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リアクション
アプローチ3
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を伴って、ゴダートの元を訪ようとしていた。これまでルカルカは一貫してゴダートの補佐についていた。彼はなかなかの難物ではあったが、協力して物事に当たっていく上でゴダートとの相互理解が必要だと感じたからだ。そして事ここにいたって彼の支援者は彼を見限った。だが彼女にとってはゴダートとの関係は利害ではない。そこに苦しむ人がいて、かつては協力者でもあった。それだけで十分だ。ダリルも医師として、またルカルカの同志であり部下として同じ考えを持っていた。最近生まれたばかりの神崎 紫苑(かんざき・しおん)を腕に抱き、傍らに妻である神崎 零(かんざき・れい)、家族同様のパートナーの陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)を連れて神崎 優(かんざき・ゆう)もゴダートを案じて彼の元へとやってきた。そして影のようなレナトゥスもまた。
心配そうな表情のトカゲに似た頭部を持つスポーンに通された部屋の中は薄暗く、アームチェアにうずくまるようにして座っているゴダートの姿は以前の傲慢不遜な軍人然とした姿勢とは程遠いものだった。
「暗い部屋にいては良くありませんよ。少し、表の空気を吸いませんか? ……空気、というのもなんですが」
ダリルが声をかける。
「……わしを嘲笑いにきたわけではなさそうだな」
しわがれた声が微かに皮肉っぽい調子を含んで返る。ルカルカが言った。
「そんなわけないじゃないですか。さ、少し明るいところへいきましょう」
街に出たゴダートはまぶしそうだった。明るい光の下、ゴダートの髪は白髪が増え、顔も憔悴しきって別人のようだった。空京を模したようなスポーンたちの街並みは、以前と比べてさらに活気付いていた。通りに面した明るいカフェでお茶を飲むスポーンや現地調査員ら。道にそって並ぶ店先を眺めたり、会話しながら石畳を行き交うスポーンたち。姿こそ人とは異なるが、その様子は空京や地球の街のそれと、なんら変わりはなかった。明るい街路をゆっくりと会話しながら散策する。
「以前は見てもいなかったが、スポーンにも個性があるんだな……」
ゴダートが呟くように言う。地球人以外は無意味な生き物といった考えを持っていたゴダートとしてはずいぶんな進歩である。
「ゴタートさんなりに世界を守ろうとしてきたのはわかるわ。
人には誰しも、自分なりの正義の形があるわ。他人に理解されにくいものも多いけどね。似たような経験があるから、わかるのよ」
「……光条世界が滅びを呼んだビジョン……あれはまさに神に刃向かったものの受ける当然の末路……。
わしはあの絶対的な力を見たとき、逆らうのは危険だと、己のすべての本能が叫んでいるのを感じたのだ」
最後のほうは語尾がかすれ、ゴダートは異常な渇きを覚えたのどをコーヒーで潤した。ルカルカが言う、
「貴方も見た光条世界の軍勢を知ってるからこそ、戦いたいと思う。大多数の人は戦う力を持たないからよ。
貴方の言うようにあるいは無駄かもしれない、強大な相手だもの。でも、今までちゃんと私たちは戦ってきてる。
何もせずに手をこまねいて滅びるのを待つのはイヤだわ。
女王の血筋が女王に就いた今、シャンバラは戦う力を強くしたと思うのよ。
現女王が居る、元女王のアイシャもいる。そして強い絆をパートナーたちと分かち合う契約者たちもいるわ」
ダリルが静かな声でこれまでの光条世界との戦いについてと、イアペトス死亡の顛末について語った。
「光条世界や『創造主』は、強大でしょう。ですが、我々も、少しずつ力をつけていっている。
彼らの干渉を知る前だって双だ。はじめはルークに翻弄されていたけれど、倒すことができた。そしてレナトゥスもここにいる。
イアペトスは消えたけれど、彼の想いと力はこうして大勢が受け継いだ」
ダリルは立ち止まって”イアペトスの灯”をゴダートに見せた。ゴダートはそれを闇の中の灯火ででもあるかのようにじっと見つめた。それまで何も言わなかったレナトゥスが頷いた。
「はじめ私モ意思など持たないに等しかっタ。だが、今はもう違ウ……」
優が静かに言う。
「確かに今のまま成り行きを見ているだけでははパラミタも地球も滅びてしまうだろう。だけどそれで良いのか?
貴方が守ろうとしたモノが理不尽に滅ぼされてしまうんだぞ。貴方は何の 為にここまで来たんだ?
何か守りたいモノがあってここまで来たんじゃないのか? 人の想いは強い。
願いは明日を、未来を切り開く力があるんだ。過去にも何度もそれでいろいろ危機を脱してきているだろう?
俺や他の仲間達はそれを信じ実行し続けている。今もね……ん? 紫苑、どうした?」
優の腕の中で紫苑が身をよじった。紫苑は地球人と守護天使の間に産まれたヴァルキリーであり、彼女は父の血統を受け継いでいる。父親の優同様霊感が強いようだ。そして生まれながらの父親っ娘でもある。翼の色は右が白く左が黒。その翼はすでに短距離であれば飛行する力を持ち、持ち前の好奇心働くと、たちまちそこに飛んでいってしまう。
「んああ」
何かの決意のような声とともに紫苑は優の腕を抜け出し、ゴダートの正面に飛んでいった。戸惑うゴダートの顔を見上げ、水色がかった蒼い瞳をゴダートの目にあわせ、ちいさな両手でそっとゴダートの頬を挟み、まさしく天使といっていい微笑を浮かべる。
「すみません……この子なりに何か感じたのだと思います」
零が紫苑を抱こうと手を伸ばすと、紫苑は素直に向きを変えて抱き取られ、母親の胸元で丸くなった。
「ゴダートさん、人の想いは強いもの。それは世界を、未来を変える力があるんです。
私は優と共に行動し、彼とともにさまざまなことを見、それを実感してきました。
……それに私も優に救われた一人なんです。優と出会わなければこんなに幸せな今を迎える事なんて無かったと思いますから」
零は紫苑の瞳を覗き込んで幸せそうに微笑んだ。
「ですから一緒に変えましょう。滅びの未来なんて私達の想いで、意志で変えていくんです」
刹那が遠慮がちに口を挟んだ。
「私には世界のバランスを保つ為の知識が記載されています。
それを悪用して過去に世界を崩壊寸前にまでにしてしまう事件が起きました。私は二度と悪用されないように封印され長き眠りについていました。眠りながらも私はそのことで自分を責め続けてきました。
ですが優と出会い、彼の心に触れ、彼の言葉で私の心は癒され救われました。
人の想いには未来を、明日を変える力があるんです。ですから諦めないでください」
優が力強く声をかける。
「さあ、何時までそんな所で立ち止まっているんだ? 俺達と共に滅びの未来なんて変えてしまおう。
いつもの強気な気持ちで俺達の大切なモノを滅ぼそうとする奴らに立ち向かって見せ付けてやればいい」
ルカルカが悪戯っぽく微笑む。
「経験豊富な貴方の力も、できたら借りたい、結集したい。一緒に足掻く気になったらいつでも歓迎よ」
重ねてダリルも言う。
「世界存続の為、教導……いや我が国に、貴方の豊富な見識と人脈をお貸しいただければ……と思います」
ゴダートがダリルを見やった。
「……以前人形扱いしたわしに、協力を仰ぐというのか?」
ダリルがそっけなく言った。。
「俺の存在定義すら世界の存続に比べれば些事です」