天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

リアクション公開中!

【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

リアクション

 
第11章 攻防・3

「レーダーに反応が入った!」
 ダリル・ガイザックがレーダーを見て報告の声を上げ、振り向いて長曽禰少佐を見た。
「いよいよ、大型が実体化か……」
 ナラカが、近くなったということだろう。
 ルカルカが外を見る。
 艦橋付近の船外で、ジェットドラゴンに乗って前方を見据えている、パートナーの英霊、夏侯 淵(かこう・えん)の姿が見えた。


 艦橋付近、ジェットドラゴンに跨りつつ、待機していた淵は、近付いてくる巨大な虚無霊を、不敵な笑みを浮かべて見遣った。
「ようやくお目見えか。
 ――いや、見えてはいたのだな、この場合は何て言うのか」
 ここまで戦って来て推測したところ、この空間に突入してからの襲撃は、異物に対する自浄作用のようなもので、組織だったものではない、というのが淵の所見だった。
 それはルカルカにも伝え、同意を得ている。
 大きさも様々、何体か居る虚無霊の中には、随行兵のように奈落人を引き連れているのもいたが、虚無霊自体が統率者のようなものと考えるべきか。
「船には指一本触れさせん」
 飛空艦を護る壁となるべく、淵の周囲を、焔のフラワシが舞った。


「飛び道具が来るわよ、軌道を計算、緊急回避! 隣の艦にぶつけたら殺すわよ!」
 3号艦、斯波大尉の指示が飛ぶ。
 虚無霊の中でも一際異彩をはなつそれは、巨大な海牛のようでもあり、また極彩色なのもグロテスクだった。
 前面に、飛空艦も丸呑みできそうな、イソギンチャクのような口があり、それが蠢いて、斯波大尉が指示を出したのだ。
 虚無霊の口の前で、何かの力が蟠り、それが一気に放射される。
 飛空艦と御座船は、それをぎりぎりのところで躱した。

「損害は?」
「全艦回避しました!」
 報告に、長曽禰少佐は息をつく。
「さて、どう攻略するか……」



「命ある者として『死後の世界』に興味沸かないわけねーだろ」
という動機で、彼はナラカ探索隊に加わった。
 勿論死ぬ予定はないけれど。無いけれど!
「サツキさん、これ、念の為」
 ナラカ用に調整されたイコンで戦うのだから、必要ないかもしれないが、万一の時の為に。と、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、デスプルーフリングをパートナーの強化人間、サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)に渡した。
 無表情にそれを受け取ったサツキは、小さく溜め息を吐く。
「次はもう少し趣味の良い指輪をお願いしますね」
「……サツキさん、学生に無理言わないでください……」
 がっくりと肩を落としつつ、そう言い掛けてハッとする。
 サツキがデスプルーフリングを嵌めようとしている指は。
「ちょっ! あの、違うから! これはそういう指輪じゃいから!」
 慌てて否定した。

「シートベルトはしっかりお願いしますね、燕馬。
 ――かなり荒っぽくなるので」
 飛行形態のライゼンデ・コメートのメイン操縦席で、サツキはそう断った。
 敵味方入り乱れている上、艦隊は、可能な限りで近付いている。
 どこから流れ弾が飛んでくるか解らないような戦場だ。
「元々デスサイズはナラカの武器なんだから、虚無霊相手だって通用するんじゃないか?」
「試してみましょう」
 虚無霊は、形もサイズも様々だが、なるべく小型のものを狙った。
 ライゼンデ・コメートに装備した鎌を、すれ違い様引っ掛けるように、虚無霊ぎりぎりのところを通過する。
 迎撃してくる攻撃が翼を掠めた。
「うわっ!」
 燕馬はバランスを崩して操縦席に背中を打つが、サツキは何とか立て直し、機体を捻る。
「うわっ……!」
 バランスを崩しつつも、虚無霊の、首と思われる部分から鮮血が散るのが見えた。
「効いた!」
「ではもう一度。次は致命傷を与えます」
「いや、あんまり無理すんな」
 自分達の実力で、一撃で倒せるような相手ではない。
 翼もやられてしまったし、確かに、あと一回の攻撃が限度ではあるだろうが。
「その意気で、ということです」
「そうだな。よし行こう!」
 大きく回って旋回し、サツキは再び虚無霊に狙いを定めた。



 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と、パートナーの剣の花嫁、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の駆るグラディウスはこれまで、光条サーベルを手に敵屍龍の中に突っ込み、次々敵を薙ぎ払って戦って来た。
 ロイヤルガードの一員として、ヴァルキリーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も、龍殺しの槍を両手に持ち、イコンと屍龍の巨大な者同士の戦う間を縫うように、縦横無尽に戦場を駆け巡る。
 生身で戦う彼の相手取るのは、比較的小型の敵だが、上手く狙えた時は、屍龍を操る奈落人をも堕とした。

 ――そして、ついに大型の虚無霊が出て来た。
 飛べるイコンは次々向かい、発砲する。
「今迄のようには行かないみたいね」
「美羽、熱くなってはいけませんよ」
 ベアトリーチェが諭した。
 イコンをなるべく損傷させないよう、この長期戦を、ここまで、敵の攻撃は可能な限り回避するように心がけてきた。
 だが美羽は今、虚無霊を睨みつけ、何かを決めたように笑う。
「あんな大物相手に、虎穴に突撃しないと虎子を得られないでしょ。
 折角、あんなでっかい入り口があるんだから!」
と、言う美羽に、ベアトリーチェは溜め息を吐いた。
 問答している場合ではない。戦場では、判断は素早く行わなければ。
「わかりました」
と頷いた。

 虚無霊に向かって加速する。
 視界の端に写ったコハクが、何かを叫んでいた気がした。
「ちょっと行ってくるね、コハク!」


 御凪 真人(みなぎ・まこと)は、パートナーのヴァルキリー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)と共にパラスアテナに乗り込み、虚無霊に向かって大型キャノンを打ち込んでいた。
 遅れて後方から来る美羽の機体が、減速することなくそのまま虚無霊に向かって突っ込んで行くのを見て、ふ、と笑う。
「そういうことですか」
「行くの?」
 至近距離から大型キャノンを撃ち込むべく、死角を探して周囲の屍龍を掻い潜る算段をしていたセルファは、真人の考えを読んで訊ねた。
 訊ねた時点で、答えは解っていたけれど。
「あんな巨大な相手、闇雲に攻撃するのではなく、弱点を探さなくては、と思っていたところでしたし。
 何か、『核』のようなものがあるのでは、と」
 生き物であれば――ナラカの生き物を“生き物”と分類付けられるのかは謎だが、生きている以上は、人間の心臓のように、その存在の中心となるものがきっとあるはず。
 真人はそう考えていた。
 それを狙うなら、内側から行くしかない。
「一機よりニ機でしょう。まあ、似たようなものかもしれませんが」
 それでも、援護があるのと無いのとでは、きっと大きく違うはずだ。
「外側からキャノンを押し当てて撃てば、中への援護になるんじゃない?」
「『核』の場所が解って、外からでもそこに攻撃することが可能でしたら。
 まずはそれを探さないと」
「了解」
 セルファは肩を竦めた。
「全く、大型が相手とはいえ、ここまで大きいのを相手にしなきゃいけないの?」
 ぶつぶつ言いながらもあっさり従う。
 パラスアテナはグラディウスの後を追って、虚無霊の中に突入した。


 中は雷のような電流が走り、黒い乱気流の渦。
 嵐の時の雲の中のようだった。
 乱気流の中に紛れるように、屍龍達が飛び交っている。
「こんな中に屍龍がいるよ!?」
「虚無霊とは、どういった類の生き物なのでしょうね……」
 ベアトリーチェも驚く。
「けれど、屍龍を相手にしている余裕はないですよ。
 何だか機体も重いです。少しずつ自由が利かなくなっている……。
 何かの作用が働いているようですし、早く虚無霊の弱点を探さなくては」
「解ってる!」
 進むには、躱し切れないほどの屍龍が向かって来る。
 そこへ、後から追いついたパラスアテナが屍龍に砲撃した。だが、狙いは外れる。
「屈折した!?」
 セルファは驚いたが、すぐに気を引き絞めた。
「それなら、問題ない距離まで近付けばいいだけよね!」
「俺達が囮になります! 君達は『核』を探してください!」
 真人が美羽機に伝える。
「ありがと!」
 グラディウスは乱気流の中を、全力で突き進んだ。


「美羽……」
 虚無霊内部に突入した美羽達を案じて、コハクは己の敵と戦いつつも、虚無霊を気にする。
 周囲をとりまくイコン達の外側からの攻撃は、内部の有効範囲にまで伝わっていないようで、効果的なダメージを与えられていないようだ。
 やがて再び、前面に大きく開いた口が、砲撃の雰囲気を見せ、周囲に緊張が走る。
 ――だが、蟠る力が、不意に霧散した。
 虚無霊の側面が内側から破られ、2機のイコンが飛び出す。
 グラディウスは武装を剥がされ、パラスアテナは右足を失っていたが、2機とも何とか無事そうだ。
「美羽!」
 コハクが安堵の声を漏らした。
 虚無霊は、傾きながらゆっくりと下降し、遥か下へと落ちて行く。



 ようやく虚無霊を倒せた、と都築少佐の横で安堵したのも束の間、その光景に大熊丈二の表情は凍り付いた。
 1号艦、レーダーを見ていたダリルも、思わず動きが止まる。
 サイズがキロ単位で表現されるほどの大型の虚無霊が、しかも大量に群れを成して向かって来ていた。
 既にその形状も目視できる。
 恐ろしいほどの速さだ。

 都築少佐は一瞬後、共通回線に向かって叫んだ。
「飛べない奴、遅い奴は20秒以内に艦内に戻れ! この空域を離脱する!」

「船首を下に向けなさい。20秒後に加速!!」
 都築少佐の通信を受けた斯波大尉が、艦橋内に指示を出す。

「速度に気をつけろ。御座船を置いて行くなよ」
 長曽禰少佐の指示にルカルカは
「了解」
と頷き、各部署へ細かい指示を出した。


 そうして、艦隊は、何とか虚無霊の群れを振り切り、その場を切り抜けたが、離脱した先が安全地帯というわけでは、勿論なかった。
 この世界にある限り、何処に行っても、屍龍や虚無霊達は存在する。
 艦隊は、妥当なところで減速して再び飛空艦の平行角度を保ち、再びイコンやパワードスーツが出撃して、進路の確保や飛空艇艦の護衛をしつつの下降を開始した。
 これが今回だけのことではないだろうと確信しつつも。