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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

リアクション

1/圧倒

 これが夢だというのなら、まったくもって嫌な悪夢だ。

「……っ!?」

 思いながら、しかしその思考を憎まれ口の言葉として吐き出すことがセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)にはできなかった。
 やらなかった、ではない。やれなかった。そうすることができるだけの暇を、与えてもらえなかったがために。

「か……、はっ……、」
 他ならぬ自分自身に、だ。
 己が姿を模し、自身の実力を完全に写し取り上回ったその存在の蹴りが、あまりにも見事すぎる角度から脇腹を、襲っていたがゆえ。
 意味のある言葉すら、その瞬間には吐き出せなかった。
 激痛と、肋骨の折れる感触とに意識が塗り潰されていく。──蹴りの衝撃のままに、吹っ飛ばされる。
 ああ。これは二本、いや三本は持っていかれたな。肺を、傷つけているかもしれない。妙に冷静に、自分のやられ様を分析している己をセレンフィリティは認識する。
 地面を転がりながら。指先が、動く。追撃への牽制。ろくすっぽ狙いもつけないそんな豆鉄砲が有効打になり得ないことは承知の上での、無意識の反射だった。

 ──ほんとうに、嫌な相手。嫌な女だったら、ない。あたしってば、まったく。

「セレン!」

 恋人の声。……セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もきっと、同じ感覚に苛まれているはずだ。
 自分自身と同じ姿と技能を持ち、身体能力はすべてが自身以上に上書きされた存在、『カローニアン』。
 こちらの攻撃は一切が弾かれ、おまけにトーナメントの激戦を繰り返したことで、向かい合う『本物』である自分たちは消耗しきっている。完全に、詰みの状況。
 もはやセレアナは自身の偽物を相手に、立っているのがやっと。セレンフィリティもまた、ここまで致命傷をどうにかかわし続けていたのだけれど。
 結局のところ、まともなダメージひとつ、与えられていない。
 こちらのダメージばかりが徐々に、増していくばかり。
 なによ、これ。
「これじゃ、まるで」

 ──こっちのほうが、できそこないみたいじゃない。

「かなわない、かも、……ね」

 どうにか、身を起こす。彼女にできたのは、それだけ。
 視界の隅に、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が疾風のごとく駆け抜ける相手にずたずたに斬り裂かれていく様と、彼女のパートナーであるアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)が極太の光に灼かれる姿を映して。
 ガードも、ままならない。
 もうひとりの自分が、振り切ったものをなすすべなく、浴びる。
 喉元への熱い痛み。叩き込まれた、金属の銃床に気管を、潰されて。
 なんとか、しなくてはいけない。
 愛する者を、助けに行かなくては。
 だが、どうすることもできない。ただ、彼女は再び地面を転がった。
 仰向かされたその臍に──上空からの、膝。その下降の様子が、あまりにスローに、見える。
「ダメ! 逃げてっ!!」
 雅羅たちを救出した、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の叫び。彼女も、相棒の御凪 真人(みなぎ・まこと)も、傷は多い。

 ──うん。ちょっと、無理。

 避けきれる、わけがない。動けない。身体が跳ねあがったのは逃げるためではなく、正中の中心へとその一撃をまともに、直撃させられたから。
「……あ……っ……ぁ、っ、……」
 全体重が乗ったそれが、彼女の肚をを押し潰す。
 跳躍した相手に、銃口も向けられず。吐き出した血が、飛び散るのみだった。
 これでもまだ、絶命しない。意識を奪われず保ち続けている自分の打たれ強さがそろそろ、煩わしかった。
 なぜならそれ以上の頑強さを、元気有り余らせたあの偽物は持っているということになるのだから。
 ちょっと、マズいかもしれない。思った瞬間、またも脳裏に火花が散る。
 くの字に曲がった彼女の鳩尾を、カローニアンは蹴り上げる。
 ……本格的に、マズい。相手が、「殺す」ことではなく手始めにとばかりに、ダメージで抵抗力を削り切る方向に戦術を切り替えてきた。
 致命傷だけを避け続けていたことを、悟られた。
「セレエェェンっ!!!」
 恋人の声が、どこか遠い。彼女自身、わき腹をえぐられているというのに、無茶をする。こちらより、自分の心配をしなさいよ。

 苦痛の時は──まだまだ、続く。
 どうしようもない、一方的な苦痛が、だ。



 山葉 加夜(やまは・かや)が。
 自分の相棒である、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が。
 彼女たちが頑張ってくれている。
 重傷を負った、詩壇 彩夜(しだん・あや)を助けんと。

 ふたりは、彩夜たちの治療を続けてくれているのだ。そのぶん、ここは自分が踏ん張らなくてはいけない。
 でも。──でもっ!

「だからって、こんな……っ!」

 こんなのは、冗談じゃない!

「なんで私が彩夜を……殴らないといけないの……っ!」
 固めた拳を振り切りながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は嫌悪に満ちた声を吐き捨てる。
「なんでっ!!」
 殴られ。吹き飛ばされてそれでも無表情にこちらへ向き直るその相手へと。……他ならぬ、彩夜を瀕死の状態に追い込んだ、忌むべき敵を睨み、言葉をぶつける。
「なんで! 彩夜が彩夜に! 偽物にほんとうの彩夜がやられなくっちゃいけないの!?」
 それは、大切な後輩と同じ顔。くすんだ色で、無機質な瞳を返す存在。彩夜とは似ていても、まったくの別物。
「あんたなんかあっ!!」
 詩壇 彩夜の、偽物。彼女のデータから生まれ、背後より彼女の背中を貫き斃した、カローニアンのうちの一体だ。
「ダメだ! 美羽!!」
「!?」
 その、憎悪の対象たる相手を前に美羽は怒りのまま拳をぶつけていく。がむしゃらなその一撃一撃は、しかし鉱物兵器を破壊はしない。
 彩夜の知る美羽のデータゆえなのか、それとも彩夜のポテンシャルを吸収したがためなのか──確実に、後輩の顔をした敵は美羽の単調な攻撃をガードし続ける。
 そして、目の前にばかりかまけている彼女へと、ふたつの影が迫る。
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の声が、彼の投げた槍による支援がなければ、直撃を両脇から叩き込まれているところだった。

「美羽さん! 気をつけて!!」

 地面に火花を散らしながらの回避。一瞬前に美羽がいた場所を穿ったのは、彼女自身とベアトリーチェとを模した二体のカローニアン。
 それだけではない。
「く……っ!!」
 飛び込んできたコハクに脇から抱えられ、地面に無理矢理倒され伏せさせられる。そのまま、ふたり転がっていく。
 追いかけるように射撃の火線が、ふたりの軌跡に次々と着弾をする。
「さすがに、数が多いね」
 コハクに助けられ、その言葉に身を起こし前方を睨む。
 追い打ちの射撃、その正体は加夜と、李 梅琳(り・めいりん)のカローニアン。その背後にはゆっくりと、コハク自身の贋作が降り立つ。
 六対二。ひとり頭でも、三人がかりであちらは向かってくる。それを迎撃しなくてはならない。
「……僕は、僕の相手をする。ふたりぶんの射撃も、どうにかする」
「オッケー。……彩夜と、私たちのことは任せて」
 無茶でも、困難でも。相手が強敵だろうと、やらなくてはいけないのだ。今は彩夜も梅琳も、危険な状態。ベアトリーチェと加夜には、治療に集中してもらわなくては。
 コハクが、自身の槍を地面から引き抜く。

「ね、コハク」
「……ん」
「大丈夫だって、わかってる上でひとつ、言うね」

 彼と背中あわせ、自分たちを取り囲む鉱物兵器たちを視線で牽制しつつ、触れ合った背中を通じ彼女は大切なコハクに言う。
「コハクまで、なにかあったら──イヤだからね」
 絶対絶対、無事でいようね。これ以上は、みんな。
 その言葉を耳にした瞬間、コハクは一瞬、目を軽く見開いて。
 やっぱり背中の振動を通じ、彼女へと声を返す。
「……うん。大丈夫」
 短いけれどそれで、よかった。十分だった。
「行こう」
 互いが、互いに対し頷くのがお互い、わかった。
 みんなを、助けるため。守るため。
 自分たちが、無事でいるため。
 この場は、しのぎきる。──戦い抜いて、そして勝ってみせるとも。そう誓い合って、彼女と彼は挑んでいく。