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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

 同時刻 イルミンスールの森 某所

「ぅ……うぅ……」
 地面に倒れたアンシャールの中で歌菜は目を覚ました。
 どうやらコクピットの中で気を失っていたらしい。
 至近距離から痛烈な攻撃を受けたせいでアンシャールのダメージは大きい。
 大破こそしなかったものの、派手に吹っ飛ばされて地面に転がったアンシャール。
 原形を留めてはいるが、機体のシステムはほぼダウンしている。
 この状態では、這ってすら動けないかもしれない。
 
「大……丈夫……か?」
 もう一つのパイロットシートから羽純が問いかける。
 その声は精彩を欠いており、歌菜と同じく気を失っていたことが伺える。
 あるいは、歌菜よりも酷いダメージを受けているのかもしれない。
 その証拠に、操縦桿やコンソールに手をかけようとしても、彼の手は空を掴むだけだ。
 ただ計器類に触れるだけでも苦心する羽純。
 やっとのことでそれらに手をかけると、羽純は震える手で計器類を操作する。
 そのまま機体をチェックしていく羽純。
 
「アンシャールは戦闘不能だ……脱出するぞ、歌菜」
 いつも通りの冷静さながら、どこか忸怩たる思いを感じさせる羽純の声。
 歌菜もそれを感じ取ったのか、特に反対することもせず頷く。
 やはり震える手で羽純は脱出装置を操作する。
 しかし、機体は何も反応しない。
 二度三度と脱出装置を起動してみるも、やはりハッチは開かなかった。
 
「これほどのダメージとはな……」
 小さく息を吐くと、羽純はハッチを手動で開けにかかる。
 だが、その方法でもハッチは開かない。
 先程のダメージでフレームが歪んだのだろうか。
 しかし、羽純が残った力を振り絞って力任せに突き破ろうとしても、ハッチは動かない。
 
「まさか……」
 何かに気付いた羽純は、まだかろうじて動く電子機器類を起動する。
 まずはメインカメラを起動する羽純。
 どうやらメインカメラは損傷しているようで、映し出される映像は白黒の砂嵐のみだ。
 ある程度予想できていたのか、羽純は取り乱すこともない。
 そのまま羽純は落ち着いてサブカメラに切り替える。
 
 続いて映し出された映像は白黒の砂嵐ではなかった。
 全体的に薄暗い幕のようなもので覆われており、所々に小さい穴がぽつぽつと開いている。
 その穴からは明りが射し込んでおり、白く光っていた。
 この映像を見て羽純はすぐに状況を察した。
 
 どうやらアンシャールは転倒した上、土砂や木々に半ば埋もれているらしい。
 ハッチ部分を下にして倒れているのか、あるいは土砂や木々がハッチを押さえているのか、はたまた両方か――。
 ここからでは確かめる術はない。
 ただ一つ確かなのは、中からでは開けるのが難しいということだけだ。

「救援はまだか……!」
 半ば焦ったように呟く羽純。
 もやは、さしもの羽純といえども落ち着き払ってはいられない。
 それでも彼は、内心の動揺が歌菜に伝染しないよう、務めて落ち着き払うように務めた。
 ひとまずより多くの情報を集めるべく、彼はレーダーを起動した。
 
「味方機が……!?」
 レーダーの情報を目の当たりにして驚愕する羽純。
 味方機の数が一気に増えていたのだ。
 咄嗟に彼はまた別のサブカメラを起動する。
 そちらも埋まっていなかったようで、かろうじて周囲の状況がモニターに映し出される。
 だが、映し出されたのは動けなくなっている僚機と、漆黒と濃緑の“フェルゼン”のみだった。
 彼我の戦力数は変わっていない。
 だが、味方機の数が増え、逆に敵機の数が消えている。
 これも先程の電子戦攻撃を行った者の仕業だろう。
 
「なるほど……な」
 これを見たことで、羽純は救援がまだ到着しない理由を理解した。
 識別信号がすべて味方機のものに変わったのだ。
 ならば、どれが敵機なのか判別できなかったとしても不思議ではない。
 きっとレーダーの光点を一つ一つ現場で目視確認せざるを得ない状況になっているのだろう。
 あるいは、不用意に近付かないよう、通常以上に慎重な動き方をしているのかもしれない。
 いずれにせよ、識別信号が機能していないせいで、結構な時間を喰われていそうだ。
 
 羽純はコンソールを叩き、無線を起動しようとする。
 だが、無線からはノイズの一つとして聞こえてこなかった。
「……」
 無言でコンソールから手を離す羽純。
「ここまでか……」
 そう呟く羽純の声は、心なしか観念した者のそれに聞こえる。
 
 コクピットに等間隔の振動が伝わってくる。
 駄目もとで、羽純はまた別のサブカメラに切り替えた。
 そのカメラも生きていたようで、上手い具合に映像が映る。
 モニターに表示されたのは、こちらをじっと見つめている濃緑の“フェルゼン”だった。
 
 かろうじてではあるが、まだアンシャールは生きている。
 それに気付いているのだろう。
 まるでこれからとどめを刺しに行くといわんばかりに、アンシャールを見つめる“フェルゼン”の目――もといメインカメラが発光する。
“フェルゼン”はじっと見つめたまま、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
 等間隔の振動はあの機体の歩行する時の地響きだろう。
 近付きながら“フェルゼン”は右拳を握り、それを肩の高さまで振り上げる。
 間違いない。
 あの機体はアンシャールに留めを刺すつもりなのだ。
 
 今の状態で“フェルゼン”の拳を受ければひとたまりもないだろう。
(投降するか……?)
 羽純は自問する。
(いや……投降を受け入れるような奴なら最初からとどめなど刺そうとしない――か)
 遂に声音だけでなく、表情まで観念した者のそれに変わる羽純。
 羽純は不思議と穏やかな気持ちだった。
 隣のパイロットシートに手を伸ばし、羽純は歌菜の手にそっと触れる。
「羽純くん……」
 その手を握り返し、羽純を見つめる歌菜。
 そんな歌菜に羽純は問いかける。
「もうすぐだ。それまでどうする?」
 殆ど考える間もなく、歌菜は答えた。
「なら、歌おうかな」
 微笑みを返すと、羽純は何も言わずコンソールを操作する。
「良かったな。スピーカーはまだ生きてるみたいだ」
 機外スピーカーを起動し終えると、羽純は目を閉じてパイロットシートに身体を預けた。
「最後までじっくり聞かせてもらうとしよう」
「うん。歌い続けるよ、最後まで――」
 羽純に微笑みを返し、歌菜は息を吸い込んだ。
 ややあって、歌菜の歌声が響き渡る。
 とどめを刺すべく、“フェルゼン”が一歩一歩近付いてくる中。
 地響きに揺らされるコクピットで。
 歌菜は歌い続ける。
 羽純と、自分と、そして自分の歌を待っていてくれる人達の為に――。

 機体は動かずとも、スピーカーから出る音が聞こえる範囲にいる仲間達を勇気づけることはできる筈だ。
 それに、“フェルゼン”の注意が自分達に向いている間に、仲間達が脱出できる時間が稼げるかもしれない。
 まだ、自分にできることがある。
 それを勇気に変えて、歌菜は歌い続けた。
 
 そして、遂に“フェルゼン”はアンシャールの伏せる場所までやって来た。
 振り上げた拳を勢い良く振り下ろす“フェルゼン”。
 その狙いは微塵も過たず、拳はコクピットを叩き潰し――。
 
 目を逸らさず、歌い続けていた歌菜は驚愕に息を呑んだ。
 そのせいで歌は止まる。
 しばし、沈黙がコクピットを支配する。
 呆然とモニターの映像を見つめ続ける歌菜。
 だが、一向に拳は振り下ろされない。
 拳はコクピットの直前で寸止めされていたのだ。
 
 流石に異常事態を察したのか、羽純も目を開ける。
 歌菜と同じように驚愕する羽純。
 二人が驚愕していると、若い男の声がコクピットの外から響いてきた。
 
『良い歌です、実に。森の奥までも、いえ……森の奥どころか、どこまでも響き渡るような――』
 僅かに声にエコーがかかって聞こえるのは、機外スピーカーで喋っているからだろう。
 弾かれたように羽純はサブカメラをズームから広角に切り替えた。
 カメラが引いていくと、モニターに驚くべき光景が映し出される。
 
 なんと、見たこともない機体が“フェルゼン”の手首を横から掴み、拳を止めていたのだ。
 現行機を凌駕する怪力を誇る“フェルゼン”。
 その腕を掴み、微動だにさせないとは恐るべきパワーだ。
 見たこともない機体と“フェルゼン”が力比べをする間にも、謎の機体のパイロットは喋り続けている。
『――そのおかげで、あなた達を見つけられた。そして――』
 
 謎の機体は相手の手首を掴む左手に更なる力を込める。
 力任せに相手の手首を捻り挙げる謎の機体。
 更にその機体は右拳を硬く握り締める。
 
『――俺達が間に合った!』
 謎の機体のパイロットは、雄叫びのような声でそう語る。
 それと同時に、謎の機体は右拳を“フェルゼン”の胸板に叩き込んだ。
 腕を捻り挙げられ、ノーガードになった胸板。
 そこに強烈な拳打を叩き込まれた“フェルゼン”。

「……!?」
 次の瞬間に起きたことは、冷静な羽純すらも驚愕せしめた。
 あの“フェルゼン”が僅かではあるが後方に突き飛ばされたのだ。
 両脚で轍を引きながら押し出される“フェルゼン”は、かろうじて転倒を免れるのに精一杯のようだ。
 そして、胸部の装甲は見事に破壊されていた。
 
 今の拳は物理と魔法の両方の性質を持つ超技術の産物?
 ――違う。
 
 拳に見えても実は、人智を超えた魔術や妖術の類?
 ――違う。
 
 あの拳は正真正銘、単純な物理攻撃だ。
 重厚な装甲に鎧われたハンドパーツで殴った。
 ただそれだけのこと。
 だが、『ただそれだけの単純な物理攻撃』で“フェルゼン”の装甲は見事に破損していた。
 
「まさか……」
 その光景が羽純には俄かに信じられなかった。
 あれほど圧倒的な防御力を誇った重装甲を。
 物理と魔力、それぞれ適した防御特性へと瞬時に変質する超技術の産物を。
 あの機体は、ただ力任せに叩き壊したのだ。
 
 胴部に凄まじい衝撃を受け、“フェルゼン”は姿勢制御が追い付いていないようだ。
 人間でいえばふらついている状態だろう。
 その隙を逃さず、謎の機体は再び右拳を握り締める。
 
 正面から“フェルゼン”と相対する謎の機体。
 謎の機体は左拳も握り締めると、それを脇の下まで一気に引いた。
 それと同時に右拳を渾身の力で真正面へと繰り出す謎の機体。
 腰部の回転を乗せて放たれるその拳打はまさに――。
 
「――正拳突き、か」
 羽純が呟くと同時、謎の機体が放った正拳突きは“フェルゼン”の胸部と胴部の中間――人間で言えば鳩尾の位置に炸裂する。
 硬く重い金属同士がぶつかり合う重低音が鳴り渡った後、“フェルゼン”は真後ろに倒れた。
 そのまま“フェルゼン”は機能停止し、ほどなくして機密保持の爆薬が起動する。
 大爆発とともに木端微塵になる“フェルゼン”。
 ややあって晴れた爆煙の中から現れたのは、無傷で佇む謎の機体。
 至近距離で爆発に巻き込まれたにも関わらず、この機体には傷一つない。
 
 つい見入っていた羽純ははっとなって我に返る。
 そして、絞り出すような声で問いかけた。
「その機体は……一体……?」
 
 返ってきたのは先程の若い男の声。
 威風堂々とした声で、名乗りで宣言するように名乗りを上げる。
『この機体は鎧竜――高速飛空戦艦迅竜イコン部隊所属、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)ならびに松本 可奈(まつもと・かな)。あなた達を、助けに来た――』