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リアクション
終章1 魔鎧たちの事情
夜になった。荒野は暗く、星の光が微かに下界を照らす。
荒野に物影は少ない。山や、大地の起伏が黒い影になって、視界の奥で隆起している。
襲撃後、数を増して駆けつけた空京警察は、魔鎧タモン・コシンの証言に従って、荒野のオアシスの町の一つに向かった。そこにあるという、タモンが眠らされ放置されていたコクビャクの隠れ家の一つを、現場検証するためである。タモンと実紘と博衛、そして卯雪は、警察に同行した。かなりの人数の体制を組んでいるので、卯雪の身も心配ないだろう。
アジト跡には、キオネとカーリア、それに卯雪らについてきたネーブルと画太郎、カーリアに付き添ったヨルディアが、一人の人物を囲むように立っていた。
白林館からここに駆けつけてきたキオネである。
「館でなくこっちに来たんだな、カーリア」
まず、最初にキオネが口を開いた相手はカーリアだった。
「……礼を言うよ。卯雪さんを守ってくれて」
「……。ずいぶん『渋々』って感じの礼よね」
カーリアの険のある声音に、キオネは目を狭めて彼女を見る。
「そんな顔しなくても、別に文句はつけないわ。ここにいる皆で、彼女のことは守ったんだから、あたしの手柄ってわけじゃない。
でも正直……あんた、あたしがあの娘に接触するの、よく思ってないの丸わかりだから」
キオネは答えない。ただじっと、半ばねめつけるようにカーリアを見ている。
「あんたがエズネル――ペコラ・ネーラの傍を離れてるなんて、おかしいと思ってた。昔からペコラの腰巾着だったあんたが」
「カーリア……腰巾着って言い方はちょっと」
「でも、迂闊だったわ。あんたは彼女の傍にいない代わりに、あの卯雪って子の事、ずっと見張ってたのよね?」
驚いたように、契約者の3人はカーリアを見る。構わず、カーリアは続けた。
「ペコラ・ネーラとあの子はどういう繋がりがあるの?
あんたが、とっくの昔に失くした名前を使って、単なる市井の悪魔のフリをして、魔鎧探偵なんて看板掲げながら、あそこで事務所やってるのだって、彼女を見失わないためなんでしょ。
守護天使エズネルがもういないなら、守護天使キオネだってもういやしないのに、今頃になって地球人の女の子のナイト気取り?
……そんなに自分が魔鎧だってばれるのが怖い? ――サイレント・アモルファス」
「え……キオネさん……魔鎧……?」
ネーブルが驚いて呟き、キオネの顔を見上げる。
暗がりの中、その表情はしかとは分からない。だが、反論もなかった。
魔鎧サイレント・アモルファス……カーリア同様、魔鎧アーティストと呼ばれるヒエロ・ギネリアンの最高傑作シリーズ『炎華氷玲』のうちの一体だ。
「でも……キオネさんは、魔鎧を作る……魔鎧職人、でしょ……?」
カーリアがネーブルの方に顔を向けた気配があった。
「こいつはできるのよ。ヒエロがそう作ったおかげでね」
*******
「炎華氷玲の中でも最も美しいと言われるのは『千年瑠璃』だけど……
鎧形態時の各パーツの動きの美しさ、機動美と言われたら……僕はあのサイレント・アモルファスを推すね」
魔鎧探偵キオネの正体は、ヒエロ・ギネリアンの最高傑作『炎華氷玲』シリーズの魔鎧の一、サイレント・アモルファス――
事実を聞かされ、驚く契約者たちの前で、スカシェンはいかにも楽しげに、うっとりとした口調で言う。
「百の形態を持つ、と言われるサイレント・アモルファスは、使用者が装着した状態のままでも、様々に形態を変えることができるほどにフリーダムな魔鎧さ。
……だが、それだけパーツの重なる部分が可動パターンを多く持つということは、普通の鎧よりちょっとしたことで損傷しやすいというリスクもある。
そのことを考えたんだろうね。ヒエロは、あらかじめ彼に、特殊な能力を与えた。
――鎧形態の強力な自己修復能力だよ」
そこまで話すと、スカシェンは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「その能力が強力すぎて、転用して他の魔鎧を修復したり、はては魔鎧を作ることも出来るようになってしまったというから驚きじゃないか。
魔鎧を作る魔鎧! 全く、破天荒だねぇ。
それもこれも、ヒエロ・ギネリアンの類稀な才能から出たことなんだから、アーティスト様に乾杯! ってところさ!」
そして、天井を仰いで面白そうに、高く笑った。
*******
「――要するに、『その気もないのにやってみたらできちゃいました』ってノリで魔鎧も作っちゃう、謙虚な振りした実力者。嫌味な奴だわ」
カーリアの不機嫌な言葉に、キオネは困り切ったように苦笑した。
「そんな言い方しなくても……。知ってるだろう、俺の魔鎧作りのクオリティの程なんて。
魂の反抗を押さえきるだけの力はないから、了承済みの魂でないと作れないし」
キオネが自分の魔鎧のクオリティは高くないと何度も言っていたことを、ネーブルは思い出した。
『魔鎧になることを了承した魂でないと作らない』がモットーだと言っていたのは、実は「魔鎧になることに抵抗する魂では技量的に作れない」ということだった。
「素性を隠していたのは、コクビャクに狙われるから?」
カーリアの問いに、キオネは曖昧に頷いたようだった。
「もっとも、俺たちを狙ってるのがコクビャクだって気付いたのは、つい最近だけどな。
それまでは、俺にとってもヒエロにとっても『名無しの敵』だったよ」
「『俺たち』?」
ヨルディアが訊きただすと、
「……俺とエズネル――ペコラ・ネーラ、と、ヒエロだ。
もうずいぶん昔の話だ。カーリアや千年瑠璃たちと別れて、俺たちは一緒に放浪していた。
ザナドゥも不穏な権力争いの噂があった頃さ。俺たちは身分を隠してザナドゥ中を彷徨った。
追っ手は確実にいた。でも俺にはそれが、ヒエロを狙っているのかペコラ・ネーラが標的なのか、分からなかった」
「何があったの。その途中で」
カーリアが尋ねる。
「あんたが彼女から離れるなんて、よっぽどのことがあったんでしょ。
何しろ、エズネルと一緒にいるために、ヒエロに頼んで魔鎧になったくらいなんだから」
全員の視線が、キオネに集中する。
「……。確かに俺は、エズネルの傍にいるために魔鎧になった。
もっとも魔鎧にならなくても、彼女と一緒に郷里を出たって時点で、帰る場所はなくしてたんだけどね」
「俺たちは、パラミタの浮遊島群の中でもひときわ高い位置にある、守護天使の島の出身だ。
この集落の住人は、古い血を誇り、閉鎖的で、血筋を守ることを何よりの誇りとしてよそ者を見下している。
エズネルには、魔族の血が混じっていた。彼女の母が夢魔と過ちを犯して生まれた子なんだ。
母親が死に、ひとりになったエズネルは島民たちに苛め抜かれ、集落を追われて村はずれの小高い『丘』に一人で住んでいた」
……
その丘の詳細は知らない。ただ、平原の中に不自然にこんもりと盛り上がっていた。
その中は昔の一族の英雄の墓だとか、パラミタ随一の古い血を証明する証の品の保管庫だとか、集落内でも憶測の噂はいくつかあった。よほどの地位にある者しか真相は知らないらしい。
家を失ったエズネルが、そこに住みついたのだ。
キオネは迫害されてはいなかったが、早くに二親を亡くして身寄りもなく、一族の中ではいてもいなくても同じの存在だった。
孤独な子供が2人、丘で仲良くなった。
何がきっかけだったのかは覚えていない。丘に逃げ込んでいたエズネルへの迫害が、また酷くなったのだ。わざわざ丘にやってきてまで、彼女を折檻し、罵倒する守護天使の大人たち。
そこに現れたのがヒエロだった。
よそ者の侵入を厳しく警戒し、特に魔族を目の敵にしている守護天使たちの集落に、どうしてヒエロがやってくることができたのかは今でも分からない。それに関してヒエロは語らなかった。
とにかく、ヒエロはエズネルを引き取って立ち去り、キオネもそれを追った。
激しい迫害でエズネルは身も心もボロボロで、精神的にも肉体的にも非常に危険な状態だった。ヒエロは彼女を魔鎧にすることで「救った」。
この悪魔は、可哀想なエズネルに新しい人生をくれた。きっと彼女はこれから、幸せになれる。
そう確信し、キオネは望んで、自らもヒエロの手で魔鎧となったのだ。
……
「なのに、争いに巻き込まれて……百数十年前だ。
ペコラは戦いの中で致命的な傷を負った。鎧としての一部が、欠けてしまったんだ。
それは彼女の魂の一部でもある。
欠けたことで、彼女の存在自体に大きな亀裂が走った……放っておけば、バラバラに崩壊しかねなかった」
キオネは、出来るだけ、だろう、淡々と語った。
「それを避けるため、ヒエロはペコラ・ネーラを装着して、欠けた部分を埋めるために自分の魂を接続した」
「そんな……っ!!」
カーリアの声が悲鳴のように上ずった。
「ペコラを装着するなんて!! 何考えてんの!? どうなるか分かってたの!?」
「カーリア、落ち着いて! 一体どうしたの!?」
ヨルディアに諌められながらも、叫びの反動で肩で息をするカーリアをちらりと見、キオネは、自分が彼女の代わりに説明する、というように話し出した。
「俺たち『炎華氷玲』は、一人一人、特殊な能力を備えている。
俺のこの自己修復能力、千年瑠璃の『前に立つ者を戦意喪失させる』力、カーリアの呪いの大剣……
ペコラ・ネーラが持つ力は、『装着者を無限に鼓舞する』力。
彼女を装着していると、戦意が際限なく煽られ続け……簡単に言えば『戦闘ハイ』な状態になる。
度を越すと、完全に理性を失い、傷つけられ血まみれになっても笑いながらひとりで千もの兵に向かっていくような……
……完璧な【狂戦士(バーサーカー)】と化す」
「このアジトの破壊跡――覚えがあるとずっと思ってた」
カーリアが、呆然とした表情のまま呟く。
「昔見た、ペコラを装着した奴がバーサーカー化して魔力を爆発させた跡に似てるって思ってた……」
「ヒエロの仕業なの!? これ!? ヒエロとペコラの!?
あの2人、ここまで来てたの? それで気付かずに、またどこかに行っちゃったの?」
「もう――もう、ヒエロは正気を失くしてんじゃないの……!?」
キオネは答えない。
アジト跡は音を失くしたの空気の中に沈む。
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