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リアクション
第7章 ロマンスははるか古(いにしえ)
*******
その昔、戦乱の時代、一人の悪魔騎士がいた。
手柄を立てて名を売るべく、明けても暮れても戦場に立ち続けた。
しかし、何の後ろ盾もない一人の自由騎士に、世に誇る栄光をつかむ機はなかなか訪れず、いつしか騎士は疲れ果てていた。
そんな時、ひょんなことから、売り飛ばされてきた一人の花妖精を保護した。
笑顔の可愛らしい、天人菊の花妖精。
彼女との日々は、戦いに精神をすり減らして続けていた騎士の心を癒した。
名声や功績のためではなく、彼女と暮らすために生きられたら――そんなことさえ思った日々。
*******
ホールで、スカシェンの冷静な謝罪の言葉に耳を傾けた令嬢は、20人近い中で恐らく5人といなかっただろう。
あっという間にパニックになり、ヒステリーを起こしたり、棒立ちになったり、半分意識を失ってぐったりと椅子に埋もれたりと大変な騒ぎだった。
「皆様、移動しましょう! 落ち着いて!!」
契約者たちが口々に呼びかける。まず、さゆみとアデリーヌが動いた。
「こちらですわ、焦らなくても大丈夫ですけど、迅速に!」
そう言われても、焦らず迅速に、ということが、混乱状態の令嬢たちには飲み込めない。そこへ、
「大丈夫でふよ。廊下も階段も安全でふ。皆で落ち着いて庭へ出るでふ」
ひょこっと姿を現したのはリイムだった。宵一の指示で、事が起きた時、教室の令嬢たちを危険から守るよう動くよう言われ、『チェシャ猫』の隠れ身効果で館内に潜んでいた。当初想定していた敵の襲撃とは違うが、令嬢たちはパニックに陥っている。助けが必要な時と判断して出てきた。
落ち着いてと呼びかけるリイムのもふもふした姿が思いがけず癒しとなったか、令嬢たちは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「とにかく、安全な場所に出ましょう。庭なら大丈夫よね」
「僕がしんがりを務めまふ」
そしてさゆみら3人は、比較的動ける令嬢たちを率いて廊下を出、階段を降りていった。
「このドア……あ、あれ? 開かない」
「こっちよ」
「ここ……っ(わぷっ)」(窓枠に鼻をぶつけた)
「そっちの窓も施錠されてるわ。出るのはこっち」
案の定、さゆみの超絶方向音痴が発動したものの、こうなることを見越して避難経路をパートナーに頼らず自力で覚えていたアデリーヌのおかげで、令嬢たちは安全な中庭に辿りついた。
「大丈夫ですか? 落ち着いて……動けますか?」
クリストファーは、うずくまってしまった令嬢たちに声をかける。クリスティーもぐったりしてしまった令嬢の腕を軽く叩いて正気に戻らせようとしていたが、
「あの……これを……」
クローリナが、部屋の隅にあったグラスを持ってきた。気付けの酒が入っているらしい。
「あぁ、ありがとう、助かったよ」
「いいえ、このくらいのこと……でも、どうしましょう」
クリストファーが、2人の方を振り向いた。
「音が止んでいる今のうちに、庭に降りた方がいい。また次の音が来ないとも限らないから」
「一体何があったのでしょう」
「分からない。地下の方からだと思うが……」
一瞬、眉根を寄せたクリストファーだが、
「……いや。大きな異変じゃあないはずだ。万が一にもそんなことになったら、この程度の騒ぎじゃすまない」
捕縛していたスタッフが反乱を起こしたとか、そんな大ごとではないはずだと推察した。
北都とソーマも、腰を抜かした令嬢たちに手を差し伸べている。
「とにかく、行こう」
動けそうにない令嬢を、ソーマはひょいっとお姫様抱っこしている。他の契約者も、手を貸したり歩くのに肩に捕まらせたり、怯えるのをなだめたりしながら、なんとか令嬢たちを庭へと誘導した。
*******
しかし、花妖精はひとりの高名な魔鎧職人に目を付けられる。
無垢な美しさと精神の高さが、男の目には「逸材」として映ったのだ。
すでに幾つも有名な魔鎧を世に送り出している男は、しかしこれぞ自身の最高傑作のための素材、と、花妖精を求めた。
かつて騎士は、この世に明るい職人に、手柄を得るために魔鎧を作ってほしいと頼んでけんもほろろに断られたことがあった。
その男が腰を折って自分に頼んでいる。
騎士は迷った。
花妖精は言った。――あなたの助けになれるのなら、私は魔鎧になってもいい。
*******
館の地下から轟音がとどろいた時、何が起こっていたのか。
玄関近くの部屋で、「『灰』を持った技師は地下に向かった」という情報が出た時。
部屋の外、扉の向こうからそれを聞いていた宵一は一瞬逡巡した。
ここで待っていれば、あのスカシェンと対峙できるかもしれない。しかし、どうせ彼は、人質の安全確保のために、一度教室までは通すということに、捜査本部では話が決まっているのだ。教室となるホールにはホールで契約者たちが潜入している。
スカシェンはそちらに任せておき、より緊急度の高い『灰』を追った方がよさそうだ。
そうして地下に向かった結果、思いもかけず、その『灰』を持ったコクビャクの技師とやらを、荒神たちと挟み撃ちする形になったのだ。
とはいえ、宵一も荒神と同じことを懸念した。彼らの手にある『灰』だ。迂闊に戦闘を展開して、辺りにばらまくことになっては大変だ。
それで、どうするかすぐには決められなかった。――しかし、このままでは『灰』を盾に逃げられるかもしれない。
じりじりと白衣の2人組に近付きながら、宵一は、彼らの背後にいる荒神と綾に、巻き添えを食わないよう目を動かして合図を送った。ドアに隠れろという意味だと取ったので、2人は一度顔を見合わせ、それからさっと、先程自分たちが出てきた部屋のドアの後ろに回り込んで隠れた。
両方から挟まれ、2人の技師のうち、瓶を持っている方は宵一を、もう一人は荒神たちを向いていた。が、唐突な荒神らの行動に、彼らを見ていた方の技師は一瞬驚き、それから何かが起こると察知して反射的に振り返った時、宵一の【新世界の扉】が展開された。
「うわっ!!」
闇と、続く凄まじい光が技師たちの視界を襲い、何も見えなくなった2人はうずくまった。その隙に、宵一は瓶を持った敵に近付き、「白蛇・裏式」を使って峰打ちで気絶させた。
気を失った男の手から転がり落ちた瓶を、床に落ちる前に手を伸ばして取る。宵一の合図で光の目くらましを避けられた荒神と綾が出てきた。
「やれやれ。物騒なものを回収できてよかった」
「こいつらは本部に引き渡した方がよさそうだな」
と。突然、峰打ちされなかった方が弾かれたように立ちあがると、荒神らを押しのけるように、2人がいた部屋の中に飛び込んだ。荒神らが追いかけてくるよりも早く、雑然と置かれた機械の奥にある一つの箱型の機械の前に来ると、白衣の隠しから小さな鍵を取り出し、それをその機械の鍵穴に差し込み、回した。
箱型の機械は、無線的な回線によって、室内の他の機械と繋がっていたらしい。すべての機械が、微かに唸るような音を立てて起動した。
すると今度は技師は、箱型の機械のボタンを何度か押した。
一番手前の機械がうーっ、うーっと異常音を出したかと思うと、突然煙を噴き出し……破裂した。
「!! 何してるんだお前!!」
爆発はさほど大きなものではなく、3人の契約者は素早く飛び散った破片を避けて怪我はなかったが、破裂の衝動は地下全体を震わせた。
異常音は、連鎖反応のように、室内の別の機械にも次々と起こっていく。技師の目は血走っていた。
「これだけは、貴様らの手には渡さん……そんなことをすれば、タァ様がお怒りになる……!」
騒ぎを聞きつけて本部に詰めていた警官や、来館したメンバーを捕縛した後地下の様子を見にやって来た契約者たちも続々とやってくる。
「証拠隠滅のために、ここの機械を全部壊すつもりか……!」
悟った荒神が言った時、綾が顔を上げて荒神を見て言った。
「さっきサイコメトリで見たパスワード操作、これだったんだ!
こういうのって、もう一度パスワード打ちこんだら操作止められないかな」
「パスワードまで分かってるのか?」
「一応。見えたのが全部かは分からないけど」
それを聞いて、宵一が言った。
「試してみるんなら、あいつの動きは俺が止めるが」
室内は、爆発寸前の機械の唸りで空気がびゅんびゅんと震えている。
3人は一度だけ視線を交わし、それから動き出した。宵一は装備したコアトーの【ポイントシフト】で高速で技師に近寄ると、再び峰打ちで速やかに気絶させた。その後から綾は箱型の機械に近寄ってボタンを操作し始め、その間も火を吹いたり内側から破れるように音を立てて壊れていく機械の破片の飛来から、綾を守るために目を瞠って彼女の傍で身構えていた。
庭では、さすがに異変に気付いた令嬢たちが騒ぎ出したが。
「地震ですね。皆さん、建物から離れて広い方へ! 安全のため、火は消しますよ」
弥十郎が落ち着いた態度で対処し、八雲が「さぁ、こっちへ」と手を取り誘導を進めた。
「こっちだ。庭の真ん中な。こっちまで離れれば大丈夫だ」
恭也も、「アイギス」を展開して令嬢たちを庇いながら、館の傍を離れるよう促した。震動があったので一応築年数がそこそこ立っているような館が崩れたり、二階のテラスから何か降ってきたりしないかという予防意識で使用したアイギスだが、それが必要となるような被害は別段起きなかった。それでも、令嬢たちにとっては、大きな盾が自分たちを思わぬ怪我から守ってくれる、という意識は大きな安心に繋がったらしく、集団パニックになるような事態は避けられた。
*******
出来上がった傑作を世に発表したら、その後は自分の元に返してほしい、そう約束して、騎士は花妖精を職人に渡した。
そうして出来上がった魔鎧は、あの可愛い天人菊とは似ても似つかぬ別物になっていた。
冷ややか目をして、戦場を望み、猛き戦士を主に求め――騎士のことは記憶から忘れ去っていた。
職人がわざとそうしたのか、魔鎧になる過程で避けきれぬ変化だったのか、それは分からない。
彼女はもてはやされ、製作者は名人と呼ばれて更なる名声を得、騎士は忘れ去られた。
天人菊の香りのする魔鎧は、名高い剣士のものとなり、激戦の戦場へと去り――剣士と共にその命を散らせた。
騎士は剣を捨て、盾を捨てた。
世に名を馳せ、もてはやされる魔鎧職人への、滔々と泉の如く湧き上がる憎悪と怨恨だけがその胸にあった。
憎悪のままに、職人へと転身した騎士は、魔鎧を作り始めた。
憎み足りないあの男、何十人といる彼の功績の後を追う「著名職人予備軍」、それらの作風を分析して凄い勢いで手に入れ、精巧な贋物を編み出した。
憎むべき者たちを称賛し、有難がってその作品を求める者たちに、法外な取引で売りつけた。
そうして、長い年月を生きていった。
*******
地下からの震動が完全に収まった頃、ホールには、スカシェンがただ一人残っていた。
――魂を……逃してしまったようです。
謝罪したあの時、それを聞いた令嬢たちの中には、タイミングがタイミングだっただけに、地下からの地響きを伴う物音は、何か魂を捕えてある装置でも壊したその騒音ではないかと思った者もいたかもしれない。
そうではないことを、スカシェンは承知していた。物音の正体は分からなかったが、そうではないだけことは確信していた。
捕えた魂は、飛空艇の中にあったのだから。
だが、あの時口から出た言葉は嘘ではない。
感じ取ったのだ。魂が解放されたことを。
「スカシェン・キーディソン」
やがて、入ってきた人物が彼の名を呼んだ。
ルカルカとニケ――その間に、引っ立てられるような風情で後ろ手にくくられた、長いマントフードを着た痩せた男の姿があった。
フードの影から、ちろりと目を上げてスカシェンを見た男は、申し訳ありません、と蚊の鳴くような声で呟いた。
魂を捕えて凍結状態にさせる結界を管理していた術師であった。
それを捕えてきた、ということを、2人は示しているのだ。
「場所を変えて話を聞きたいんだけど、いいわね?」
完全に味方は制圧され、助けを呼ぶ手段も遮断された。そのことを、言外に伝える。
ついでに言えば、部屋の外には契約者たちが待ち構えている……
「――分かりました。お供いたしましょう」
至極、爽やかな笑みを湛え、あっさりと言ってスカシェンは慇懃に一礼した。
投降の瞬間だった。
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