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【ですわ!】Sympathy~伝えたい気持ち~

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【ですわ!】Sympathy~伝えたい気持ち~

リアクション


〜打ち合わせ〜

 街の中央に位置する歴史博物館は日頃から多くの来場者で賑わっていた。
 巨人さえも通れそうな門を抜ければ、そこは天井の高いホールへと続いており、幾度の戦線を潜り抜けてきた砲台が圧巻のスケールで出迎えてくれる。磨き上げれられたタイル張りの経路を進めば、他にも多くの貴重品が決して飽きさせない工夫と共に展示されていた。
 だが、そんな博物館も今日だけはひっそりとしていた。館内に響くのは数十名の生徒と住民達の声。街をあげた劇の準備が行われていた。
「ミッツさん、台本の確認したいんだけど、今いいかなぁ?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は協力してくている住民に指示を出すミッツ・レアナンドに声をかけた。
「ん? 何か問題?」
 協力者達に「指示通りよろしく」と告げ、ミッツは振り返る。
「ううん。そういうんじゃないんだよ〜。ただ、ちょっとアドリブを入れたいなぁって――」
「ああ、それなら好きにやっていいから」
 ミッツは丸めた台本で北都の肩を軽く叩くと、ニヤリ笑った。
「言ったろ。皆が楽しければそれでいいんだって」
 心底楽しそうなミッツ。ふいにその口から巨大なあくびが漏れ出した。
 ミッツは今日という日が楽しみで、遠足を楽しみにする子供のように昨晩寝付くことができなかったのだ。
 そんな誰よりも楽しみにしていたミッツである。今朝は日の昇らぬうちから博物館の前で生徒達を待ち、その間に目を通していた台本はボロボロになっていた。
「正面広場は凄い数の人だったぜ」
 二人が話していると、外から帰ってきたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が手うちわで顔を扇ぎながら近づいてきた。
「視察ご苦労さま。帰ってきてすぐで悪いんだけど、打ち合わせに参加してくれるかなぁ?」
「あいよ……」
 ソーマは肩をひと回ししてから打ち合わせに参加し始めた。

「……というわけで、かなりきつめでお願いするわ」
 月美 芽美(つきみ・めいみ)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と劇での動きについて確認していた。
 エヴァルトは眉を潜めながらも、芽美の話に耳を傾けていた。
「演出は派手な方がいいわけだし、そういう事なら協力は惜しまない。それに、こちらの思惑とも重なる。だが……」
「それじゃあ、半分くらい本気でよろしくよ!」
 芽美はポミエラ・ヴェスティン(ぽみえら・う゛ぇすてぃん)に動きを教えてくるからと、早々に立ち去ってしまう。
 その後ろ姿を見つめながら、エヴァルトは嘆息をつく。
「だが、怪我をさせない程度に手加減はさせてもらうぞ」
 エヴァルトは「女性を傷つけるのは本意ではないから」と呟き、トランプ兵役の仲間達の所へ向かった。

「残念だが、争いごとの結果は概ね、攻撃的で力があるかどうか次第だ」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は運び込んだホワイトボートの前で、はっきり断言した。
 鉄心の目の前にはミカン箱を机の代わりにして、必死にノートをとるポミエラとイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の姿があった。
「しかし、相手を倒すのではなく、自分の身を守ると言う点で言えば、適切な技術とそれを扱える自信を身に付けることが大事だ。それに対して危険な状況に陥った時はアドレナリンが……」
 鉄心が熱弁を振るっていると、ふいに小さな笑い声が聞こえた。振り返ると、口元を抑えてイコナが笑っていた。
 その視線は鉄心の頭の上、ポミエラを怖がらせないようにと、無理やり付けさせられたふさふさした狼の耳に。
「おい……イコナ」
「ギクッ、ですわ!?」
 鉄心は伊達眼鏡のブリッジを持ち上げ、慌てふためくイコナを睨みつける。
「だ、だってつまらな――」
 再度、鋭い眼光を見せる鉄心。
「あわわ……そ、そんな常識論、聞きたくないのですわっ」
 両手をバタバタさせて訴えるイコナに、鉄心は呆れてため息を吐いた。
「仕方ない。実際に動いて覚えてもらうか」
 本当はしっかり頭に叩き込んでから実戦訓練に移りたかったが、開催までそれほど時間があるわけでもない。
「とりあえず、心臓がどきどきするのは体が素早く動けるよう準備してくれているんだ。だが、同時に恐怖は体をこわばらせてしまう。だから――」
 鉄心は「呼吸法と心構えはしっかりするように」と、立ち上がったポミエラの背筋を正して、呼吸法を教え込む。
「後は、常に逃げ道を持つことや、暴力に訴える前に出来ることを考えることだ」
「は、はいですわ!」
 少し緊張した面持ちで返事をするポミエラに、鉄心は深呼吸するように指示を出していた。
「それじゃあ、俺とティーが手本を見せるから、イコナ相手に真似してみてくれ」
「え!? わたくしも参加しますの!?」
「そうだ。最近弛んでたからな。少し鍛え直しが必要だろう」
 イヤイヤ駄々をこねていたイコナだったが、鉄心に押し切られむくれっ面のまま協力することになった。
「鉄心準備はいいですか?」
「ああ、いつでも本気で討ちこんで来い」
 木刀を構えたティー・ティー(てぃー・てぃー)は、防具を身につけた鉄心と向かい合う。練習といえど、二人の間に流れる空気は本物のそれと変わらない。
 真剣勝負のそれだった。
 その様子をポミエラとイコナは固唾を呑んで見守る。
「ポミエラさんしっかり見ていてくださいね。これが――」
 ティーが一気に踏み込み、木刀を防具に覆われた鉄心の頭部に振り下ろす。
「メンッ!」
 瞬間、張りつめた空気を切り裂く鋭い音が鳴り響き、防具が割れた。
「あ、あれ? て、鉄心。大丈夫ですか?」
「だい、じょう、ぶ、だが……」
 鉄心はぐらぐらする頭を抑えながらつぶやく。
「なんで、強化スキルを発動した」
「ぜ、全力と言われたので」
 その後も鉄心は、ティーの『胴』と『小手』を食らいながらも、ポミエラに剣の打ち込み方について教授した。
「体格が大きい人だと舐めてかかってきますので、面を狙われやすいです。これをかわしてカウンター狙い……とか有効です」
「怯んだ所に連続で攻撃を叩きこめば問題ないですわ♪」
 地べたに座りこむ鉄心の横で楽しそうに付け加えるイコナ。
 すると鉄心は――
「よし、じゃあポミエラ。次はイコナと実際に打ち合ってみろ」
「な、なぜそうなるのですの!?」
「見ているだけでは意味がないだろ。実際にやってもらわないとな」
 ポミエラとイコナに竹刀を持たせた。

 ポミエラは鉄心達に続いて、芽美から素早い敵相手との立ち回りについて説明を受けた。
「後は私達にお任せくださいですぅ」
 鉄心と芽美達が劇の打ち合わせに向かうと、今度は佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が剣術指導を引き受けることになった。
「実戦ではなく、演技のための剣術ですか。自分にできるでしょうか」
「師匠なら大丈夫だよ。何事もやってみないとわからないって」
「そうですね。今後のためにも自分の基礎を見直すいい機会ですね」
 一時は拍子ぬけしたアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)だったが、佐野 悠里(さの・ゆうり)に励まされ、再びやる気が出てきた。
「できるだけ怪我のないように、わかりやすく教えるつもりです。ですが、なにぶん自分は実戦向きなため、少々荒っぽくなるかもしれませんが、ご了承ください」
 そのアルトリアの言葉に、ポミエラは少し脅えたような表情をしていた。
 すると、ルーシェリアがそっと頭の上に手を置く。
「大丈夫ですよぉ。私も見ていますから、危ない目にはあわせないのですぅ」 
 ルーシェリアはポミエラの頭を撫でながら、マシュマロのような柔らかい笑みを浮かべた。
 悠里がポミエラと一緒に竹刀を構える。
「ポミエラさん、一緒に頑張ろう!」
「はいですわ!」
「では、さっそく基本的な剣の動きから始めます。真似してみてください」
 まずアルトリアはポミエラの体の動きを見るため、その場で剣を振らせる所から始めた。
「できるだけ相手を意識してやってください」
 剣などの武器をほとんど扱ったことのないというポミエラは、やはりぎこちない動きをしていた。ただ、筋は決して悪くはなかった。
「ふむ。問題は時間ですね」
「大丈夫ですよ〜。戦って相手を倒すのではなく、今回はそれらしく見えればいいんですから。きっと相手方もポミエラちゃんの事を配慮した動きをしてくれますよぉ」
 顎に手を当てて思考するアルトリアの横で、お互いに励ましあいながら鍛練に勤しむポミエラと娘の悠里の姿を、ルーシェリアは微笑ましく見守っていた。
「す……少しはらしくなってきたですの?」
「うん。上手だよ。このままだと、すぐに師匠に追いついちゃうかもね♪」
「そ、そんなにですの!?」
 悠里に褒められ、ポミエラはより一層力強く竹刀を振り下ろす。
「では、そろそろ本物の剣で――ぁぅ!?」
「それは早すぎですぅ」
 鍛練を一気にランクアップさせようとしたアルトリアの脇腹に、ルーシェリアが目にも止まらぬ速さで肘討ちを叩き込んでいた。

 街の北側に位置する飛空艇の停泊場では、第2部に向けたリハーサルが行われていた。
「随分、人が来ているようじゃの」
 港に作られた会場の袖で、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は遠くから聞こえる来場者の声に耳を傾けた。
 陸路からだけでなく、飛空艇を利用して訪れた人々で通りは溢れかえり、普段の数倍近い人口が集まっていた。
「これは失敗できんのぉ」
「うっ……」
 刹那の横で、リハーサルの順番待ちをしていたアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が胸を抑えこむ。
 アルミナはプレッシャーで今にも泣きだしそうになっていた。
「ボクが失敗したら……」
「落ち着くのじゃ。今のはアルミナのことを言ったのではない」
 刹那はアルミナの肩を掴んで呼吸を促す。
 アルミナが徐々に落ち着きを取り戻すのを見つめながら、刹那は自分の出る第3部について思考を巡らせていた。
 博物館での打ち合わせで、見せる殺陣について話は纏まっていた。概ね問題はないのだが、唯一の不安点があるとすればポミエラとの動きである。臨機応変に対応するつもりだが、一番の見せどころでもあり、できるだけ客席を沸かせるものにしたかった。
「あとは本人の努力次第じゃの……」
 刹那が呟いたその時、時計塔の最上階にある鐘の音が、街中に鳴り響く。

「……そろそろ時間ね、そっちの準備はいい?」
 エメラルドの煌びやかなドレスに身を包んだセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、鏡の前で最後の衣装確認を行っていた。
 鐘の音は劇の開始を知らせる合図になっていた。
 雲のような羽のついた帽子も、胸元から曲線を描いて肩と背中を開いた露出度の高い衣装も、第1部で淑女役として参加するセレンフィリティの衣装である。
 すると、鏡の端に夜へと沈みゆく空のような瑠璃色のドレスで着飾ったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿が映った。
「私の方も終わったわよ」
 セレアナは豪奢な扇で口元を隠しながら答える。
 その様子に、セレンフィリティは少々不満そうにしていた。
「ねぇ、なんだか窮屈じゃない?」
「窮屈ってどこが?」
 セレアナの問い返しに、セレンフィリティは銀のネックレスが煌く胸元を指さした。
「もう少し肌を見せたら?」
「嫌よ。私はこれで充分だわ」
 セレアナのドレスは、セレンフィリティに比べて露出度を抑え、フリルなどの装飾に拘ったものだった。
「それより行くわよ。淑女がパーティーに遅刻しては問題でしょ」
 更衣室として使用していた博物館の一室を後にする。
 ヒールの音を響かせて廊下を進んでいると、ポミエラが二人を待っていた。
「セレンフィリティさん、セレアナさん、いってらっしゃいですわ」
「ありがとう。ポミエラも騎士役頑張ってね」
「……頑張りますわ」
 セレンフィリティの励ましに、ポミエラは苦笑いを浮かべていた。
 ここまで色んな人に剣の扱いについて教えてもらった。しかし、まだ満足いく形にはなっておらず、『自分が変わってない』と伝えることができるか、不安だった。
 すると、セレンフィリティはそれらを吹き飛ばすように笑ってみせた。
「無理に『自分が変わってない』と演じても、悪い方向にしか変わらないよ? そんなことはとりあえず忘れちゃってさ、今は思いきり愉快に楽しもうよ」
 自分の心を読まれたことに、ポミエラは驚き、目を丸くした。
「セレンの言う通り。自分は自分、変わりようなんてないわ」
 セレアナが優しく声をかける。
 ポミエラの胸の奥がぽわっと暖かくなる気がした。

 再び鳴り響く鐘の音。

 二人は慌てて廊下を駆けだし、博物館の出入り口へと向かいだす。
 その後ろ姿に、ポミエラが声援を送る。
「頑張ってください! わたくしも精一杯……楽しみますわ!」