リアクション
終章3 ペコラ・ネーラとヒエロと卯雪
荒野を、風が吹き抜ける。
風の音が絶えた後、再びキオネは口を切った。回想からようやく心が戻った、というような口調で。
「欠けて落ちた魂の欠片は、どこかに流れて消えてしまった。
それを戻すまで、ヒエロとペコラの魂の接続は解除できない。
だから――それを捜すため、二手に分かれ、あてどない旅を始めた。
ペコラをヒエロに託して、2人から離れ、俺はひとりになった」
キオネの目は遠くを見ていた。
「長い間、いろんな場所を捜した。……危険を冒して、ナラカのごく近くまで行ったことも、コンロンから出てきたアンデッドと接触を図ったこともあった。
けど、魂の欠片は行方は知れなかった。
――分からなかったはずだ。欠片は大陸から零れ落ち、地球に落下してたんだ。
まだパラミタと地球が繋がる前だ。俺はそこまでは捜しにいけなかった。
なのに不思議なことに、パラミタと地球が繋がって程なく、俺はパラミタで全く偶然にそれを見つけた」
「もしかして、それって……」
カーリアの言葉に、キオネは頷いた。
「綾遠 卯雪さん……空京で初めて会った時にもう、彼女の魂からエズネルの匂いがしているのが分かった。
確信した。欠け落ちたペコラの魂の欠片は、地球に落ちて、地球人として生まれた卯雪さんの魂の中に入り込んでいたんだ」
「それで、納得したわ。あの娘からペコラ・ネーラの気配がした理由」
カーリアは頷きながらそう言った。が。
「……じゃあどうして、さっさと彼女から、その魂の欠片を取り出さないの?
ぐずぐずしてるから、コクビャクはあの娘にまで目をつけちゃったじゃない」
暗がりの中で、キオネの表情がわずかに翳った。
「……出来ないんだ、俺には」
「え……?」
「ペコラの欠片は、卯雪さんの魂の中深くにうずまり、半分取りこまれたような状態になって容易には取り出せない。少なくとも、俺の技量では無理だ」
「まさか」
「卯雪さんは以前、契約者になろうとしたが資質がなくてできなかった、と言っていた。
多分、それは資質の問題じゃない。ペコラの魂が内から作用して、彼女の契約を結果的に妨げているんだ。パラミタの種族同士では契約できないだろ?
それほどに……彼女の性質に影響を及ぼすくらいに、ペコラの欠片は卯雪さんの中に納まり、沈着している。これを切り離すのは難しい。
並みの魔鎧職人の腕ではまずできない。おそらく、ヒエロが君と千年瑠璃を切り離した時以上の難局になるだろう」
「じゃあ、どうするの!? ヒエロはもうとっくに狂戦士化してるかもしれないのに、あんたにも取り出せないって!? 誰にならできるのよ!?」
「まず、いないだろう――生きたまま、あの2つの魂を分離できる技量の持ち主は」
「? 生きたまま?」
「……」
「……じゃあ、殺せばいいんじゃない。卯雪を殺して、魂をばらしてペコラを取り出せばいいってことなんでしょ?」
「カーリア」
キオネは唇をかんで視線を落とす。
――予想していた言葉だ。魂を分かつ片割れを救うため、何が何でもヒエロを求めるカーリアだったら。
卯雪を殺してでも、ヒエロを元に戻すためにペコラの欠片を手にするべきだと。
(言われると分かっていたから、彼女にはこの話をしたくなかった……)
カーリアの物騒な言葉に、契約者が呆気に取られて言葉を失う中。
「……嫌だ」
キオネの絞り出したような声が聞こえた。
「俺には、卯雪さんは――殺せない!!」
「あんた……嘘でしょ?
世界中の何よりもペコラを優先してきたあんたが……
あの地球人のことを、まさか……!?」
……
確かに、不憫なエズネルのことを大切に思ってきた。幸薄い彼女が幸せを手にするのを、兄のように見守りたいと思っていた。
心のどこかで、自分にもまた、彼女を迫害したあの守護天使たちと同じ血が流れていることへの後ろめたさがあったのかもしれない。
そんな思いを抱いたままひとりきりになり、長い時間を旅するうちに、卯雪に出会った。
バイタリティに溢れ、強気で、バイト熱心で、友達思いで。
魂の秘密ゆえに近付いてきた自分のことは、悪魔なんてと冷たくはねのけながら、容赦のなさと同時にさばさばとした変に遠慮のない態度がどこか心地よくて。
彼女の動向を見るためにあのビルに事務所を構えたはずなのに、いつの間にか、弁当屋で彼女に邪険にあしらわれながらも言葉を交わすのが楽しみになっていて。
……
「あんたが殺れないなら、あたしが殺るわよ」
カーリアの声は乾いていた。
「そうでなきゃヒエロが、ペコラを外して元に戻れないっていうなら……あの娘を殺して、ペコラの欠片を取り出す」
「カーリア!」
難じるようにキオネと、ヨルディアが同時に叫んだが、カーリアの表情は変わらなかった。
その目には狂気とも虚無ともつかない無表情があった。
「あたしは何が何でも、ヒエロを千年瑠璃の元に連れ帰るの。
あんたはどうなの? サイレント・アモルファス……ペコラを助ける気はないの!?」
「……っ!!」
「いずれは手を下すつもりだったから、あの子の傍にいたんじゃないの!? ねぇ!?」
「卯雪殿!!」
突然、この場にいる誰のものでもない声がした。
ハッと全員が、それが聞こえてきた方を見る。
卯雪が立っていた。
*******
実紘らと共に、オアシスの隠れ家に向かうはずの卯雪だったが、その行程の途中、何か迷っている様子に気づいたのは実紘だった。
「……卯雪?」
「……ごめん。あたし、戻っちゃ駄目かな?」
「え?」
「……ちゃんと、あいつに礼を言ってなかったからさ」
アジト跡にキオネも向っていると、出発する時に館からの連絡を受けた警察官から聞いていた。彼の到着を待たず、一行はオアシスに出発してしまったのだが。
「……分かった。行ってきなよ。お供に博衛付けるけど、くれぐれも気を付けて」
「ありがとう……!」
そして、護衛役の博衛と共に、アジト跡に引き返したのだった。
*******
「う……ゆき、さん……」
キオネが一歩近づくが、卯雪はひきつった表情で後ずさる。
彼女が、一同の話を聞いていたことは明らかだった。
「あの……卯雪さん、話を、聞いて」
だが、キオネの言葉は卯雪には届いていない。
――私を、殺すつもりだったんだ。
突然、卯雪は身を翻し、荒野を駆け出した。
「卯雪殿ーっ!!」
後からついてきていた博衛が、再び叫ぶ。だが、それでも卯雪は止まらない。
暗がりの中、死に物狂いで走っていく卯雪の目の前に、出し抜けに2つの黒い影が現れる。
「!!」
一瞬のことだった。
衝撃が走り、卯雪の体が前のめりに崩れ、地に倒れるよりも早く一つの人影がそれを抱えあげる。
背後の大岩の影から、小型飛空艇のようなものが姿を現す。
「待てっ!!」
駆けつけた博衛が刀を抜き、飛びかかるよりも早く。
卯雪を抱えたのとは別の一人が、何かを博衛に投げつけた。
「――!!」
間一髪で交わしたものの、地面に落ちたそれは派手に弾けて、あっという間に白煙が辺りの風景をかき消す。
「!!」
博衛、それから遅れて駆けてきたキオネたちまでがその煙にまかれ、立ち往生している間に。
おそらく、特殊改良されたものであろう。煙が薄れて視界が少し聞いてきた頃には、荒野を覆い尽くす宵闇の中には、人影も、飛空艇の影も見えなくなっていた。
「卯雪さ――――ん!!!」
キオネの張り上げた呼び声は、荒野の風の中に散っていった。
参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
ようやく、今シリーズの(主に)NPC関連の情報をあらかた開示できました。……その消化のために、終章がえらく長くなってしまいましたが(汗)。
根幹にかかわる情報はだいぶ出せた、また新たにスムーズに出すための下地作りがだいぶできたと自分では思っています。NPCに裏がなくなった(笑)分、この【逢魔ヶ丘】シリーズは、今後は、コクビャクとの対決色が一層強いシナリオになっていきます。
そちらでもお付き合いいただけましたら嬉しいです。
館に残る人が圧倒的に多かったので、どうなるかと思いましたが、同じスタンスでも皆様が様々な角度からアプローチしてくださったので、書いているこちらとしては大変面白いものになりました。読んだ皆様にとってもそうであってくれればと願います。
感謝をこめて、例によってほぼ行動記録ですが、皆様に称号をお贈りさせていただきます。ご笑納ください。
それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。
【追記】
10月20日、6pの、年代に関する部分を一部修正しました。