リアクション
終章 名前
「恨み、か……」
姐さんがぽつりと呟いた。
書庫内の騒ぎはすっかり収まり、騒動を起こした張本人たる書物らも、元の場所に収まった。
本に歴史あり。
抱えた事情はいろいろあるが、ここが「失われた書物」にとっての最後の住処であることは、彼らそれぞれにとって同じことだ。禍根は残さず、互いにとってできる限り心地よく暮らしたい。姐さんと例の3冊がそういう決着を目指したように、彼らと終末組も今回のことは「水に流す」……そうすることにした。
製作された年代を共にしていることで因縁が及ぶイルミンスールの魔道書達も、この館の蔵書たちと穏やかに末永く付き合っていくために力を尽くし、付き合い方も気を付ける。そういう心掛けをする、ということを宣言して、書庫の蔵書たちを多少なりとも安心させることができたようだった。
魔力の嵐で大騒ぎになった部屋は、ルカルカとダリルが掃除し、整理した。ルカルカの【メイドさん大行進】で掃除は速やかに終わり、部屋の中の蔵書でこの騒ぎに驚きショックを受けた様子の者があれば、メイドさんが協力して司書の部屋に運んでいった。修繕作業はあらかた終わっていたが、何もかも承知しているクラヴァートの手元に置くだけでも、ストレスは緩和されるはずである。
「ところでっ」
アキラが、姐さんの前に進み出た。
「何だい?」
「あの、そのっエロ……いやいや、その姐さんの内容を」
「あーそれ俺様も超見てーっす、よろしく御開帳!」
横から光一郎が出てきて同調する。やめんか! という目でオットーが見ているがお構いなしだ。
「あたしの内容かい?」
男性の邪な願望が漏れ出たお願いにも、姐さんは全く動じた様子がない。長い髪をかき上げて、気だるげな目で2人を平然と見据える。
「何だったらむしろ、人型のままの中身でもどぉっふ」
アキラのあからさますぎるお願いは、ルシェイメアに後ろからどつかれて最後まで言えなかった。
「そりゃ別に構わないけど、あんまりお上品なもんじゃないよ」
もう一度髪をかき上げた次の瞬間には、姐さんは赤銅色をした、お伽噺でも書かれているかのようなゴシック風の紋様の装丁の書物に変わっていた。
「若い娘さんにはお勧めしないね」
即座にページを捲ったアキラの後ろで、少し興味ありげに見ているルシェイメアが目に入ったのか、姐さんはそんなことを言った。
魔女であるルシェイメアの年齢は外見通りではないのだが……
「……」
「…………」
「…………うっ」
アキラの目がやや落ち窪み、一瞬本を遠ざける。
エロい内容ではあるが、やや生々しさが過ぎる上に……魔術の儀式の描写がところどころグロい。
「そりゃやってることやってる野郎が、その口で『女の体は、皮膚と脂肪の下には○○と××が詰まってるだけ』なんて抜かしてる世界だからね」
姐さんは平然と言う。
回春だの永遠の若さだのを求めて、当時の良家の子女が、悪魔の知恵を得たなどと評判される魔術師のもとに出向き、エロティックだが血腥い儀式に臨む――そんな描写などなどが数々出てくる。アキラはエロには目がないが、グロは得意ではない。そういうのは飛ばし読みすることに決めたが、横から無遠慮に覗き込んでいる光一郎は無頓着に全部読んでいるらしかった。過剰な描写を省いて読んでみると、アキラには、これを書いた人間が、世相を皮肉で斬ろうとしていたという意図が何となく見えてきたように思えた。
「これ……当時の魔術師たちにとっても不名誉だと思うけどさ、それ以上に、当時の上流階級の人間のスキャンダルを描いてると思うんだけど」
「かもしれないね」
姐さんはあっさりと認めた。
魔術の関わった者たちの表沙汰に出来ない奇行や痴態以上に、己の欲得のためにそのような者たちを影でこっそり頼り重用した、当時の社交界を牛耳っていた人種への皮肉も確かに大いに混じっているのだ。
「当局の人間はあたしを発禁として取り締まりながらも、あたしを読んで怪しい人物の目星をつけ、それからあたしの内容で世間に華やかな顔した奴らの悪口の種を探しては、自分たちの抑圧された生活の憂さ晴らしにして溜飲を下げてたもんさ」
その口調に、ルシェイメアはふと顔を上げて尋ねた。
「……人を、下らぬ者と軽蔑したか?」
「そんな頃もあったね」
姐さんは飄々と、そんな風に返した。
「――女の体は、皮膚と脂肪の下には○○と××が詰まってるだけ(薔薇的な意味で)」
突然、姐さんが口にしたフレーズを、光一郎がアレンジ(?)して繰り返した。
「何だいその(薔薇的な意味で)って」
「世界の意味を変える魔法のフレーズっすよ。『永遠の若さ(薔薇的な意味で)』『悪魔の回春薬(薔薇的な意味で)』」
「……何だそりゃ」
「いいんじゃない、姐さん? ○○と××の生々しい穢れの世界に一輪の花を指すイメージでさ」
横で聞いていたヴァニが面白がる。彼とて大して解っているわけではないが、イメージで面白がっている。彼は、言葉を軽く用いて曲芸のように遊ぶのが元来好きなのだ。よく分からん、と姐さんはぼやいたが、特にやめさせようとはしなかった。
「『宮殿の下の▼△▼△(薔薇的な意味で)』。……
こ……ん……???? 何だこれ。最後のページ読めないっすよ姐さん。暗号みてぇ(薔薇的な意味で)」
「……そこは薔薇要るかなぁ」
ヴァニは首を傾げる。だが、姐さんも不思議そうに呟く。
「最後のページ……?」
イルミンスールに戻ってから、姐さんは、それをパレットと鷹勢に見てもらった。
「一見、詩みたいだけど……何か、ただ文字が並んでるだけで、確かに読めないよ。俺のページに似てるっちゃ似てるね」
「まるで暗号だね」
「こんなページ、以前はなかったんだ」
本化したままで、姐さんは言った。
「……もしかして、あそこでかけられたまじないの成果、とか?」
「え?」
鷹勢の推測に、パレットは驚いて彼を見た。
「まだ推測にすぎないけど……これ、暗号で作者名を書いてあるのかも」
「……え?」
姐さんの作者は完全に匿名としたかったわけではなく、身にかかる火の粉を払いつつ最低限のヒントは示すというくらいの覚悟はあったのかもしれない。
鷹勢はそう語った。
「途中で怖気づいて自分でそのページを削除したのか、それとも外部からの力がそうさせたのか分からないけど……
それが、その書庫でのまじないによって、奇跡的に復活したんじゃないだろうか」
書を著したものとして最低限の責任を取る、その心積りはちゃんと持っていたのかもしれない。
「……。これ、いつか解読できるかな」
パレットがぽつりと言う。どうだろう、と鷹勢が呟いた時、姐さんは人化して、言った。
「いいよ、読めなくても。……なんて思っちゃうのは、あたしの臆病ってもんかね。
そうだったら……と思いつつ、そうでないくらいだったら確かめなくてもいい、なんてさ……」
姐さんの目は、いつになく澄んだ煌めきで、遠くを見ていた。
参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
今回ちょっと執筆期間中に私的なスケジュール変更などありまして、かなり時間が押してしまって大変でした……
何故か書庫内に動物がやたら出てくるという、当初予期しなかった展開に(笑)
皆様の優しい協力的なアクションのおかげで、この夢幻図書館もだいぶ館内の整理が進みました。
薬草園もこの先順調に発展していくかと思われます。
恐らく、終了までにあと1回くらい夢幻図書館でのお話が出てくるかと思っていますが(予定)、よろしければその時もまたお付き合いいただければ嬉しいです。
例によって行動記録ですが、皆様に称号をお贈りします。ご笑納ください。
ちなみに利用者登録の称号のない方でも、「夢幻図書館」が入った称号は利用者登録したのと同じ効力を持ちます(夢幻図書館シナリオでは)。
それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。