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琥珀に奪われた生命 後編

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琥珀に奪われた生命 後編

リアクション


1/託されたもの


 こっちは、任せて。だから、そっちはお願いね。

 ──夏來 香菜(なつき・かな)は、そう言って自分と拳を打ち合わせ、遺跡内部へと潜入していったルカルカ・ルー(るかるか・るー)の声と笑顔とを思い出す。
 個人的な感傷に浸っている場合ではないと、頭ではわかっていながらも。
 お互い、それぞれに。それぞれの場所で、頑張ろう。みんなを助けよう。彼女は相棒のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とともに身を翻し、背中越しにそう言って、香菜を励ましていった。
 未だ、自らの独断先行のために負った傷が癒えきれていない、それゆえ同行すること叶わなかった香菜を、気遣って。
 
 そう。香菜は今、琥珀の中に皆の命を奪っていった男たちの前にはいない。
 その潜伏するアジト、遺跡の内部へと潜入するメンバーには……選ばれなかった。
 当たり前のことだと思う。すべては自分の行動が招いた結果だ。むしろ、自分の頼みを聞き入れて、遺跡の外とはいえここまで同行することを許可してもらえたことに感謝しなくてはならない。

 そう、思っている。
 そう、わかっている。
 だから香菜は納得している。この状況を、受け容れている。今自分がやるべきこと、戦うべき相手が他にあることを。

 ルカルカたち、遺跡の中に消えていった皆ならばきっと、うまくやってくれると。信じている。
 
「行くよ! 香菜!!」
 
 今、自分たちが戦うべきは、遺跡をその中腹に収めた山の頂上を崩し、現れた二体の巨大な生物兵器だ。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の声に頷きながら、香菜はそれらをまっすぐに見据える。
 直後、ずんとくる衝撃が、美羽の、香菜の全身を震わせる。
 放たれる砲弾──ふたりがともに支える、機晶ロケットランチャーだ。翼持つ生物兵器、『M−リーフ』へとそれは向かい。胴体に直撃する。
「惜しいっ」
 狙ったのは、頭部だった。けれど相手の飛翔能力のせいで、射線から急所をずらされた。
「もう一回いくよ! みんなが隙をつくってくれるから!」
「ええ!」
 低く飛び、地上の仲間たちを狙う生物兵器。山葉 涼司(やまは・りょうじ)が振り下ろされるその腕をかわし、返す刀で取りつこうと試みる。羽根のひとつでも切り落とすことができれば、それはふたりの放つ狙撃の、絶好のチャンスとなるのだから。
 だが、敵もさるもの。狙いどころが自分にあることを、知性ではなく本能で理解している。刃を硬い皮膚で受け、涼司を振り払う。直撃を待つことなく、涼司もヒットアンドアウェイを繰り返す。
「やれ!!」
 彼が引きつけ、更にベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の放つ氷が、炎が交互、怪物に挑みかかる。
 急激な熱と、冷却と。温度差を以って、その外殻を劣化させんとする。
「少しでも!! ヒビのひとつでも入れば……っ!!」
 そんな仲間たちの戦いぶりはまた、負傷を抱える香菜をなるべく危険から遠ざけ、前に出さないための布陣でもあった。
 わかっている。わかって、いるとも。
「気をつけて!! 当てることよりも、避けるのが第一だからねっ!!」
 思考に沈みかけて、美羽の張り上げた声に香菜は我へと返る。
 大丈夫。納得、してる。脳裏に、眠り続ける友と。遺跡へと向かった仲間たちを思い描き、大きく息を吸い込む。
 誰の足も引っ張らないし、我儘で動いたりしない。
 
「香菜! 仰角、もう少し上げるよ!! 飛行の軌道を狙う!!」
 
 OK。任せて。
 応じる香菜は、心の中でひたすらに、自分自身を納得させようとしていた。これで、いい。いいのだと。
   

 
 空には、雲ひとつない。過ごしやすい気温と、降り注ぐ太陽の光とを全身に受けて、そこにはひたすらに心地よい快晴の丘が広がっている。
 風になびく自身の長い髪を押さえながら、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)は見ず知らずの場所に立つ己の状態をひとつひとつ、確認していく。
 身体に、異常はない。装備も記憶にあるものがすべて、揃っている。なくなっているものはひとまずなにもなさそうだ。
 
「……なんだけど。なんでしょう、このもやもやした感じは」
 
 だが、なにか。とても大事なものを忘れているような気がして、すっきりとしない。
 広がる草原を俯瞰する丘を、踵を返し歩きつつ、ウィルヘルミーナはしきりに首を傾げる。なにが足りないのか、なにが変なのか。自分でもわからないからもどかしい。
「あら、おかえり。早かったのね」
 彼女が足を向けた先には、丸太を並べて組み上げられた、大きなテーブルがあった。そこに、人影がふたつ。そして遠くに、同じく丸太造りのログハウスが、ひとつ。
「どうだった? なにか、思い出せた?」
「……残念ながら、ダメでした」
 テーブルにはよっつ、切株の椅子が添えられていた。そこに座る片割れ──セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、頬杖をつきながらひらひらと手を振って、彼女を迎え入れる。
「みたいね。……生憎、それはこっちも同じだけれど」
 風に煽られ、顔にかかった髪をセレンフィリティは払う。
「こんなに、いいところなのに。なーんで、心から楽しめないんだろ?」
 疑問は皆、同じだった。だからウィルヘルミーナは辺りを探しに行き、セレンフィリティは周囲をその場からよく、観察することにした。そして。
 
「なーに、書いてるんです?」
「え? ……あ、あわっ?」
 
 もうひとり、当てのない捜索に席を立った結崎 綾耶(ゆうざき・あや)もまた、戻ってきていた。机の上に広げられていた、詩壇 彩夜(しだん・あや)の手元を不思議そうに、いつの間にか彼女は覗き込んでいた。
 
「え、あ、え、そのっ。あのっ」
 
 普段着の自分でいることが出来れば、なにか思い出せるかもしれない。そう言って綾耶に勧められた少女は、一同の視線が自身の手元のノートに注がれていることに気付くと、慌てて突っ伏すようにして、全身でそれを覆い隠す。
 彩夜の顔は、真っ赤に。そしてあわあわと、三人の顔を交互に見比べる。
「い、いつからっ!?」
「えっと、たった今ですけど? なんて書いてあるかも、きちんと読み取れなかったですし」
 すごく動揺している彩夜に、なんだか申し訳なくなってくる綾耶。
 ごめんね。落ち着いて、落ち着いて。涙目の彼女の背中を擦って、なだめてやる。
 大丈夫、見てないよ。
「その感じだと、そっちもダメだったかぁ」
 ふたりのやりとりを尻目に、セレンフィリティが小さく息を吐く。
 うーん、どうしたもんかなぁ。焦ったって、どうしようもないんだろうけど。ぼやきが、青空に消えていく。
「詩壇ちゃんも? 変わらず?」
「うう。そうですね……書いてる間は、すごく楽しかったっていうのもあるんですけど」
 しっかりとノートの紙面をガードしながら、彩夜は綾耶の問いに眉根を寄せる。
 
 アヤと、アヤ。同じ名前なんだなぁ。切株に腰を下ろして、ウィルヘルミーナはそんなことを思う。気付けば、一見能天気に思えるような方向に思考が引き寄せられる。
 ウィルヘルミーナだけでなく、この場の皆が。いつの間にか。
 突然いたこの丘の気持ち良さがそうさせるのか──はたまた、単にここにいる四人全員が楽天的なのか。どちらかは、わからない。
 閉じたノートを抱え、彩夜が天を仰ぐ。綾耶が、それにつられて同じ仕草をする。
 
「ああ……いい、風」
 
 この場所は、ほんとうに。なにもかも、忘れてしまいたくなる。
 誰かひとりがそうではなく、四人が四人ともに、不自然なくらいの穏やかさに満ち足りていた。
 足りているのに──なにかが足りなかった。