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リアクション
【男と女と布の塊】
「うー……おもいのー……ぬぎたいのー!」
十二単とその上に更に毛布。
そんな重量感たっぷりの布の下で、薫に手を引かれたジゼルさん七歳はプリプリを頬を膨らませていた。袖を通させたかったが普段からマイナス50センチ以上小さな子供の身体なのでそうはいかず、仕方なしに頭の上から被せるだけに至ったのだ。
「ジゼルちゃん、ジゼルちゃん、えっと……脱いじゃうのも一つの案かもしれないけど……、ここはやっぱり可愛い服の方がいいよ!
アレクさんが……ジゼルちゃんだけのお兄ちゃんが喜ぶかもしれないのだ! だから着てようよ、ね、ね」
「おにいちゃん、おふとんかぶったじぜるがうれしいの? よろこぶの?」
ジゼルの目線では十二単が布団に見えているらしい。そこに気づいて少々つまりながらも、薫は必死に提案を受け入れるよう子供へ促した。
「う、うん! きっとかわいいって言ってくれるのだ」
「でもおにーちゃんは、じぜるがあんまりきてないとよろこぶよ?」
小首をちょこんと、そうするジゼルさん七歳に薫はいよいよどう答えれば良いのかと動きを止めてしまう。そんな様子を見守っていた尊は嘆息した。そもそもの原因が見えてきた気がするが、だからってアレクがこの状態を望んだとも思えないので、故意じゃないんだろう。
「ったく……、おいジゼル! ぽんぽん脱ぐよりも適度な露出の方がグッと来るんじゃねーのか?
俺はそう思うけどな、このー」
「……ぽんぽんぬぐのはグッとこないの?」
「まあ、色気はないな。
俺はそうだな……例えば今のこれが薫なら――、狩衣や着物や袴のような露出が最低限の服で、何かのハプニングで肌蹴て太腿が露になったりだとか……」
大人しくしていると思われた考高が、またどうしようもない事を言い出したので、尊は蔑むような目で彼を見上げた。
「つーか熊、てめー……ばかだろ……何を考えてんだよ?
このー……引くわ…………」
ところで考高の言う事を、薫は理解しているのだろうか。先程から考高の言葉は彼女の上を完璧に透過し続けているのだが……。
「あ、アレクさんが……」
――見えてきた。そう言おうとした薫の言葉はしかし、最後迄発せられる事は無かった。彼女の声に数発の銃声が重なったからである。
* * *
そもそも今日フレンディスがこの果実園にきたのは、彼の義弟グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に誘われたからだった。
彼のパートナーであり、フレンディスとも義兄妹の契りを交わすベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)、そしてウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)とベルク、ポチの助を伴っての休日。
皆を誘ったグラキエスは、身体の負担が大きい夏から涼しい秋へ季節が変わった事も有り、何時もより上機嫌に見えた。
「果実狩りは久々だ。
去年は結局あまり採れない内に戻る事になったが、今年はフレンディス達も一緒だし、楽しめそうだ」
「そうだな」と、ベルハイトは合図値を打つ。
以前の果実狩りは、義弟がベルテハイトに楽しんでもらおうと企画してくれた。だからベルテハイトは、今回はグラキエスにこそ楽しんで欲しいと考えて居たのだ。
フレンディスと一緒に歩きながら微笑む義弟を見てベルテハイトは満足げに笑う。
「ウルディカ、特に良い物を選んで採るんだぞ」
しかし指示されたウルディカの方は、心の友ベルクと共に何処か『厭な予感』を感じていたのだ。そして予感は、見事的中したのである。
*
ジゼルを見つけ走り出したフレンディスを追ったグラキエスが、その場で膝をついてしまった。
慌てて駆け寄ると、グラキエスは荒い息を上げながらベルテハイトの腕を掴む。
「体が……息が、苦しい……」
グラキエスはアッシュブドウの香りの影響を受けてしまったらしい。アッシュブドウは本来人を酩酊状態に陥らせるだけしか効果を持たない、言い換えれば悪意の無いものだったが、様々な理由から虚弱な体質であるグラキエスがこの不思議なブドウによって受けた効果は酩酊程度では留まらなかったのだろう。
フレンディスを追いかけ走った事、楽しい休日に彼自身知らないうちに持てる体力以上にはしゃいでしまった事、そもそも夏の暑さから身体が回復しきっていなかったこともまた理由の一つだった。
「折角皆ときたのに……」
グラキエスは眉を下げながら潤んだ瞳でベルテハイトを見上げる。酩酊状態を『体力の限界』と勘違いした事からすっかり気弱になり、彼の絶対的庇護者であるベルテハイトに助けを求めていたのだ。
「なんてことだ。安心をし可愛い弟よ。
私がお前をその苦痛から解放し、すっかりよくしてやろう」
そうしてベルテハイトは彼の古風で貴族的な上着を脱ぐと地面に敷き、そこへ力の抜けきったグラキエスを横たえた。
介抱の為、まずグラキエスの着用している魔鎧を外していく。これは『何時もの事』だからごく自然で、グラキエスも何も言わなかった。
「苦しいか、グラキエス」
わざわざ耳元で囁きながら、ベルテハイトは今し方寛げた襟元から指を差し入れて、冷たくなったグラキエスの身体を緩めるように撫でさする。
「んっ……はあっ……苦しい……また、こんなふうになってしまって……フレンディスたちに申し訳ない……」
「ああ、可哀想に……」
――例えそれが誤魔化しであっても、グラキエスを楽にする事が出来れば。ベルテハイトはそう思いながらグラキスの身体に触れる。黒い翼の付け根にを人差し指でなぞりながら、ブドウを含んだ口づけで快感を煽った。
ベルテハイトはこのブドウが酩酊の原因だと知らない。だから水分を与えようと言う純然たる善意の行為だった。しかし口に含めば含む程、彼等の行為はエスカレートしていった。
「ふ……ぅ………………はあっ!」
グラキエスの唇から空気を求めて甘い息が漏れるが、ベルテハイトの与える口づけはそれすら奪うような深いものになっていく。グラキエスはベルテハイトに導かれるままブドウの房からとった実を指で運び、互いの舌と舌の間で転がし絡め合う。二人に極上の甘美を与えているのはブドウなのか、それとも――。
「グラキエス、……ああ、私の愛しい弟!」
「あまい………………んっ、…………もっと……」
グラキエスもまた、ベルテハイトの首へ腕を巻き付けブドウを求める。しかしベルテハイトはグラキエスを焦らすように、彼の指にゆるゆるとぬるつく舌を這わせ始めた。
「はやくっ…………もっと、もっとブドウが欲しい…………!」
そんな二人の激しい行為を見下ろしながら、ウルディカは考えて居た。
(ブルートシュタインがエンドロアの体を抱え込むのは医療行為的な意味でもよくやるからいい。
ブドウを口に運ぶのもエンドロアの気分を落ち着けるし、彼が喜んでいるから悪くないのだろう。
だが、何故触れなくてもいい所に触れている。
何故わざと果汁で手を濡らした挙句、舐められるのをうっとりと眺めている。今ここで、何が起こっているんだ?)
ウルディカはウルディカで、知らずの内に酩酊状態に誘われていたらしい。
そして徐にベルテハイトに伸し掛られるグラキスの横へ膝をつくと、吐息混じりにこう言った。
「エンドロア、その状態では相当辛いだろう。
俺に任せろ、お前が良い具合になるようにしてやる。
そいつより、俺の方がお前の体をよく分かっている」
ウルディカの手がブドウの露で光るベルテハイトの頬をするりと撫でた時だった。
「公共の場でエロいことしてんじゃねぇ俺も我慢してんだよ巫山戯んな」
彼等をロックしていたマズルが、反動で跳ねた。
* * *
「今夜はセレアナをデザートにしてカロリー消費するから」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が笑いながらそんなことを言うのは何時ものパターンだ。
ブドウに梨にイチジクに柿にリンゴに栗にその他諸々。
そのまま食べてもよし、加工してもよしと何でもござれなので、もう理性もへったくれもなく食欲の導かれるまま、素直に食いまくる彼女に半ば呆れつつも、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は微笑っている。
セレンフィリティは兎に角食べる。食べまくるがその姿は決して下品ではないし、何より『心底美味しい』と顔が言っているから微笑ましさすら感じさせるのだ。
そうして果実農園の全ての果物を食尽す勢いで、回っていた折りだった。
彼女達は件のブドウに遭遇したのである。
「ああ、あいつしかこんな趣味の悪いのつくらないわよ」
セレンフィリティが手に取った一房を見て、セレアナは「だめだこりゃ」と呟いた。
(あまりにもアレだわ)
そうしてセレアナはアレの一言で片付けて、アッシュブドウにはいっさい手を付けなかったのだが、セレンフィリティの方は違った。
胃袋と好奇心が勝ったのだ。
「うんっ。食べてみるとそんなに味は悪くないわね!」
言いながらもう一房もいで、そして――。
*
「セレン、脱いじゃ駄目よ! ここは外なのよ!」
セレアナがぎょっとして叫んだ時にはもう手遅れだった。
セレンフィリティは上下纏っていた服を全て一気に脱ぎ捨てて、あっという間にトレードマークのビキニ姿になっていたのだ。
「ふふ……なんだかほんわか……いい気分だわ」
妖艶に微笑んでいるセレンフィリティ。しかしそれ以上服には手を掛けるつもりは無いらしく、セレアナは安心して息を吐く。
「まあ……確実にこのピンクのブドウの影響よね」
と考えて、効果が抜けるまで待とうと決め込んだ頃、丁度あの銃声が横で鳴ったのだ。
驚いて振り向くと、大口径を手にしたアレクの姿が目に入る。
(ああ、またこのパターンね)
ぼんやり様子を見守っていたら、アレクのもとへ布の塊がとててててっと走りよってきた。
(あら、新しいパターン。何かしらあれは)
セレアナが少し身を乗り出すと、布の塊はこちらに気づいて中から手を振ってきた。
「せれーん、せれあなーっ!」
布の塊がこっちに迫ってくる。
と、その瞬間急に塊の大きさが変わった。
「ん………………あれ? わたし……どうしたのかしら?」
「ジゼル!?」
塊から這い出してきたのは、タイムコントロールの効果が切れたことによって元の肉体に戻った下着姿のジゼルだった。
「どうして下着姿――」
セレアナが疑問をぶつける間に、ジゼルは出先で友人と会えた喜びを全身で表し出した。つまりセレンフィリティと二人抱き合ったのだ。
別にハグくらい普通の行為なのだが、今は服装が服装だ。守る部分がほとんど無いから肌がぴったりと密着してしまう。
薫が慌てて十二単をかき集めている間に、セレンフィリティはジゼルの格好に気づいて妖しく唇を歪めた。
「可愛いスリップね。特にこの胸元の刺繍が……」
セレンフィリティの指先が、ジゼルの胸を飾る模様をなぞる。
「――んっ!」
「あらら。こんなもんで声を上げちゃうなんて、……可愛いのね」
「やっ……せれん、だめ…………」
中まで伸びようとするセレンフィリティの手に、ジゼルの手がそっと重なる。見つめ合う様は何処か近寄り難いオーラを放っていた。
しかしそれを見ている恋人は気が気では無い。
(セレンってば何してるのよ! ジゼルもあんな風に反応したら煽るに決まってるのに……!!)
セレアナの黒い瞳が、珍しく嫉妬という名の炎で燃えていた。
(……いえ、私が冷静になるのよ。兎に角止めなくちゃ……)
セレアナが動きだした時だった。彼女の進路を一つの影が遮った。
「じぜるちゃんがふくをぬぐならー、わたしもぬぐー♪」
遠野 歌菜(とおの・かな)が上着を地面に投げ捨てて、こちらへやってくる。
「まっ、待て歌菜ッ!」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)が息を切らしながらそれを追いかけていた。
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