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リアクション
エルシャの頼み
危険からは脱したけれど、色々なショックが重なったエルシャはぐったりとしていた。
「命の危険を感じる時って、とっても怖いんだよね……」
それは自分も知っているから、とナギは心配そうにエルシャの顔をのぞき込んだ。
「もう怖いのは終わったからね。復興地に戻ってちょっと休むといいよ」
「復興地……もしかして、道があるところ……?」
目的地としている場所に行けるのかとエルシャは信じられない思いで呟く。
「そうよ。ここからはそんなに離れてないわ。ローランダー、この子を運んであげて」
アドルフィーネに言われたローランダーは、
「また乗り物代わりでありますか」
と言いつつもエルシャを復興地にある宿舎へと運んでいった。
復興地につくとリュースは改めて丁寧にエルシャを迎えた。
「よくぞここまでいらっしゃいました。ここは安全です。ゆっくり休んで下さい」
「ありがとうございます。私はエルシャ。ユトの町から来ました……お願いがあって……」
そう言いかけるエルシャはまだマント1枚の姿だ。
「何か着る物を探してきますね〜」
このままではあまりにも可哀想だからと、明日香が服を見繕いに行こうとするところにエメがきれいに畳んだ服を差し出した。
「これがその方の服のはずです」
「そうなんですかぁ。じゃあ着替えますから部屋の外に出ていて下さい〜」
「私も残るね。怪我がないかみてあげたいし、ちょっと話ができたらなって思うから」
東峰院香奈も部屋に残り、他の者たちは別室へと移動した。
別室に移動した皆に、エメは服の中から見つけてあった手紙を皆の前に出す。
「これが彼女が守ろうとしていたものです」
エルシャの服にくるまれていた手紙を開いてみると、そこにはユトの現状がたどたどしい文章で綴られ、町の位置を示す地図が記されている。グリゼルが書き記してエルシャに持たせたものだ。
「これを届ける為に来たのか」
命がけで、と桜葉忍は呟いた。
きっとカナンにはこんな町は幾らでもあるのだろう。ユトが特別というわけではない。
砂の恐怖に怯え、実際の脅威以上に絶望に打ちのめされ、希望を失っている人々もどこにでもいるに違いない。
全体への公平を考えるならば、ユトの町に特別に力を貸すことが正しいのかどうかは甚だ疑問だ。
「それでこんなガキ1人にお使いさせたってのか。ハッ、ひでー奴らだな」
手紙の内容を知った四谷大助は途端に不機嫌になり、吐き捨てるように言った。
助けられたから良いものの、砂鰐に襲われるのがもう少し離れた場所だったら、あるいは駆けつけた彼らの連携がうまくいっていなかったら……ほんの少しの狂いがあれば、エルシャは砂鰐に食べられて命を落としていただろう。そう思えば、エルシャを1人で使いに出した町の人々に対して好印象は持てない。けれど。
「違うの。町のみんなはひどくなんてない。私が勝手に出てきただけです」
服を元通りに着て出てきたエルシャ自身が、大助の言葉を否定した。
「みんな良い人ばかりなんです。ただ……希望を見失ってしまっただけ。だからこの先に希望があることが分かれば、町のみんなは力を取り戻してくれると思います、きっと」
必死に訴えるエルシャに、七乃が安心させるような笑顔を向ける。
「だいじょーぶですよー。マスターはああ見えてホントはすごく優しいんです。町の人のことを怒ったのも、エルシャちゃんを心配してのことなのですよー」
まだモンスターとの遭遇のショックから立ち直りきっていないエルシャを、七乃は椅子に座らせると水や食べ物をその前に置いた。
「これを食べて元気出してね」
「ありがとうございます」
エルシャは礼を言ったが、どちらにも手をつけず、なおも頼み続ける。
「きっかけだけでいいんです。ほんの少しの希望があればそれだけで町の人は頑張れる、今の状態から抜け出せる……グリゼルおばあちゃんがそう言ってました。私じゃ、おばあちゃんのように上手に説明できないけど……」
指をもどかしそうに組み合わせると、エルシャはうなだれた。その指の上に茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)がそっと手を重ねる。
「大丈夫ですよ。あなたの気持ち、ちゃんと伝わっていますから」
そう言って示したところでは、事情を知った多くのコントラクターたちがユトに向かう準備を既に開始している。
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、自らが所属する新星の本隊へ本格的な救援要請を送った後、街道工事関係者の為に備えてある救急キットを背嚢に入れた。これがあれば一通りの応急手当に困ることはないだろう。
相沢 洋(あいざわ・ひろし)が準備しているのは、軍用の戦闘糧食の類だ。チョコレートやキャンデーなどの砂糖菓子やカレー粉を中心に、背嚢に手際良く詰めてゆく。
「せめて夜が明けてからにしないか?」
提言したジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)を、ゆかりが叱りとばす。
「悠長なことを言っている余裕はありません。事は一分一秒を争うのです!」
その剣幕に、ジェイコブはさっと口をつぐんだ。
(……昇進したばかりで張り切るのは分かるが、気張りすぎると痛い目に遭うぞ)
そんなことを思いつつジェイコブは肩をすくめたが、口に出すのはやめておく。
「命がけで私たちに助けを求めに来たんですもの。その想いに応えなければ、わたくしたち【新星】がカナンにやってきた意味などありません」
「ああ。一刻も早くユトに行き、町の人の助けとならねばなるまい」
洋もゆかりに同意したが、そのやり取りにエルシャの方が恐縮してしまう。
「あの……そこまで急いでいただかなくても大丈夫です」
グリゼルとエルシャの望みは、絶望にのまれてしまっている町の人を励まし、希望を与えて欲しいというもの。のんびり放置しておいて良いものではないけれど、一刻を惜しんで動く必要があるものでもない。
準備を終えた者たちがすぐにでも出発してしまいそうな様子なのを、関谷 未憂(せきや・みゆう)は慌てて止めた。
「待って下さい。ユトの人たちの力になりたいっていう気持ちは分かりますけど、いきなりお手伝いを始めてしまうのはどうかと思うんです」
コントラクターたちが手伝おうというのは、ここまでやってきたエルシャに報いる為、あるいは困っているユトの人に手を差し伸べたいという優しさから出たものだ。
けれど、自分たちが良いと考えることをする時ほど、足下には大きな落とし穴が口を開けているもの。
行動の根本にある善意が伝わらなければ、カナンの地の人たちはコントラクターに自分たちの世界を踏み荒らされている、と感じてしまうかも知れない。助けられる側の望みが分からなければ、して欲しくないことをしてしまうかも知れない。
そんな哀しい行き違いを防ぐ為にも、まずは町の人と話をしたい、と未憂は申し出た。
ほんの少しの気遣いが、双方の心のずれを防ぐもの。
折角の活動だから、どちらにとっても良きものとなって欲しい。
「そうですね。俺も今のカナンの情勢を考えると、いきなり町を訪れて支援活動を開始するのは得策では無いと思います」
御凪 真人(みなぎ・まこと)も未憂の意見に頷いた。
「まずは先行して、町の人に復興についての話をしておきましょう。その方がその後の復興活動や、ユトの人との関係がスムーズに行くでしょうから。町長さんに……いえ、まずはこの手紙を書いたおばあさんに事情を説明して繋ぎを取ってもらうのが筋ですね」
「そうですね。グリゼルにはユトが蘇ることを早く伝えてあげたいですし。エルシャは疲れてるでしょうから、私たちがこれからすぐに町に行って話をしておいて、復興をお手伝いしてくれる人たちは明日の朝エルシャと一緒にここを発ってユトに来る、というのはどうでしょう?」
衿栖はそう提案してエルシャを見た。エルシャ自身はすぐにでも町に帰りたそうだったけれど、ここまでの旅程と砂鰐たちに襲われた恐怖は一般人のエルシャにとっては大きな負担となっている。交渉と説明の時間の為という理由があれば、エルシャも朝までここで休むことに同意してくれるだろう。
「それが良さそうですね。では俺は町に先行させてもらいます」
真人が名乗りをあげると、未憂も手を挙げる。
「私もそうします。この手紙は借りていってもいいですか? 途中で迷子になっちゃうと困りますし……道ってわかりにくいですか?」
ふと心配になって未憂が尋ねると、エルシャはグリゼルの手紙の地図を指しながら、間違いやすそうな箇所の目印を教えてくれた。エルシャ自身、通ってきたばかりだから目印は確かだ。
説明をしっかり頭に入れると、先行を希望する者たちは早速ユトの町へと発っていった。
その姿が見えなくなってもエルシャはずっと見送り続ける。
「エルシャはもう寝て明日に備えておいた方がいいんじゃないか?」
「うん……」
如月正悟が声をかけたが、後ろ髪を引かれる様子でエルシャは町のある方角を眺めていた。その瞳には期待と不安がない交ぜになって現れている。
「俺、明日町に帰ったらエルシャにして欲しいことがあるんだが、いいかな?」
「して欲しいこと?」
エルシャは何だろうという顔で正悟を振り仰いだ。
「出来ればエルシャから町の人に、『どんなことがあっても諦めずもがけば希望が見えてくる』ということを話してもらいたいんだ。実際、絶望的な状況であってもエルシャは助かった。そんな実例を話してくれたら、町の人にも伝わるはずだと思う」
「私は余り話をするのは上手じゃないんですけど、それでいいなら」
「別に上手に話す必要はないんだ。エルシャが感じたことをそのまま話してくれれば」
それなら、と引き受けたエルシャを正悟は再び促す。
「だったら尚更、明日の為に早く眠った方が良いよ」
「はい。おやすみなさい」
今度は素直にエルシャは用意してもらった部屋へと戻っていった。
そして翌朝。
コントラクターたちは忙しく出立の用意をしていた。
「まだこっちに荷物を詰めるわよ。持っていきたいものがある人はいないかしら?」
「それならこれを頼めるか? ビニルハウスの材料が結構嵩張って困ってたんや」
まだ小型飛空艇に空きがあるからと呼びかけるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に七枷 陣(ななかせ・じん)が軽量化された鉄パイプの束を渡した。陣とそのパートナーたちの小型飛空艇にはビニルハウスや防風ネット、種芋が目一杯積まれている。
衣食住でもっとも優先すべきは食、との判断で、ユトの町が今後食料を確保する為に必要だと思われる品を復興地から集めて積み込んでいるのだ。
「グー姉、なんで小麦粉なんて持ってくんだ?」
マザー・グース(まざー・ぐーす)が用意している小麦粉を、夜川 雪(よるかわ・せつ)が不思議そうに見やる。
「どこに行っても何にでも使えるでしょう。さ、セツくんは砂糖と塩持って」
「……パンでも焼こうってんのか?」
ぼやきながらも雪はマザーに言われたものを荷物として持った。
「ありがとう。あの子を助けてくれて」
危急を知らせてから姿を消していたイナンナが、忙しく立ち働くコントラクターたちの間に現れて礼を言った。ネルガルの隙をついて、またこちらにやってきたのだろう。
カナンの民であるエルシャの命が失われずに済んだことを喜ぶイナンナに、鬼崎 朔(きざき・さく)はこれから一緒に町に行かないかと誘った。
「……まあ、私は流れ者のよそ者だから何とも言えんが……イナンナ、その娘の町に……君は行って、彼ら町人の心をもう一度奮い立たせるべきじゃないのか?」
「そうだな。イナンナが徐々にでも力を取り戻しつつあることを見せれば、町の人も希望を見いだしてくれそうだ」
沖田聡司もそう勧めると、イナンナは拍子抜けするくらいあっさりと頷いた。
「うん、行く。この姿だと姿だとあたしが女神イナンナだって分かってもらえないかも知れないけど、復興のお手伝いぐらいは出来るもの」
「だったら南カナン領主のシャムスにでもついてきてもらえ。シャムスが言えば君がイナンナだと町人も信じるだろう」
朔の勧めに、イナンナはちょっと眉をしかめた。
「シャムスは神聖都の砦を落とすために頑張ってくれてるところだもん。わたしが女神だって証明するためにここまで来てなんて言えないよ」
ユトの人々を励ましたい気持ちはあるけれど、シャムスの戦いを邪魔すればそれだけ町にかかる負担も長引く。それでは何にもならないとイナンナは言った。
「そうか。だったら自分自身で頑張るしかないな」
「うん。力仕事だって任せておいて」
ほら、と叩いてみせるイナンナの腕は力強いとは言い難い子供のものだったけれど、にこっと笑う笑顔は心強い。
「ああ、期待してる」
朔は無神論者だから、イナンナが国家神だから大丈夫だとは思えない。けれど、どんな状況下にあってもこの笑顔を失わないイナンナならば、きっとカナンの民の希望となれる。民の心を生き返らせることが出来るだろう。
「ユトまでは俺が送ろう」
聡司はそう申し出た。ユトまでのイナンナを無事に送り届け、その後も共にいるつもりだ。そうすれば、もしユトの町の人がイナンナに敵意を向けたとしても守ってやることが出来る。
「そう? じゃあお願いするね」
よろしく、とイナンナは屈託無く笑った。
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