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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 同時刻 イルミンスールの森 迅竜甲板
 
『こちら迅竜ブリッジ。たった今、朝霧機より通信がありました。“ドンナー”bis配下の“フェルゼン”三機が、こちらに向かっているそうです』
 盾竜のコクピットモニターに映る睡蓮。
 彼女からの通信を受けた董 蓮華(ただす・れんげ)は即座に了解の意を示す。
「了解! 董機はこれより三機の迎撃を試みます!」
 気合いの入った蓮華の声は、薬品をパイロットに供給する為のマスクのせいでくぐもっている。
 
 迅竜の甲板上に固定された盾竜。
 そのコクピットに蓮華はいた。
 前回の海京防衛戦に続き、またも盾竜に搭乗した蓮華。
 彼女は確たる決意を持って、操縦桿を握り締めた。
 
 既に盾竜は四本のアンカーで甲板に固定されている。
 加えて、盾竜から伸びた電源ケーブルは迅竜の主電源に接続されていた。
 そして、一本に連結させた二連磁軌砲を抱え、盾竜の長距離砲撃準備は万全だ。
「蓮華、無理はするな……といっても、無理はするんだろうな」
 サブパイロットシートから声をかけるスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)
 薬物の残量計を見やりつつ、スティンガーは続ける。
「だから、薬物を使いきらないうちに片付ける。短期決戦で仕留めるぞ」
「了解ッ!」
 やはり気合い十分の蓮華。
 彼女はコンソールを叩き、電源の供給を開始する。
 
 モニターに表示される緑色のバーグラフは順調に埋まっていく。
 バーグラフの三分の一が埋まった頃だろうか。
 唐突に接近警報がコクピットに鳴り響く。
 盾竜の後頭部に搭載されたフェーズド・アレイ・レーダーが“フェルゼン”三機の接近を捉えたのだ。
 
 三機は一斉にこちらへと向かってくる。
 それも当然だ。
 なにせ、現在の迅竜はイルミンスール魔法学校を背に庇う位置で滞空しているのだから。
 
 このまま放っておけば、三機は迅竜の近くをすり抜けてイルミンスール魔法学校に到達するだろう。
 あるいは、迅竜に接触してくるかもしれない。
 どちらにせよ、懐に入られた状態では安心して撃墜できない。
 自爆装置のことを考えれば、接近される前に仕留めなければならなかった。
 
「蓮華、奴等は一気に距離を詰めるつもりだ」
「それより早く撃ち抜いてやるだけよ!」
「敵の電子戦機のせいで識別信号が機能してない。ロックオン機能は使えないと思ってくれ」
「まったく……小癪なことをしてくれるわね!」
「だが、有効な戦術だ。特に盾竜に対してはな」
「腹立たしいわね……!」
「だから俺がサポートする。マニュアル射撃で狙え」
「了解ッ! 団長から預かった盾竜だもの……使いこなしてみせるっ!」

 言葉を交わしつつ、充電完了を待つ蓮華とスティンガー。
 敵の進撃速度を考えれば、待っている余裕はない。
 それでも、レーダー上で迅竜と“フェルゼン”の光点が重なるよりも、バーグラフが埋まる方が早かった。
 
「充電完了! ……発射ぁっ!」
 くぐもった声で雄叫びを上げる蓮華。
 咆哮のように叫びながら彼女がトリガーは引いた。
 
 撃発信号を受けた磁軌砲に超高圧の大電流が一気に流れ込む。
 まだ十分に距離はある。
 ここで破壊できれば自爆の被害は確実に抑えられるだろう。
 むしろ、マイルブレイカー・モードなら丁度良いくらいだが、通常兵器からすれば遠いくらいだ。
 
 電磁加速された砲弾が超高速で“フェルゼン”へと迫る。
“フリューゲル”タイプならともかく、“フェルゼン”タイプにこの高速砲弾が避けられるとは思えない。
 だが――。
 
「外した……ッ!」
 歯噛みしながら声を上げる蓮華。
 着弾地点は標的にした“フェルゼン”の僅かに横。
“フェルゼン”は依然健在だ。

「まだッ! マイルブレイカー・モードではあと二発撃てる……!」
 消沈する間もなく蓮華は再びコンソールを叩いた。
 即座にモニターには再度バーグラフが表示される。
 
 バーグラフの埋まり方は悪くない。
 しかしそれでも、“フェルゼン”の進撃状況を考えれば、間に合うかどうかは微妙だ。
 確実に次で仕留めなくてはならない。
 
「でもどうして……? 投薬によって射撃に必要な感覚は活性化されてるはず……それなのに」
 腑に落ちない表情でこぼす蓮華。
「発射の瞬間、何か異常は感じたか?」
 スティンガーの問いに、僅かに考え込む蓮華。
「僅かにだけど……前回よりも視界がクリアになっていく感覚が薄い、ような……」
 最初は困惑したスティンガー。
 だが、上手い具合に彼の頭にひらめきが過る。
「まさか……いや、あり得ない話じゃない……」
 
 スティンガーは何かに気付いた様子だ。
「どうしたの……?」
 努めて自分を落ち着かせながら、スティンガーは答える。
「いいか、蓮華――」
 殊更ゆっくりと、スティンガーは落ち着いた口調で話す。
「――前回、あれだけの量を投与されたお前だが、こうして何とか回復してる」
「そうよ。暫くの間、味がとか温度が分かんなかったけど、それもやっと治ったわ。だから、また出撃できるの! でも、何か悪いことでも?」
 蓮華は頭に疑問符を浮かべている。
 どうやら、スティンガーの発現の意図がわからないようだ。
「それ自体は悪いことじゃない。だが、結果としてお前の身体は盾竜の劇薬に耐性ができてしまったのかもな」
「耐……性?」
「この劇薬も薬の一種だ。つまり、睡眠薬とかと同じように……使い続けていればいずれは薬が効きにくくなることがあっても不思議じゃない」
 それを聞いては蓮華も驚きを隠せない。
 いくらか反応を予想できていたのか、スティンガーは落ち着いたまま蓮華に言い聞かせた。
「流石に一度や二度でまったく効かなくなるわけじゃないだろう。現に、今は前回よりも投薬ペースを抑さえてるが、盾竜を使うのに問題ないだけの効果は出てる――」
 ほっとする蓮華だが、すぐに驚きで声を荒げた。
「ちょっと……! どうしてセーブするのよ!」
 蓮華が声を荒げる一方、スティンガーは努めて冷静さを保つ。
「前回のことを忘れたのか? もし身体に耐性ができれば、必要な投薬量は増える。そうなる前に、抑えられるだけは抑える必要があるんだ」
「でも……そのせいで外したじゃない!」
「それは投薬量のせいじゃない。ロックオン機能による射撃サポートが使えない以上、前回と同じ投薬量でも外してた可能性はある」
 ちゃんと理解したようで、蓮華はそれ以上反論することはない。
「なら……」
 そして蓮華はコクピットの計器の一つ――小さなツマミに手をかけた。

「……!? 何をするつもりだ!」
 スティンガーが制止するよりも早く、蓮華は躊躇なくツマミを最大まで捻りあげた。
 直後、蓮華のマスクから気体状の薬物が溢れ出す。
 その勢いたるや凄まじく、マスクは白い気体をまるで蒸気機関のように吹き出している。
 
 蓮華が捻ったツマミ。
 それは投薬ペースを指定する計器だ。
 
「視界が遠方までクリアに……! これなら、いけるッ!」
「蓮華……!」
「スティンガー! 射撃補正を!」
 黙って頷くと、スティンガーはコンソールを叩いた。
 
「今度こそ撃ち抜く! ……発射ぁっ!」
 再び引かれるトリガー。
 放たれた二発目は正確無比な起動で“フェルゼン”へと炸裂する。
 
 胴体へと直撃した砲弾は、あれほどの重量を有する“フェルゼン”すらも吹っ飛ばす。
 全力走行中に被弾――即ち、カウンターで受ける形となったのも大きい。
 だが、恐るべきことに、後方へと吹っ飛ばされて地面に転がったにも関わらず、“フェルゼン”の装甲はへこんだだけで済んでいた。
 被弾する瞬間、ガントレットに鎧われた両腕で胴体をガードしたおかげだろう。
 もっとも、さすがにガントレットは大破したようだが。
 
「なんて頑丈さなの……!」
 歯噛みしながら言う蓮華。
 一方、望遠映像に映る“フェルゼン”は地面に転がったままだ。
 状況としては小破か中破のはず。
 まだ戦闘続行は可能なように思えるが、一向に起き上がってくる気配はない。
 
「そうか……!」
 またも何かに気付いた様子のスティンガー。
 彼は何かを確かめるように、迅竜の望遠映像を更にズーミングする。
「どうしたの?」
「やはりマイルブレイカー・モードはとんでもない威力だよ」
 映像を指さし、スティンガーは続ける。
「確かに装甲は耐えられた……だが、その下にある関節は耐えられなかったようだ」
「あっ!」
「そうだ。マイルブレイカー・モードで叩きつけられる砲弾……もといその運動エネルギーは桁外れだからな」
 二人が望遠映像で観察する中、“フェルゼン”が爆発する。
 戦闘続行不能と判断し、自爆装置を作動させたのだろう。
 
 スティンガーの説明に頷くと、蓮華は三発目の充電を開始する。
「マイルブレイカー・モードなら倒せる……このまま押し切るわっ!」
 三度表示されるバーグラフ。
 充電が開始された矢先のことだった。
 
 突如として甲板の上空に一機のイコンが現れたのだ。
「何なのッ!?」
 蓮華は驚きながら素早くイコンを見やる。
 現れたのは黒いイコン。
 どうやらワープしてきたらしい。
 
 位置は盾竜の斜め上。
 そしてその位置は迅竜のブリッジを狙える位置でもある。
 その黒いイコン――サタナエルは搭載された荷電粒子砲のチャージを開始した。
 
「団長の船になにすんのよっ!」
 咄嗟に蓮華は操縦桿を倒し、磁軌砲の砲口をサタナエルに向ける。
 すぐに充電は完了する。
 蓮華はこのまま撃つつもりだった。
 
 だが、サタナエルは発射よりも先に急降下で盾竜の懐へと飛び込んだ。
「なっ……!」
 急降下からの体当たりを受けて、盾竜はサタナエルに突き飛ばされる。
 重量バランスの関係からか、見事に盾竜は体勢を崩す。
 そのまま組み伏せられる格好となった盾竜。
 間髪入れずサタナエルは高出力のビームサーベルを抜いた。
 振るわれたビームサーベルによってアンカーの接合部が軒並み破壊される。
 それだけではない。
 連続発射によって金属が疲労した所に光刃がかすめ、磁軌砲も破損してしまう。
 
 だが、蓮華も黙ってはいない。
 CIWSとして使用されるMk15Mod2ファランクスを二基ともサタナエルに向けると、至近距離から発砲する。
 大量の機銃弾を浴び、さしものサタナエルも怯む。
 それでも大破しないのは帝国製魔導フィールドのおかげのようだ。
 
 すぐに再度のワープを行うサタナエル。
 またも上空に出たサタナエルは改めて荷電粒子砲のチャージを開始する。
 狙いはブリッジだ。
 そして、チャージが完了した荷電粒子砲が発射される瞬間――。
 
 迅竜の格納庫で爆発が起こった。