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少女と執事とパーティと

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No.1 パーティの準備


 「こんにちは」
 杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)がイリスフィル家へとやって来た。
 チャイムを鳴らすと執事のライス・カッターが二人を出迎えた。
「遠路はるばるお疲れ様でした。海君から話は聞いています。どうぞ此方へ」
 広い庭園を抜け、柚たちは屋敷の中へと入る。
 そこでは高円寺 海(こうえんじ・かい)とチズ・イリスフィルが招待状の文面を考えていた。
「むぅ……俺に招待状の文面を考えるのは向いていない。そもそも文才など無い」
 海は唸った。柚は海とイリスフィルが書いていた招待状の原稿に目を落とした。『ようこそ』しか書かれていない。
「うあ……」
 言葉も出ない。
「予想どおりだよね」
 三月も招待状を遠くから眺めた。
「まあ……適材適所と言う事で――私が一寿さんにも来て貰うように連絡をしてあります」

 「御待たせしました」
 堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)だ。ライスは一寿達を直ぐに出迎えた。
「招待状の叩き台は、移動中に準備しておきました」
 一寿は複数枚の紙をチズに差し出した。
「ありがとう」
「それでは、打合せを始めましょう」
 柚、一寿、チズ、ライスを交え文面の打合せが始まった。
「当主になることもしっかりと明記した方が良いと思うけど」
「うーん、僕は必要ないと考えますね。イリスフィル家では当主が冬のパーティを開く事が恒例であると世間的に認知されています。敢えて文面に記載するのは野暮だと思いますが」
「ライスさんはどう思います?」
「そうですね……、確かに一寿さんの指摘通り、当主が冬のパーティを開くことは世間的に認知されています。招待状を受け取られた時点で当主がお嬢様であると理解している筈です」
「でしたら、文面には記載しないようにしましょう」
「ええ、その方向で御願い致します」

「こんな形でどうかな?」
「良いですね、これに決めましょう」

 「あの、ジョージさんには……」
 柚の懸念はもっともだった。柚はチズ、ライスの顔色を自然と伺っていた。
「ジョージ様にも勿論お送りします。いさかいが有るとはいえ、当主が招待状を出さないのはお嬢様の沽券に関わります」
「ええ、叔父にしっかりと送り付けます。私もそこまで愚かではありません」
「それなら良いんです。余計な心配だったようですね」
 一寿が柚を見ると、ホッとした表情を浮かべていた。
 チズが恥も外聞も省みずにジョージに招待状を出さないのではないかと心配はしていた。それは杞憂だったようだ。


 「文面は出来たようだな!」
 ダニー・ベイリー(だにー・べいりー)は待ちわびた招待状の文面の完成にソファーから腰を上げた。
「ええ、印刷の手配を御願い致します」
「なあ、デザインはどうするんだ?」
「え?」
 チズは呆気に取られた顔をしていた。次に何をするのか、分からなかったらしい。
「デザインだよデザイン。白い紙に文字だけってのはなかなか寂しいぞ。まあ、お前さんに文才があるなら話は別だがな……」
「……ふふ。私の冴え渡る文才を知らないのですか?」
 若干涙目になっている。『ようこそ』しか書けなかったのを引き摺っているようだ。
「冗談だよ……そんな顔をするな。デザインは俺の方で考えてある」
 ダニーはデザインを既にいれた白紙をチズの前に取出した。
「お手軽なインクジェットやレーザー印刷じゃなく、ちょっち古風で味も出る、活版印刷ってやつだ。紙の風合いを活かして、プレスで凹凸、字がめり込んでる感じが、結構最近好評だそうだ」
 チズは紙を手で触ってみる。確かに文字等に凹凸が付き、良い仕上がりになっている。
「確かに……良い手触りです。ただ――そのような印刷屋はまだあるのですか?」
「ああ、そりゃ地球で廃業するっていう印刷屋から譲り受けてきたんだよ。処分にも金が掛かるって言うんでな、なら俺が貰うって話をして来た。力仕事になるが、まあそういうのは俺の得意分野だ。封筒もそれに合わせてデザインをしておく、任せておきな!」
 ニッとダニーは笑うが、思い出したように一寿達の方を見た。
「そういやぁ、まだ文の方を見ていなかったな。ちょっと見せてくれ」
「はい、どうぞ」
 柚はダニーに招待状の文面を渡した。
「おお、悪いな」
 ダニーは文面に目を落とした。
「なあ――『かならず右足から玄関を踏み出してお越しください』……って何だ?」
「え……さ、さあ?」
 一寿の方を柚は見る。
「カッコいいからに決まってます」
「はあ……」
「カッコいいからに決まってます」
「分かった。俺の方で印刷はしておく」


 半日もするとダニーが印刷を終え、刷りたての招待状を持って来ていた。
「……」
 ランダム・ビアンコ(らんだむ・びあんこ)はその中の招待状を一枚取ると、チズの元へ向かった。
 チズは執務室で何かを書いているようだった。
「……チズ」
「ん……何かしら?」
 デスクから顔を上げたチズにランダムは招待状を見せた。
「どう?」
 ランダムの無表情からは何も読み取れないが、チズに招待状の出来映えについて尋ねているように感じた。
 チズは招待状をじっくりと見る。
「……最高の出来よ」
 一寿や柚に手伝って貰いながらチズ自らが頭を悩ませて書いた文面、凹凸の付いた伝統的な雰囲気のデザイン、文句のつけようが無い。
「……それ、みんながチズ、助けようとしてがんばった。チズ、一人でなにかをできる者なんかいない。チズ、どうしてジョージの手助け要らない?」
「まだ……言えないわ……」
 ランダムも回答は特に求めていないようだった。
「じゃあ、仕事、もどる。」
 ランダムが出ていくと、執務室は再び静寂に包まれた。
 皮で設えた上等な椅子へと背を預ける。
「……」

 「おう、何処へ行ってたんだ?」
「チズ、ところ」
 ダニーは柚達と招待状へ封をしているところだった。
「招待状の発送はランダム。頼みますね」
「わかった」
 予め準備しておいた発送リストを使い、ランダムは『情報通信』の特技で個人情報をプロファイルしていく。
「完了」
 自動人形並の手捌きで瞬く間に終わっていた。
「これ、まとめた」
「ありがとう」
 一寿にデータを渡し、
「招待状、出してくる」
 ランダムは屋敷の外へと向かった。
「気を付けてね」

 ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)は特に先代と親交のあったリッヒ・キュングナーへと話を聞きに来ていた。
「こんにちは、リッヒ様は御在宅でしょうか?イリスフィル家のパーティの招待状を持参致しました。先日御連絡を致しましたヴォルフラム・エッシェンバッハと申します」
「はい、承っております。案内を向かわせますので、少々お待ちください」

 ヴォルフラムは華麗な花を敷き詰めた庭園へと案内された。
「やあ、よく来たね」
 そこに居たのは若い青年だった。手にした端末を弄りながら、花に手入れをしている。
「……」
「若い――と思われましたか?」
「失礼ながら」
「ははは、皆大体そのような事を仰られます。若いのは事実ですから」
「申し訳ありません」
「いえ、お気になさらずに。それで、本日はどう言ったご用件でしょうか?」
「はい。イリスフィル家の冬のパーティの招待状を持参致しました」
「ああ、毎年の恒例ですね。いつも楽しみにしています」
「どうぞ」
「拝見致します」
 リッヒはヴォルフラムから招待状を受け取ると、中身を読んだ。
「なるほど、今年はチズさんですか」
「はい。イリスフィル家当主として、パーティを開催致します。そこで、少しお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、何ですか?」
「チズさんと先代の関係について、教えて頂けますか?」
 ヴォルフラムがそれを口にした瞬間、空気が冷たくなった。リッヒからは優しさのようなものは何も感じられなくなっていた。
「……なるほど。貴方はジョージさんの関係ですか?」
「違います」
「本当に?」
 ジロリとヴォルフラムを見てくる。その瞳は鋭い。
「私の騎士道に誓って」
 ヴォルフラムはそれを見つめ返した。
「……」
「……」
 数瞬のやり取りを経て、リッヒは雰囲気を戻した。
「……良いですよ。何が聞きたいんですか?」


 ダニー達がチズから離れていったところで、一寿は一人になったチズに尋ねた。近くにライスも居ない。
「聞いても宜しいですか?」
「ええ、何です?」
「貴方の事です」
「……どうぞ」
 一寿は再度周囲を見た。付近に人の気配は無い。
「どうして先代の養子になったのですか?」
「え?」
「失礼。言い方が良くありませんでしたね。今回、チズをサポートするに当たってどうしても必要な事です。勿論、言いたくない事は黙って貰って結構です」
「私は貧民の子でした。母が死んで、貧民街を彷徨っている所を拾われました。先代、お父様は周りからとても慕われておりました。私とは比べ物にならないくらいに」
「なるほど」
「そして――」