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お見舞いに行こう! さーど。

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3.大切な人のお見舞い。1


 目が覚めると、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は病院のベッドの上にいた。
 一瞬ここがどこなのか思い出せずに疑問符を浮かべ掛けるが、昨日を思い出して納得。
 酷い一日だった。
 放課後、家に帰ったらなぜかいきなりミサイルが飛んできた。
 咄嗟にかわした。それはいい。が、かわした先になぜかバナナの皮があった。
 コントのごとく、それを踏んで滑った先には階段。ごろごろと転げ落ちた。
 そこまでなら、まだ、まだ良かった。受け身も取れそうだったし、深刻なダメージはなかった。
 のに、やはりなぜか扉がいきなり開かれて、家から外に飛び出す結果になって。
 ここまで運が悪いともはや必然とも言える流れで、道路を走行していたトラックにぶつかり、今に至る。
 ――う。思い出したら痛みまでぶり返してきた……。いてえな、おい。
 けれど、耐えられないほどの痛みではない。
 それより辛いのは、現状退屈だということだ。
「はあ……早く外に出たい」 
 思わず呟いた時、病室のドアが勢いよく開かれた。
「け、健闘くん!」
「健闘様!」
 飛び込んできたのは天鐘 咲夜(あまがね・さきや)セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)両名である。二人ともひどく慌てた様子で勇刃のベッドを取り囲む。
「咲夜。それにセレアも。おはよう……ってあれ? 今朝だぞ、学校は?」
「休みました。だって、健闘くんが心配で心配で……」
「わたくしもです……健闘様のことばかり考えて、全然眠れませんでしたわ」
 それで、面会時間になるとほぼ同時にやってきたらしい。
 心配をかけてしまったことを少し心苦しく思いながらも勇刃は笑顔を向ける。
「大丈夫だって。ほら、俺は主人公だから。そう簡単に死んだりしないさ」
「大丈夫ならよかったです。もし健闘くんに何かあったら……私はもう」
 考えるだけで怖い、とでも言うように。咲夜は身体を震わせる。
 一方セレアは安堵した様子でほっと息を吐いた。
「御無事でなによりですわ。ほっといたしました。そうそう、来る途中花を摘んでまいりましたの」
 それから花を飾り、
「あと、健闘様が大好きな本ですわ。これで退屈になりませんでしょう?」
 本を手渡す。
「汚れてるからどうしたのかと思ったら花を摘んでくれたからだったんだな……ありがとう」
「わたくし、汚れてます? 嫌だ、気付かないで……恥ずかしい。洗ってまいりますわ」
 顔を赤くして、セレアがぱたぱたと病室を出ていった。
「私はお弁当を持ってきたんです。健闘くんの大好きなステーキですよ。はい、あーん」
「んぁー」
 咲夜がお手製のステーキをあーんと口に運ぶのを受け入れる。美味しい。さすが咲夜だ。
「どうですか?」
「美味しいよ」
「良かった。健闘くんに喜んでいただけて何よりです」
「ただいま戻りましたわ」
 弁当を食べているとセレアも戻ってきた。
「そういえばさ」
 最後の一口を咀嚼し、飲み込んで。
 勇刃は二人に問い掛ける。
「みんな、元気? 最近何か面白いことあった?」
 他のパートナーのことも気になったのだ。
「ええ。皆様お元気ですわ」
「面白いことですか……そうですね、香奈恵ちゃんが大食いコンテントで優勝したことでしょうか」
「優勝?」
「はい! 一気にラーメン二十人分を食べちゃいました!」
「そりゃすごい……帰ったらお祝いしないとな」
「その時は快気祝いも兼ねますので、健闘様、どうか早く良くなってくださいまし」
 セレアが微笑む。
 うん、と咲夜も頷いた。
「早く良くなってください。健闘くんが居ないと、つまらないです」
「お身体に障るといけませんので、わたくしたちはこれで失礼いたしますわ」
 どうかお大事に、と二人が言って去っていく。
 ばいばい、と手を振り見送ってから、勇刃はベッドの上で目を閉じた。
 パートナーにこれ以上心配をかけないよう、早く治さなければ。
 ――治すには、よく寝てよく休む……おやすみ。
 誰にともなく心の中で呟いて。
 勇刃は眠りの世界に落ちていった。


*...***...*


 迷子になったリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)を、清泉 北都(いずみ・ほくと)は捜し歩いていた。
 携帯のGPSを頼りに探り当てたまではよかったけれど。
「リオン!」
 呼びかけて、リオンが北都の姿を見つけるや否や。
 北都に近付こうとして、リオンが道路に飛び出した。
「えっ!?」
 思わず北都は声を上げる。
 だってここは、横断歩道もない普通の道路で、車だって行き交って――。
 笑顔のままのリオンが車にぶつかるのを、北都はただ見ていた。


 そんな経緯があって入院することになった聖アトラーテ病院にて。
「大した怪我じゃなくて良かったけど、道路に飛び出しちゃダメだよ」
 北都はリオンに注意する。
 運の良いことに、リオンの怪我は打ち身と擦り傷だけだった。けれど念のためということで、精密検査も含めて数日間の入院をすることになったのだ。
「ごめんなさい……」
 しゅんとうなだれて、リオン。
 迷子になって、不安になって。
 だからこそ北都がリオンを呼んだとき、あんなに安堵した笑顔だったのだろう。
 それで、道路に飛び出してしまった。早く北都の許へ辿り着きたくて。
 その気持ちはわからなくもないけれど。
「車にぶつかるのって、本来はこの程度の怪我で済むようなことじゃないからね。命に関わるんだ。だから、道路に飛び出してはいけません」
「はい……」
 少年に説教される青年、というのも珍しい光景だが、北都とリオンに限っては珍しいことではなかった。
 年齢的にはリオンの方が北都より年上だけど、リオンは生み出されてからすぐに眠りについた。そのため、世間の常識に疎いのだ。知らないことも多々ある。
 目覚めてからは少しずつ物事を教えているけれど、まだまだ世の中は広く、与えられる知識も全体から見ればわずかなものでしかない。北都だって、シャンバラに関しては知らないことの方が多いのだ。
 だから、まずは常識から。
 今日のことで、リオンは道路に飛び出してはいけないということを覚えただろう。
 北都が心配するということも。
 リオンとは事故で契約したようなものだけど、今は大切なパートナーの一人だ。
 しゅんとうなだれるリオンの頭に、ぽんと手のひらを乗せ、撫でた。
「……北都?」
 どうして? とでも言いたげに、リオンが北都を見上げてくる。
「怒ってるんじゃ……」
「怒ってないよ」
 不安そうな声に、優しく返した。
 怒るというなら、事前にちゃんと教えておかなかった自分に、だろう。きちんと教えておけば、リオンが怪我をすることもなかった。
「今は治るまでゆっくり休むんだよ」
「はい」
「でもただ休むだけじゃ暇だろうから、折り紙持ってきたんだ」
 ベッド脇のサイドボードの上で、北都は折り紙を折ってみせる。
 舟。兜。金魚。
 いろいろなものを折って、最後に鶴を折る。
「鶴を千羽作ると願いが叶うんだって」
「願いが?」
「うん」
 だから頑張って折ってみる、と二匹目を手がける。
 と、リオンも見よう見まねで鶴を折り始めた。
「何か願いがあるの?」
 一生懸命折る姿に尋ねてみると。
「皆が幸せになりますように、って……」
 リオンがはにかんで答えた。
 慣れていないから、綺麗に折れてはいないけど。
 それでも、その純粋な綺麗な気持ちは、きっと届くだろう。


*...***...*


 病院内で走ることは禁止されている。
 そんなこと、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だって重々承知している。
 けれどこれが走らずにはいられるか。
 ――まにゃ! まにゃ!!
 何年も一緒に過ごしてきた、姉妹のように仲が良く、そして大切に思っているパートナー。
 和泉 真奈(いずみ・まな)が、事故に遭ったと連絡を受けたのだ。
 無事なのか。意識はあるのか。怪我の具合は?
 疑問符が湧き出る中、ミルディアはとにかく走った。
 真奈の名前が横に書かれた病室に駆け込んで。
「まにゃあぁぁぁぁぁあ!」
 ベッドに向かって飛びつ――こうとしたところで、相手が怪我人ということを思い出して急ブレーキ。
「ミルディ? どうしましたの、そんなに急いで……」
「急ぎもするよ! まにゃが事故ったって聞いて! 心臓止まるかと思ったよ!!」
「え、えっ。私のせいですの? ごめんなさい、命に別状はありませんので心配無用ですわ」
「でも……」
 ベッドに横になった真奈の身体には、包帯がぐるぐると巻きつけられている。
「むち打ちと、両足骨折。全治……どれくらいと仰られたかしら」
「骨折って! わぁんもう! ばか! ばかー!」
「ご、ごめんなさいミルディ。泣かないで?」
 真奈の布団に顔を押し付けぐりぐりと頭を振る。顔は見えないはずだが、泣いていることはあっさりと看破された。
「泣きもするよ! 何年一緒にすごしてきたと思ってるの!?」
「えっと……」
「まじめに考えないでいいよ! まにゃのばかぁ!」
「まあまあミルディ。元気そうだし良かったではないか」
 泣き喚くミルディアの肩を、ローザ・ベーコン(ろーざ・べーこん)がぽんと優しく叩く。
「元気なのは良かったけど……でも」
 布団から顔をはがしたミルディアが見たのは、サイドボードの書類である。
 真奈は、商会の事務仕事を病院にまで持ち込んでいたのだ。
「……入院してるときくらい、ゆっくりしてもらいたいなぁ……」
「でも、商会で事務一般ができるのは私しかいないでしょう?」
「そうだけど……」
 食い下がろうとしたが、真奈は言って素直に聞くような人間ではない。何より責任感が強いのだ。仕事を投げ出す真似はしないとわかっていた。
 けれど休んでほしいと思う気持ちも本当で。
 ――だったらあたしに何ができる?
「……まにゃ」
「はい」
「欲しいもの、ない?」
「欲しいもの?」
「次のお見舞いのとき、持ってくるから」
 考えた結果、ミルディアにできるのはたくさんお見舞いに来ることだった。
 真奈が無理をしないように。
 傍にいることで、少しでも安心を与えられるように。
「まあ、この入院も良い機会と思えばいいだろう。どうせ家にいるときは息もつけないことだし、な」
「どういう意味よぅ」
 ローザの言葉に、ミルディアはぺしぺしと叩く。
「イタタ。そう叩くなミルディ。
 仕事が悪い、怪我が良いと言っているわけではない。仕事仕事の合間にこういう息抜きも大切だと言っているのだ」
 息抜き。……なっているのだろうか、入院が。結局ここでも仕事しようとしているわけだし。
「過ぎれば治療の妨げになるぞ。ほどほどにしておけよ。……まぁ、日々研究に明け暮れてたボクが言えることではないが」
 そこはローザもわかっているようだ。念を押すように、真奈へと注意の言葉を向ける。
「重々承知しております。これ以上ミルディに心配をかけるわけにはいきませんから」
「ん。まにゃ、はやく良くなってね……」
 きゅ、と抱きつくと、ぽんぽんと背を叩かれた。優しい。安心する。
「必ず根治して戻ります。だから安心していてくださいね」


*...***...*


 頭が痛くて、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は目が覚めた。
 ――ここは……。
 見覚えのない白い天井、白い壁。その無機質さと消毒液の匂いに病院だと思い至って、クロスはベッドから身体を起こす。
 それから記憶が曖昧な、ここに来るまでのことを思い出そうと試みた。
 クロスは記憶喪失である。
 何が原因でそうなってしまったのかは不明だが、パートナーのカイン・セフィト(かいん・せふぃと)と契約した頃より過去のことを思い出そうとすると、生活に支障をきたすほど頭痛がひどくなる。
 だから、可能な限り思い出さないようにしていた。
 思い出さなくとも生活は可能で、日々は充実していたし。
 けれど、今回。
 カインと二人きりで話している最中に何かを思い出そうとしてしまったらしい。
 ひどい頭痛に見舞われたことは覚えている。それから、ついさっき目覚めるまで記憶はない。気を失ったらしかった。
 ――気を失うほどひどい頭痛なんて。
 そうそうあることではないと、カインも思ったのだろう。
「クロス。目が覚めたのか」
 思い出していると、見舞い用の切花を持ったカインが病室に入ってきた。
「カイン」
「体調は? どこか具合が悪いとか」
 心配そうな声に申し訳なくなる。
「心配かけてごめんなさい……」
 うつむいて、ぽそぽそと小さな声で謝った。少しの間をおいて、頭に手が置かれる。
「無理に記憶を思い出す必要はない」
「無理をしたつもりはないの。無意識に何かを思い出そうとしてしまったみたい」
 無意識。
 そう、無意識に思い出そうとするようなことなのに。
 ――どうしてこんなに拒絶するの?
「私の過去に、一体何があったんだろう……」
 独り言とも問いかけともつかなかった言葉に、カインが答えることはなかった。クロスは言葉を続ける。
「この頭痛があるから、記憶を取り戻そうとすることを躊躇しちゃうんだよね。……記憶、取り戻さないほうがいいのかな……」
 頑なに拒む身体と心。
 思い出したら、どうなってしまうのだろう。
 そう思う反面、思い出したいという気持ちもあった。
「記憶を取り戻すかどうかはゆっくり決めればいいんじゃないか」
「ゆっくり?」
「ああ。クロスが決めるまで、傍にいるから」
 変わらず、見守っていてくれると。
 ありがとう、と言ってベッドに横になった。いつまでも起きていると不要な心配をかけかねない。
「今回はどれくらい病院に居ればいいの?」
「医者の話では検査で異常が無ければ数日で退院していいとさ」
「検査か……」
「念のためだ」
「うん、わかってる。余計な心配をかけたくないから、他のパートナーたちには内緒にしててね。依頼に参加して、数日帰らないとでも伝えておいて」
 わかってる、とカインが短く頷いた。
 今まで、ずっとこうしていた。
 倒れて、入院するようなことになるたび、他のパートナーに心配をかけまいと嘘を吐く。
 二人だけの秘密。
 横になってもクロスの頭を撫でるカインの左手を、クロスはそっと右手で撫でた。
 青い蝶の刺青は、クロスと揃いのもの。
「我儘言ったよね……」
 記憶がないということを、まだ不安に思っていた頃。
 自分というものが何かわからず、目に見える繋がりが欲しくて。
 揃いの刺青を彫って欲しいと頼んだのだ。
「刺青って、消えにくいモノなのに。我儘、聞いてくれてありがとう」
「我儘もなにも、それを受け入れたのは俺だ。クロスが気にすることじゃない」
「それでも、ありがとう」
 はにかむと、カインも小さく笑った。それから時計を見て、「そろそろ帰る」とパイプ椅子から立ち上がる。
「また明日も来るよ。それじゃあ」
 病室を出て行こうとドアに向かうカインへと。
「うん。また、明日ね」
 クロスは小さく、手を振った。