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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

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第4章 来館


『こちらに向かってくる飛空艇が確認されました』

 正午近く、その報が白林館内捜査本部にもたらされた。


 その頃、白林館の一階のテラスに近い庭はちょっとした賑わいを見せていた。
「まぁ、ガーデンパーティー?」
「あら、楽しそうですわね。我が家でも昔は庭でやっていたものですが……」
 大きなテーブルと野外バーベキュー用の鉄板が用意されている。珍しそうにそれらを囲む令嬢の中心にいるのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)佐々木 八雲(ささき・やくも)であった。

『どうやら、材料の搬送が遅れているようです。
 お時間を持て余すのも何ですので、お教室の開始までの時間つぶしにちょうど良い、ちょっとした余興を準備しました。
 よろしければ中庭へどうぞ……』

 あくまで当初からの館のスタッフを装い、そんな風に切り出して、ホールにいた全員とまではいかないが、結構な数の令嬢たちを連れ出すことに成功した。
「ギョーザ? わたくし初めてですわ。スナック(軽食)の一種かしら?」
「あらいやですわ、私、料理の方はてんで駄目ですの……」
 表向きの目的とは別に、「有事に備えて令嬢たちを館外に出す」という裏の目的を秘め、弥十郎らが企画したのが『餃子パーティ』。
 令嬢たちはあまり自分で料理をすることはなさそうだが、知らない世界への好奇心は旺盛で、その好奇心から魔鎧作りに挑戦するくらいのアクティブさもある。具を自分で包んで焼くだけ、難しい手順はありません、と手軽さをアピールして、令嬢たちの興味を引くことに成功した。これには、実はメレインデの後押しという助力もある。もとから令嬢の中ではアクティブな面の強い彼女のこと、「まぁ、楽しそうですこと! やってみません?」などと、(弥十郎らの狙いを察して)さりげなくサクラ的に盛り上げ、お喋りにも飽きかけていた令嬢たちを煽って一緒に連れ出してくれたのだった。
「何も難しいことはないですよ」
 餡はあらかじめ作っておいてある。館の厨房には、一応令嬢たちが一泊する間の料理を作る食料があった。材料は、令嬢たちの食事のために設えられたものだけあって、大量ではないが質の良いものが多く、またハーブ類なども多かった。令嬢たちが手ずから作るのに本来餃子に使うようなニンニクだのニラだのの匂いはきついだろうと、最初からそれらは敬遠するつもりだったが、タイムやローズマリーの香りの効いた不思議な餡が出来上がった。
 令嬢たちは、餡を皮に包んで綺麗に成形していく弥十郎の手際に目を瞠る。
「まぁ、美しい成形……手の動きがまるで手芸のようですわ」
 一方、「料理の先生のアシスタント」役の八雲の方はといえば、いささか不格好で不揃いなうえに、2人が並ぶと成形のスピードの差があからさまに明らかだ。思わず令嬢たちも、口元を手で隠して笑う。
「いやいやいや、大丈夫なんですよ、こんなのでもね。焼けばどっちも同じ味なんですから」
 言い訳じみた八雲の言葉がさらに、弥十郎の技量に圧されていた令嬢たちの緊張を解くような笑いを誘う。これでいい。先生のように上手くはできないわ……と令嬢たちを気後れさせないための役割を、演じているのだから。
 令嬢たちは、用意された水や布巾で手を浄め、教えられたとおりに餃子を作り始める。餡が多すぎてはみ出すもの、または少なすぎて皮が全然盛り上がっていないもの。綺麗な波型のひだで縁かかがられたもの、ひだが不揃いで愉快な恰好のもの。個性によっていろいろな形の餃子ができ、それらが令嬢たちの新たな笑いを誘う。連れてきた従者や小間使いにまで手伝わせて悪戦苦闘する者まで現れる。
 やがて、鉄板も熱されて、じゅうじゅうという焼き音が聞こえ始めた。



「――なんだ? あれは」
 そんな庭の様子を見て、飛空艇から降りてやってきた数人の男たちのうちの1人が瞠目して呆れたように呟く。
「あー、なんか、待ち時間の退屈を持て余して、勝手にヒマつぶし始めちゃったみたいですねー」
 彼らを案内してきたエヴァルトが、事もなげな口調で言う。もちろん、弥十郎らの狙いは聞いている。
 男たち――コクビャクのメンバーは、その光景に呆れてはいるようだが、特に館の様子を怪しむ感じはない。何も知らない令嬢たちが楽しげに餃子作りに没頭する、その様子ののほほん感が、警戒心を紛らわせているようだ。まさか館内が制圧され、仲間が全員昨夜のうちに捕縛されているとは疑ってもいないようだ。
 それを感じて、エヴァルトは内心、胸を撫で下ろす。
「まぁ教室が始まる時間になったら、さっさと撤収させるんで大丈夫っすよ」
 捕縛のための打ち合わせは綿密に行われている。――ひとつ間違えると何もかも台無しになりかねない局面だから。エヴァルトの仕事は、飛空艇から降りてきたメンバーを、飛空艇に残った人員に警戒させないよう一旦館の中に入れ、あらかじめ決められた場所で協力者や警察官らとともに一斉に捕縛することだ。
 味方のフリをするために、昨夜捕えたスタッフを締め上げて、知っておくべきことを吐かせた。協力してくれた契約者もいたため、かなりの量を吐かせられたはずである。
「『アレ』はどうなってる?」
 こんな、意味を知らないと慌てるような質問にも、
「『灰』の機材っすか? 部屋封鎖して誰にも触らせてませんぜ」
 平気な顔をして答えられるくらいに。そうか、と男は簡単に答えて、それ以上の質問はなかった。
「講師のセンセーはまだ来てないんすか」
 今度はエヴァルトから質問してみた。スタッフたちも彼の到着時間は聞いていないらしく、それだけは疑問だったからだ。
「あぁ、彼は飛空艇には乗らなかった。何やら行きたいところがあるとか言って、個人行動している。
 時間は分かっているからもうしばらくしたら来るだろう」
「そうすか」
 このことは、『捕縛』が終わったらすぐに本部に告げる必要があるだろう。そう考えながら扉の前まで来ると、全体的に黒っぽい身なりの男が立っている。『黒薔薇の執事服』を身に着け、『サングラス型通信機』で顔を隠した宵一である。玄関の立ち番のフリをして佇んでいる。男たちはちょっと驚いたようだが、エヴァルトが(おうご苦労)とでも言うように目くばせをして、宵一もそれにちょっと答えるように頷いたので、彼もただのスタッフとして認められたようである。もちろんこの辺りは、相手を油断させるためのちょっとした演出だ。
 宵一が迎え入れるかのように正面の扉を開けると、令嬢たちの和やかなお喋りの声が聞こえてくる。
「揃いも揃って能天気なお嬢さん連中ばかりで。
 魔鎧を作るのに、相も変わらずの手芸感覚でしかないようで……上手くおだてれば、結構効率的に魔鎧を量産できそうですよ」
 わざと鼻で笑って『悪者サイドの下っ端』的な台詞を口にすると、
「そうあってくれればいいがな」
 どうやらエヴァルトを全く疑っていないらしい、そんな言葉が返ってきた。
 一行が通り過ぎた後も、宵一は、続いてくるだろうコクビャクのスタッフたちを待って立ち番を続けていた。
 武器形態に変化したギフトのコアトーは装備済みである。人質の安全を考えて、スカシェンや他のメンバーの捕縛はここぞというタイミングを待つという。それを待って、立っていた。





「あら、何か……騒がしいですわね。何かあったのかしら」
 餃子の鉄板の周りにいた令嬢の一人が、館の中を振り返り、不思議そうに呟いた。何か物音を聞いたらしい。
「どうせスタッフがばたばたしてるんだろう。ここのスタッフ、手際悪そうだからなー。
 ザナドゥのお屋敷じゃこんな使えない使用人はすぐクビかな?」
 首を傾げる令嬢に話しかけたのは、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
 貴族の間では聞かないあけすけで荒っぽい物言いに、令嬢はちょっと目をぱちくりさせてから、ふふふと笑った。つられたような曖昧な笑いを返してから、恭也は一度、ちらりと館を振り返って見た。
(『連中』が何かやってるんだろうが……まぁ、この静けさならそんなに心配することもねえか)

 どうもおかしい、と感づいたのは、スタッフ側として動いている人員の中にどうも見た事のある顔がいる……と気付いた時だった。
(あいつら……コクビャク絡みの時に見た連中じゃねぇか。
 どうも裏でこそこそ動いてる感じだよなぁ。……まさか、またコクビャク絡みか?)
 魔鎧作成教室、なんてあまり聞かない不思議なものが行われると思ったら、まさか。勘弁してくれ、と頭を抱えた。
(せっかく面白いネタになると思って参加したのに、またコクビャクかよ……ハァ……)
 とはいえ、どうもこの雰囲気では魔鎧作り教室はまともに行われそうにないし、しかし参加者が解散するでもないところを見るとまだ何かあるのだろう。取り敢えず気持ちを切り替えて、非戦闘員の令嬢たちの護衛をすることにした。
 余興だということで何人かの令嬢が庭に出ていった時、(貴族のご令嬢が餃子パーティって……)と思いながらついていったのだが、慣れない餃子作りに奮闘する令嬢の姿を楽しみながらそれとなく周囲を警戒していると、何やらいろいろ動いているらしい気配が窺えた。
 それで、この余興はあのホールに集中している令嬢を移動させることを図ったものだと見当をつけ、ひとり頷いた。
(一応、折角縁も出来たんだから、巻き込んで怪我とかさせたくねえわな)
 いつでも『アイギス【女王騎士の盾】』を展開させられるよう準備しながら、表向きは、餃子を作る令嬢たちの姿の観賞を楽しんでいた。
 出来に自信はありませんが、焼けたら食べてみてくださいね、などとはにかみながら言う若い令嬢におう、と鷹揚に返して笑っていた。



 契約者と空京警察が設えた『捕縛の間』は、館に入ってすぐの、来客を待たせるための小部屋だ。
 広くはないが、来客のためのクローゼットなどがあり、待ち伏せするのに都合がよい。
 エヴァルトが案内して首尾よく部屋に引き込み、計6人全員入ったところですかさず扉を閉めた。そこからは一瞬のドタバタ劇、そして沈静。
 危険を察してドアに駆け寄ろうとした者も、そのドアを背にしたエヴァルトに蹴り飛ばされた。そこをすかさず、待ち伏せ要員に入っていたルカルカが押さえつけた。
「言いなさい! 『灰』はどこにあるの!?」
 全員を拘束したのを確認し、ルカルカが尋問を始める。――飛空艇に突入するために、必要な情報を得るためだ。
 この尋問には及川 猛(おいかわ・たける)も参加していた。
「おう……強情張っとるとタメにならんのちゃうんか兄ちゃん? ――あぁ!?」
 見た目、ドスの効かせ方が申し分なくヤの人な猛の凄味が強い助けとなったか、それほど手間はかけさせずにメンバーは白状した。
「……『灰』は、技師連中が直接地下の実験室に持っていくと言っていた……
 表のスタッフが変に怖がるのが面倒だから、見せないように最初からこっそりやる、と」
「技師? 飛空艇にいるの?」
「いや、別口で地下へ直接入る通路から入ると……」
 警官と契約者たちは顔を見合わせた。
「――地下の警戒を強めないと」
 新たな動きがバタバタと起こる中、ルカルカは尋問を続けた。
 ――飛空艇に残っているのは5人。うち1人は、魂をひとところに封じ込めておくための結界を維持するための術師。準備が整ってから一気に魂を運び入れるため、彼が最後に館入りすることになっている。
 気になっている「タァ」なる奈落人は乗っていない。今回は適当な憑代もいないため、活動しにくいから出てこないらしい。


 それらを聞き出すと、地下のことは他の契約者たちに任せ、ルカルカとニケは剥ぎ取ったスタッフの服に着替えて、飛空艇が着陸している古い競技場に向かった。