天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション公開中!

一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

 ステージでハチャメチャなハデスの劇が繰り広げられている中、怪しい人物を見つけたというセレンフィリティの連絡をミスティが真に伝えにくる。内容に直ぐ了解して、真は指示された挙動不審な男の横へ付けた。
「どうしました?」
 不快感を与えない様にフレンドリーに、しかし相手の動きには細心の注意を払っている。
「ふ、ヒヒッ」
 唇から含み笑いが男――ゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)から漏れると同時に、会場を覆う程大きな巨大な老いた赤子が現れる。
「ラブ・デス・ドクトル! カモォォン!!」 
 ゼブルの裏返る声に呼応して動く赤子は醜く、千切れた手術着に赤黒い何かをぶら下げたその様に、場内の観客達は金切り声を上げた。
「さああっ! 斬撃の嵐! 邪魔なものはバラバラァァン!」
動くな!!
 唐突に響いた凛とした声に従って、ゼブルは思わず動きを止めた。
「元新撰組十番隊組長原田 左之助、今は蒼空学園の龍魂騎士だ。
 今直ぐそのフラワシを収めて貰おうか」
 短く長い沈黙が支配する。その間に誰一人動こうとするものは居なかった。
「逃げるなよ」
 左之助が一言付け足した瞬間だった。
 糸の切れた人形のように固まっていたゼブルが唐突に動き出す。しかしそれと同時に左之助も動いていた。
 左之助が手にした槍でゼブルの太腿を突くと、その効果でゼブルは瞬間記憶を失ってしまう。ゼブルはこの混乱の最中に『主』から有る事をするようにと指示を受けていたのだが、今や自分が何かも分からない状態だ。
「真、後頼む!」
「了解兄さん」
 視線を漂わせるゼブルの腕を掴んで肩に乗せ、左之助は混乱の場を後にする。真は周囲の人間に笑顔で「大丈夫ですよ」と、言葉を発した。
(でもこの状況で大丈夫もないか、どうしたら……)
 真が内心動揺していると、ステージ側から手助けのように声が響いてきた。
『おおっと、突然ステージに現れた悪の軍団。
 今のは彼等の仲間なのでしょうか! 助けて、正義の魔法少女と仲間たち!』
 犯人グループが動き出したというカガチの合図を受けた歌菜の声に続いて、羽純が効果音を入れる。
 それを聞いていた観客達は『今のバトルは演出なのか』と瞬時に理解して、胸を撫で下ろしステージへ顔を向けた。
 すると彼等を守る様にステージの方々から続々と『仲間達』が集結してくる。ベルクの使い魔の連絡を受け、グラキエスが動かしたのは彼の召還獣である巨大な狼、三つ首の機械化ヒュドラ。それにエルデネストの連れて着た戦闘用イコプラミニアインスとミニツヴァイだ。
『わあ! 正義のイコプラや、召還獣が皆さんを守りにきてくれました!』
『なっ、なんだってー!!』
 ハデスは全く分かっていないが、反応がよく歌菜は吹き出しそうになるのを堪えていた。
 この機を逃さない手は無い。
 既にレティシアから「怪しい影がある」との連絡を受けていた葵は、そいつが光学モザイクを解いた瞬間に死角から強力な一撃を放った。
「チッ!」
 と舌打ちをして逃げるのはゼブルの仲間松岡 徹雄(まつおか・てつお)だ。
「ああ、やっぱり僕の実力じゃ無理か……」
 けろりとした顔で嘆息しつつ、葵は黒い焔のフラワシ[狂霊テスカトリポカ]を逃げる徹雄を邪魔する様に飛ばす。
「ヤツの仮面を燃やして頭をチリチリパーマにしちゃえ」
 徹雄はニンジャ特有の素早い身のこなしでそれを避けるが、彼は既にセレアナの作ったルートに追い込まれていた。目の前に現れた兵士達の数に、徹雄はガスマスクの下で唇を噛み締める。
「逃げ道は塞いだわよ。さあ、どうするのかしら?」
 背中の後ろからはセレアナの挑発的な声が飛んでくる。しかし徹雄は次の瞬間兵士達にしびれ粉を散布した。
(護衛の撹乱の補助が本来の仕事だったが、俺も無傷じゃない。もうあちらさんの事情とか言ってられないな!)
 兎に角自分が逃げ果せる事を優先順位の一番上にしようと力押ししようとする徹雄の前に、光りが弾けるようにピンク色の兎が現れた。
「そこまでです! 貴方の悪事は全部お見通しです! とぅ!」
 徹雄の、皆の頭上で光りがカッと反射する。観客達が目眩ましから目を開いた瞬間、彼等の目の間に立っていたのは魔法少女だった。
『皆さん、あちらにご注目下さい、ここで新たな魔法少女の登場です!』
百魔姫将キララ☆キメラ、ステージ場外に参上です!!
 観客が歌菜に誘導され、姫星の登場に湧き始める。声援を受け取って、姫星は動き出した。それと合わせて徹雄も目にも留まらぬような早業で姫星の華奢な身体を短刀で突きに突く。
「きゃああ!!」
 と観客の悲鳴が上がるが、姫星は龍鱗化することで肉体ごと盾にしていた。勢いを止めぬまま、徹雄に突進して行く彼女は飛び上がり叫ぶ。
受けろ魔獣の蹄! プリンセッセスターストライク!!
 チェストーーー!!!
」 
 姫星の強力なドロップキックが徹雄の脳天へかち割るような衝撃を与えた。
 背中から倒れ伏した悪役に、観客達は興奮と感動を歓声に変えて姫星に伝える。
 手を振りながらそれに答えて、姫星は葵やセレアナにこっそりサムズアップしてみせるのだった。
「それにしても衆人環視の状態でここまで大胆に動くなんて――ッ!」
 溜め息混じりに振り向いたセレアナは、そちらへ向かって慌てて走り出した。
 アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が地獄の翼を背負い空へ舞い上がって行くのをセレアナは目撃したのだ。
 ウルディカはその翼や腕に向かって機晶スナイパーライフルの弾を正確に打ち込んで行くが、痛覚が鈍っているアユナはそれをものともしない。
「スナイパーですか。でもこんなもの、スキルがあるから大丈夫です……痛みなんてあってもなくても同じですが」
 肉体から死の風を纏わせる彼女がぐんぐんと上に昇って行く度、下に居る観客達は膝をつき、気分の悪さを訴え始めた。
「いけません!」
 豊美ちゃんがステージから観客を守る癒しの魔法を放つ。
「あの女、何かする気よ! このままいかせてはマズいわ!!」
 セレアナが叫んだ瞬間だった。
 アユナの視界を塞ぐ様に、大輪の赤い光りが咲き誇った。
「あ、あなたのことはさっきから見えていました! 私の方が先に飛んでいましたからね!」
 リースに突きつける様に言われ、アユナは眉を顰めてナタと放り投げる攻撃と同時に漆黒の壁を作ると中空で身体を反転しようとする。
「――ッ!!」
 攻撃を避けた事でバランスを崩したリースの身体が箒から滑り落ちる。しかしリースは『既に合図を放っていた』のだ。次の瞬間、アユナは落下するリースを見ながら自分も落ちて行く事に成る。
「あ……、なんで?」
 しかしリースは地面の近くで仲間の契約者たちに抱きとめられ、彼女の身体だけが地面へ追突した。
 壮太のワイヤーが、アユナの身体を拘束していた。

 その時既にこの混乱を作り出した中心人物白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は、ステージへと向かっていた。
 接近中に潜在能力を開放し、竜造の闘争心そのものとも言える錬鉄の闘気を纏わせて一個のどす黒い靄となりながら竜造は領主の前に飛び込んだ。
(コイツを狙えば――!)
 竜造が渾身の力を込めて振り下ろした刃は、火花を散らせる様に金の拵えの太刀と搗ち合った。
「ええーなにやっちゃってるのおれ!」
 と、竜造の手を受けながら叫んだのはカガチだ。
 奴等が動いたら犯人確保に動く、そう決めていたのに、気づけばカガチの刀はアレクを守ろうと動いていたのだ。
(これはあれだ、アレクの首は俺以外に取らせないっつーそれだけで)
 誰かに――否、自分に言い訳をしているカガチの刃をかち上げて、竜造は二手目を上段から振り下ろす。
「出てこい!」
 竜造はカインを呼ぶ。しかし目の前に現れたのはピンク色の髪の愛らしい天使のような少女だった。
「ラグエルちゃん!?」
 ルゥルゥの手を借り起き上がっていたリースは、ステージ上を見て目を見開いた。
 この場に居ない筈のラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)が居た事、ステージに唐突に現れた事、そして彼女の姿が子供のものから自分と同い年くらいの少女のそれに変化している全てが驚きでリースは口をあんぐり開くしかない。
 実はラグエルがアレクの傍にいたのは初めからだった。
 ナノマシン拡散の能力を駆使し、皆から隠れていた彼女に気づいていたんのは、アレクとその傍に控えていたフレンディスだけだ。
「悪い人がきたら、お兄ちゃんを助けるね」
 と囁き声の秘密を受け取って、アレクとフレンディスはそれを周囲に黙り続けていた。
 そして今がその時だと、ラグエルはは動き出したのだ。拡散状態から通常の状態へ一気に戻すと、そのままタイムコントロールで成長し、アレクの周囲に結界を張り巡らせる。
「これでもうお兄ちゃんのことはいじめられないよ!」
「てめえ!」
 竜造のドスの聞いた声に、ラグエルは身体を震えさせるがそれは一瞬だ。竜造とラグエル、アレクの間には既にフレンディスが姿を現している。
「アレックスさんには指一本触れさせません!」
 彼女の口から飛び出した聞き慣れない名に竜造は眉を顰めるが、そんな事に構って入られない。心臓を目掛けて目の求まらぬ早さでスライドするフレンディスの一突を弾き返した直後、目の前に大剣が周囲の風を斬り裂きながら竜造を狙い落ちてきた。
「会える事を楽しみにしていたぞ、竜造!」
「今はてめえと戦ってる時じゃねえんだよ!」
 竜造から気のない言葉を吐かれて、ヴァルキリーのレティシアはにやりと笑って返す。
「それは残念だな、ではその気にさせてやろう!」
 振り下ろした刃でそのまま下段で足を持って行こうとするレティシアの攻撃を竜造はジャンプして避けるが、後ろからフレンディスの刃が首へ向かっている薄ら寒い気配を感じる。
「チイッ!」
 幾らスキルを駆使して先読みの更に先読みをしたとて、これ程の能力者を同時に数人相手にするには分が悪い。
 竜造はカインを罠にかけるつもりが、逆に蜘蛛の巣へ一直線に飛び込んだような状態に成ってしまっていた。
「糞、カイン! 早く出てこい!」
 竜造が吐いたその言葉に、ラグエルに守られながら腕を汲んでいた領主が唇を歪ませた。
「カイン、『バァルが危ない』。此処はこいつらに任せて行け」
 領主の言葉に反応し、貴賓席からステージへ向かおうとしていたカインが踵を返す。
「どう言う事だ……」
 怒りや興奮を通り越し最早白い顔になった竜造の質問に、領主はやけにはっきりとした声で、客席に向かって演技するように答えた。
「残念だったなスーパーヴィラン。
 俺は本物の領主ではない!」
 盛装を一気に脱ぎ捨てて、カツラを放り投げると、そこに立っていたのは東カナン領主では無い、Tシャツを着たどこぞのお兄ちゃんだった。実際に客席のどこからか「おにーちゃん!?」と声が飛んできている。本当に弟でも居たのだろうか。
「因にこれはカラーコンタクト」
 指についた半円の青灰色を竜造に見せつけて嗤うアレクに、竜造は歯が欠ける程噛み締めている。無理も無い。領主暗殺というハイリスクを犯してまで戦いたかったカインだったのに、一手も搗ち合わせる事無く簡単に取り逃がしてしまったのだ。おまけにこんな下らないパフォーマンスに巻き込まれた。
「……く、う、おおおおおおお!!!」
 雄叫びを上げる竜造に、アレクは「煩いな」と吐き捨ててその額を掴むと、そのまま地面へ後頭部ごと叩き付けた。
 衝撃で昏倒する竜造を拘束しながら、アレクは横目で豊美ちゃんへ合図する。
「The show must go on」
 と、その声を受け取って、豊美ちゃんは我に帰ったように演技を始めた。
「びっびっくりですよー!
 まさかまさか、領主様が偽物だったなんてー!」
 言いながら豊美ちゃんは、歌菜へアレクと同じ様に目配せした。歌菜は小さく頷いて台詞を繋ぐ。
『ではでは、本物の領主様は一体どこに――!?』
 ざわつく会場。
 と、客席の中央をサスペンションライトが照らし出した。
 そこにはヤウズを取り押さえたバァルが居るでは無いか。
「領主様だ!」「バァル様がこんなところに」「私全然気づかなかったわ!」「あの取り押さえられている男は誰!?」
 観客達が口々に思った事を言い合う中、歌菜が強引な言葉でそれを解決へと導いた。
『なんと! 領主様は皆さんに紛れて真犯人を捕まえておられたのです!!」
 わああああっと歓声が上がる間、何時の間にか隣に立っていたカインへ、バァルはヤウズの身柄を託した。
「ステージに――、皆さん混乱しています。お願いできますか?」
「ああ」
 ステージを降りてきた豊美ちゃんに導かれ、バァルはマイクへと向かった。
 ハットは走る間に何処かで落としてしまったらしい、眼鏡を外し騎士に渡してバァルは壇上に立つ。シャツとジャケットの姿は、本来その場でするべきだったアレクが着せ付けられた盛装とは全く違うものだった。
 だがどのような服装をしていようと本物の領主が放つ強いエネルギーに圧倒されるように、場内はしんと静まり返る。
 かつての状況から見事に復興を果たした事をその象徴たる活気溢れる現在のバザールと絡め話すバァルが始めた演説はごくシンプルだったが、それでも皆の心へと浸透していく。
「――今日このステージで、魔法少女たちは契約者達と協力し皆を守り悪を退けてくれた。 
 我々東カナンの民も、彼女たちのように、平和を願うものたちと共に手を取り合いよりよい未来へ進んで行くことをわたしは願っている」
 今バァルがあげているのはシボラ難民問題の事だと、戦いの混乱に興奮状態にあった観客達は皆熱を冷まし、納得した様に頷き合う。そしてバァルが締めくくりに改めて『MG∞』への感謝を述べると、観客達は今日ステージを盛り上げてくれた魔法少女たちへ拍手をおくるのだった。