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無人島物語

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無人島物語

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序章:『ダイパニック』


 お話を始める前に、事件を少し振り返ってみよう。
 その時までは、まだ『ダイパニック号』は、順調にパラミタ内海を航行していたんだ……。


「やあ、素敵な船上パーティーだね。でも、もっと素敵なことは、キミに出会えたことさ」
 心地よい海風の凪ぐ甲板の上でカレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)は、ワイングラスを乾杯する仕草をしながら片目をつぶって微笑んだ。
 何しろ、夏である! 海の上の洒落たパーティー。これはナンパせざるを得ない。
 可愛い男の娘をこよなく愛するカレンデュラは、見つけた男の娘に積極的に声をかけて回っていた。
 中でも、とびっきりを見つけて近づいて行ったところだった。カレンデュラには一目でわかった。あれは美少女じゃない。男の娘だ。女の子に非常に近い、上玉。彼のモロ好みだ。
「お相手さんはどこだい? キミのような可愛い男の娘が一人なわけないよね。おっと、もし一人だったらごめんよ。軽い気持ちで声をかけているわけじゃないんだ。挨拶しておかないと、と思っただけさ」
「……」
「警戒しているのかい? 身持ちが固いのは、いいことだよ。こんなところで親しげに話しかけてくる男なんてたいていはナンパ目当てのロクデナシさ。でも俺は違うよ、真剣なんだ」
「……」
「俺は、絵描きの卵でね。……見たことあるよね、映画のアレ? 船のラブストーリー。あの主人公も絵描きの卵でさ、ヒロインの絵を描いたんだよね。なんという奇遇だろう。俺もキミの絵を描きたくなったよ。ぜひ、描かせてくれないかな?」
 あくまで相手の気持ちを解きほぐすため、明るく優しげな口調で話しかけるカレンデュラ。可愛い男の娘の絵を描くのが趣味なのだ。嘘は言っていない。
 もっとも、俺のほうがあの主人公よりよりイケメンだけどな……、と心の中で付け加えるのも忘れなかったが。自惚れているつもりはなかった。この声と顔でほとんどの男の娘はメロメロのはず……。
「……間にあってるよ」
 カレンデュラの口説きに面倒くさそうに答えたのは、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)だった。
 彼は、いざとなったらアイテムで本当に女体化してしまうハイレベル男の娘で、アイドルとしてファンもいるほどの可愛さなのだが、まさかナンパ野郎が寄ってくるとは思ってもいなかった。
「オレの相手はもう決まっていて、一人だけなんだ。他を当たってくれないかな」
 夢悠は、意中の雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)を追いかけて、この船にやってきたのだ。それ以外に全く興味はなかった。
「気が変わったら、いつでも声をかけてくれよ」
 カレンデュラはあっさりと諦めた。粘っても逆効果なことは、経験豊富な彼自身がよく知っていたからだ。さわやかに手を振って去っていく。
「……」
 夢悠は、少し離れたところで他のメンバーたちと談笑している雅羅にちらりと視線をやった。敢えて会話の輪の中に入っていくつもりはなかった。
 上っ面だけの愛情や仲の好さなど求めていなかったから。
 本当に彼女が困ったとき、本当に彼女が危機に陥ったとき、どんな状況でも駆けつけて守る騎士になると決めたのだから。
 そんな様子も含め、 先ほどからカレンデュラのナンパを眺めていたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が言う。
「雅羅がいるね。いやな予感しかしないんだけど」
「全くだ。生身の女なんかどこがいいんだろ?」
 カレンデュラが答えた時だった。

 ズズズズーーーーン!

 大音声と共に、船が大きく揺れた。
 船上は騒然となった。事態は猛スピードで動き始める。

 ゴゴ……ゴゴゴゴゴォォォ!

「あ〜あ、やっちまったみたいだね、こりゃ。船の名前からして、嫌な予感がしていたんだ。案の定これだよ」
 慌てふためく一般人たちを手際よくまとめ始めたのは、警備員として雇われていたハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)だった。
「はいはい、沈没だね。皆さん、大丈夫だからね。落ち着いて整列しましょう」
「マジかよ? ナンパしていたら本当に難破しやがった。はっ……、まさか俺の美貌で? いや船が惚れるとか危ねえだろうって! ちげぇよ!」
「うん。まあ、こう来るだろうと予想は付いていたよ」
 リアトリスは落ち着いて行動する。乗員たちがパニックを起こさないよう、『幸せの歌』を歌い始めた。
 船員乗客総出での避難が始まった。
「沈没なう。俺、オワタ\(^o^)/」
 ハイコドは、ネットの呟きっぽく実家にテレパシーを送っておいた。
 実家にいるパートナーたちは、きっと心配するだろう。もしかしたら心労で倒れるかもしれなかった。
 彼は、イヤな経験値の稼ぎ方をしてきたために、四度目の遭難経験になりそうだった。
 大丈夫、俺は慣れているから、心配しないで。そんな気持ちを込めての送信だった。
 返事はすぐに返ってきた。
そうなの……。ガンガレ! (-_-)zzz 
「あいつら、寝てやがる Σ(゚д゚lll)」
 全然心配していなさそうだった。ハイコドは、気を取り直して救助を続ける。
「きゃあああああっ!?」
 悲鳴が沸き起こる。
 船がグラリと傾き、衝撃で雅羅が海に放り出されたのだ。
「雅羅!」
 皆が虚を突かれる中、夢悠は全力で甲板を蹴り雅羅に向って跳んでいた。全力で手を伸ばす。
 どんな時でも、必ず助けると決めたのだから。
「!」
 雅羅も手を伸ばした。
 もう少しで、届いたのに……。あとほんの数センチ、手は届かなかった。
 雅羅は、海へと転がり落ちていく。
「あんたも行きなさい! 助けるんでしょ!」
 夢悠のパートナーの想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が、夢悠を連れて海へと飛び込んだ。波に飲まれた雅羅を追いかける。
「……!?」
 だが、その時。雅羅は、自分を助けてくれようとする夢悠を見てはいなかった。その視線は甲板の上に佇む姿に釘付けになっていた。
「そんな……。どうして……?」
 雅羅は、驚愕の声を絞り出す。見間違いではなかった。
 大騒ぎになっている甲板の上で、少女は人知れず笑っていた。
 この豪華客船『ダイパニック号』のオーナー、リナ・グレイ。カナン出身の資産家の娘で、今回の船上パーティーの主催者。皆を招待して、丁重にもてなしてくれていた人の好さそうなお嬢様。
 彼女が、沈んでいく雅羅を甲板の上から眺めながら、確かに笑っていたのだ。
(ああ、そうか……。やっぱり私は、来るべきじゃなかったのね……)
 だが、それもつかの間。雅羅は、波に流されていく。
「お嬢さん、こっちだ。 ┏( ^o^)┛  →」
 ハイコドからは、リナの表情は見えなかった。その場に立ち尽くしていたリナの手を引いて、彼は救命ボートへと急いだ。子供で女。真っ先に避難する対象だった。
「ありがとうございます。……ふふ……」
「?」

 そう、残念なことに、あなたたちの乗っていた豪華客船『ダイパニック号』は沈没しつつあった。

 こうして、ガイド文の状況へと続いて行くのだ。


 では、始めよう。
 無人島の夏のお話を……。