道中、冒険の仲間となる契約者たちを集めた。クロネコの言う通りにするのは癪だったが、なぜか、あの小さな冒険屋の主人には有無を言わさない力のようなものを感じた。ぶつぶつと文句を口にしながらも、ジークは数々の契約者たちに声をかけていった。
 一癖も二癖もある連中だった。ジークは他人から好かれるような気質ではなかった。自分でもそれはわかっている。どうせ他の連中には、自分の実力など理解は出来ないのだと思っていた。にもかかわらず、ジークのもとに集まった契約者たちは、なぜか進んでジークに話しかけてくる者が多かった。
「ジークさんっ、洞窟には危険がいっぱいですよぉ! こうした聖なるお守りを持っておくと便利なのですぅ!」
 シシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)もその一人だった。ころころと表情を変える忙しい少女。胡桃色の瞳が、顔色を変えるたびに大きく開いたり小さくなったりしている。シシルは右手に持った〈聖なる櫛〉をかかげて、ジークに差し出していた。禁猟区という聖なる呪文がかけられているお守りだった。
「どうして俺がそんなものを」
 ジークは片眉を不快そうにさげた。
「転ばぬ先の杖ですよう。魔法使いなら、杖って大事じゃないです?」
「杖なら持ってる。自分のをな」
 ジークは背中の皮帯に差し込んでいた杖を抜いて、シシルに見せつけた。
「その杖じゃないですよぉ! 例えです、例え! 転んでから杖を用意しても何にもならないってことです! 先に杖を用意していたら、転んでも安心じゃないですか! つまりはそういうことです! 用心ですよ、用心!」
「用心ねえ」
 ジークはシシルから受け取った〈聖なる櫛〉をしげしげと見た。
「ジークさんが受け取ってくれると、セオ兄さんも僕も安心なのですよぉ!」
 セオ兄さんとは、シシルの兄のセオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)のことだった。セオドアは物静かな男だ。常に穏やかな笑みを絶やさない。ジークはセオドアとシシル、それにお守りを見比べて、しかたないというように息をつき、魔法使いのローブのポケットにそれを突っ込んだ。
「好きで持っておくわけじゃないからな」
「それでいいですよぉ!」
 シシルはぱあっと笑みを花咲かせ、満足そうにジークから離れていった。
「ありがと、ジークくん」
 ジークの後ろから、五月葉 終夏(さつきば・おりが)がそっと声をかけた。ジークがお守りを受け取らなければ、シシルはきっと悲しんだだろう。終夏はそれを心配していたようだった。
「別に、あいつのためじゃない」
 ジークはそっけなく言った。面倒事は避けて通りたかった。
「ふふ、そうだね。でも、ありがとう」
 終夏は笑った。それがなぜかは、ジークには分からなかった。
「しっ」
 突然、前方のほうにいた青年がジークたちをいましめた。唇に手を当て、無言になることを示している。
「どうしたの、刀真さん?」
 終夏が小声でたずねた。
「気配がする。邪悪で陰気な気配だ。これは……」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は歴戦の雄だった。敵の気配を察知することには全幅の信頼がある。刀真の言うことに、仲間たちは一様に緊張した。最初こそ、静けさしか辺りにはただよわなかったが、ほどなくして、洞窟の奥から、かちゃ、かちゃ、という複数の足音と鬼火のような光が近づいてきた。刀真は持っていたカンテラの灯で、出来るだけ奥を明るく照らした。
「どうやら、歓迎してくれるようだ」
 カンテラの灯が足音の正体を浮かび上がらせてくれた。そこに現れたのは、剣と盾を装備した骸骨の集団だった。

 辺りを浄化の光が包み込んだ。終夏が唱えた『護国の聖域』の呪文が、モンスターの持つ闇の力に対する耐性を高めてくれているのだ。
「あ、ちょっと、ジークくんっ!?」
 ジークは終夏が制止する声も聞かず、前へと飛び出した。しょせんは骨の化け物。光属性の魔法を使えば、たやすく討ち滅ぼすことが出来るはずだ。さっさと倒して、先に進んでやる。ジークは杖をかかげ、集中力を高めた。
「光よ――我に力を!」
 杖の先から発せられた強い聖性の光が、ジークの目の前にいた骸骨を、砂のようにぼろぼろに崩壊させた。終夏はジークに大事ないことを見て、ほっと息をつく。刀真は、ほう、とジークの魔力に感心し、自らも白の剣で骨の身を一刀両断した。
 ジークにとって、契約者たちの戦闘の様は驚くべきものだった。強さという意味だけではない。契約者は相棒を伴っている。パートナー、とかいうものだ。パートナーの数に限りはないのだろう。二人でコンビを組んで戦っている者もいれば、複数のパートナーを引き連れたパーティーのような契約者たちもいた。実に見事なコンビネーションだった。
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は光の呪文『バニッシュ』で骸骨の身体を浄化する。それを守るように、刀真が近づく者を蹴散らす。
「そんなに前に出て、危なくないのか?」
 ジークが、自分のことは棚に上げて、月夜にたずねた。
「ん? 危なくないのかって? 大丈夫。刀真が守ってくれてるもの」
 月夜は笑顔で答えた。ふいに、敵が近づいてきたことに気づく。月夜は身を反転するように動き、右手に持っていた銃で骸骨どもを撃ち抜いた。確か、光条兵器とか呼ばれる、契約者と剣の花嫁特有の武器だった。
「それに私だけじゃない。あなたも私たちが守るよ。刀真と一緒にね」
 ジークは月夜をにらんだ。
「別に、守られる必要なんてない。俺は一人でだって、問題ないんだ」
「そういう態度が、後に不幸を招きますよ」
 刀真は骸骨を斬り伏せてから、言った。
「この依頼には近隣の人達の平穏な生活がかかっています。仕事に失敗すれば、それらにもさらに被害が広がることでしょう。一人で出来るという、君の気持ちを否定するつもりはないですけどね。心に留めておく必要はあるのでは?」
「関係ないさ。失敗なんて、しないんだから」
「ちょ、ちょっとジーク、あなた……」
 月夜は咎めようとしたが、ジークは一人で戦いへと戻っていった。
「もう、なに、あの態度」
「誰かに認められたいんじゃないか? 俺たち以外の誰かに」
「それって、あの子が隠してるもの?」
 ジークがどうして冒険に出ようと思ったのか。その理由を知る者は、誰もいなかった。
「かもしれん。小さくても、男だ。プライドだってあるだろう」
「刀真も、誰かに認めてもらいたいとか思う?」
「俺か?」刀真は少しの間だけ考えた。「月夜が俺の剣でいてくれるのは、お前が俺を自身の使い手として認めてくれているからだろう? 俺には、それで十分さ」
「そっか」
 月夜は嬉しくなって、緩んだ頬でほほえんだ。
「お前は?」
「刀真も、自分の剣は私だって認めてくれてるんだよね? それなら良いよ。それだけで、十分」
 月夜は自分の心があるであろう胸に手を置き、しっかりとうなずいた。
「うん、十分だよ」