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【金糸雀の見る夢】
それは、永き時の片隅。パラミタ大陸、エリュシオン帝国西部ペルム領海。
見上げた頭上にはいつも、青く揺れる水面があった。
時折きらきらと光り、足元に不思議な影を作るその、大人達が「空」と呼ぶものにはしかし、太陽も雲も、星も雨も無い。それらは遠い物語の名残であるとか、歌の切れ端に残っているだけで、今や実際にそれを知る者は残っていない。巫女アトラも、語り継がれた歌によって、その存在を知るのみだ。
朝が来て夜が来ても、夜空と呼ばれるものはここにはない。青空、と呼ばれるものはこの薄い膜の、さらにずっとずっと天上にあるらしいと、知識で知っているだけだ。
(知らないものを歌えとは、無茶を仰るものでございますね)
神殿の最上階、他者の立ち入りの許されないその鳥籠のような小部屋で心中呟くと、アトラはすい、と細い指先を持ち上げた。応えるように、一羽の小さな鳥がそこに止まる。
空の無い都市に鳥はいない。その小鳥も、魔法で生み出され、神殿にしか存在しない真っ白な金糸雀だ。一生外に出ることもなく、本当の空を知る事もない。ただ地上を懐古する「誰か」の慰みの為だけに存在する生き物。まるで巫女という存在のようだ、とアトラは口元を薄く上げた。
アトラ自身は不吉とされたそのオッドアイ故に、巫女と言う役目からいくらか外れた立場ではあるが、存在理由はさして違わない。結局、全ての理由が辿り着く先は龍――ポセイダヌスを慰め、眠りを守る為だけにある神殿と、歌と、謡巫女。
「わたくしも……金糸雀さんと同じ……ここでしか生きられないのでしょうね」
ほんの少しの悲しげな声を漏らすと、アトラはその小さな指先を自身の顔へと近づけて、大人しく小首を傾げる白い鳥に向かって微笑みかけた。
「さあ……教えてくださいますか。今日の日の音を、紡ぐべき今日の歴史を」
その声に従うように、金糸雀が歌い始めるのに、アトラは息を吸い込んだ。
まだ見ぬ外の世界への憧れを、今はまだ自身も自覚していないでいた、それこそ小鳥のように可愛らしい少女――紡巫女カナリアの“双対”アトラは、その都市に静かに積み重なった、古い歴史をその声に乗せて歌う。
彼女の住まう、巨大な古き龍ポセイダヌスの背に作られたその小さな世界は、今日も深い海の中で、さまざまな物語を紡いでいたのだった――……
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